そして、その異世界は青かった

「う……うん?……」


 もう目を覚ますことは無いと思っていたのに、俺の目は再び開き世界を捉えた。

 学校の廊下だ。

 眼前では、栄島と相ノ山がちょうど目を覚まして起き上がるところだった。


「おりょ? 世界終わらなかったっけ? 何で俺たち生きてるの?」


 栄島に同意だ。

 あの時確かに世界は消えたはずなのに……ひょっとして。


「アイツが俺たちの世界に≪輪廻転生≫を使ったのかもしれない」

「それってつまり、和解できたわけ?」

「ああ、最後にこっちの想いは伝わってたみたいだった」

「おーい! こっちに来てくれー!」


 相ノ山が教室の窓際から俺たちを呼ぶ。

 少し慌てた様子だが何かあったのか。

 栄島と共に相ノ山のもとまで来るとその状況を理解した。


 崩壊したままの運動場で生徒と先生たちが続々と起き上がっている。みんなも蘇らされたんだろう。それはいい。

 問題なのは、学校の外が無くなってることだ。


「おいおい、街はどこだ? 外真っ暗じゃないか」


 星すら無い宇宙に放り出されたかのような光景に、栄島は唖然とする。


「ま、待った! あそこに何か見えるぞ!」


 相ノ山が暗闇に向けて指を差した。

 その方向を俺は『鷹の目』で確認する。


「あれは、スカイツリー!」

「マ? それってあの東京の?」

「東京以外に何のスカイツリーがあるんだよ」

「んん? どゆこと? 何でツリーが空に浮かんでるん?」

「わからない。でも、地球のあちこちが俺たちと同じ状況になってるみたいだ」


 暗闇に視線を泳がせれば、他にも色んな地形の一部が空飛ぶ孤島の様に点在していた。


「これ……地球がバラバラになってるな……」

「ええ! 何でえ?!」


 相ノ山の叫びももっともだ。俺は少しの間考えを巡らせる。


「……多分アイツの≪輪廻転生≫は生物のみに有効で、無機物は対象外なのかもしれない」

「それって地球も太陽も月も無いって話じゃんかよ!! どうすんの!! やべぇよ!!」

「うるさいぞ相ノ山。こういう時は黙って情報を集める、オーケー?」

「お、オッケー」

「渡辺、俺としてはこんな宇宙っぽい空間で呼吸できてるのと、太陽が無いのに春の気温ぐらいあるのが気になるんだが、心当たりあるか?」

「……ひとつだけある」


 との繋がりに意識を集中させ上を見上げた。


 ――やっぱりだ。


 それは虚数側の世界にあった。

 輪廻の輪だ。


 輪廻の輪が、世界全体に向けて白い雪の様な光を振り撒いている。その光が体に触れると全身が暖かくなり、ヒビ割れた大地に落ちればその亀裂は幻みたく消えていく。

 コイツが蘇った人たちを守って、なおかつ世界を修復していたんだ。

 俺は二人に説明する。


「世界の自己修復機能ってわけね。でもちょいスロー過ぎん?」

「そ、そうだよ! これじゃあ俺らが爺さんになる頃でも元の地球に戻らないじゃん!」

「ジジイになる前に餓死するって線もあるな」

「うげえ!!」


 確かにこのペースじゃ人類がもたない……どうすれば――!!


「うっ!」


 突然、体から力が抜けて膝を着いてしまう。


「「 渡辺?! 」」

「な、何だ?! 何かが俺の中から出ていく!」


 全身から金色の光の粒が溢れ出た。それは俺の目の前で集合していき、一つの光になる。


 『ここは任せて』


 男とも女ともとれるような声が頭の中に響き、すぐにそれが何なのか理解した。


「……まさか……そんなこと、あり得るのか……」


 それは、想像もしてなかった奇跡だ。

 奇跡の塊である光は別れを告げるように俺の周りをくるくる回った後、風に吹かれたタンポポみたいに輪廻の輪へと舞い上がっていった。


「……世界って、ホント予測不能で満ちてるな……」


 遠のいていく光を見送る。


 初めは大怪我してばかりで、外れを引かされたと思ってたよ。実際は大当たりだったっていうのにな。


「……お前のおかげで、俺はたくさんのわがままを押し通せたよ。そして、多くの人たちと心を通わせられた……ありがとう、俺の相棒チート能力……さようなら」


 金色の光が輪廻の輪に触れれば、世界全体に眩い輝きが広がった。バラバラになっていた地球が一ヶ所に集まり始め、周りでも月、火星、金星、水星、太陽と順に形創られていく。

 輪廻の輪と同化した『異世界転生』が、幾千もの意思を束ねて、創造の力の出力を上げたんだ。途方もない時間が必要になるだろうけど、これで世界は元通りになる。

 今度こそ、俺たちは勝ったんだ。


「お、おいおい?! 何がどうなったんだあ?!」

「落ち着けよ。もう大丈夫だ」


 戸惑う相ノ山を宥める。


「全部出し切ったって感じの顔だな」


 その横で栄島が言ってきた。


「え、俺そんな顔になってる?」

「なってるぞ。トラックに轢かれる前は絶対にしなかった顔だ……なんつーか、高校卒業した俺らよりも一足先に大人になっちまったな」

「――そっか……俺、大人になったか……」


 ――悪くないな。





 ***




 2週間が経った。


 地球は元通りの形に戻り、≪終焉≫が破壊した跡も消えた。人々もいつも通り自分たちのルーチンをこなしている。世界が消滅した、なんて事実が無かったかのように。

 でも、人類全員が確かに覚えてる。

 世界は一度、消滅したんだと。



「なのに大人はしっかり仕事してるんだもんなあ……そこまでして経済って回し続けなきゃいけないのかねえ」


 病院の3階の窓から外の景色を眺めながら呟いた。

 ≪終焉≫との戦いで腕の骨やら肋骨やらをやられていた俺は、母さんにメチャクチャ泣かれアンド怒られた後、入院させられた。全治1ヶ月の怪我だった。


「ふぅ、『回復魔法』が使えればこれくらい2日で治る怪我なのに」


 病院の庭と道路を挟んだ先にたくさんのビルが建ち並んでいるのが見え、その間を自動車が縫うように走っている。

 不思議なもんだ。

 ウォールガイヤの背にいた頃は散々この光景を懐かしがっていたのに、今はその逆だ。


 ……みんなは、どうなったんだろう……生き返ったんだろうか……それともそのまま……。


「千頭さーん、そろそろ部屋に戻る時間ですよー」

「はーい」

「えっ!」


 咄嗟に窓から身を乗り出して病院の庭を見下ろせば、車椅子に座る女性とそれを後ろから押す看護師がいた。今返事をしたのは車椅子に座ってる短い金髪の女性か。

 俺は周囲に目撃者になる人がいないのを確認してから、外へ飛び降りた。追加で骨折しそうな高さだが、それは常人ならの話だ。能力は失ってもレベルは変わらず、身体能力が超人のままである俺はスタッと軽やかに着地する。


 千頭っていう珍しい苗字に金髪、もしかしたらあの人は。


「あの!」


 俺が後ろから呼び掛けると、車椅子の女性はきょとんとした表情で振り向いてきた。


「アンタ、いや……あなたは千頭 亮……さんの妹さんですか?」

「……確かにそうですが、あなたは?」


 俺は自分が千頭と知り合いであることを明かした。

 話の場を木陰の下に移し、二人きりで会話する。

 地球から遥か遠い宇宙の外で千頭と出会ったこと。そこで何度も助けられたこと。妹に会いたがっていたこと。千頭について俺が知る限りの話をした。

 ただ、千頭がジェヌインを率いていた頃や革命の話はしなかった。これに関しては、いつか還って来るはずの本人の口から伝えるべきだと思ったから。


「……そうですか。兄さんは生きていたんですね」

「信じてくれるんですか?」

「ええ、信じますよ。この間不思議な体験をしたばかりというのもありますが……渡辺さんが話してくれた兄さんの姿は、間違いなく私がよく知るものですから」


 言って、彼女は嬉しそうに涙を流す。


「兄さんの一生は14年前に終わったんだと思っていました。けどそれは私の勘違いで。兄さんは人生をまだまだ続けていた…………渡辺さん、兄さんは今どこにいますか? ここへ帰ってきますか?」

「う……」


 やっぱりこの質問は避けられないよな……。


「すみません、わかりません……でもきっと還って来るって俺は思ってます……」


 無意識に視線を落として言った。

 そんなわずかな仕草から察したのか。


「渡辺さんも、会いたい人がいるんですね」


 と言われ、俺は頷いた。


 その時、地面を照らしていた日の光が何かに遮られたのかチカチカと点滅した。

 何だろう、と顔を上げれば、小さな影が雲よりも高く飛んでいるのが見えた。


 鳥?……違う……あれは、亀?


「あ……あ……」


 視線を地上に戻すと千頭の妹さんが口をパクパクとさせながら俺を凝視していた。

 ん? 俺の顔に何かついてるのか?



「長い間、一人ぼっちにしてごめんよ。芽」

「――ッ!!」


 背後から聞こえて半ば反射的に後ろを振り返れば、小さな女の子が俺に抱きついてきた。


「グスッ……やっと……会えたっ」


 声を聞いてその子が誰なのかすぐわかる。俺は嬉しさのあまり目を潤ませて抱き上げた。


「|Look after all he cried《ほら、見ろやっぱり泣いたぜ》」

「|Shouma ni shida ya mtoto!《ショウマは子煩悩だからねっ!》」


 日本語じゃない言語が耳に入ってきた。けど、不思議と言ってる内容は理解できた、あと誰が言ったのかも。

 愛しい娘を抱えたまま目を前に向ければ、予想通りあの二人が立っていた。二人だけじゃない、その後ろには≪異世界転生終焉門≫に飲み込まれたはずの人たちが全員いた。


「ショウマ君」


 その人だかりの中から、彼女は出てきた。

 潤んだ青い瞳を向けられて、俺は一瞬でその瞳に吸い込まれてしまう。

 本当に綺麗で優しい目だ。

 この優しさに俺の荒んでた心は変えられた。


「デートの約束、忘れてないよね」

「ああ、もちろん!」





 これから多くの変化が訪れるだろう。

 多分面倒なことや、不安になること、心が傷つくような日がたくさんあると思う。

 でも俺たちは歩みを止めない。

 歩み続けている限り、きっといつか想像もしていなかった出会いがある。

 だってここには、何十億もの異世界たちがあるから。


















        ― Fin ―

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俺のチートって何? ―異世界転生終焉門― カーマイン @209_28_44

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