第11話 ゲーム

 そろそろ日が沈む時間だ。


 千頭ちかみが遠くの山の影に日が沈んでいくのを歩きながら見つめる。

 空を鮮やかな朱色に染める夕日はとても綺麗で、視線を釘付けにさせられる。

 この夕日を、あと何度見れるんだろうか。

 迫り来る決戦の日に千頭はそんな事を考えてしまう。

 

「……やれやれ柄じゃないな。何を弱気になっているんだ僕は。魔人を全滅させるんだろう? アルーラ女王が言っていたじゃないか」


 アルーラ女王。

 異世界ウォールガイヤを最初に統治していた初代女王の名だ。

 とっくの昔に肺炎を患ってこの世から去った人物。そのはずだというのに2ケ月前、フィラディフィアの中央に聳え立つアルーラ城の地下で、千頭は彼女と対話した。


「アナタは……アルーラ女王なのか?」


 千頭が問いかける。

 傍目から見ればおかしな質問だった。何故なら千頭の前に立っているのはどこからどう見ても四代目女王のフィオレンツァだったからだ。アルーラではない。


「……今この瞬間だけは、そうだと言っておきましょうか」


 にも拘わらず返答はYESだった。

 自分をアルーラだと言うフィオレンツァは、ニコニコと笑って翠玉色の瞳で千頭を捉えている。

 表情はいつもと変わらないフィオレンツァのそれだが、目のハイライトが普段よりも暗いのがどことなく別人の雰囲気を漂わせていた。


「なんて事だ……まさか、自分の人格を子供に引き継がせているのか!」


 どうしてそんな真似を!と、疑問が口を衝いて出そうになるが寸前で飲み込んだ。

 千頭にはそれよりも訊きたい事があった。


「『どうすれば元いた世界に……地球に還れるのか?』ですか?」


 フィオレンツァ――いや、アルーラが『読心』で千頭の思考を読み取った。


「そうだとも。教えてくれ。僕は還らなきゃならないんだ。妹をいつまでも一人ぼっちにさせたくないんだ!」

「何故、還り方を私が知っていると?」

「アルーラ。君は胡散臭すぎるんだよ。この世界の人類史がスタートしたばかりの時代に、モンスターの退治方法、食べれる食物や病気の治療に有効な薬草なんかを人々に教え伝えたなんて昔話があるけど、不自然すぎるだろう。どうして君はそこまでこの世界に詳しい?」

「…………」

「答えはこうだ。理由は知らないが君は転生者がやって来るより前からウォールガイヤに存在していた。正真正銘、異世界における最初の人間だった。そして君は、神から任されていたんだ。この世界の人類の管理を。『読心』に『絶対服従』もそのための能力だろう?」

「……ふふっ」


 黙ってニコニコと聴いていたアルーラが、口元に手を当て目を細めて笑う。不真面目な態度に千頭はイラついた。


「何がおかしい」

「ごめんなさい。ここまで私を理解している方とお話するのは初めてで、つい嬉しくなってしまいまして」


 それは千頭の言葉を肯定したも同然だった。

 ならば、千頭の言うべき次の言葉も決まる。


「やはりそうなんだな。君と神には接点がある。コンタクトが取れる関係だということだ」

「はい、仰る通り私は神と交信ができます」

「なら神に今すぐ伝えるんだ! 元の世界に還りたがっている人々を全員地球に還せと!」


 自然と千頭の声と目に力が入る。

 これに対する答え次第では14年越しの悲願を果たすことになる。元の世界に還る目的のために盗賊に成り下がり、最後には人殺しにまで堕ちた千頭。声を荒げずにはいられなかった。


「伝えるのは構いませんが、神がアナタの願いを聞き入れることはありませんよ。神は人間の祈りなどに耳を貸さない。神とはそういうものです」

「――ッ!」


 千頭にとって暴力に等しい事実が、彼の足から立つ力を奪って四つん這いにさせる。「ここまで来て」と、絶望が口から零れ落ちる。


「そんなに落ち込まないでください千頭さん。可能性はまだあります。魔人をすべて屠れば、きっと神もアナタの偉業を認めて願いを受け入れてくれますよ」

「……わざわざアルーラを名乗りだしたのは、結局それかい? 元の世界へ還るには魔人を斃さなければならない、そう思わせるため……」


 千頭は四つん這いの姿勢のまま顔を上げ、アルーラを睨んだ。


「この世界は、遊びなのか? 人と魔人を戦わせてどちらが生き残るかの遊び、ゲーム。神は遊んでいるのか?」

「何を根拠に、そうお考えなのです?」

「簡単な話さ。この世界は都合が良すぎる。レーザーやらサイボーグやら、SFみたいな兵器や技術はあるクセに、は無い」

「っ…………」


 核という単語を耳にした瞬間、アルーラの表情がわずかに固くなった気がしたが千頭は構わず続ける。


「核が無い理由は、核の代名詞であるウランや点火材になるベリリウム、カルホルニウムが異世界ウォールガイヤに存在しないからだ。ドロップスカイにある第三開発局では核の代わりになる物質を躍起になって研究してるみたいだけど成果は無し」


 千頭がゆっくりと立ち上がった。


「核分裂を起こせれば核融合も起こせる。そうなれば水素爆弾の出来上がりだ。1メガトンの威力もあれば、魔人なんて大した脅威じゃなくなる。めでたく人類の勝利で終わるのさ」

「つまり神は、簡単に勝ってもらってはゲームにならないから、人類側にハンデを付けていると、そう仰りたいのですか?」

「違うのかい?」

「…………」

「否定しない、か……」


 千頭の口から大きなため息が漏れる。

 こんな予想外れていて欲しかった。神に新しい命を与えられた理由がまさかお遊びが理由だとは思いたくなかったから。


「……人の命を勝手に蘇生して別世界へ送る時点で、ろくでもないと思っていた。けど、そこまで見下げ果てた神様だったとはね…………いいさ、付き合ってやろうじゃないか。そのゲームに。魔人を滅ぼして僕らは還るべき場所へ還る。それでこの茶番はお終いだ」


 千頭は吐き捨てるように言い、その場を去っていった。



 過去を振り返った千頭。

 彼は夕日に照らされる街の景色を眺めながら、自嘲めいた笑みを浮かべた。


「あそこで話を切り上げてしまうなんて少しもったいなかったな。もっとこの世界の詳細が聴けたかもしれないのに――ん」


 小高い丘の上にある公園でベンチに座っている男の背中を見つける。男は朱色に染まった街を見下ろしており、その表情は物憂げだ。

「やあ、小樽さん」と、千頭が近づいて声をかければ「亮か」と男が振り向いた。男はオルガだった。


「よくここがわかったな」

「小樽さんはわかりやすいですからね。渡辺君を見守れる場所にいるか、そうでないならアナタのパートナーが眠る墓の前か、そこでもなければ西区全体を見渡せるような場所だろうってね」


 千頭がベンチに座るオルガの横に立ち、同じ様に西区の街の景色を見渡す。

 西区は北米と南米からの転生者が多く住んでおり、住宅の外観からもそれっぽさを感じられる。東区と違い、ほとんどの家には囲いが無く開放的だ。

 今の時間、晩御飯の材料を買いに多くの人々が出歩いていて、家だけでなく人も夕日の光で影を伸ばしていた。


 しかし千頭たちが見ているのはそんな日常の風景などではなく、遥か先の西区の端に聳え立つ高さ50mの百本の塔の様な岩山だった。百本剣山。それは25年前に魔人ガイゼルクエイスが放った攻撃によって生じた地形だった。


 かつてオルガはこの西区でルーノールと共にガイゼルクエイスと対決した。

 そしてパートナーと多くの仲間を失い、大勢の人が死んでいくのを目の当たりにした。あの時の光景はずっと忘れられずにいる。


「肉体と精神がある以上、魔人がもたらす苦しみからは逃れられない。誰が最初に呼んだかは知らないが、五蘊魔苦ごうんまくとはよく言ったものだな」


 そう言うオルガの口調には疲れが見て取れた。


「魔人が進軍を始めたと聞いてショックでしたか? 疲れているようですが」


 魔人がこちらへ向かってきているという情報はまだ一般市民には伝えられてなかったが、騎士の者には既に通達されておりオルガは魔人が向かってきているという事実を知っていた。


「……それもあるがな。俺が気にしているのはナベウマのことだ。あの子は責任感が強すぎる」

「……今も彼は相変わらずですか」

「ああ、何を言っても俺の言葉は届かん。それどころか『お前は甘い』と窘められてしまった」

「ハハハ……なんだか、少し前までの僕みたいですね」

「フッ、確かに似ているな」

「なら、いつか届きますよ。小樽さんの言葉が、僕に届いたようにね」

「……そうであってほしいものだな」


 千頭もオルガも互いに殴り合ったあの日を思い出す。

 一度は袂を分かち殺し合いまでした。それが今では横に並んで言葉を交わしている。一昔前の自分たちからすれば目を疑うような光景だろう。


「小樽さんには感謝しています。おかげで僕はこうして生きている。もしアナタが止めてくれなかったら今頃かつての仲間と同様に命を散らしていたでしょうね」


 命を散らしていた。

 穏やかではない話に、オルガは「どういうことだ?」と訊ねる。


「実は魔人の偵察任務中、昔のジェヌインの仲間と遭遇しまして」


 ジェヌイン。それは昔、千頭が率いていた組織の名称だ。ジェヌインの目的はただ一つ地球へ還ることで、多くの転生者が集っていた。しかしオルガの説得を受けて千頭が心変わりした際、一部のメンバーたちがジェヌインを脱退した。

 これまで脱退したメンバーたちの行方は不明だったのだが、千頭は任務中に彼らと再会したのだった。


「彼らは魔人の地へ行くと言って聞きませんでした」

「ッ!……そうか」

「僕が殺したも同然です。地球へ還る道が人間界に無いのなら、魔人の領域にあるかもしれないと言ってしまったから……」


 千頭の表情に影が落ちる。


「亮、それは違うぞ。その者たちの還りたいという気持ちは本物だったのだろう? ならば亮がいなくとも、いずれは自分自身でその答えに行き着いていただろうさ」

「……ありがとうございます。そう言ってもらえて少し救われた気分です」


 神妙な面持ちで千頭は言った。



 ウー ウー ウー。


 街に立てられている複数のスピーカーからサイレンの音が鳴り響いた。


『魔人が、人間界への侵攻を、開始しました。魔人が、人間界への侵攻を、開始しました。指定の避難場所へ、落ち着いて移動してください。繰り返します――』


 スピーカーから無機質な男性の声が流れる。


「国も避難誘導の準備を整えたか。いよいよ忙しくなる――む」


 オルガが空を見上げた。


「――マジックレインか」


 夕日の輝きに混じって無数の光の粒が流星の如く尾を伸ばして落ちてきた。光は地面や家の屋根に当たった瞬間、フッと消える。

 マジックレインは異世界ウォールガイヤの天候の一種で、名前の通り魔力の雨だ。

 空に上がっていた魔力が落ちてきて地上の魔力濃度が濃くなる。これによりモンスターは活性化し、魔法の効果も上がる。


「……この世界がゲームのために作られた舞台なら、これもゲームのための前準備か」

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、何でもありません」


 千頭は前にマジックレインが降った時期を思い出す。

 あれは、自分がバミューダ港からアトランタ号を盗み出す直前だった。それから間もなく革命も起きている。狙い澄ましたかのようなタイミングだ。

あれも人間同士の争いが激化するように仕組んだのだとしたら、本当に自分たちの神様は血も涙も無い。


「……僕はそろそろ行きます。陛下から作戦会議に出席するよう言われてますので」


 千頭が去ろうと踵を返す。


「亮、レイヤには会わなくていいのか」


 それをオルガが止めた。


「彼女はずっとお前さんのことを心配しているぞ」

「……彼女にはありがとうとだけ、伝えておいてください」


 千頭は逃げるようにその場を後にした。


「……やれやれ、どうして世の中とはこう上手くいかないのだろうな。異世界でも、現世でも……」

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