第9話 ファミリーレストランへ

 翌日。

 渡辺は夜通しの修行から直接、指定された場所へ足を運んでいた。


 一体誰が自分を呼んだのかと、渡辺は道行く人々の中から探す。


「来たな。ボウヤ」


 聞き覚えのある女の声だった。


「――ッ! ……あの手紙の送り主はアンタだったのか」


 振り向けば、身長180cmを超える白銀のウルフカットの女性が立っていた。額から口にかけて深い切り傷があり一度見たら忘れないであろう顔立ちをしている。だが、その特徴抜きでも渡辺にとっては忘れ難い存在だった。何せ殺し合った仲だ。


 エメラダ・アイゼンバーグ。四大勇者の一人であり、ディックの母親だ。


「『お前が弱い理由を知っている』ってあれはどういう――」

「そう慌てるな。ゆっくりランチを食べながら話そうじゃないか。5人仲良くな」


 エメラダが視線を投げる先には、四大勇者の他の3人もいた。


「……このメンツでファミレスって、マジか」



 マジか。

 と思ったのはファミレスの店員も同じだった。


「はーい、いらっしゃ……いませえ?!!」


 異世界ウォールガイヤで四大勇者を知らない人間はいない。

 サイ〇リアやバーミ〇ンの様な、何の変哲もないファミレスにビッグネームが4人も揃って現れた。

 店員は泡を吹きかけるが何とか堪えて平常心を保とうとする。


「な、何名様でしょうか?」

「5人だ」


 エメラダが答える。


(5人?)


 四大勇者だから4人なのではと、店員は動揺していたのもあって短絡的な思考に支配されていた。

 エメラダの後ろにいる渡辺の姿を見つけて、またもや仰天する。


 (って、ええええ!!! あ、あの人って確か人類守護神を倒した!! 勇者様たちとは敵対関係だったはずの人が何で一緒にランチ?!!!)


「き、喫煙席と禁煙席がございますが、どちらになさいますか?」

「喫――」

「「 禁煙 」」


 見計らったように、エメラダ以外の3人の勇者がハモった。

 エメラダは額に手を当てて項垂れる。


「ではこちらへ」


 店員に案内される5人。

 店内にいた客たちもエメラダたちの存在に気づき、一様に食事を運ぶ手が止まる。


「ね、ね!あれヤバくない!」「キレて店ん中で戦い始めたりしねーよな」「俺、別の店に行こうかな……」「え、エメラダ様だ!サインもらわなきゃ!」「バカ!今はやめとけ!」


 渡辺たちを中心に話題の波紋が広がり、瞬く間に注目を集める。


 5人がテーブル席に着いた。

 エメラダと渡辺は向かい合う形となり、他女性2人がエメラダ側、男1人が渡辺側の席にいる。


「やれやれ、仲間ですら喫煙者に厳しいとは世知辛い世の中だねぇ」

「私は構わんのですがね。可愛い可愛い私の娘が嫌がるもので」


 エメラダのぼやきに応えたのは、渡辺の隣にいるモノクルをかけた初老の男グスターヴ・ヴンサンだ。紳士服と白い手袋で身を包む彼の傍らには、ロリータ服を着た幼女が座っている。一見本物の女の子に見えるが実は人形だ。グスターヴは人形の頭を愛おしそうに撫でる。


「煙草の煙は肺の機能を低下させる。お主のせいで呼吸が乱されては堪ったものではない」


 青い柄の入った和服を着た日本人女性が言った。女性の名は草薙 刀柊。知世の母親だ。知世に剣術を教えた人物でもあるので、渡辺にとっては師匠の師匠といったところか。


「……煙草の煙……僕……苦手」


 最後にモンデラ・シャン。

 黒髪のショートヘアで小麦肌の小柄な女性だ。服装は黒一色で統一されており、革製の胸当てを付け、ミニスカートを履いている。全体的に黒尽くしな彼女だが、ジトッとした目だけは白く、全身でコントラストを体現したかのような風貌になっている。


「はいはい。わかったよ降参だ。仕方ない、酒で誤魔化すとしよう」


 エメラダがメニュー表を手に取って目を通す。


「……なんだい。種類が全然無いじゃないか」

「ハーッハッハッハッハア!! ここは居酒屋じゃありませんぞ!」


 うるさい。と、渡辺が思うほどグスターヴがでかい声を発する。

 やはりというべきか、エメラダはファミレス慣れしてないようだ。


「ハァ、まあいい焼酎でも頼むか。ほら、次」


 エメラダが刀柊へメニュー表を渡そうとするが、


「…………」


 刀柊はそれを受け取らなかった。


「おっと、そうだ。お前は自分で調達したものしか食わないんだったな。だったらモンデラだ」


 エメラダからメニュー表を手渡されたモンデラはページをパラパラと捲り始める。すると間もなく、ページを捲る手が止まった。


「……おいしそう」


 苺パフェだ。モンデラが苺パフェの写真に熱い視線を注いでいる。

 その隣で、刀柊が窘めた。


「モンデラよ。度々申しているが、その甘味の塊はお主を弱くするぞ」

「う……わかった……食べない」


 しゅんとモンデラが肩を落とす。


「ふむぅ相変わらず手厳しいですなあ。たまになら食べても良いのでは?」

「私もグスターヴと同意見だ。お前は違うかもしれんが、大抵の人間にはストレスを発散する機会が必要なんだよ」

「……まったく甘いな、お主たちは。いいだろう。モンデラ、好きにするがいい」

「やった……食べる」


 モンデラはジト目を輝かせて頷いた。


 (……コイツらって仲良いんだな)


 戦いの中でしか4人を知らなかった渡辺は、ありふれた家族のようなやり取りを見て意外に思った。


 その後、グスターヴと渡辺も何を食べるか決めて、緊張でガチガチのロボットみたくなってる店員に注文した。



「それで、この集まりは何なんだ? エメラダはともかく他の3人は何でいるんだよ?」


 渡辺が問いかける。それに最初に答えたのはグスターヴ、次に刀柊だった。


「オ、オー。私はただ人類守護神を倒した君の顔を見ておきたかっただけですな。無視してくれていいですぞ」

「妾はお主が如何ほどの修練を積んだのか見に参った。どうやら知世は正しく導いているようだ。細かな動きからもお主が鍛えられているのがわかる」

「そりゃどーも。次はアンタだ」


 渡辺の視線がモンデラに向けられた。モンデラはその視線から逃げるように目を背ける。何を怖がっているんだか、と渡辺は思ったが、考えてみれば無理もない話だった。かつて渡辺はモンデラと戦い、殺す寸前まで追い詰めたことがあった。


「あの時は悪かったな。もう殴ったりなんてしないからそう怖がるなよ」

「……違う」

「え?」


 どうやら渡辺を恐れているわけではないらしい。


「じゃあ何で」

「片目……僕が……見えなくしちゃったから」

「…………」

「本当に……ごめんなさい」


 モンデラは申し訳なさで、いたたまれない気持ちになっていた。今日ここへモンデラがやってきたのは渡辺に謝罪したかったからだ。


「……別にいいさ。モンデラもそこにいる刀柊を守ろうと必死だっただけだろ。なら何も悪くない」


 渡辺の本心からの言葉だ。当時でこそモンデラを許せない気持ちでいっぱいだったが、落ち着いた今なら彼女の気持ちもわかる。


「……許してくれてありがとう……ショウマ」

「ああ」


 モンデラが頬を緩ませて微笑むのを見て、渡辺も少し穏やかな気持ちになる。


 しかし、平穏に浸っている余裕は自分にはない。聞くべきことを聞かなくては。


「そろそろ本題に入らせてもらうぞ。エメラダ、あの文はどういうつもりで送ってきた」

「……実は昨日、こっそりお前とディックが闘っているのを見させてもらった」

「……それで?」

「人類守護神を倒した男の実力、どれほどのものかと思ったが、期待外れだったよ。正直、今のお前では刀柊にはもちろん、私や知世にも勝てないだろう」

「ッ!」


 テーブルに置いていた手を、渡辺は握り締める。


「お前が弱くなった理由が何なのか。私はある予想をした。そして、今確信した。お前はモンデラを許したな」

「――は?」


 予想してなかった方向から弾が飛んできて面食らう。

 モンデラ自身も困惑している様子だ。


「待て、それと俺が弱くなった事とどう関係があるんだよ」

「昔のお前であれば、モンデラを許したりはしなかったはずだ。自分へ降りかかる理不尽が許せない。自分の理解できない事が許せない。お前はもっと自分勝手なヤツだった」

「何だよそれ……自分勝手な俺が良かったっていうのか?」 

「ああ、そうだ。お前のチート能力は自分の意思に影響されるのだろう? あの頃のお前は、良くも悪くも前しか見ていなかった。自分の生死も顧みず、自分のやりたい事だけを成そうとしていた」

「…………」


 渡辺は意味がわからなかった。

 どうして敵だったヤツが、敵だった頃の自分を良かったと言えるのか。

 憎くないないのか。恨めしくないのか。

 自分は恨めしい。

 だって、それは自分を苦しめた連中と同じだから。


「俺は、殺したんだぞ。何十人も何百人も、それのどこが良いって言うんだよ!」


 苦々しい口調で語る渡辺。エメラダは眉間にしわを寄せギロリと渡辺を睨んだ。


「後悔するくらいなら最初から人殺しなどするなクソガキが!!」

「――ッ!」


 言葉が深く突き刺さり、胸が痛む。


「大方、魔人の殲滅に躍起になってるのは、罪滅ぼしか」

「…………」


 図星を突かれて何も言えなかった。エメラダは無言を肯定として受け取る。


「弱くなるのは当然だ。お前は自分からやりたい事をやっていない。ただ贖罪の感情に突き動かされているだけだ」

「だから、自分勝手にやれって? そんなの人として間違ってるだろ」

「勘違いするな。私は道徳を説いているんじゃない。強くなりたいのだろう? なら自分勝手に生きろ。他人の顔色を窺って自分を殺すな」


 言われて渡辺の頭に自然と思い浮かんだのは、マリンやフウランたちの笑顔だった。

 きっとそれが自分の望んでいるものだったんだろう。

 ただ彼女たちと笑って平和に暮らしたい。それさえできれば他に何もいらない。


 けど、人殺しである自分にその資格があるとは思えなかった。

 何より、あの時のマリンの怯えた顔が忘れられない。目に焼き付いて離れない。


「なぁ、お前もそう思うだろう?」


 エメラダが言った。しかし、エメラダが向ける視線の先はテーブルに座る3人ではなく、渡辺の横だった。

 一体誰に向かって言ってるのか? と、横に顔を向けてみる。


「――え」


 渡辺は絶句した。


 目の前に立っていたのは、人類守護神と称えられた男。

 ルーノール・カスケードだった。


「うわああ!! ルーノール様まで現れたぞ!!」「る、ルーノール様だ! サインもらわ――」「だから空気を読めって!」「おいおい、こんな所で殴り合いを始めたりしないだろうな!」「わ、私帰ろ」


 考え込んでいて気づかなかったのだろう。渡辺がルーノールに気づく前から、店内は騒々しくなっていた。中にはそそくさと帰る人の姿もある。


「お主、ルーノールも呼んでいたのか」


 表情をほとんど表に出さないはずの刀柊が、驚いた顔でエメラダに訊いていた。


「ああ。もっとも、本当に来るとは思っていなかったがな。ルーノールが他人に時間を割くとは」


 白い鎧を身に纏い、赤毛のオールバックでちょび髭を生やしたルーノールは、そんな周りのゴタゴタなど捨て置いて、渡辺に視線を落としていた。


「……ふん。まるで抜け殻だな」


 ルーノールはそれだけ言って踵を返すと、店の出口へと歩いて行った。


「ま、待て!!」


 渡辺は慌てて追いかけた。店の外でルーノールの背後に迫り、言葉をぶつける。


「アンタまで今の俺がダメだって言うのか?!!」


 ルーノールが足を止める。


「アンタだって言ってたじゃないか! 俺が自分勝手だって!」


 革命時の決戦で、ルーノールは渡辺にこう言っていた。

『能力の名『絶対の意思』と言ったか。なるほど、言い得て妙よ。他人の言葉に一切耳を傾けようとしない、ウヌの自分本位な人間性をよく表しておるわ』


「最低な人間だと思ったんだろ?! だから俺は――」

「初め、貴様は独りだった」


 渡辺の言葉が遮られた。


「だが、それがどういうわけか独りではなくなった。故に我はウヌに敗北したのだ。それがどうだ、今の貴様は独りですらない。童、ウヌは何者か」


 ルーノールは最後に渡辺を一瞥すると、その場を去っていった。


「……わけが、わからねぇ」


 渡辺は両手で頭を抱えた。

 強くなるには俺が最も嫌悪する人種と同類にならなければいけない?

 俺は独りにすらなっていない?


 言われた言葉を理解しようとするも、思考がスプーンでかき混ぜられたみたいにグチャグチャになって混沌としてしまう。今の渡辺にはエメラダの言葉も、ルーノールの言葉も飲み込めそうになかった。



 そんな意気消沈とする渡辺を他所に、店の中でエメラダと刀柊が次の会話をしていた。


「身勝手さが足りぬ故に、能力を完全には扱えていない、か。それは真か?」

「はっ、ただの勘だ。だが、能力が発揮されようがされまいが強くなることに変わりはないだろうよ。私の息子が――ディックがそうだったようにな」

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