第4話 繋がりは遠く離れて
「ショウマ様、ケガはされていませんか?」
「大丈夫、してない」
「そうですか、良かったです。ショウマ様が無事で」
「…………」
「……あの、お腹空いてませんか? もし空いてるなら今から作りますよ?」
「いや、いい。今日はもう遅いし早めに寝るよ」
「はい……」
遠い。
隣を歩く渡辺の横顔を見て、そう感じた。
理由はわかっている。
あの日あの時、彼を恐れてしまったからだ。
彼の強い憎悪を受け止めることができなかった。
だから、彼は自分の目を真っ直ぐ見て話してくれなくなって。
甘えてはもらえなくなってしまった。
……私は、ショウマ様のそばにいてもいいのかな……。
渡辺とマリン。
帰り道、二人はぽつぽつと会話をするものの、表情に光が宿ることはなかった。
モダンな2階建ての家に到着して、渡辺が玄関の戸を開けた。
「
ちょうど玄関前をメイド服を着た女の子が歩いていた。黒髪ボブで眼鏡をかけた女の子は、渡辺たちに気づくと嬉しそうな声を出した。とんでもなく小さな声で。
ぶっちゃけてしまえば、渡辺はほとんど聞き取れてなかったが、彼女とは前の世界で高校1年から高校3年まで同じクラスで付き合いが長いため、言いたいことは察することができた。
彼女は、渡辺と同じくトラックに轢かれて転生した
「ただいま、結ちゃん」と、マリンがニッコリと笑って言う。
「ただいま。どうだ市川、ここでの暮らしにも慣れてきたか?」
「
市川は3ヶ月前にこの世界へやってきた。
だがやってきてすぐ、彼女は王国によって捕らわれの身にされてしまった。何故と聞かれれば、まずチート能力をさらに説明する必要がある。チート能力は親から子へ引き継がれる。例えば、母親の能力が『
市川のチート能力『
能力の組み合わせなど関係無しに、あるだけで得をする。
前にこの国を支配していた女王はこの能力に着目し、魔人と戦える戦士を増やすため『階層跳躍』の能力を持つ者全員を幽閉して子を作らせていた。
市川もその被害者だった。
どうにか行為をさせられる前に渡辺に助け出された市川だが、その後は魔人に対する世の混乱で職に就けず生活に困っていた。それを渡辺が使用人として雇い、今に至っている。
「そうか。上手くやってるなら安心だ」
渡辺が荷物を背負ってリビングへ向かう。
「
「大丈夫だ。服なら自分で洗ってある」
「え?」と、市川は首を傾げた。
「
「無いよ。けど無くたって洗剤さえあれば洗濯機と同じことができる。『
渡辺が指先をグルグル回して見せ、ざっくりとしたイメージを市川に伝えると。市川はぽかんと口を開けた。
「
「すごかないさ。『水魔法』と『風魔法』が使えれば誰だってできる。実際それを生業にしてる人もいるぐらいだ」
「
「……っていうか市川、俺の服を洗濯するってちゃんと意味わかって言ってるか?」
渡辺に聞かれ、市川はきょとんとした顔をする。
「わかってなさそうだな……それ、俺のパンツも洗うってことだぞ」
「
一拍置いて、市川の顔が一気に真っ赤になりボフンと蒸気が上がった。
「
「いや妙に気合の入った顔されても俺が恥ずかしいから嫌なんだって」
「
「やれやれ、なんていうか市川って、意外と仕事熱心だよな」
ただのクラスメイトという間柄のままではわからなかったであろう市川の一面を知り、渡辺は少し微笑ましい気持ちになる。
「おかげでとっても助かってます」
マリンも和んだ表情で言う。
「私が仕事に出ている間、家事をこなしてくれるだけじゃなくて、デューイ君とフウランちゃんの面倒もしっかり見てくれて」
「
「ははは、照れてる照れてる」と微笑を浮かべながらリビングに到着した渡辺は、テーブルの上に荷物を置いた。
渡辺は荷物の中から弁当箱を取り出すと、マリンに差し出す。
「マリンありがとな。助かったよ。明日も昼過ぎに出かける予定だから、出る時と外で食べる分作ってもらえるか?」
「え、クエストから帰ってきたばかりでまた眠らずにモンスターを退治するんですか? 流石に――」
「頼む。やれるだけのことはしておきたいんだ」
「……はい、わかりました」
マリンは空になった弁当箱を受け取ると、中を洗うために台所の方へ移動した。
彼女が作る料理は普通の料理とは異なる。それというのもチート能力の作用によるもので、彼女の料理は、食べた者の代謝を促進させるだけでなく神経を興奮させる効果があり、数日間眠らず、かつ、集中力を切らさずに行動ができるようになるのだ。
「おとーさん。帰ったの?」
「
市川が疑問を向ける方向には、まだ10にも満たないであろう寝間着姿の少女がいた。
髪はショートヘアで雪の様に真っ白く、頭に巻いた黒い布で両目を覆っている。
「声聞こえた。おとーさん。どこ?」
「フウラン、こっちだ」
呼ばれてフウランは渡辺へと駆け足で飛びついた。
フウランにぐりぐりと顔を腹に押し込まれた渡辺は、その頭を優しく撫でる。
「よしよし。ちゃんと市川お姉さんの言うこと聞いて良い子にしてたか?」
フウランは顔を渡辺から離すと、こくんと首を縦に大きく振った。
「おとーさん。お話しよー」
「わかった。体流してから――」
「やー。今がいい」
服を引っ張るフウランに渡辺は「おいおい」となる。
そんな二人のやり取りを微笑ましく見ていたマリンがフウランの味方をする。
「行ってあげてください。フウランちゃん、ショウマ様が帰ってくるのずっと楽しみにしてたんですよ」
「そうなのか?」
「はい。毎日『おとーさん、まだー?』って」
「そうか……」
嬉しい。戸惑い。疑問。怒り。
渡辺の心が、一瞬そんなものでごちゃ混ぜになった。
「ならゆっくりお話しするか」
渡辺に抱き上げられ、フウランは「やったー」と口元を笑みの形にする。
そのまま二人はリビングを後にした。
「
マリンは台所の前で佇み、渡辺から受け取った弁当箱を眺めていた。何やらその表情は深刻そうで市川は心配になる。
「
「へ? あ、大丈夫だよ!大丈夫! そうだ結ちゃん! 今の内にお風呂沸かしてもらえるかな。ショウマ様、フウランちゃんが寝たら入ると思うから」
「
市川もリビングから去っていく。
それを見送ったマリンは蛇口を捻って水を出し、弁当箱を洗い出した。
「……『ありがとう、助かった』……かぁ」
マリンは静かに呟いた。
呟いて、初めて渡辺が自分の料理を口にした時のことを思い出していた。
あの時のメニューは確か野菜炒め。渡辺があまりの美味しさに驚いてワーワーと騒いでいたのを、今でも鮮明に覚えている。
「……もう『おいしい』って、言ってはもらえないのかな……」
マリンの目に涙が溜まる。
……神様は、どうして私にこんな能力を与えたの? どうしてあの人のそばで一緒に戦える力をくれなかったの? あの人のそばにいたい。支えたい。それなのに、私にはあの人を苦しませることしかできない……。
リビングの空間に、蛇口から流れ出る水の音だけが響いた。
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