第15話 バトルスタート

「だああ!!」


 北の平原の戦場で、騎士の一人が虫の魔人に向かって『雷魔法ライトニング マジック』を放つ。電流が魔人の肉体を駈け廻るが、


「効くかよ!!」


 虫魔人は無傷だった。

 大量にいる虫魔人一体あたりのレベルは最低でも300を超えている。ダメージを与えるには少なくとも300以上の攻撃力が必要となる。しかしながら、それだけの攻撃力を持つ人間はこの世界に100人もいなかった。

 では、どうやって戦うのか。


「伏せろ!!」


 パァンッ!!


 その答えのひとつが、1体の虫魔人を葬った。

 ライフルだ。


「雑菌風情が!! よくも仲間をやってくれたなああ!!」


 怒り心頭に発した虫魔人が、ライフルを所持した騎士へ肉薄する。騎士は次弾を装填している最中で反撃はできない。


 ドンッ!!


 その危機を、戦車の砲弾が救ってくれた。


「いいぞ! このまま遠距離主体で攻め続けろ!!」


 今度は城郭に置かれた無数の大砲が同時に火を噴き、一度に多くの虫魔人を爆風の嵐に飲み込んでいった。


 武器や兵器に頼る。これこそ、今の人類にできるベストな戦い方だった。本人のステータスに左右される魔法や近接戦タイプの戦闘員は味方の守りに就かせ、ダメージソースは銃や大砲で稼ぐ狙いだ。

 千頭がわざわざ街のそばにまで敵を引き連れてきたのは何も敵戦力を分断するだけが理由ではなく、平原なため戦車が動き回りやすいのと、城郭の大砲で高火力が出せるという点もあった。



 千頭は、朝倉や騎士から現状の報告を受けて満足そうに頷いた。


「悪くないスタートだ。あとは、渡辺君、ディック君、君たち二人が一気に大将の首を討ち取れれば言う事は無いね」



 *



 虫魔人たちを前に、凛々しく立つ渡辺とディック。


「は……ハハハハッ!!」


 彼らと対峙して虫魔人が最初に取った行動は、嘲り笑うことだった。


「とんだマヌケな人間がいたもんだぜ! たった二人で何ができるってんだよ!」


 指を差して腹を抱える。

 他の者も、そういった類の言葉を相次いで投げる。

 渡辺とディックは呆れた様子で互いに視線を合わせた後、再び虫魔人の方へ向き直った。


 次の瞬間、周囲100mにいた虫魔人たちが一斉にぶっ飛んだ。


「「 ?!!! 」」


 一体何が起こったのか。後方にいた虫魔人たちは思考が追いつかず、瞠目する。


 氷だ。

 眼前に突然、巨大な氷山が地面から突き出てきた。仲間たちは皆それによって空高く打ち上げられていた。

 やっと思考が追いついてきた頃には、渡辺が氷の塊を拳で砕いて飛び出していた。


 渡辺は右手にあるミスリル製のロングソードを強く握り締めると、一瞬で数十体の虫魔人を斬り裂いた。


「に、人間の癖に速えぇ!!」


 先の先遣隊との戦いで、人を下に見ていた虫魔人たちは完全に虚を衝かれ戦闘態勢を取る前に攻撃されていく。


「ふんっ!!」


 ガシッ!!


 気を抜いていたら殺される。いち早く油断から解放された虫魔人が、渡辺から振り下ろされた剣を掴むことに成功する。

 渡辺は剣を無理やり引き抜こうとするが、どうやら他よりも力が強い魔人らしく思うようにならない。


「今だ! やれ!」

「オオオ!!!」 


 渡辺の背後から巨体の虫魔人が迫る。両手を組み、それをハンマーの様に振り上げて渡辺の頭上へと落とした。

 これに対し渡辺は『魔法剣マジック ソード』で空いている左手に赤く光る剣を作り出し、その剣で巨体の攻撃をガードする。


「アチチチ!!!」


 高熱の魔法剣に触れて、巨体は堪らず怯んだ。その隙に、渡辺は剣を掴んでいる虫魔人を蹴飛ばし自由になった剣で巨体を斬り伏せた。


「テメェら! コイツを囲め!!」


 複数の虫魔人が渡辺を囲むと手のひらを前に突き出した。すると、手から炎が噴出し渡辺を飲み込む。ピンチに陥ったかに見えた渡辺だが、『風魔法ウィンド マジック』で虫魔人ごと炎を吹き飛ばして反撃する。多くの悲鳴が森に反響した。


 渡辺が起こした突風により周辺に降り積もっていた雪は飛ばされて無くなり土が露出する。


「へっ、良い感じに戦いやすそうなフィールドに仕上がったじゃねーか」


 いつの間にか氷山を超えて前に出ていたディックが一歩前へ出た。踏み込んだ足先から土の上を氷が扇状に張って広がっていく。瞬く間にディックの前にスケートリンクが出来上がった。戸惑う虫魔人たちを他所に、ディックは平らな氷上に立つとライフルの銃口を後方に向ける。


「行くぜ」


 ダンッ!


 発砲音と同時、銃からの反動を受けてディックは急加速して氷上を滑り出した。滑りながら体の向きを自在に変え、虫魔人たちを撃っていく。さながらフィギュアスケートの様な動きだ。


「こっちの人間もやりやがる!!」

「誰かコイツを止めろ!!」


 虫魔人たちが氷に足を取られつつも、ディックへの距離を詰めていく。それを待ってましたとばかり、ディックは空へ飛び上がった。空中で1発の弾丸を生成し、装填する。狙うは動きにくい氷の上にわざわざ集まってくれた虫魔人たち。そこに向けて引き金を引いた。


 ピキッ!!


 氷が割れる音。ディックの撃った弾丸は虫魔人ではなく、その足元に着弾した。


「ケッ! 外してんぞ下手クソ!!」


 ドンッ!!


 虫魔人の1体が煽った直後、弾丸が青白い光を放って爆発した。ディックの『地雷』の能力だ。


 ディックと渡辺。二人の圧倒的な力を見せつけられ、魔人たちは恐れ慄く。“自分たちの力で勝てるのか”という疑問が伝播していく。


「な、なあ、フィルバンケーノ様にコイツらの相手してもらわないかい?」

「確かに俺たちじゃ無理っぽい……」

「弱気になるな!  フィルバンケーノ様が仰ってただろ! 『やる気が出ないから、お前らだけで終わらせてきてくれや』と! もしお手を煩わせたりしたら消し炭にされるぞ!!」


 この会話にディックが反応する。


「いいじゃねーか。堅いこと言わずそのフィルバンケーノ様とやらに会わせてくれよ。なーに消し炭にはされないから安心しろ、俺たちが斃すからさ」

「アホ抜かすなや!! 死にさらせ!!」


 虫魔人がディックへ襲いかかる。


「遅れるな! 続け!!」


それに合わせて、再び闘志を燃え上がらせた虫魔人たちも攻め始めた。


「やれやれ、やっぱ自分たちで探すしかないか」

「こっちは端からそのつもりだ!」


たった二人だけの戦いが続行された。





 それから時間は経ち、戦場は夜を迎える。夜戦だ。このタイミングで人間側にきていた流れが、ゆっくりと滞り始める。


「オラァ!!」

「ぐあっ!」


 魔人の腕が、騎士の腹を甲冑ごと貫通した。当然、騎士は即死。他でも数人の騎士が魔人から放たれた炎によって焼かれる


「この野郎!!」


 一人の騎士が反撃を試みようと銃を構えた。が、


「撃つな! 俺だ!」

「しまった! 味方か!!」


 危うく味方に誤射しかけ、騎士は慌てて銃口を引っ込める。


「グアッ!!」

「うわあ!!!」


 それにより動きを止めてしまった二人へ、複数の魔人たちが飛び掛かり命を奪う。



「千頭、陣形が乱れ始めてる」

「だろうね……」


 朝倉からの悲報に、千頭は眉を顰める。


「人間は、外部からの情報の9割を視覚で得ているが、それも暗闇ではほとんど機能しない。比べて、魔人は。今の時間帯でも日中と変わらない活動ができる。この差は厄介だ」

「各隊も『炎魔法ファイア マジック』と『閃光フラッシュ』を利用して視界を確保するよう努めてはいるけど……その程度の光量じゃたかが知れてるわね」

「夜戦に関しては各自で頑張ってもらうしかない……」


 千頭は手を握り締める。魔人は昼夜に関係なく活動できると知った時点でこうなることは予想できていたというのに、結局有効な対策方法を考えつかなかった。そんな自分に苛立ちを抑えられない。


「……! 千頭、朗報よ」

「どうした?」

「フィルバンケーノを見つけたわ」

「――っ!」


 苦渋を味わっていた千頭の顔に、少しだけいつもの余裕が浮かんでくる。


「急いで彼らに伝えるんだ!!」



 *



「――ディック! 今の聞いたか!!」

「ああ! あの陰気な姉ちゃんがやってくれたみてーだな! そうとわかれば、雑魚共に用はねーぜ!!」


 渡辺とディックはポーチから『瞬間移動テレポート』の魔法石を取り出し、それを使って遠くへ飛んで行った。


「ちょ、待てそっちに行くんじゃねええ!!」

「あぁ……炭にされる……」


 フィルバンケーノからの命令を守れなかった魔人たちはがっくりと肩を落として意気消沈とする。完全にやる気を失った彼らがこの後戦場で戦うことはなかった。



 『瞬間移動』で、渡辺とディックは高山に降り立つ。さっきまで戦っていた場所とは異なり、雪が降っている。だが、魔人の大群がいるのは同じだった。

 不意を突かれた魔人たちは大慌てで武器を構えるのだが、相手が人間二人だけだとわかると嗤ってきた。今朝見た流れと同じだ。


「コイツらの思考回路ってどいつもこいつも同じなのか?」


 ディックが魔人の愚かさに呆れてため息を吐く。上には上がいるというのをホントに理解できていない。


「雑兵はどうでもいい。それより敵のボスはいるのか? こっちはお前と違って『暗視ナイト ビジョン』が無いんだ。早く確認してくれ」

「もうしたぜ」


 ディックはに真っ直ぐ銀色の瞳を向けた。

 月明りによって落ちる針葉樹の影の下で、不定形のそれはグニュグニュと流動的な動きをしていた。色は黄土色で、その黄土色が雪を触れたそばから溶かしていく。大きさは人10人分を飲み込める程度のものだ。


「話に聞いてた通り、見た目はマジで黄色いスライムだ。あんまり強そうには見えないな……千頭のヤツの調べを疑う気はないが、ホントにこれレベル1250もあるのか?」

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