俺のチートって何? ―異世界転生終焉門―

カーマイン

アバン

原初の終焉 前編

 2019年 1月末。


 ジャンジャラララン。


 スマートフォンにデフォルトで備わっている面白味の無い音楽が、大音量で枕元で流れる。

 電子音に鼓膜が揺さぶられ半強制的に目覚めさせられた少年。布団から身を起こすと、寝癖でボサついた髪を手で掻いた。


「うーん……おろ? 暗いな」


 部屋がいつもと比べまだ暗い。外が曇っているのだろうか。

 まだ半分頭が眠っていたものの、枕元へと手を伸ばし、鳴り続けるスマートフォンを『ウルセェ』という感情で黙らせる。


「……あー、そりゃ暗いに決まってるじゃん。まだ6時だもん」


 “部屋が暗い = 早い時間に起きている” と方程式が組み上がれば、彼の若き脳細胞は別の答えを導いてくる。


「そうだった。今日、久々に会うんだったな」



 *



 身支度を済ませカジュアルな服装に着替えた少年は、ショルダーバックを肩にリビングへと移動する。


『複数の地方で、トラックの夜間走行を規制する条例案が提出されました。これに対し、一部の運送業者からは否定的な意見が挙がっており――』


 家族憩いの場に出てみれば、少年にとって耳障りな内容がテレビから出力されていた。

 少年が顔をしかめていると、キッチンから母親の声が聞こえてくる。


「あら? きょうちゃん、お出かけするの?」

「うん、ちょいと友達と飯食ってくるわ。晩飯の時間までには帰ってくるからご馳走ヨロー」

「あ、ちょっと朝ご飯食べていかないの?」

「腹減ってないからいいや」


 少年は靴を履いて、さっさと家を出て行った。


「お腹が空いていない……か。ちょっと前までデブっちょにならないか心配なくらいだったのに……」

「今、恭輔きょうすけ出てったか?」


 そこへ、少年の父親が大きな欠伸をしながらやってきた。


「おはよう、アナタ。ええ、友達とご飯食べてくるって」

「こんな朝早くから?」

「遠くに住んでるお友達なのかも」

「ま、何にしても良い傾向じゃないか。恭輔が学校以外で自分から外出するなんて、あの事故以来なかったからな」

「ええ、ホントに」


 二人が相変わらず同じ話題を出力し続けるテレビの方を見やる。その表情には哀しみが含まれていた。


『最近は事故件数が減ってきてるとはいえ、まだ多くの犠牲者が出ているわけですから。日本もアメリカやイギリスと同様に、夜間トラックに対して何かしらの対策をすべきだと思いますね』



 *



 山の尾根から半身を露出させた太陽が、地上に光を注ぐ。

 その光を道端に積もる雪が反射してくるものだから、少年は鬱陶しそうに眼を細めた。


「道路がこれだと、バス遅延してそ」


 現在、雪は止んでいたが車道にはまだ多くの雪が残っていた。それもフワフワな雪ではなく、車のタイヤによって押し固められた圧雪。

 これがとてもツルツルして危ないので、車はスピードダウンを余儀なくされる。


「はぁ、流石に家出るの早すぎたかなあ……ん」


 信号の無い交差点に差し掛かった時、横から1台のアルミバンのトラックがやってくるのが見えた。

 トラックだけではない。前からは男の子とその母親らしき人物が笑顔で会話しながら横断歩道を渡ろうとこっちに向かってきている。


 心臓が握り潰されるような感覚、少年の口からヒュッと恐怖が漏れる。


 あの親子トラックに気づいてるのか。顔がトラックの方を向いていない。エンジン音は耳に入ってるか。トラックは親子に気づいてるのか。ダメだ、フロントガラスで運転手の顔が見えない。

 決して見晴らしは悪くない通りだ。普通は気づく。

 けれど、もし、万が一、気づいていなかったら。


「ダメだ!!」


 衝動的に、少年が地を蹴って飛び出した。

 が、トラックが緩やかに減速していくのを確認して少年は足を止めた。


 突然走り出したかと思えば急停止した少年の横を、二人の親子は不思議がりながら通り過ぎていく。

 トラックの運転手もしばらく少年が横断歩道を渡るのを待っていたが、動かない様子を受けてトラックを走らせていった。



 少年は俯き、グッと拳を握る。


「は……ハハハ、何やってんのかね俺は。そりゃそうそう車に轢かれるなんてない……ない……はずなんだ……」


 絶望に沈みかける心を深呼吸で浮上させると、少年は再び歩き出した。



 *



 バスに乗って駅に到着した後、何本かローカル線を乗り継いでいく。

 目的の駅に到着して町を歩く道中、不意に足が止まった。


「あ、このゲーム発売してたのか」


 少年は小さなゲームショップの前で足を止めた。

 店のガラスに新作のゲームを紹介する張り紙がされていた。紹介されているソフトは何本かあったが、その中でも一本のギャルゲーに目が留まる。


“なぁ! このゲーム面白そうじゃないか?!”

“確かになかなか唆る世界観だな。あ、制作会社あそこじゃん。これは期待できるぞ。買うのか?”

“うーん、欲しいけど金が無くてなぁ……”

“……俺もやりたいし半分出すぞ”

“本当?! それなら出せそう!”

“んじゃ購入確定だな。どれ発売日はっと……来年の一月か”

“ゲッ、大学受験真っ盛りの時期じゃないか。やる時間無いぞ”

“俺はやるぜぇ。これまでの人生、テスト前だろうが指が骨折しようがゲームはやり続けてきたからな”

“うげっ、流石はゲーマーなだけある”

“ハハハッ!”


「……ゲーム、最後にやってから大分経つな」


 過去に思い描いていた今と、現実の今との差に胸が締め付けられる。

 少年はその苦しみから逃げるように店の前を去った。



 *



 そして、少年は目的地に到着する。


 さて、友人との食事ならどこかの飲食店がいいか。談笑するならば、喫茶店がベストだろう。

 だが、少年が来た場所は友人と語らうにはもっとも不向きであろう寂寞せきばくとした土地。

 墓地であった。


 多くの墓石が等間隔で規則正しく並ぶ間を少年は進んだ。

 途中、車椅子に乗った30代くらいの金髪女性と、その車椅子を押す介助者が前からやってきたのですれ違いざまに会釈した。

 相手二人も軽く頭を下げて通り過ぎる。


 金髪の人、外国人かな? こんな田舎に珍しいもんだ。

 などと思っている間に辿り着く。



「……よっ、久しぶりだな。あっちで元気にやってるか? 渡辺わたなべ


 少年――栄島 恭輔えいじま きょうすけは、目の前の墓に寂しげな笑顔で語り掛けた。

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