原初の終焉 中編

渡辺わたなべの母さんは、やっぱ来てないか」


 墓の周囲に枯れ葉が多く溜まっている。前に来た時と変わらない状況から、墓の手入れはなされていないと判断した。


「あれから5ヶ月経つけど、ぶっちゃけ俺もまだ受け入れきれてなかったりする。とりま、報告だ。今日、久々に相ノ山あいのやまとゆっくり話してくる。もうすぐ卒業式だし、そろそろ過去じゃなく未来を向かないとってな」


 今日、栄島えいじまがしている約束は、相ノ山と会うことだった。

 その約束自体は昼の予定なのだが、その前に渡辺の所へ寄って心の整理をしたかった。朝早くに出かけたのはそれが理由だ。


 栄島は話を続けた。

 クラスメイト達は今どうしてるかとか。どこの大学を受けるかだとか。

 この前のセンター試験の結果やら。自分はどこの大学へ行こうとしてるのかとか。


「で、偏差値低くも高くもない近くの大学ってなわけ。知ってるだろ? 俺は将来のビジョンとか特にないんだよ。飯が食えてゲームする時間さえ確保できるならそれでいいし、気の置けない連中とバカ騒ぎ出来れば十分なんだ。そう、十分。それだけありゃ俺にとっちゃ未来なんて事足りてたんだ……」


 壊された。その数少ない望みの一つが。それも、大きな望みが。

 二度とやってこない幸福の時間に、改めて喪失感が湧き出して目が潤む。


「……ったく俺は、まだ泣き足りないっていうのか」


 手で涙を拭う。


「あーあ、いつまでもこんなんじゃ、お前も安心できないよな。……今日こそ、お前が死んだって事ちゃんと受け止めるから、待っててくれ」


 栄島は踵を返してもと来た道を戻る。

 「市川いちかわのところにも寄っていかないとな」と、ボソリと呟く。

 そんな栄島の前に、親並みに見知った顔が現れた。


「――相ノ山!」

「なはは……流石は親友、考える事は同じだな」



 *



 相ノ山と栄島。

 期せずして合流した二人は、渡辺と市川の墓参りをした後、近くのファストフード店に訪れていた。


「ん? A君、飯食わないのか?」


 どうしたどうしたと、言わんばかりの表情で相ノ山が訊ねる。

 フライドポテトにバーガー、炭酸ドリンクと王道セットがトレーに並ぶ自分とは違い、栄島の前にはドリンクしかない。


「あー、あんまし腹減ってないから。それよりさぁ、大学受験で絶賛猛勉強中の人間をよくも呼び出せたな。自分はスポーツ推薦で入学決まったからってよ」


 口を3の形にして言う栄島に、相ノ山が座席で姿勢をピシャリと正して大きく頭を下げた。


「それについてはホント悪かった。けどよ、嫌だったんだよ。このまま高校卒業するのが。小中の卒業式じゃ俺らバカみたいに笑ってただろ。だから、高校もバカになって終わりたいんだよ……」

「……ぷ……」

「ぷ?」

「ブハハハ!!!」


 仏頂面から一変、栄島は吹き出した。


「今の笑うところお?!」

「ハハハ! いやだって、お前がそんなマジ顔すんの初めて見たから、何かおかしくなってさ」

「あ、あのなー。俺は真面目に……」

「あー、すまんすまん。俺だってモヤモヤしたまま卒業なんてごめんだ」


 栄島と相ノ山は小学生時代からの親友だ。

 栄島はテレビゲームやらスマホゲーム、相ノ山は外でスポーツ。

 屋内と屋外。インとアウト。

 対極の趣味を持つにも関わらず、二人の友情は岩並みに固かった。

 ところがその岩は、ある事をキッカケに一度砕けかけた。


 同じく同級生であり親友だった人物――渡辺 勝麻わたなべ しょうまの死。


 彼らと渡辺が出会ったのは中学三年に上がった頃で、三人は何をするにしても一緒だった。

 それが去年の夏休み明けに、二人となってしまう。トラックの交通事故で、渡辺がこの世を去ったことによって。


 栄島と相ノ山は、お互い会う度に大事な人を失ってしまったという実感が湧き上がってしまい、今日まで顔を合わせるのを避ける絶交状態となっていた。

 今回二人で会う事になったのは、相ノ山が“このままではいけない”と、そう思って久方ぶりに栄島に連絡したからだ。


「しっかし相ノ山にこんな一面があったとはね、小学生からの付き合いだってのに知らなかったわ。……渡辺にも、まだまだ知らない部分があったんだろうな」


 栄島が天井を仰ぎ、思い出という遠くの景色を眺める。


「初めて渡辺と話した時のこと、覚えてるか?」


 栄島の問いに、相ノ山は頷いた。


「笑ってた。なのに“誰も信用しない”、そんな目してたな」

「俺、いつか話してもらえると思ったんだ。どうしてあの頃あんなにキレてのたのか、何にキレてたのか。結局、最後まで話してはもらえなかった。俺たち信用されてなかったのかねぇ」

「全く信用してなかったわけじゃないだろ。そうじゃなかったらあんな風に笑って過ごすことなんてできるわけない。市川にだって関わろうとしなかったはずだ」

「市川かぁ。渡辺のヤツ大胆だったよな。女子相手にグイグイいくんだから」


 高校一年の時のクラスメイト、市川 結いちかわ ゆい

 市川は人と話すのが苦手だった。

 昼休みは一人で弁当を食べた後、読書で本の世界へと逃げ込み、放課後には寄り道せず真っ直ぐ帰宅するような、引っ込み思案でとても気弱な性格だった。

 そんな彼女を渡辺という男は放っては置かず、クラスの輪へと引っ張り込んだ。


「最初は迷惑がられてたな。でも、いつの間にか仲良くなっててビックリしたもんだ」


 相ノ山が腕を組んでウンウン首を縦に振る。


「市川の渡辺を見る目、途中から変わってたな。ありゃあ惚れてたぞ。ギャルゲー歴10年の俺が言うんだから間違いない」

「はいはい出たよ、A君お得意のそれ。当たった試しないのに」

「いーや、今回はマジだって! 自信めっちゃあるから!」

「はーい、そのセリフ今ので67回目な」


 栄島と相ノ山が見合う。


「「 ……く……ダハハハハハハハッ!!! 」」


 二人は同時に笑い出した。

 そうだ。昔はこうやって笑い合っていた。

 懐かしい響きに二人は浸る。


「「 ハハハハハハハッ……ハハハ……ハ………… 」」


 幸福だった頃の感覚を思い出したのも束の間、笑いに虚しさがだんだんと混じっていき、周囲の空気も重くなっていく。


「「 ……………… 」」


 しばらく黙る二人。

 相ノ山はフライドポテトをちまちまと口にし、栄島はストローに口をつける。


 市川も渡辺と同じくトラックに撥ねられて命を落としている。

 もう彼女が渡辺をどう思っていたかなんて知る由もない。


 黙々と食べる続ける状況。それを最初に抜け出したのは、相ノ山だった。


「……言ってなかったんだけどさ。渡辺を轢いた運転手の公判、見に行ったんだ」


 相ノ山からの突然な告白に、栄島は顔を強張らせた。


「……それで。どうだった?」


 相ノ山は両目を瞑り、フライドポテトを取っていた手をグッと握り締めた。

 栄島はそれだけで、相ノ山の悔しさを察する。


「まるで他人事だった。弁護席に座ってる時も、証言台で話してる時も、アイツは淡々としてやがった! 悲しさとか後悔とか、反省の色が全く見えなかった!」

「……許せないな……お前が奪った命がなんだったのか、ぶん殴ってわからせてやりてぇ……」


 怒りで声が震える。

 そして栄島は思った。


 何で渡辺も市川も殺されなきゃいけなかった。二人とも殺される理由なんてない良いヤツだっただろ。なぁ、もしも運命を決める神様ってヤツがいるなら。

 俺は神を、お前を一生恨んでやる。



 この日、栄島と相ノ山の関係は修復された。


 しかし、彼らの胸の内が晴れることはなかった。



 *



 キイイイィィ――ドン!


 そして、その夜。

 都市部の郊外にて目撃者が誰もいない中、また誰かがトラックに轢かれた。



「……あれ?……私は、一体どうなって?」


 轢かれた人物、女性が目を覚ます。

 彼女は真っ白な空間にいた。


「お、目を覚ましたようじゃの! 災難な目にあったのぉ。どうじゃ? まだ体は痛むか? って死んでるから痛いもクソもないんじゃがね。クカカカ」

「うわあ!!」


 唇と唇が合わさってしまいそうな距離で老人の顔が飛び出してきたものだから、女性は思わず腰を抜かしてしまう。


「神に向かって何じゃその態度は、罰当たりなやつじゃのう」

「か、神って。えぇ……」


 白髪、顎や口周りから伸びた長い髭。ブラウンな色調の和服を着ている。

 女性からすると、田舎に住むお爺さんにしか見えなかった。


「お前さんは不幸なことにトラックに撥ねられて死んでしまった。そして、今は魂だけがそこにある」

「……あっ!!」


 神に言われて女性は、自分がトラックに轢かれてしまったことを思い出した。


「そ、そうだ私! トラックに撥ねられて!」

「パンパカパーン!!」

「へ?」

「ラッキーなことに君は異世界への移住資格を得たのだ! おまけにチート能力も与えちゃうぞ! 第二の人生、是非楽しんでくれたまえ!」


 一人の人生が予期せず終わりを迎えてしまったというのに、笑顔でこの対応。女性はふざけてるとしか思えなかった。


「あのねぇ! こっちはやり残したこといっぱいあったのよ! 婚約だってしてたのに!! 簡単に、はい、そうですかって言えるわけないでしょ!! それに何? チート能力? いきなり変な専門用語言わないでもらえる?!」


 捲し立てる女性に対し、神はニッコリ顔のままピクリとも動かなかった。


「ねぇ、聞いてるの?! ちょっと?!」


 本当に動かない。まるで停止された映像のように、髪や服すらも固まっている。


「もお何なのよお!!」



 *



 都市部のある雑居ビルの屋上。

 その屋上の端から、神は日本の夜景を見下ろしていた。

 街灯やビル明かり、車のヘッドライトやテールランプ、様々な光に満たされる中を多くの人々が行き交っている。

 人類が長い時をかけて積み上げてきた歴史そのものである景色。

 そんな景色を、神は真顔で見下ろしていた。先ほどまでニッコリ顔で話していたとは思えないほど、表情には真剣の切れ味があった。



 カンッ。


「……やれやれ、酷い神様がいたものですねぇ」


 軽い金属音とともに、後ろから年老いた男の声が聞こえた。

 神は屋上に登るために設置された金属製の階段の方を見やる。


 カンッ カンッ カンッ。


 それは階段を登ってくる音だった。

 紳士服にシルクハットを被った初老の男が、屋上へ上がってきた。

 シルクハットの下で、男は笑みを浮かべる。


「人の人生を奪うような輩に、神の称号は相応しくない」

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