いざ、さらば

 気づけば、懐かしい匂いがした。

 遠くの方からカタンコトンッカタンコトンッと電車の走る音が聞こえる。

 そんな懐かしい音に耳を澄ませつつ、手元の埃っぽい学習机に視線を落とした。

 何もかもあの時のまま、まるでそこだけ時が止まっているみたいで、置いてある参考書も開かれたノートのページも最後の記憶と一致する。

 唯一、腕時計だけがカチッカチッと時の流れに沿って動いていた


「午前11時、昼前か」

「この家に盗るものなんてないわよ!!――」


 そこへ、けたたましくドアを開けて自室に入ってくる人物が一人。その人は俺を見つけるなり目を皿の様にした。


「勝麻……勝麻なの?」

「うん……ただいま、母さん」

「あ……あああっ!!」


 母さんが勢いよく抱き締めてきた。


「やっぱり死んでなかった!! 勝麻は生きてた!! いつか勝麻が帰って来るんじゃないかって思ってたから、部屋もそのままにしてたんだよ!! 一体どこに行ってたの?!! 母さん、何も手につかなくなってたんだからね!!」


 一気に捲くし立ててくる。多分、溜め込んでいたんだろう。顔のやつれ具合からもそれがよくわかる。


「もう、あちこち汚れてるし怪我してるじゃない! 今からお風呂用意してあげるから、ほら、準備なさい!」

「ごめん、母さん。俺、また行かなきゃいけないんだ」


 俺は母さんから一歩距離を置いた。


「……行くって、どこへ? また母さんを、一人にするの?」


 心底恐ろしいんだろう。今度こそ息子に会えなくなってしまうんじゃないかと、声が震えている。


「ちょっと世界を救いに行くだけだよ。終わったらちゃんと家に帰るから」

「世界を救うって、勝麻、何を言ってるの?」

「…………」


 黙ったまま母さんに背を向け、俺はべランダの戸を開けて外に出た。

 説明しなければいけないことはたくさんある。でもヤツが来るまで時間が無い。


「待ちなさい! 世界を救うっていきなりどういうこと?! それは勝麻がしなきゃいけないことなの?! まだ子供のアンタが背負わなきゃいけないことなの?!――勝麻がやりたいことなの?!!」


 言われてハッとした。

 俺のやりたいこと……か。


「……多分、違う。俺は決して良い人間じゃないし、ヒーローなんて柄でもない。知り合いでもない人の命まで大事にはできない」

「だったら!」

「でもね。俺は守りたいんだ。大切な友達やクラスメイトを、それから母さんを」


 俺は白銀の翼を生やし、家を飛び出した。俺の名前を必死に叫ぶ声を無視して、どんどん上昇していく。


 そうだ。俺が戦う理由はそれで十分なんだ。

 70億の命の上に立ってるなんて思わなくていい。

 自分が守りたいモノのために戦え。


 高度を上げていきながら、俺は『千里眼』で高校の様子を確認した。


 今頃、みんな授業をしているだろうな……ってあれ? 教室に誰もいない? もぬけの殻だ。

 けど、荷物はある。……もしかして。


 俺は体育館に意識を移す。

 すると、そこに皆はいた。


 ああ……すっかり忘れてた……もう3月なんだな……。


 体育館の壇上の上に、“卒業式”の文字が綴られた横断幕が堂々と張られていた。

 懐かしい顔の面々がパイプ椅子の前に立って並び、その椅子の中には俺と市川の遺影が置かれているものがあった。


 壇上に一人の男子生徒が上がっていく。


 ……栄島?!


 栄島が演台の前に立った。


『答辞。厳しい寒さを残しつつも、馬淵川の水面で煌めく柔らかな日差しに春の訪れを感じる今日、この佳き日に私たち四十八回生は卒業を迎えます。校長先生をはじめ,日々ご指導くださった先生方,ご来賓の方々,保護者の皆様,本日はご多用の中、私たちのためにご臨席くださいましたこと心より感謝申し上げます――』


 格式ばった学校行事なんて面倒だ。

 よく、そう口にしていたはずの栄島が何で卒業生代表なんかやってるんだ?


 俺が疑問に思っている間にも、栄島はカンペの紙を両手に読み上げていく。

 入学式の日、胸に抱いた不安と期待。三年間の文化祭を通して知った他人と協力し合うことの難しさと大切さ。修学旅行の思い出。

 様々な記憶を振り返っていく。


『――どれも素晴らしい思い出です。しかし一方で、私たちは大切な仲間を二人失いました。二人は私の友人でもありました』


 え、俺と市川のことか!


 まさか、卒業の場で自分たちの話題が出るとは思っていなくて面を喰らう。


『私は二人をよく知るために、たくさん話がしたいと思っていました。特に中学時代からの付き合いだった彼についてはもっと知りたかったです。何故そこまで知りたかったかといえば、彼にはずっと悩みがあったからです』

「っ――」

『私は3年間ずっと彼から打ち明けてくれるのを待っていました。そして待ち続けた結果、二度と聴けなくなりました……っ……』


 マイクの音声の中に鼻をすする音が混じる。


『卒業式という祝いの場で暗い話を持ち出してすみません。ですが、私はこの場をお借りして皆さんにお伝えたかったのです。今隣にいる人は当たり前のように明日もいるとは限りません。突然、どこかへ旅立ってしまうことだってあります。ですから皆さん、どうか友人や家族と過ごす日常を当たり前と思わず大事に過ごしてください。――』


 それから栄島は在校生に贈る言葉へ繋いでいった。


 ……上手く隠してたつもりだったんだけどな……俺に役者の才能は無かったか……。栄島が気づいてるなら、きっと相ノ山にも筒抜けなんだろうな……二人とも、もう少し待っていてくれ。野暮用が片付いたら徹夜で暴露話してやるから。



 そして、俺は宇宙に出た。

 周囲に大気と炎を生成して肉体を酸欠と凍結から保護した後、俺は地球見下ろした。


 写真では何度も見た姿だけど、本当に青くて丸いんだな。


 そんな感想を抱いている内に卒業式はクライマックスを迎えていた。

 卒業生たちが起立して歌う姿勢を取れば、ピアノが静かに音を奏で始める。

 俺は無音の宇宙でそれに意識を集中させた。


『――あお~げば~ とお~とし~ わが~しの~おん~ おし~え~の にわ~にも はや~いく~とせ~――』


 無意識に、俺の口からも歌が零れる。


『――おもえ~ば~ いと~とし~ この~とし~つき~ いま~こそ~ わか~れめ~――いざ~さらあ~ば~――』


 不思議だ。

 これを歌っていると、今までの人生の記憶が呼び起こされていく。


 尊敬していた父親に裏切られたこと。虐められたこと。母親とすれ違ったこと。

 辛い記憶だ。


 掛替えのない友達が二人出来たこと。異世界でマリンたちに出逢えたこと。

 嬉しい記憶だ。


 目の裏で良かったことも悪かったことも矢継ぎ早に映し出されていく。


『――あさ~ゆう~ なれ~にし~ まな~びの~まど~ ほた~るの~ とも~しび~ つむ~しら~ゆき~ わす~るる~ まぞ~なき~ ゆく~とし~つき~ いま~こそ~わか~れめ~――』


 オルガの温かい顔を思い出す。


「いざー、さらあーばー……」


 広い宇宙に、俺の声だけが寂しく響いた。


 意識を集中させていた体育館からピアノの音も無くなり、完全な無音の世界に身体が浸る。

 とても寂しい。

 でも、心は満ち足りていた。


 俺は地球に背を向け、白銀の剣を手に握った。

 もう少し感慨にふけっていたかったけど、ヤツに気配りの心は無いらしい。

 ひしひしと感じる。


 ≪終焉≫が、来る。



「…………ッ!!」


『クロノスへの祈り』で時を遅くし背中に剣を回した直後、俺の首筋を狙った一撃とぶつかった。

 思った通り、光速で地球に近づいていたか!


 剣を弾き返して距離を離す。


「さっきぶりだな」


 ≪終焉≫が黒い髪を宇宙空間にふわふわと浮かべながら俺を訝しげに睨んでいた。


「何で生きてるかって? さて、何でだろうなあ?」

「…………」

「――うお!!」


 ギンッ!!


 斬撃が数十発飛んできたのを、剣でガードした。連続で斬られたっていうのに耳に入る音は1回分。相変わらずの速さだ。


「おいおい、今のが全力かあ? 遅すぎて欠伸が出そうだぞ」


 ディックや千頭のムカツク笑みを頭の中で浮かべ自分もそれに倣ってみる。ディックだったらこんな感じで煽るだろうか。

 とにかく、コイツを怒らせるんだ。怒らせて心の奥深くにある感情を引っ張り出す。


 俺はコイツを知っている。

 コイツにも感情がある。そうでなきゃ、夢の中で俺に声をかけたりはしない。本当に意思が無いというのなら、他人に興味を持つはずがない。


 『 キミの怒りはその程度なの? 』


「……あれは、お前の声だったんだろ?」

「…………」


 ギイィンッ!!


 なおも仏頂面で攻撃を仕掛けてくる。

 やっぱり簡単にはいかないか。


 何度も何度も攻撃を弾くが、それも完璧じゃない。腕やら脚やら背中やら、少しずつ裂かれていく。いくら攻撃を『直感』で予測できるといっても相手は光速。延々とそのスピードに肉体が追いつけるわけがなかった。


 この速さ、一体ステータスはいくつあるんだ? さっきから『解析』で確認をしようとしてるのに、何故か能力が正しく機能してくれない。普段なら相手のそばに白い数字でレベルとステータスが見えるはずなのに、数字がグニャグニャに歪んでいる。ひょっとするとこいつは、測定不能ってやつなのかもしれない。それが意味するのはつまり、神の目でも推し量れない存在ということか。


 ピタリと、≪終焉≫が攻撃を止めた。

 何だ?

 と、警戒していれば、持っていた刀を捨てて、新たに剣を生成した。炎を纏った剣。

 俺の中の輪廻の輪が反応する。

 あれは、≪北欧神話≫のスルトの剣?! リリーと同じで神話の武器を持ってるのかよ!!


 スルトの剣が振り下ろされる。

 これは剣1本では受け止められない。追加でもう片方に白銀の剣を創造し、2本で受け止めた。

 これまで軽かった攻撃が重くなり、そのまま地球へ一気に押し込まれた。

 俺と≪終焉≫は流れ星の様に断熱圧縮の熱を帯びながら太平洋へ落ちていく。


 その最中、俺は危険な熱量をスルトの剣から感じた。これは……フィルバンケーノの時と同じ、赤外線だ! まずい、この剣があるだけで地球全体がサウナ状態になる!


 俺はスルトの剣の柄を強く蹴り上げ≪終焉≫の手から剣をすっぽ抜けさせた。剣は海へと落下していく。あんなモノを海に落ちれば大惨事になる。急ぎそれを『道具収納』の中へと格納した。


 ホッとしたのも束の間、剣に気を取られていた隙を突かれ、脇腹に拳を喰らってしまう。


「ごふっ!!」


 真横に殴り飛ばされた。

 そして飛ばされた先に、何かの気配を感じた。


「――ッ! 旅客機?!」


 体を無理やり捻って何とか空中の飛行機との激突を避けるが、そこへまた≪終焉≫のパンチが入った。

 速い、速過ぎる! ほんの少し別に意識を持ってかれただけでこれか!


 斜め45度の角度で俺は地上へと落下し、どこかの建物の中へと突っ込む。ガラス張りを破り、固い床を数十メートル抉ったところでようやく体を停止できた。


「ゲホゲホッ!」


 咳き込みつつ、体を起こせば多くの人から注目の的になっていた。目の前には金の時計とエスカレーターが4つ並んでいる。

 この場所……覚えてる。東北に引っ越す前に何度か来た。

 名古屋駅だ。


 そこへ光速でやってきた≪終焉≫が金時計の上に降り立った。


「っ! みんなここから避難してくれ!! コイツはやばいんだ!!」


 俺の叫びを聞きいくらかは走り去って行くが、気が動転してしまっている人やSNSにアップしようとスマホのカメラを向けている命知らずが残ってしまう。

 ああ、すっかり忘れてた。こういう輩がたくさんいる国だった!


 ≪終焉≫が片手を上げた。何かをするつもりだ。

 俺はそれを防ぐべく地を蹴って飛び出そうとするが間に合わない。≪終焉≫が片手を下ろした瞬間、俺は床に叩きつけられ、周囲の人々は潰れたトマトの様になり、建物が――セントラルタワーズ全体が崩壊した。

 瓦礫という瓦礫が頭上から降り注がれ、崩れるタワーから人が次々に転落していく。


 大勢の死者が出てしまった。


「っ――うおおおおおおお!!!!」


 その事実を否定するため、俺は『運命破却者』を発動した。


 バラバラになった建物のピースが浮き上がって元の位置に戻り、死体から溢れ出た血が持ち主の体内に入っていく。

 ≪終焉≫の動きも巻き戻って――ない?!


 ≪終焉≫が再び刀を手にして迫ってきた。

 落ちてきた瓦礫がどんどん天井に戻ってる。逃げたはずの人々も帰って来てる。自分自身その流れに従ってる。間違いなく時間は逆行していた。

 なのに、コイツはその中で動けている。


「無茶苦茶だろ!!」


 巻き戻りを諦めて解除し、剣を振りかぶる。

 このままじゃまた被害が拡がる。

 俺は剣と刀が接触する時を狙って『瞬間移動』を発動させた。

 俺と≪終焉≫が光の筋となって崩壊する建物の中から出て行く。目的地は太平洋だ。コイツを人がいる場所から遠ざけなければ。

 しかし、海に出たところで≪終焉≫は『瞬間移動』の強制力を破って俺に攻撃を仕掛けてきた。


「くっ!」


 音速を遥かに超える速度で太平洋を横断し、何度も何度も互いの武器を打ちつけ合う。

 そうしている間に、太陽がどんどん西の方へ沈み、辺りは夜の様相になる。

 まさかと思い、剣劇の最中に進行方向を見やればライトアップされた大きな赤い橋。ゴールデン・ゲート・ブリッジが目に入った。


 しまった! 攻撃を捌くのに夢中で、誘導されているのに気づかなかった!


 斬り合いながら俺たちが橋の上を通り過ぎれば、ソニックブームによって橋全体が大きく揺れ、上を走行していた自動車の窓ガラスが一度に割れた。

 街中で戦えばまた死者が出る。

 俺は再び剣と刀が交わるタイミングを狙って『瞬間移動』をしようとするが、読まれたのかフェイントをかけられてキックを見舞われた。


「ぐはっ!」


 肺からすべての空気を漏らして、俺は島に落下した。すぐさま顔を上げれば、灯台と壁のみの建造物が俺を見下ろしていた。輪廻の輪が告げる。ここは、アルカトラズ島か。ウォールガイヤにそんな名前の場所があったな、なんてゆっくり思い返したいところだが、事態はそれを許さない。立ち上がり辺りを見渡す。


「……どこに行った?」


 ≪終焉≫の姿が見当たらない。

 ならばと、感知能力で地球上にある魔力を探る。地球には魔力が存在しない。あるとすれば、それは俺と終焉が持つものに限られる。


「……ッ?!」


 『千里眼』で捉えた。ヤツはここから3000kmも離れたアラスカ州にいた。そこで何をしてるのかと思えば、アメリカで1番高い山、標高6,190mのデナリ山を麓から持ち上げていた。

 嫌な想像が頭を過ぎった後、終焉はまさにそのイメージ通りの行いをする。

 デナリ山をハンマー投げの要領でサンフランシスコへ投げてきた。


「マジかよ!!」


 切り取られた山が断面をこっちに向けて飛んできてるのが、肉眼でも確認できる。何としても、あれを落とさせるわけにはいかない。デナリ山の軌道上に『道具収納』を展開し、山を別空間内にしまおうとする。が、


「ウッ!!」


 光の速度で戻ってきた≪終焉≫に背中を斬り付けられた。

おかげで『道具収納』は不発。やり直そうにもそれが許される距離ではなくなっていた。こうなったら最後の手段しかない。俺はデナリ山の断面に向かって突っ込んだ。衝撃で崩れないよう速度を合わせながら山に触れて『性能向上』で補強する。


「ぐっ!……ぐうぅ!!」


 そのまま受け止める姿勢に入れば予想を遥かに超える重量に全身が襲われるが、どうにか落下速度を抑えることに成功する。


 けど、被害は確実に出ていた。

山が飛んでくる時、いくつもの破片が散りばめられていて、それが街の至る所に落ちていた。下から人々の叫び声や車のクラクションが聞こえ、夜景の中に炎の明かりが混じる。


 ズンッ。


 突然、山の重量が増した。


「――あの野郎!!」


 答えは『千里眼』ですぐにわかった。≪終焉≫がデナリ山の頂上を連続で蹴っていた。蹴られる度に高度が下がっていき、セールスフォースタワーやトランスアメリカピラミッドなどの高層ビルにぶつかり始め、ガラスが割れる音と鉄骨のひしゃげる音が辺りに鳴り響いた。


 このままではカリフォルニア州に新しい山が出来てしまう。

 そう思った時、サンフランシスコ湾内から数十本もの水柱が上がった。陸地からも円錐状の柱や大樹がアスファルトを突き破って大量に出てきて、それぞれが山に衝突した。

 これは、まさか。


「周りを気にし過ぎだ。それではヤツに決定打を与える前に地球が滅びるぞ」


 水柱に乗って俺のそばにアクアリットが現れた。

 遠くをよく見れば大地の柱の上にはガイゼルクエイスがいて、大樹の上ではヴィルトゥーチェが元気良く俺に手を振っていた。


「他への被害は俺たちが抑える。お前は闘いに集中しろ」

「ヴィルトゥーチェたちはともかく、アンタが助けに来てくれるなんて意外だよ!」

「勘違いするな。お前たち人間同士の争いに他の生命が巻き込まれないようにするためだ」

「なるほどね。いいさそれで。母なる海が援軍に来てくれたってだけで、頼もしいことこの上ないからな!」


 山が少し軽くなったおかげで魔法を使う余裕ができた。

 『千里眼』『精神感応』『瞬間移動』の即興複合チート能力で、山を元の位置に帰す。魔法を込めた手で触れれば、山は空中から跡形も無く消えた。


 俺と≪終焉≫の間を隔てていた物が無くなり、俺は翼を羽ばたかせてヤツへ肉薄する。それに応えるように≪終焉≫も迫ってきた。剣と刀の鍔迫り合いが再開される。


 昼と夜を何度も行き来して、世界中を飛び回りながら俺たちは闘う。

 その間≪終焉≫は何度も光速の刃を人類に向けるが、それらを俺がすべて防ぐ。


 魔力で地面をプレートごと持ち上げられてオーストラリア大陸全体をひっくり返されかける場面もあったが、エーアーンの風とガイゼルクエイスの重力で押し戻したことで未曽有の危機は免れる。


 この後も≪終焉≫はあの手この手で人類を亡き者にしようとするが、俺や大自然の意思たちによって悉く阻止される。


 ≪終焉≫が地球圏外に、紫色の6本腕を召喚する。握った拳が月くらいの大きさだ。

 最初は地道だった人類滅亡活動がだんだんと大雑把になってきているようだが、じれったくなってるのか?

 地球へ殴り掛かる腕に対し、俺は地球の前に白銀の剣と盾を対応できる大きさで創造して攻撃を凌ぐ。


 それにしてもコイツは何であの技を使って来ない。≪異世界転生終焉門≫、あれを使えば簡単に世界を終わらせられるはずなのに。

 何らかの条件を満たしていない?

 まさか、殺した後に生き返らせることと何か関係が?


 『 君も、ニセモノか 』


 あの時の言葉……何かホンモノを探しているのか? だとして、それは人を殺すことで見つけられる? 復活させて殺すのはそれが理由か?


 真昼の空、或いは夜空全体に、巨大な腕と剣が浮かび上がる。

 最早、隠すのは不可能だった。

 すべての人類が、異常事態に気づき始めていた。

 

 宇宙で腕と剣が火花を散らす中、俺がチラリと『鷹の目』で高校に目を向ければ、卒業生、在校生、先生たちが体育館の外に出ていて不安げな表情で空を見ていた。

 ごめん、みんな。すぐに終わらせるからな。


 再び視線を≪終焉≫に戻す。

 すると、いつの間にか≪終焉≫の手には青色に輝く一本の槍が握られていて、それを投げようとしていた。しかも狙いは俺じゃない。


「ッ!!!」


 ケルト神話に登場する四種の神器の一つ≪ルーの槍≫。それが学校へ投擲された。

 俺は急いで追いかけて槍の前に『道具収納』の穴を開けるが、穴は紙みたく貫かれる。ならばと『物理反射』を何十枚にも重ねて展開するがそれすらも容易く突き破られる。


「『位置交換』も通用しない、か」


 こうなると手段は一つしかない。

 槍を、直接掴む。


「うぐっ!!」


 ≪ルーの槍≫に追いつき柄を掴めば、掴んだ手がバックリと裂けた。なるほど、≪終焉≫によって槍が強化されているのか。槍を止めようとするモノすべてを否定する効果が付与されてる。


 雲を突き抜け、いよいよ学校が目前に迫る。

 俺は柄を両手で握った。両手から血が噴き出して激痛が奔るが構わない。何が何でもアイツらだけは守ってみせる!

 全身全霊。すべての力を込めて、槍の向きを曲げた。


 槍は角度を変えて校内の運動場を貫通し、地面にクレーターを作った。その衝撃波で学校中の窓が割れ、俺は校舎の壁に叩きつけられた。


「ハァ……ハァ……」


 壁に凭れて息を切らす。

 両手の感覚が無い、急いで回復させないと。


「……みんなは……みんなは無事なのか……」

「――渡辺?」


 学校の人たちの安否を確かめようと立ち上がった時だった。

 おそらく、爆音を聞きつけて体育館からやってきたんだろう。顔を横に向ければ生徒たちが集まっていた。

 そして、その中に生涯忘れられない顔ぶれがあった。


 夢にまで見た再会を前に、俺はどうすればいいのかわからない。

 二人も俺と同じで、口を開けっぱなしにしている。まさか故人に会えるとは露ほども思っていなかったんだろう。まだこの出会いを予測できていた俺の方が先に言葉を紡ぐのはごく自然な流れだった。


「ビックリさせてわりぃ……久々の登校、派手になり過ぎちまった……っ」


 力無く笑って言って、俺は片膝を地に着けた。

 さっきの槍の効果が腕を伝って胴体にまで及んでいたらしく、見た目以上にダメージが大きい。


「「 渡辺!! 」」


 栄島と相ノ山が駆け寄ってきた。


「ど、どゆことおおお?! お前死んだんじゃないの?! ゾンビ?! ゾンビなの?! バイオハザードなの?!」


 栄島がオタオタしている。こんなに慌ててる栄島は珍しい。


「まさかの夢オチとかじゃあないよな! 現実だよな?!!」


 相ノ山は両手で自分の頬を引っ張る。こっちは相ノ山らしい反応だ。


「本物の生きてる渡辺 勝麻だ。なんなら、栄島がオナネタに使ってる二次元のキャラ名言ってやろうか?」

「え、マジ! 教えて!」

「バッ!! それは言わない約束だろうが!!」


「「 …………ハハハハハハッ!!!! 」」


 俺たちは昔みたいに三人で大笑いした。


「ったくよお! わざわざ偽物の死体まで作って、一体どこに雲隠れしてたんだよ!!」

「それよか、腕からめっちゃ血が出てるけど何があったんだよ?! もしかして運動場のクレーター……いや上に見えるでかい剣と腕に関係してるのか?!」


 相ノ山は直感的、栄島は論理的、この辺も相変わらずだな。


「……二人とも俺の肩に手をのせてくれ。その方が早い」


 俺の言葉に二人は首を傾げつつも、頷いて指示に従ってくれた。

 『異世界転生』だ。口で説明するより遥かに多くの情報が伝わる。

 けどそれは、知られたくない過去まで伝わってしまうということでもある。

 彼らは出会う前の俺を知って何を思うだろう。人を殺してしまった事実を知ってどんな感情になるんだろう。

 怖いな。


「……渡辺、お前……」


 栄島が声を震わせる。

 怖がられてしまったか。


「――童貞卒業したってマ?!!」

「そっちかよ!!」


 予想の斜め下をいく発言に、緊張していた自分がアホらしく思えた。


「いやいや重要なことだろ! だって! ええ!! 渡辺が童貞じゃなくなったあ?!!」

「……あんまり全校生徒の前で童貞卒業を連呼しないでくれねぇかな……」

「あーこりゃあA君、頭オーバーヒートしちゃってるわ……。にしても、この半年近くかなりハードな日々を送ってたんだな」


 良かった。相ノ山は真っ当な反応を示してくれた。


「二人とも気にしないのか? 俺がしてきたこと」

「んー、そりゃまあ驚かなかったわけじゃねーけど。元々お前からはやる時はやるっていう危なっかしさは感じてたし。あと、そん時の状況を考えれば無理も無いと思うし。なぁ?」


 栄島に振られて、相ノ山は『そうだそうだ』と言った。

 

「っていうかさ、俺たちの友情がそんなんで無くなると思ってたのかよ? むしろそっちの方がショックだ」

「っ――二人とも、ありがとう」


 痛みに耐えつつ俺は立った。

 創造の力で破壊された体内を大分回復できたみたいだ。


「その、市川は……出会った人たちは……みんな死んじまったのか?」

「……わからない……」

「そっか……」


 空っぽの宇宙に残ったマリンたちがあの後どうなったのかも、≪終焉≫に消されたフウランたちが本当に死んでしまったのかさえわからない。何せ、実際に死んでいく様を目にはしてないから。


「……渡辺、盛り下がってる場合じゃないぞ。その“僕が考えた最強の敵”みたいなヤツが来た」


 栄島に言われて運動場に目をやれば、そこに≪終焉≫が上空から真っ直ぐ着地して現れた。


 俺は『千里眼』で世界の様子を確認する。


「っ……」


 唇を噛んだ。

 どうやら、俺が回復に勤しむ間にヨーロッパのほとんど人々を屠って来たらしい。


「栄島、相ノ山、下がっててくれ」


 後退する二人を横目に、俺は剣を握り『飛行』で突撃した。

 ≪終焉≫の足元の地面から≪ルーの槍≫が突き出てきて、≪終焉≫はそれを片手に持つと迎え撃ってくる。


 ≪ルーの槍≫の貫きの効力は相当なもので、意思で創り上げた白銀の剣が槍に接触したそばから砕けた。鍔迫り合いが成立せず、防御できない。

 それでも俺は怯まずに片っ端から剣を生成して斬りかかる。


 ≪終焉≫は強い。

 このスペックでしかも不死身となれば、今まで戦ってきた敵の中で間違いなく最強だ。

 だからこそだ。

 だからこそ、意思が無いわけない。

 他の異世界転生者と同じだ。彼らには成し遂げたい野望があって、それを本気で叶えようとしていた。だから理不尽に強かった。

 そう。

 志が何も無いヤツが、世界を滅ぼす強さを得られるはずがない。


「がふっ!!」


 ≪終焉≫に槍の石突で腹部を突かれて、俺は校舎へと吹っ飛ばされた。

 学び舎の壁を突き破って教室の机を掻き分け、さらにもう一枚壁を破って廊下の壁に叩きつけられた。

 そこへ追い打ちをかけようと≪終焉≫が穂先をこちらに向けて迫ってくる。


「……意思はあるんだろ? 少しばかり引き篭もりがちなだけで」


 槍の先端が俺の心臓を貫く。

 その直前、≪終焉≫動きが止まった。

 いや、止められたが正しいか。


「超ナイスタイミングだ、二人とも!」


 白銀の光を身に纏った栄島と相ノ山が、それぞれ≪終焉≫の両肩と胴体を抑えていた。


「ぴえん、某RPGで例えるならこれ、初戦闘がスライムじゃなくていきなり魔王みたいなもんだぞ。人使い荒くね?」

「言ってる場合じゃないって! コイツの腕力すごい! 渡辺早く!!」

「ああ!!」


 俺は口に溜まった血を吐いた後、≪終焉≫の胸部を殴った。

 俺の意思を≪終焉≫の闇へ入り込ませる。


 今度こそ捉えるぞ、お前の意思!


 俺の意思が白銀の矢となって≪終焉≫の意識へと侵入する。

 奥へ進んでも進んでも暗闇の渦が続く。まるで深海の底を泳いでいる様だ。

 けど、戦いがヤツの心を刺激したか。

 暗闇にグラデーションがかけられ始めて、辺りは眩い光に覆われていく。


 っ!! なんて意思の強さだ!! 奥に引っ込んでた分、濃密になってやがるのか?!! や、やばい逆に引っ張られて――うわああああああっ!!!

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