第2話 ワールドガイダンス

 渡辺 勝麻わたなべ しょうまと男女が、倒木だらけの道無き道を歩いていく。

 その道中、渡辺が何もわからないまま異世界へと送られた不運な者に語り始める。

 この世界が、どのような場所なのかを。


 世界の名前はウォールガイヤ。

 誰がそう名付けたのか。由来が何なのかは誰も知らない。


 ウォールガイヤで人類の歴史が始まったのは、今から139年前。

 地球にあるバミューダトライアングルと呼ばれる海域で、一隻のイギリス海軍の船が沈没したことが始まりだ。船には300人近くの乗員がいて、その者たち全員がウォールガガイヤへと転生した。そう、この異世界に先住民はおらず、転生者によって始まったのだ。


 それ以降も転生者は絶えず現れ続けており、今に至っている。


「つまりこの世界には、私みたいに地球で死んじゃった人がたくさんいるのね」


 渡辺の説明に、女はウンウンと頷いた。


「ここで忘れちゃいけないのが、って存在だ。ほら、ちょうどアンタの隣にいるソイツがそれ」


 女の隣で、男が前髪を掻き上げて「ふふっ、だってさ」と歯を輝かせて笑っている。

 「……ナルシストね」と、女は反応に困った顔をした。



 一人の転生者に対して、一人の異性のパートナーが必ず一緒になって現れる。

 パートナーの特徴として共に現れた転生者を全面的に信用していて、また、その者の命令を本人の意思とは関係なく絶対に実行する。


「そうさ。僕は君のためなら何でもするよ」


 男がウィンクする。


「何でも……ねぇ」


 女は男をジーッと見る。

 顔は悪くない。スタイルも中肉中背よりは少し痩せてるっぽい。好み。アリだ。


「……アンタが望むなら夜の相手だってしてくれるぞ」

「ッ!! いやいや私そんなヤラシイこと考えたりしてないから!」

「別に恥ずかしがる必要もない。この世界じゃパートナーとヤるなんて当たり前過ぎる話だからな」

「へ、へぇ、そうなんだ……」

「……やっぱ考えてたのか」

「ハッ! 上手く誘導された?!」



 女がエッチであることが判明したタイミングで、渡辺たちはプレートアーマーを装備した者たちと合流する。


「隊長!! ご無事でしたか!!」「隊長のおかげで助かりました! ありがとうございます!」「レベル450を超えるあのテツキリネコをよくぞ単身で! 流石は我らが隊長!」


 何十人もの人間が一斉に集まってきて、女もそのパートナーである男も動揺する。


「こ、この人たちはどちら様?」

「仲間たちだ。一応俺がリーダーってことになっちまってる。後のことはコイツらに任せる」

「後のことっていうのは?」

「アンタたち二人のチート能力が何なのかの確認だ」


 女が思い出した様子で、人差し指をビシッと渡辺へと向けた。


「出た! そのチート能力ってやつ! ここに来る前に聞かされたわ! それ一体何なの?!」

「チート能力ってのはまあ、超能力とか魔法みたいなもんで。人によって使える能力は違う。ある人は手から炎が出せたり、ある人は皮膚を硬くさせたり、ある人は遠くに一瞬で移動できたりってな具合で様々だ」

「何それ面白そうじゃない! 早く確認してみてよ!」

「はいはい。おい、そこの三人ちょっといいか」


 渡辺が部下に、女と男の能力が何なのか確認するよう指示を出した。

 女はフンスと鼻息を鳴らすと、パートナーと共に渡辺の部下たちと同行していった。


「……あんなに楽しそうにしちゃって前向きだな……いや、俺もここに来た時は似たようなもんだったか……」


 渡辺が片手で眼帯の上から左目を抑える。


 今から5ヶ月ほど前、渡辺はトラックに轢かれて命を落としウォールガイヤへと転生してきた。

 最初こそ、母親や友人との突然の別れに戸惑っていたが、それも異世界のワクワクや大切なパートナーの存在によって塗り潰されていった。

 未知の生物であるモンスター、チート能力、多種多様な街の文化。

 まるでRPGのゲームの世界に入り込んだような景色に、少年は胸を躍らせたものだった。


 しかし、今はもう違う。

 ワクワクなんて気持ちは、この左目同様に潰れてしまった。



「ワーターナーベーくーんー」


 慣れ親しんだ気の抜ける声に、渡辺は左目から手を離した。

 声がした方に顔を向ければ、そこにはブラウン系の服を着て、ウェーブした紫の長い髪を持つ同年代ぐらいの女の子がいた。女の子は首に巻いた赤いマフラーと、手がすっぽりと隠れるくらいの長袖を靡かせて慌ただしく走ってきた。

 その隣には金髪の短い髪の男もいて、男は紺色のボレロの様なジャケットを羽織っている。


「ドガガガーってー、すごい音したけど大丈夫ー?」


 女の子は口をにへらとさせて、間延びした話し方をする。


「問題ねえよジェニー。暴れてたモンスターは斃したし、ついでに出てきた転生者とパートナーも保護しといた」

「おー、さっすがー、すっかり仕事できる人だねー渡辺君はー」


 ジェニーがパチパチと拍手する。


「今さっき連れられて行った二人が転生者とパートナーなのー?」

「ああ、そうだ。転生者の方は、能力の話を聞いてかなり浮かれてたぞ」

「……浮かれていた、か。貴様、ちゃんとこの世界について説明したのか?」


 ジェニーの隣にいた男が、腕を組み威張った態度で渡辺に訊ねる。


「説明したさ。この世界の始まりとか、パートナーとか、チート能力とかな」

「……“人類は存亡の危機に瀕している”が抜けているぞ」

「それに関しちゃ嫌でもすぐに知るだろ。今はどこもかしこもの話で持ち切りだからな。それに俺には、他人に拘ってる余裕は無いんだよ。……まだまだ強くならねえと」


 渡辺が、ジェニーと男に背を向ける。


「近くにいるモンスター斃しまくって、レベルアップに励んでくる。また『直感インチュイション』で騒動に気づいたら『精神感応テレパシー』で教えてくれ。じゃあな」


 渡辺は人間離れした跳躍をすると、そのまま木から木へと飛び移っていきその場を後にした。


「すごいなー、渡辺君ー。マリンちゃんの料理食べてるとはいっても、3日も眠らずによく動けるねー」

「ふん、悪いがジェニー。俺様はヤツを称える気にはなれんな」

「えー、何でー?」

「周りの者の気を煩わせている時点で、ただの迷惑でしかないからだ」

「ありゃーメシュ君は厳しいねー。でも、そだねー。マリンちゃんとかー、オルガとかー、皆心配してるもんねー」


 メシュと呼ばれた男は、晴れた空を見上げると、その青を背景に過去を映した。


「ヤツはまた昔に戻ってしまった。初めて出会ったばかりの、独りで生きていこうとしている頃のヤツに……いや違うな。今のヤツは生きようとすらしていない。独りで終わろうとしているのだ」

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