第3話 彼の変化

 人類は存亡の危機に瀕している。


 いきなり何を言い出すんだと思われるだろう。だが、確かに異世界ウォールガイヤの人々は滅ぼされようとしているのだ。魔人の手によって。


 魔人。


 それは、異世界ウォールガイヤの歴史を語る上で欠かせない存在だ。

 鳥の様な翼を有していたり、或いは魚の様な鱗やヒレを持つ者、獣の様な体毛を持つ者など特徴は魔人によって様々だが、共通点としてはどれも人間に近い見た目で二足歩行する。


 魔人たちとは異界歴30年に初めて遭遇し、その際は壊滅的な被害をもたらされた。

 続く異界歴62年、113年にも、その時によって種類は異なれど魔人が突如として遥か遠くの地からやってきて人間を襲った。


 そして異界歴139年。

 今回はわざわざ近い内に侵攻すると宣戦し、人類を恐怖のどん底に落としている。


 しかし、その恐怖の中でも屈さず、魔人に打ち勝つため努力と研鑽を積み続ける戦士たちがいた。

 その内の一人が、渡辺 勝麻だ。



 *



 深夜、渡辺は自分の隊とジェニー、メシュ、それから例の転生者とパートナーを率いて街に帰還した。


 ウォールガイヤの全人口500万人の内の6割が住む巨大な街、フィラディルフィア。直径80kmの円形状になっているその街は、周囲を水堀と高さ20mの石壁に囲われている。

 街は東区、西区、南区、北区、中央区の5つの区画に分けられており、渡辺たちは東区にいた。

 東区はアジア地域出身の転生者が多く住んでいて、日本人にとっては見慣れた和風の家が建ち並ぶ。中には時代が先行してコンクリートに近い素材で建てられた現代風の一戸建てもあるが、基本的には昭和の街並みだ。


「みんな2週間よくやってくれた。おかげで誰一人欠けることなくクエストは無事に完了、指定された区域に防火帯が設置できた。しばらくゆっくり休んで英気を養ってくれ。それじゃ、解散」

「「 お疲れさまでした! 」」


 渡辺の指示に従って部下たちはそれぞれの帰路に就いていく。

 転生してきたばかりの男女は、数名の部下たちと共に初心者サポーターのもとへと向かった。初心者サポーターとは名前の通り、転生してきたばかりで右も左もわからない転生者にこの世界の常識やルール、生き方を一ヶ月間教える者たちのことを指すもので、公務員の立場だ。この世界の新たな住人の世話は、その道のプロに任せる。



「んじゃー私たちも帰るねー」


 ジェニーが渡辺にぷらぷらと手を振る。

 その横では、メシュが憐れんでるのか怒ってるのか、どちらとも取れる表情で渡辺を見ていた。


「ああ、帰り道気をつけてな」


 そんな視線を見て見ぬフリして、渡辺は手を振り返した。

 「渡辺君ー、あんまりマリンちゃんに心配かけさせないでよー!」と、言葉を残して、ジェニーたちは去っていった。


「……マリンに心配させるな、か……難しい注文だな」


 渡辺もその場から離れ、自宅へと向かった。



 *



 東区の中央付近。そこは現代風の一戸建てがたくさん建てられているエリアで、なかなかの金持ちが集まっている。

 ここだけ切り取れば、現代の日本の住宅街とほとんど変わらない。


 その夜道の脇に、一人の女性が佇んでいた。

 手袋をはめてフード付きのボレロの上着を羽織っており、紺色の長いスカートと透き通るような青色のロングヘアを、冬の刺してくる冷たい夜風に靡かせている。

 彼女のみずみずしく青い瞳は、未だ来ぬ待ち人を望んでいた。


「やあ、キミ。こんな時間に一人で散歩かい?」


 女性を、レザーアーマーを装備した三人の男が囲んだ。


「ぐへへっ、あぶねぇなあ嬢ちゃん。どっかその辺の男に襲われても文句言えねぇぞお? どうだ? 俺たちが送って行ってやろうか?」

「……結構です」


 女性は男たちの全く隠すつもりのない欲望の眼差しから逃れようと歩き出すが、3人の内の1人が回り込んできて道を塞ぐ。

 それも避けて行こうとすると、さらに別の男が立ち塞いでくる。


「そう邪険にしないでくれよー。安全に送ってやんのは本当だって。その代わりにちょーっとお兄さんたちにイイコトしてくれるだけでいいんだよー」


 女性は辺りに視線を送る。

 周りには男たち以外にも人がいた。しかし、全員目を合わせず逃げるようにして去っていく。


「無駄だよ。この辺りに住んでる人はみんな知ってるんだ。僕らがとっても親切だってね」


 男の一人が女性の腕を掴もうと手を伸ばした。

 力の無い女性に抗う術は無く、ただ恐怖で固く目を閉じるしかなかった。



「おい、俺のパートナーに何か用か」


 そこへ、男の声が割り込んだ。

 それは女性が待ち望んでいた声で、閉じていた目を見開く。


「ショウマ様!」


 振り向けば、そこにいたのは渡辺だった。


「あー? 何だガキ? この女の主人かー?」

「こんな上玉な娘ぇガキには勿体ないぜぇ! 俺らが可愛がってやるからガキはそこで指でも咥えて見てな」


 「「ハハハハ!」」と、男たちは一様にして渡辺を嘲り笑う。

 これを渡辺は一切意に介さず、一歩前へ出た。

 男たちの笑いはすぐに止み、睨みを利かせてきた。


「キミさあ、引っ込んでろって言葉の意味わかんないのかな?」

「…………」


 渡辺は何も答えない。ただ真顔で男たちをジッと見ている。


「はぁ、仕方ない。だったら強制的に大人しくしてもらうとしよう」


 男の一人の両目が青白く光った。


「ふむふむ。このバカのレベルは85だ。ステータスもその標準。お子様の割には高いレベルだけど、僕たちの敵じゃあない」


 男が今何をしたのか。

 それは例のチート能力というものの一種であり、『解析アナライズ』と呼ばれる能力だ。

 『解析』は相手の攻撃力や防御力、速さや魔力などを数値化して視認できる効果を持っており、相手の強さを正確に知ることができる。


「俺らはさー、三人ともレベル100超えてんの。この意味わかるよねー」

「今の女王様に戻って廃止されちまったがよ、俺たちは“アリーナ”じゃそこそこ有名だったんだぜぇ。勝てば相手のパートナーをゲットできて好きなように命令もできる。夢のハーレムが作れて良い時代だったもんよ。それをどっかのバカが元女王と組んで革命なんて起こしたせいで、新しい女が補充できなくなっちまったぁ」

「……そりゃあ悪かったな」


 渡辺が言葉だけ謝ってみせた。悪いとは微塵にも思っていない。

 男は引っ掛かった。

 何故、コイツが謝罪を口にする?


「とはいえアリーナが無くなっても、主人が別の主人を倒せばソイツのパートナーの命令権を得るという法則は無くならない。この法則は、ウォールガイヤが始まってから存在し続ける絶対の法則だからね。さあ、キミをボコボコにして彼女で愉しませてもらうよ」

「…………」


 渡辺の口からは何も発されない。

 ただ、渡辺が羽織る黒いポンチョがふわりと風で揺れた。


「――!! ダメです! ショウマ様!!」


 マリンが焦って叫ぶ。


「おいおい女に心配されてるぜぇ。みっともねぇなぁ」


 コキッ、と渡辺は指の骨を鳴らす。



「ん?おお、渡辺!渡辺 勝麻じゃないか!!ハーッハッハッハ!こんなところで何やってるんだ?そいつらは友達か?渡辺 勝麻?」


 場違いなテンションでやたらと渡辺渡辺と連呼する声が、一触即発の張りつめた糸を緩ませた。

 特に、渡辺はその声で「渡辺」と呼ばれることに強い違和感を覚える。

 声がした方に目をやれば、赤い鎧を装備した黒髪に白髪交じり大男がこちらへ歩いていた。丸太の様に太い両腕と脚は、わざわざ確認せずともステータスが高いことを明白にしている。


「ちょ、ちょっと待てぇ! 渡辺 勝麻っていやぁ確か革命軍の中で一番暴れまわってたっていうあの?!」

「く、黒髪に隻眼、よく見てみれば噂で聞いた特徴と同じだー! こんなガキがあの人類守護神を倒したっていうのかー?!」

「慌てるなお前たち! コイツが本物の渡辺だっていうなら、ステータスがこんな低いわけ――!!」


 『解析』で再び渡辺の数値を確認した男は、驚愕する。


「そんな……レベルは85のままなのに、ステータスがレベル700並みに変化してるだって?!!」

「うわー! やっぱ本物だー!!」

「逃げろおぉ!!」

「ま、待てお前たち!」


 三人が渡辺から逃げる。が、


「おっとと、逃がさんよ」


 赤い鎧の大男が逃げる男たちに対し、腹を蹴り、鳩尾に肘を入れ、顔面にパンチにした。三人とも一撃でノックダウンして気絶した。


「相手の了解も無しに戦闘を仕掛ける行為は法律違反だ。国の秩序を守る騎士として、お前さんらを現行犯逮捕する」

「……オルガか。こんなところに何の用だよ。アンタの家、こっちじゃないだろ」


 渡辺の質問にオルガは高笑いする。


「ナベウマがクエストから今日戻ってくるってジェニーから聞いていたもんでな。久しぶりに顔を見ようと足を運んだんだが、危ないところだったな」

「危ない? 助けなんてなくても俺は一人で――」


 オルガは頭を振って倒れている男三人を一瞥した。それだけで渡辺はオルガの言いたいことを理解する。助けようとしたのは男三人の方だ。


「魔人が今にもやってくるかもしれない時に、病院のベッドの枠を3つも埋めるわけにはいかないだろう?」

「そこまでする気はねえよ。地面砕いて脅す程度のつもりだった」

「ふむ。一昔前のお前さんだったら、半殺しにしている場面だったが」

「……前の話だ」


 渡辺はオルガから目を逸らした。


 まるで別人だな、とオルガは思う。

 革命が成される前までは、良くも悪くも自分の考えを貫き実行する子だった。それが今ではすっかり自信を失ってしまっている。……やはり、人を殺めた代償は大きかったか……こんな時、何と声をかけてやればいいんだろうな……。


 革命が終わってから2ヶ月、オルガはずっとそれについてばかり悩んでいた。

 そんなオルガの気持ちなど露知らず、渡辺は男たちに絡まれていたパートナーへと歩み寄った。


「……マリン、何で出歩いてた?」

「……その、帰りが遅かったものですから。ショウマ様の身に何かあったんじゃないかって心配になったんです……」

「今は魔人への不安を募らせて、犯罪や暴動を起こす輩も増えてる。夜中は家を出ないでくれ」

「はい……わかりました」


 渡辺のパートナーであるマリンは、沈んだ面持ちで頷いた。


「それを言うなら、まずお前さんが周りに心配をかけないようにすべきじゃないのか?」


 オルガは落ち込むマリンを見かねて口出しした。

 それに対して、渡辺は眉をしかめる。


「変わらないなオルガは。いつまでも甘いまんまだ。無理しないで何とかなるほど魔人たちの相手が楽じゃないってのは、アンタが一番知ってるはずだろ」

「知っているさ。無茶すればどうにかできる相手でもないのもな」

「……本当に甘い……そんなんだからこの世界でも、前の世界でも、大事な人を死なせるんだよ」

「――!」


 渡辺はそれを捨て台詞に去っていく。


「ショウマ様! 今の言葉は――」

「いい、マリン」


 渡辺を呼び止めようとするマリンをオルガが制した。


「ですが!」

「ナベウマは事実を言っているだけだ。それよりマリン、ナベウマのこと、よろしく頼むぞ。あの子に一番近しいのは、お前さんだからな」

「……はい、もちろんです……」


 吹けば飛んでしまいそうな頼りない声で返事をすると、渡辺の後をついていった。

 オルガは後ろから、遠ざかっていく二人を見つめる。

 二人の距離は手を伸ばせばすぐ届く距離だ。

 しかし、オルガにはその距離がとても遠く感じられたのだった。

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