異世界転生の果てにあったモノ
俺の名前は渡辺 勝麻、18歳。どこにでもいる普通の高校生ってやつだ。
突然だが、俺はトラックに撥ねられて死んだ。
んで、じいさん姿の神様に出逢った。
神じいさんの話によれば、どうやら俺は運命の手違いで死んでしまったらしい。
『どうしてくれるんですか』と俺が文句を言うと、神様はお詫びと言って異世界にはなるけど人生を延長させてくれた。しかもイメージした物を具現化できるっていう能力のオマケ付きで。
転生してからの俺は、異世界を満喫した。
中世ヨーロッパみたいな町とか魔法とか、レベルとかステータスとか、まるでゲームの世界に入ったみたいでとてもワクワクした。
やっぱり、こういう世界に来たなら冒険者だよな。
冒険者になって世界を思うがままに旅する。前世じゃ絶対に味わえなかった自由度だ。
駆け出しの冒険者になって、ボロい剣と盾を装備して、スライムを倒す。
ギルドからもらった報酬でより強い装備を買って、アイテムを揃えて、ゴブリンを倒す。
そうやって、少しずつ強くなっていった。
強い能力のおかげもあり、俺は一躍時の人になった。
「よもや、この国きっての騎士たるルーノールに勝利するとは。大した者だ、渡辺 勝麻。今日からは勇者を名乗るがいい」
とある国の女王、カトレア様から勇者の称号を授かった。
「世の中、上には上がいるものだな。勇者渡辺よ、よろしければ私目に、剣の指導をご教示願いたい」
ルーノールが跪いて頭を下げてくるが、俺は適当に言い訳して逃げた。頼られるのは嬉しいけど、自分の時間が割かれるのは真っ平御免だ。自由度が減っちゃう。
「おい、見ろ刀柊、期待のルーキーだぞ。一戦、申し込んでみたらどうだい?」
「ふっ、遠慮しておこう。妾の刃では渡辺殿の足元にも及ばないからな」
他の勇者たちにも実力が知れ渡る。
「キャー、渡辺様よー!」
「勇者渡辺、ばんざーい!!」
みんなが俺を慕ってくれる。
人気があり過ぎるせいか見知らぬ幼女に『おとーさん』と呼ばれ、実際のお父さんは隣で涙していた。
男には頼られて、女にはモテて、すっげー気分が良い。異世界に来て本当に良かったって思う。
「おい渡辺! 俺と勝負しろ!!」
でもたまに、俺の人気を妬んで襲い掛かってくる奴もいる。例えばコイツ、ディックとか。
「ぎゃあああ!!!!」
ま、さくっと返り討ちにするんですけどね。
「お、覚えてろよー!!」
かませ犬キャラみたいなムーブをして逃げて行った。
「男の癖になっさけな」「みっともないデース」「渡辺様の素晴らしさがわからないなんて、可哀そうな方です」
戦いを観戦していた人々からは、相手を否定する声のみが聞こえてきた。
「あ、あの渡辺様、よろしければ私たちを旅にお供させてもらえませんか! 身の回りをサポートしたいんです!」
ついには女の子三人が俺の仲間になりたいと言ってきた。
名前はマリン、ミカ、ユイで、三人とも非の打ち所がない美少女だった。断る理由も無く、俺は彼女たちを仲間にした。
**
クエストを達成したその日の夜、軽い足取りで帰路に就いた。
「いやー華やかさが加わって、これからの旅がもっと楽しくなりそうだなー! ひょっとしたらラッキースケベとかあったりして!」
俺はひたすら、未来に希望だけを抱いていた。
不安なんか無い。
だって、この世界は俺に優しいから。
「これが勝ち組の人生ってやつなのかなー」
……でも最近、どこか物足りないと思ってしまう自分が心の隅にいるような……。
「やあ、そこの君」
声を掛けられて、俺は振り返る。
そこには、灰色の外套で身を包んだ大男がいた。顔はフードを被っているせいでよく見えない。
「渡辺 勝麻。巷で話題の勇者様とは君のことかな?」
「そうですけど、アナタ誰ですか?」
「名乗るほどの者じゃない。ただのオジサンだ。それより君にしかできない頼みごとがあるんだ」
「うーん、クエストの依頼ですか? だったら冒険者ギルドを通してお願いします」
たまーにいるんだよなあ、こういう図々しい人。
「まあまあ、頼み事と言ってもそんな仰々しいもんじゃないさ。俺についてきてくれ」
「ちょ、ちょっと頼みを聞くなんて一言も――」
「後生だ。生い先短いオジサンの願いを聞いてくれ」
「……はぁ、わかりましたよ。とりあえず話だけでも聞きます」
俺は呆れつつもオジサンの後をついていった。
何でだろう。
こんな素性が知れないヤツの頼みとか普段なら無視するのに、無視しちゃいけないって心が叫んでる気がする。
連れられてやってきたのは酒場だった。オジサンはラガービールを2杯注文すると、それを持って外のテーブル席に着いた。
「えっと……頼み事って……」
「ああ、一杯付き合ってくれ」
「ええ! それだけ?!」
「言っただろう? そんな仰々しい頼みじゃないと」
「た、確かにそうですけど。これなら俺じゃなくたって良くないですか?」
「いいや、君でなければダメなんだ」
「そう言われても、俺まだ20になってないし……」
「何を言ってるんだ。酒は18から飲めるだろう?」
「え、あ……」
そうか、ここは日本じゃない、異世界だ。異世界のルールではそうなってるんだ。まぁ、前世だって国ごとに異なっていたしな。よーし、なら。
俺は席に着いて、泡立つビールを口に含んだ。
「っ! ぶふう!! ニガァ!!」
飲んだ瞬間、経験したことの無い苦みに吹いてしまった。
「ハハハハ! その飲み方じゃダメだ。酒を飲むときはな、こうだ」
オジサンは背筋を伸ばすとジョッキをぐいっと傾けて口に流し込んだ。ゴクゴクと浴びる様に飲んで、中身をあっという間に空にしてしまう。このオジサン酒豪かよ。
「ぷはーっ!! とまぁ、こんな感じでビールは舌じゃなく喉で味わうものなんだ」
「喉で味わう……か」
俺は意を決してもう一度ジョッキを手にかけると、オジサンの恰好の真似をして飲んだ。できるだけ舌には当たらないようにして、喉に注ぐ。
「ん……ホントだ、さっきより飲めます。おいしいかって聞かれたら微妙ですけど」
「ハハハハ!! そうかそうか!! まあ、あとは慣れだな!!」
苦戦しながらも、俺はビールをちびちびと少しずつ飲み続けた。その隣でオジサンは追加注文したビールを片手に話しかけてくる。この世界でどうやって暮らしてきたのかとか、友達はいるのかとか、いろいろだ。
……そういえば、前世に友達はたくさんいたけど、こっちには友達って呼べるヤツいないな……。
「ところで君は敬語で話すんだな」
「え? あ、はい。そりゃあ目上の人ですし、敬語で話すのが普通じゃないですか?」
「……なるほど。君は年上に敬意を払うのか」
「敬意だなんてそんな大層なもんじゃないですよ」
実際に敬意を払ってるわけじゃない。前世のクセだ。
ただみんながそうしてるから真似をしている、処世術に過ぎない。
ま、俺の前の世界を知らない人に言ってもわからないだろうから、これは口にしないけど。
「こんなにできた子を持って、ご両親も鼻が高いだろうな」
「どうでしょうね。家を出る前は勉強しろって口を酸っぱくして言われてましたし、ダメ息子に思われてたかもしれないです」
死ぬ直前も父さんと母さんに受験勉強しなさいって散々言われてたっけ。
「ハハハハッ、それはまた別の話だろう。子の将来を想う親はみんな心配性になってしまうだけさ」
そういうもんなんだろうか。
……父さん、母さん、あっちで元気にやってるかな……俺がいなくなってやっぱり落ち込んでたりするんだろうか……。
ビールを飲む手が止まり、俺の視線は自然に下がっていった。
「……君は、この世界が好きか?」
「えっ」
思わずドキッとしてしまった。
いきなり規模のでかい質問が来たっていうのもあるけど、その質問の内容自体が俺の心根に直接触れてくるようで落ち着かない気分にさせられた。
「好き……なんだと思う。前の世界と違ってここには俺を縛るモノはなくて自由でいられるし、嫌いなモノはないし、それにやる事なす事全部上手くいって気持ちが良いんだ…………あ」
しまった! 当たり前の様に『前の世界』とか口を滑らせた! 変に思われるか?
俺が恐る恐る顔を窺えば、オジサンは顔を上げて星空を眺めていた。顔はやっぱりフードに隠れて見えないけど、何となく満足したような雰囲気を感じる。
そして、オジサンは席を立った。
「付き合ってくれてありがとう。おかげで心残りは無くなった」
「え、心残りって?」
「――世界に対して何を想うかは自由だ。それは他人に強制されるものじゃない。この世界で生きるのが幸せと感じるなら俺は応援するさ。本気で幸せと感じて、その幸せをお前さんが命を懸けて守りたいのならな」
「っ! オジサン待っ――!!」
突然視界が砂煙に覆われたかと思えば、オジサンの姿は消えていた。
どうしてだ……心の奥がざわつく……それにお前さんって……何か、大切なことを忘れてしまっているような……この気持ちは何なんだ……。
疑問を抱えながら、俺は宿泊していた宿へ帰った。
「「 渡辺様! おかえりなさいませ!! 」」
部屋に入れば、部屋着姿のマリンとミカが出迎えてくれた。同じく部屋着を着たユイも奥の方でもじもじしながら『おかえりなさい』と俺の帰りを喜んでいた。
「ドラゴンの討伐クエストお疲れ様でした!」
「さあさあ渡辺様、こっちへ!」
「お、おいっ」
マリンとミカがそれぞれ腕を組んできて部屋の奥へ引っ張っていく。どこに連れていくかと思えば、ベッドの上に仰向けに寝かされた。
「な、何の催し?」
「ドラゴンと戦ってお疲れでしょう? だから、マッサージしようって三人で話してたんです」
そう言ってミカが俺の片腕を揉んでくる。
おお……これは効く……。
「力を抜いて、リラックスしてください」
ユイが耳元で囁いてきて、もう片方の腕を揉み始める。
うおお……この囁きボイスはなかなか破壊力高いぞ……。
「私は脚の方をマッサージしますね」
ああ……極楽だあー。
この瞬間のために今日一日頑張ったんだとすら思えるくらい気持ちが良い。体から余計な力が抜け全身が解れていく。だんだんと眠気が出てくるほどだ。
「ふあぁ…………ッッッッ!!!!」
その眠気が一気に吹き飛ぶ刺激が股間に入った。
慌てて頭を起こして下半身に目をやれば、ズボン越しに俺の一物をマリンが指先で撫でていた。
「マ、マママリンさん?! そこ脚じゃなくないですか?!」
「はいっ。こちらの凝りも解そうと思いまして」
「ああっ! 抜け駆けなんてずるい!!」
「わ、私も渡辺様を気持ち良くしたい」
三人が『誰が一番先に俺を気持ち良くするか』で言い合いを始めた。
現実感の無い光景にしばらく呆然としていると、彼女たちは俺に詰め寄ってきて上目遣いで訴えかけてくる。
「こうなったら渡辺様に決めてもらいましょう! 渡辺様、まぐわいの相手は誰にしますか? ……それとも……私たち三人ともをご所望ですか?」
こっちの性癖を見透かしているかのような甘い声でマリンが言う。
こ、これはもしやハーレムってやつでは?!
俺の人生にこんな展開まであるなんて、本当に異世界に来て良かった! 俺は、幸せ者だ!――。
『その幸せを、お前さんが命を懸けて守りたいのならな』
不意に、あのオジサンの言葉が頭に浮かんだ。
――俺が命を懸けて守りたい幸せって、こんなものだったか――。
『 ショウマ君 』
「「 わ、渡辺様?! 」」
マリンもミカもユイも、驚きの声を上げた。
俺は、両目から涙を零していた。
「どうしました?! どこか痛みますか?!」
「あわわ、ユイちゃん! そこのハンカチ取って!」
「は、はいっ」
「「 ――っ!! 」」
慌てふためく三人を力いっぱい抱き締めた。
「ごめんよ、三人とも……憧れだって言ってくれたのに……初恋にしてくれたのに……身も心も捧げてくれたのに……俺は、みっともなく夢に溺れてた……」
三人から体を離し、ベッドを降りる。
彼女たちはなおも俺のことを心配してくれている様子だったが、それを否定するように俺は背を向けた。
すると、部屋の天井や壁が上空に吸い上げられるように形を崩し始めた。天井と壁がどんどん分解されて、代わりに真っ白な空間だけが残っていく。
後ろを見なくてもわかる。彼女たちも消えていっている。馬鹿な男が見た一時の夢から解放されていく。
何もかもが真っ白になって、
「戻るのか?」
彼女たちが立っていた場所から、アイツの声が聞こえた。
「ああ、戻るよ」
「いいのか? また苦しみを背負うぞ」
「……確かにあの世界は俺にとって苦しいさ。けど、手放したくない大事なモノもたくさんできたんだよ。アンタだってそうだ」
「ふっ、そうか」
「それにさ、苦しみも俺という人間を形作ってる大事な一部なんだよ。苦しかったからこそ彼女を見つけられた。彼女の持つ心が誰よりも綺麗に思えた。だから、例え何度人生をやり直せたとしても、俺はこの苦しい道を選び続けるよ」
「迷いは無い、か。なら、とっとと行ってこい――ナベウマ」
頼もしい声に背中を押されて、俺は走り出した。
速く、もっと速くだ。
一歩一歩足を前に出す度に加速しろ。
二度と幻想に飲み込まれないように。
アイツが俺を心配して、またお節介してこないように。
全力疾走で苦しみと向き合え。
「うおおおおお!!!!」
力の限り叫んで飛べば、白い世界はガラスの様に粉々に砕け散った。
そして、辿り着いた。
乾いた空気が漂い、見渡す限り砂漠しかない世界。朱く染まった空には壊れた輪廻の輪が無数に散らばっている。
これが、≪終焉≫の心の中か。
その砂漠の中で、蹲って座る裸の少年がいた。まさに殻に閉じ籠った格好だ。
俺は不安定な砂漠の上を歩き、彼のそばまで近づいた。
「……お前が俺に声をかけた理由、やっとわかったよ。似てたんだな。俺もお前もメチャクチャ怒ってたところが。自分と同じぐらい怒ってるヤツがいる。それはどんなヤツなんだろう。そう思ったからお前は俺に興味を抱いたんだ」
「…………」
「でも同じ怒りでも本質は全く違う。俺はホンモノが生み出す理不尽さが許せなかった。お前はニセモノが生み出す幻想が許せなかった。似ているようで別物なんだ」
ここまで来た時点で、俺は≪終焉≫の過去も心もすべて理解していた。
俺の言葉に、≪終焉≫が顔を上げる。
光を失った紺色の瞳が、俺の瞳を射抜いた。
「……君は……可哀そうなキャラだね」
「はっ!!」
足元の砂が槍になって突き出てきたのを飛び下がってかわした。
しかし下がった先でも砂が鋭利な形となって喉元を狙ってきた。
そうか、ここはアイツの心の中。目に見えるもの全部が武器か!
地上にいるのはまずいと考え、『飛行』で飛び上がるが、
「ぐはっ!!」
空にあった輪廻の輪の欠片が密集して巨大な円錐となり落ちてきた。俺はそれをもろに食らってしまい砂漠の下へ沈められてしまう。
「君も同じニセモノだ。僕の力の大きさを証明するためだけに生を与えられた噛ませ犬キャラだ。でも大丈夫、すぐに神の呪縛から解き放ってあげるからね」
直後、円錐が巨大な爆発を起こした。
これにより俺の意識体はバラバラに消し飛んだ。と、相手は思っているんだろう。
「人を勝手に! カテゴライズしてんじゃねええ!!!」
地中を掘り進んでヤツの真下にまで接近していた俺は、アッパーを繰り出した。砂ごと≪終焉≫の体を穿つ。
「っ! 手応えが無い! 分身か!!」
盛大に攻撃を空振りすれば当然、反撃が来る。すぐ横で透明化していた≪終焉≫に首根っこを掴まれて俺は砂の上へ頭から落とされる。
砂の上なら問題は無い! 叩きつけられた勢いを利用して地中へ逃げ――ガッ!!
ゴキッ!っという穏やかじゃない音が頭の中に響いた。
明らかに砂の感触じゃない。
目だけを動かして辺りを確認すれば、いつの間にか景色が砂漠から中世ヨーロッパの街中に変わっていた。地面も石畳で埋め尽くされている。
「うっ!」
自分の状況を理解したタイミングで、≪終焉≫が俺の顔を掴んで無理やり横に向けた。
「あれが君さ」
視線を向けさせられた先で、もう一人の服を着た≪終焉≫が西洋甲冑を装備した男を剣で斬り殺していた。観戦していた街の人々は≪終焉≫の勝利を称え、反対に死体となった男には唾を吐きかけていた。
「大した実力も無いクセに、何一つ根拠の無い自信を持って僕に闘いを挑んでくる。僕がどれだけ説得しようと話を聞かず、実力を見せつけてもそれを現実だと受け入れてくれない。救えないキャラクターだよ」
ザシュッ。
石畳が数十本の剣に変化して、俺の首、足、腿、胸、頭を貫通した。
「がっああああああああ!!!!」
「あのキャラだけじゃない。あそこで僕を称えてる男も死んだ男を嘲る女も、皆同じ、救いようがない。神様から与えられた設定通り、男は自尊心を、女は貞操観念と自由に恋する心を奪われ、僕のために生きようとする。だから僕は終わらせなきゃいけないんだ。こんな狂った世界たちを」
無表情に浮かぶ真っ暗な瞳に、俺はぞっとした。
壮絶な怒りがその瞳の奥から感じられたからだ。
怒りを通り越して呆れる、なんて言葉があるがその比じゃない。こいつは感情そのものが死んでしまってる!
「くっ!! 弱気になってんじゃねえぞ渡辺 勝麻ああああ!!!」
自分自身に発破をかけて≪終焉≫を蹴り上げた。
思った通りだ。生身ならとっくに息絶えてるダメージだったが、今の俺は意識体だ。心が屈しない限りは消滅しない!
「おい!」
俺は空中に舞う≪終焉≫へ啖呵を切った。
「テメェは俺をニセモノだと言うが、今まで俺みたいなのがいたのかよ!! テメェのプライバシーとも言える意識の底に土足でずかずかと入り込んで、でかい声を張り上げる野郎がよお!!」
少しは感情が動いたのか、≪終焉≫は目を細めた後、刀を生成して斬りかかってきた。俺も白銀の剣を手に飛び立つ。剣と刀がぶつかり合って火花が散った。
それから何度も何度も剣と刀が交わる。
交わる度、世界の景色が切り替わっていく。
中世ヨーロッパの街から江戸時代の日本。
多種多様なモンスターたちが暮らす森から海の底にある街、宇宙も惑星も無く空と島だけがある世界。
俺と≪終焉≫は闘いを繰り広げながら次々に異世界転移していった。
これらの世界はコイツの妄想じゃない。全部実在していた世界、≪終焉≫が滅ぼしてきた異世界たちだ。
「お前はホントに酷いヤツだよ。極悪人だ……でも、わかってる。お前はお前なりに人を救いたかったんだよな」
コイツも、創造主の気まぐれで人生をおかしくされた被害者なんだ。
≪終焉≫の始まりは努力家だった。
俺たちが住む日本とよく似た世界で産まれた彼は、両親とは別の夢を抱いた。医者になる夢だ。初めは学費のことを気にして親に隠していたが、彼の両親はそのことをすぐに察して全力で応援すると言ってくれた。親の後押しを受けた彼は猛勉強の末、医学部へ入学し、その後国家試験を合格。研修を得て外科医となった。
これから多くの人の命が自らの手で救える。そう思っていた矢先だった。
彼はトラックに轢かれて死亡した。
『あ、ごめーん。間違って殺しちゃった。能力とスペシャルな人生送らせてあげるから許してちょ!』
神の悪びれの無い態度に怒りが込み上げた。
十数年に亘って勉学に励んできた自分の努力を、自分を医大に行かせるため必死に働いてくれた両親の努力を、神は何だと思っているのかと。
彼は元の世界に帰すように訴えるが聞き入れてはもらえず、異世界へと送られた。
仕方なく彼はその世界で医師を務めようと決意するのだが、無残にもその世界に医者は必要とされなかった。薬草と回復魔法、それだけあればどんな怪我も病気も治ってしまう世界だったからだ。
なら別の方法で人々の役に立とう。
彼はその世界で人類の平和を脅かしている魔物と戦い始める。だが戦いを通じて知っていく。その世界に生きる人々の魂が本物ではなく、神が用意した偽りのものあると。彼が何かを成すと賞賛ばかりが送られ、失敗しても誰も責めようとしない。大勢の人がいる世界のはずなのに、意思は一つにしか感じられなかった。
さっき俺が過ごしていた偽りの世界と同じだ。
最初は居心地がいいかもしれない。でも、あの世界には自分を否定してくれる人がいない。自分の心に入り込んで、自分を変えようとしてくる存在がいなかった。それは、自己の世界の停滞を意味している。
予想外な出来事は絶対に起こらずすべてが予定調和になるなら、世界は広いだけの牢獄になる。
彼はそんな世界に何十年も閉じ込められた。ついに耐えられなくなった彼は自殺を決意し実行するが、神から与えられた≪輪廻転生≫の能力によってすぐに蘇ってしまう。
『無駄だよーん。人間が幸せの絶頂にあり続けたらどうなるか観察するためにこの世界に連れてきたんだから、簡単には死なせないよ』
神の目的を知って絶望した。彼がトラックに轢かれて死んだのも、この世界の人々が操り人形同然なのも、すべて神のくだらない実験が理由だった。
老いて死ぬことも叶わず、神が飽きるまで自分はこの世界で生き続けなければならない。彼は追い詰められてしまった。結果、医者の志をも捨て去った彼は人の胸に剣を突き立てて殺した。最後の望みだった。人殺しとなれば自分を否定する者が現れると思った。
しかし、実際は殺された人物が悪人扱いにされ、逆に彼は更なる崇拝を受けた。
その時、彼の心は壊れた。
『……まるで動物実験用に飼育されてるマウスみたいだ。実験のために産まれ実験のために育てられ実験のために生涯を終える……そんな彼らの心を自由にしてやるには、
例え偽りであったとしても、魂であることに変わりはない。
傀儡にされた魂たちを救う。
そしてこの絶望を強いた神を殺す。
彼は≪終焉≫となる道を歩み始めた。
「……もういいんだよ。お前を苦しめた神はとっくにお前が殺した。偽りの魂は無くなったんだ!!」
俺の叫びも空しく、≪終焉≫は攻撃の手を緩めない。
「くっ……」
仕方がないのかもしれない。≪終焉≫は神殺しを成すまで何万回もずっと空っぽな異世界に転移し続けた。その過程で精神がすり減ってホンモノの人との関わり合いがどんなものだったか忘れてしまったんだ。でも……。
次の異世界転移で俺たちは宇宙空間に出た。
そこでは複数の大きな宇宙船が戦闘を行っていた。これも≪終焉≫の記憶――っ!!
見覚えのある物体が目に飛び込んだ、
あれは、フィオレンツァがアクアリットを斃す時に使った船だ!!
ここはフィオレンツァの先祖、アルーラ……いやローラが産まれた世界か!!
船に気を取られた隙を突かれ、俺は宇宙船ヴォイジャーへと叩き飛ばされる。宇宙船の窓を突き抜けブリッジに落ちた俺に≪終焉≫が一瞬で追いつき踏みつけてくる。
「全軍に通達。これより我が軍は、最後の戦闘に入る。だがその前に一つ言っておきたいことがある。我々は全滅するだろう」
ブリッジにいた艦長らしき人物が俺たちを気にも留めず口を開く。この空間はあくまで≪終焉≫の記憶から再現されたものだから記憶外の存在である俺たちの干渉は受けないんだ。
「それでも、戦ってほしい。我々の死は決して無意味ではない。我々が戦うことで、民間人が死を覚悟する時間ができる、妻に夫に子どもに愛を語る時間ができる。だからどうか、戦って死んでくれ」
言って、艦長はフィオレンツァとよく似た顔立ちの女性に通信を切るよう指示した。女性はそれに従う。
「ああ言ったが、逃げたい者は逃げてくれていい。責めたりはしない」
「……大丈夫っすよ。こうなったときの心の準備はできてます。みんなもそうだろ?」
若い男の言葉に、勇気を抱いて頷く人と恐怖で泣き崩れる人がいた。
「……なぁ≪終焉≫、ちゃんとよく見ろよ」
俺を踏みつけたまま見下ろしてくる≪終焉≫を睨みつける。
「この人たちはホンモノだよ。神の意思じゃなく自分の意思で生きてきた人たちだ。お前が求めていたのはこれじゃなかったのか? ホンモノがある世界に還りたいと、そう願ってたからお前は試していたんだろ?」
いつでも世界全体を消せる力を持っているのに、そうはせずわざわざ一人ひとり斬り殺して蘇らせるかそのまま殺すか判断してたのは、生死の境に置かれた人々の反応を見てその世界にホンモノの心があるか確かめたかったからだ。
「俺たちの世界もホンモノだ。神が作ったまやかしなんかじゃない。最低と最高が入り混じってて、ゴチャゴチャしてて、ムカツクくらいホンモノなんだよ!――ウッ!!」
≪終焉≫が俺の首を掴んで持ち上げてきた。浮かされた足で蹴りを放つがヤツは微動だにしない。
「違うね……僕を勝たせるニセモノだ」
「っ!!」
アルーラの世界から、俺の世界に切り替わった。俺たちの足元に青い地球がある。
それがどんどん遠ざかっていき、太陽系、銀河系、数多の星々と順に俯瞰していく。最後に宇宙全域を見渡せば、≪異世界転生終焉門≫から溢れた黒い両手がそれを覆い隠そうとしていた。
その手の内に小さく、マリンたちの姿が見えた。死を覚悟したのか、彼女たちは一切抵抗もせず目を閉じて滅びを受け入れた。
「やめろおおおおお!!!!」
叫んだところで変わらなかった。
無慈悲に両手は閉じていく。つまらない物語が二度と目に入らないようにと、その物語で紡がれた不快な言葉の数々が光に晒されないようにと、≪終焉≫は
「あ……あ……」
心から力が抜けた。
噴水の様に湧き出ていたはずの闘争心は失せ、目の焦点も定まらない。
地球が消えた……母さんも……相ノ山も栄島も……マリンも……みんな……。
闘う理由を、すべて失った。
「これで、この世界の要素は僕の中に潜り込んだ君の魂だけになった」
俺の首を鷲掴む≪終焉≫の手の力が強まる。
「肉体を失った今の君に、小賢しい能力も無い。ゆっくりと僕の心に取り込まれていくといい」
視界が暗くなってく。
俺の意思が……消えていく…………。
意識が暗い海の底に沈んでいく。
もはや這い上がる気力も無くて、暗闇の底に向かっていくだけ。
そんな俺を、彼女が優しく抱き留めてくれた。
マリン……守れなかったよ……君も……みんなも……ごめんよ。
『ううん、ショウマ君は一生懸命頑張ったんだから、謝らなくていいの』
マリンが自分の胸に俺の顔を埋める。
温かくて、柔らかくて、安心する。永遠にこのままでいたい。
『私もショウマ君とずっとこうしていたいな……でもね、嘘は良くないよ』
嘘?
『すぐに行っちゃうでしょ』
行かないよ。もう闘えないんだし。
『それが闘えちゃうんだな。だって、そこだけは絶対変わらないもの。どれだけ年を取ってもどれだけ人との出会いを重ねても、自分や他の人に降りかかる理不尽は許せない。それがアナタだから』
それが……俺……。
『みんなも、そう思ってるよ』
まるで海の水面から差し込む光が深海を照らす様に、暗闇が晴れていく。
気づけば、俺とマリンの周りには栄島や相ノ山、ミカやフウラン、ディックや千頭とこれまで出会ってきたすべての人たちが集まっていた。
ガッ。
俺を捕えている≪終焉≫の手首を掴んだ。
「――!!」
≪終焉≫が目を見開く。ついにそのご尊顔に、明確な表情が浮かんだ瞬間。
俺は手に込める力を強めていく。
「ああ、そうだよなあ。理不尽に屈するのは、俺じゃねえよなあ!!!」
目に活力を取り戻し、白銀の輝きを身に纏う。そして、片足を思い切り振り上げて≪終焉≫の顎に膝蹴りを炸裂させてやった。
堪らず≪終焉≫は俺から手を離し後退する。
「何で消えないんだって顔してるな。チート能力も失ったはずなのにどうしてこんな力が出るんだってよお!!」
白銀の剣を手に攻める。
「なんてことはねえ、『異世界転生』は特別な能力なんかじゃないからだ! 誰かの意思に自分の心が変えられる! それは全人類、誰しもが持つ絶対不変の能力なんだ!!」
「っ!!」
≪終焉≫が再び刀で抵抗してくる。
「俺の中に勝手に入ってきた連中が言ってくるんだよ。こっちがすっげえくたびれて挫けそうになっても、『お前はこんなもんじゃないだろ』って。自分がどんな人間だったか思い出させてきやがるんだよ!!」
繰り返し刀とぶつかって剣が砕け散ってしまう。
でもそれが何だ。砕けたそばから剣を創り出すだけだ。
「その逆も同じだ! 俺がお前に思い出させてやる!! 人と人の繋がりがどんだけ鬱陶しくて、有難いものかを!!」
≪終焉≫の攻撃を予測して何度もかわす。
「俺には理解できないのんびり屋な人がいた! ずっとボーッとしているように見えて、実は仲間をよく見てた!!」」
剣を≪終焉≫の背後に投げ、それと自分の位置を入れ替える。
「初めて出会った時、絶対気が合わないと思ったヤツがいた。けど今じゃそいつが一番馬が合う!!」
≪終焉≫が振り向き様に刀を振ってくる。それに対し両手でしっかり握った剣で刀ごと弾き飛ばす。
「逆に今でも合わないオッサンがいる。勝つためなら犠牲を厭わない冷えた心の持ち主さ!」
飛ばされてそのまま、≪終焉≫は離れた位置から光の弾を放ってきた。俺は空中に穴を創造して、その光の弾を取り込んだ。間もなく、別の穴を創ればそこから光の弾が飛び出して≪終焉≫に命中する。
「家族に会いたいってだけの理由で正義を捨てた男がいた!! 頭いいクセに人付き合いがダメダメなんだ!!」
怯んだところを狙って肉薄し剣を縦に振り下ろすが、刀の刀身で防御される。ならばと剣の重量を増やし無理やりにでも突破しようとする。
「そんな不器用なヤツを愛した女性がいた。その人は自分の命を身代わりにして愛する人を守ったんだ……驚いたよ、世の中にはそこまで誰かを好きになれる人がいるんだって思い知らされた!」
刀を砕き、≪終焉≫を真っ二つに斬り裂く。
「っ……」
だが相手も同じ意識体、これだけではやられてくれない。
「まだまだあるぞ! 全世界を救うために何百万人も殺す覚悟をした女の話、我が身が可愛かった女の子が命懸けで戦った話、俺を父親と呼んでくれた子の話!!」
俺は剣を振るい続ける。≪終焉≫も刀を振るい続ける。互いに相手の主張を否定しようと必死だ。
刀と剣が交差したそばから砕ける。砕ける度再び新しい剣と刀が創られて、打ち合って、また砕ける。それが何度も何度も繰り返される。
「それが何? 君の世界はもう消えた。君が言う人たちはいなくなった。いくら抗ったところで意味はないよ」
≪終焉≫が突きを放ってきた。
それを片方の手のひらで受け止めた。
「っ!!」
刀で串刺しにされた手を奥まで押し込んで、鍔ごと≪終焉≫の手を握り締める。
「意味があるとかないとか関係ないんだよ! 大きな力で人の意思を捻じ曲げようとするヤツを許せない!! それが俺の――渡辺 勝麻の世界だ!!!」
逃げられなくなった≪終焉≫の首を切断しようと剣を横薙ぎに振るうが、もう片方の手に握られていた刀で手首を斬り落とされる。
「――けど何よりも言いたいのは」
「ッ!!」
斬り落とされた部位に意識を集中させて手を新しく生えさせるが、こんなもんじゃ足りない。もっと、もっと強い意志を拳に込めろ!
「みんなが抱いてきた悲しみ、喜び、後悔、怒り、感動、そしてマリンを好きになったこの俺の気持ちは!! 決して、ニセモノなんかじゃねええええ!!!!」
ありったけの想いを詰め込み鋼の様に固くなった拳で、≪終焉≫の胸を穿った。
「………………は、はははは……」
短い沈黙の後、彼の口から笑い声が漏れた。
胸に穴が開いているというのに、表情は苦しみよりも喜びが勝っていた。闇しかなかった瞳にも光が宿る。
「そうだった……人間は……君みたいにとっても、うるさかっけ……。……いつ以来だろう、誰かに負けたのは……ここはホンモノの世界なんだね」
「……たく、やっとわかったのかよ。このバカヤ、ロ……」
ガクッと急に力が抜けて俺は倒れた。
あーあ……流石にやせ我慢もここまでだな。
さっきはカッコつけてあんなこと言ったけど、『異世界転生』なしで他人の心にいつまでも居座るのは不可能だ。俺の意思も消えて、この世界は完全に消滅する。
……けど、俺、頑張ったよな。胸を張って良いよな。……みんな……マリ、ン…………。
「……ありがとう、渡辺 勝麻君。おかげで僕は探し求めていた死に場所に辿り着けられた。だからこれはお返し。散々迷惑を掛けたお詫びとしては全然足りないだろうけど、僕にできる精一杯の償いだ――」
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