第2部
上巻 ― 魔人襲来 ―
第1話 ようこそ異世界ウォールガイヤへ
「ハァッ! ハァッ!!」
朝日の光が差し込む森に、ガチャガチャとプレートアーマーの擦れる音が鳴る。
若い男が走っていた。
必死な形相で背後に繰り返し顔を向けており、何かに追われているようだった。
「全員撤退しろお!!」
走る男は、前に向かって声が枯れるほど叫んだ。
男が向かう先には、同様の装備をした者たちが何十人と待機しており、彼らは男の叫びに従って一斉に散った。
「どこの誰だよ! “テツキリネコ”の縄張りに入ったのは!! コイツめちゃくちゃ怒ってるじゃないか!!」
泣きそうな声を漏らす男の後ろでは、樹木が次々に薙ぎ倒されていた。それは男へと確実に向かってきており、距離を縮めている。
「やだ死にたくない! 助けてくれ! 隊長――!!!」
願いも空しく後ろから飛び出た影が、男の行く手を阻んだ。
茶色い体毛に覆われた4足歩行の化け物――モンスター。
その見た目は猫と同じだ。もっとも、ダンプカーすらも撥ね退けられるであろう巨体と、臀部に生える2本の尻尾を除けばという条件付きだが。
その顔に愛らしさなどなく、両目を満月の様にまん丸と見開き、歯をむき出しにしている。まさに、獰猛の二文字が生きて動いているようだ。
テツキリネコと呼ばれるそのモンスターは男へジャンプすると前足の鋭い爪で襲いかかった。
男はもう駄目だ、と目を瞑った。
ガィイインッ!
金属音に男は目を開ける。
「――隊長!!」
男の目の前で、黒いポンチョを羽織った人物が片手剣のロングソードでテツキリネコの攻撃を受け止めていた。その顔はフードに隠されていて見えない。
テツキリネコは自分の攻撃が止められたことが予想外だったらしく、驚いて後退する。
隊長と呼ばれた人物は首をクイッと横に向かせ、背後で尻餅をついている男に逃げろと合図を送る。
男は九死に一生を得て感涙に浸りかけていたが、隊長の指示で我に返って一目散にこの場から離れていった。
場に残ったテツキリネコと隊長が睨み合う。
先攻はテツキリネコから。
テツキリネコの2本の尻尾が平たくなり金属の様な光沢を放つ。その尾は如意棒みたく伸び、隊長の頭上へと振り下ろされた。
隊長はその攻撃を2本とも剣で弾く。
悔しがっているのかテツキリネコは低くうなると、攻撃を連続で繰り出した。
しかし、それすらもすべて防御されてしまう。
ガアッ!!
一声鳴いてから2本の尻尾を縮めて自分の方へと戻すと、尻尾を二重螺旋状に絡めてドリルの様な形を作った。
そして、それを隊長へ一直線に伸ばし、突いた。
突かれた隊長は、そのままドリルに押されて森の緑の中へと消えていった。
だが、次の瞬間にはドリル状の尻尾が先端から猛スピードで凍り付き始めた。
グゲッ?!
氷が尻尾を伝ってテツキリネコへとやってくる。このままでは全身が凍り付く。慌てて尻尾を引っ込めて、纏わりついた氷を力尽くで解いた。
間一髪、窮地から脱し安堵するのも束の間、突然発生した横からの突風に態勢を崩される。そこへさらに炎も加わり、テツキリネコは炎の渦に飲み込まれてしまう。
ヌヌヌ……。
肉体を炎上させるテツキルネコ。普通の動物ならとっくに死んでいるが、コイツはモンスターだ。
身を焼きながらも、尻尾を限界まで縮めて力を蓄える。
間もなく、尻尾が音速で伸びてグルリとテツキリネコを中心に一回転した。半径500m圏内にある樹木が一斉に倒れた。鋼鉄の尻尾によって木々が横一文字に切断されたのだ。
攻撃の風圧で自らを焼いていた炎も鎮火したテツキリネコは、土煙が舞い上がる中、視線を向ける。
倒木の上に立って、自分を見下す隊長へ。
グルルル……。
生意気な人間だ。とでも言いたげな表情で、テツキリネコは隊長を睨む。
その時。
青空に、円形の真っ黒な穴が開いた。
「「 ――!! 」」
隊長とテツキリネコは驚いた様子で、穴に注目する。
「……最悪なタイミング」
呆れ口調で隊長が呟いた。
穴の中から、二人の人間が現れた。二人はふわりと風船みたくゆっくりと地面へ落ちてくる。
見たところ男と女で、二人とも目を閉じて眠っている状態だ。
そう長くない時間を経て、隊長とテツキリネコが睨み合っているちょうど真ん中に着陸した二人。
二人の男女はそこで目を覚ました。
「……うーん……え、どこ? どこの森……うわあ!! 何あのジ〇リで見たような猫!! っていうか、アナタどちら様?!」
女の方が周囲を一瞥した後、目をパチクリとさせて自分と一緒に落ちてきた男に尋ねる。
「どちら様とは酷いじゃないか。ボクはキミとって大事なパートナー。ずっと二人でやってきただろ」
「いえ全く身に覚えありませんけど?!」
「ふっ、そうやってボクの気を引こうとしているのかな? まったく、悪い子だ」
囁くようなボイスで語る男に、女は引き気味に頬を引きつらせる。
まるで女が男にナンパされている場面だ。
だが、忘れてはいけない。
今この場を支配しているのは、死闘の場面であることを。
テツキリネコの視線が二人に向けられる。
「ッ!!」
男女の身が危ない。
隊長は二人を守るため、音速で彼らの前に移動した。
間髪入れず、1本の尻尾が突き出されて隊長はそれを剣で受け流す。背後で男女が驚愕する声が聞こえる。
重い一撃だ。両足が土に沈む。片手では支えきれない。両手で剣を支えなければならない。
そこへ、残ったもう片方の尻尾が隊長へと放たれる。
両手は塞がっている。足も踏ん張るので精一杯だ。
「――
危機的状況にありながら隊長は慌てもせず、ただ静かにその言葉を口にした。
「 『
フードの下で、隊長は右目から眼光を放った。
ギャッ?!
テツキリネコは後ろから何かが迫ってくるのを感じ、片方の尾を隊長ではなく背後へと振った。ところが後ろには何もおらず、尾はただ空を切った。
「残念だったな。後ろには誰もいねえよ」
気が付けば、隊長の剣がテツキリネコの腹を斬り裂いていた。
ニャ……ゴ……。
テツキリネコはフラフラとよろめいた後、横に倒れて絶命した。
「……ふぅ」
隊長は剣に付着したモンスターの血を振り払うと、ポンチョ下にある腰の鞘へと剣を収めた。
それから、男女の方へと歩み寄る。
「どーも、お二人さん。怪我はないか?」
隊長の問いかけに、男女ともに答えなかった。目の前で起きた出来事に脳の演算処理が追いついていないようだ。
「いきなりこんな状況に出くわしたら無理もないな。まあ、とりあえず、名乗るだけでもしとくぞ」
隊長が黒いポンチョのフードを脱ぎ、顔を露わにした。
黒髪の日本人男性の顔がそこにあった。それも、かなり若く、まだ20にも満たない少年の顔つきだ。
前髪の一部が左目にかかっており、左目には白い眼帯をしている。
「俺の名前は、
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