第12話 舞台は整う
『魔人が、人間界への侵攻を、開始しました。魔人が、人間界への侵攻を、開始しました。指定の避難場所へ、落ち着いて移動してください。繰り返します――』
『うん。うん……わかった。伝えてくれてありがとう、オルガ』
サイレンの音が響き渡る中、とある家で女性がオルガから『精神感応』で連絡をもらっていた。
「……『ありがとう』か……まぁ『鬱陶しい』って言われるよりは全然マシかしら」
オルガからの言伝を聞いて、彼女は昔、千頭から言われた言葉を思い出す。
彼女の名はレイヤ。外ハネボブでオレンジ髪な三十路の女性で、オルガに憧れて騎士となった人物だ。
革命時、レイヤは国を守る騎士として。オルガは渡辺や千頭たちを守るため、二人は戦った。あの戦いの後、レイヤは自分を気絶させたコウクを酷く責めたが今となっては感謝している。もし、あのままオルガと戦っていたらどちらかが命を落としていたかもしれない。
もちろん革命自体は許せるものではない。現在でもモヤモヤとした感情が燻っている。それでも怒りに囚われず冷静でいられるのは、革命によって確かに救われた人々がいたからだ。
アリーナ制度が廃止されたことで転生者や国民は抱えていた負担が無くなって活動的になったし、カトレアの無理難題な指示に従っていた労働者も晴れ晴れとした様子だった。
魔人の影に怯えつつも、王国全体が前よりも活気づく結果になったのだ。
当たり前だがカトレアも国民に嫌がらせをしたかったわけではない。アリーナ制度も設備や施設の完成を急ごうとしたのもすべて魔人と戦うための準備だった。しかし、その良かれと思っていた行いが多くの人々を鬱屈させていたのだった。
「さーて……私も避難誘導の準備をしなきゃ。でもその前に、あそこに行こうかな」
レイヤが家を出ようと玄関まで移動する。
そこへちょうど誰かが玄関の扉を開けて入ってきた。長身で黒の短髪の男、それはレイヤーのパートナーであるコウクだった。
「おや、もう避難誘導に出かけるのですか?」
黒縁メガネ越しに目を見開いてコウクは語りかける。
「ううん、ちょっと気分転換。すぐ戻ってくるから、清十郎にもそう伝えといて」
レイヤは足早に外へ出ると『瞬間移動』の魔法石を使い、一筋の光となってどこかへと飛んで行った。
コウクにはレイヤがどこへ向かったのかはわからない。だが、一つだけハッキリとわかることがあった。
レイヤの表情が少し沈んでいた。おそらく他人にはわからない表情の変化。レイヤの最初のパートナーであり、10年間そばにいたコウクだからこそわかる違いだ。
「……またあの男のことで悩んでるのか」
コウクはギリッと奥歯を噛んだ。
*
「……何度見ても、飽きない景色ね」
『瞬間移動』した先で、レイヤはある高地から眼下に広がる森を眺めていた。森の中央には湖があり、それが日の光を反射して宝石の様な輝きを放っている。それは14年前、千頭と一緒に見た時と何一つ変わらない光だった。
「一人残してきた妹さんを放ってはおけなかった、かぁ」
千頭が元の世界に執着する理由を、レイヤも知っていた。革命後、オルガが教えたのだ。千頭の真意を知った彼女は、まず納得した。
出会ったばかりの頃、千頭が時折寂しげな表情を浮かべていたのは、別世界にいる妹を想っていたからなのだと。
そして次に、自分と千頭はどこまでも相容れないのだとも理解した。
「亮君の心はずっと前の世界に残されたままで、最初からこの世界にはいなかった。そりゃあ、この世界の住人である私が相手にされないわけよね」
どおりで『鬱陶しい』と言われるわけだ。
レイヤは両腕を上げてグーッと伸びをした。
それから力を抜いて両手を下ろすと、ニッと笑みを作る。
「うん、もうお終い! 彼のことは綺麗さっぱり忘れちゃいましょう! 今は魔人で大変な時だし、そっちに集中集中!」
自分に言い聞かせるように声を大にして言った後、レイヤは再び『瞬間移動』の魔法石を使ってフィラディルフィアへと戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます