魔人軍 10,765,589 人類総人口 5,382,301

第14話 魔人戦、開幕

 マリンは座った姿勢で、ずっと閉じていた目を開けた。眠っていたわけではない。眠りたくても眠れない心境だった。

 それは他の者たちも同じらしく、皆誰かと話したり酒を飲み交わしたりして不安を紛らわせている。寝れているのは余程肝が据わった者か、フウランやデューイのように状況が今一つよくわかっていない子供たちぐらいだった。


 現在マリンはミカ、市川、フウラン、デューイと一緒に避難所にいた。そこは元々アリーナ会場だった施設なのだが、人同士の能力バトルにも耐えられるよう頑丈に作られていることから避難所に打ってつけの場所とされていた。


 もうずいぶん長くここにいるような気がするけれど、魔人たちはどこまで近づいて来ているんだろう。

 マリンはもどかしかった。外の状況は不明だ。渡辺は街の北側の守りを任されたはずだが、彼が今どうしているかもわからない。

 そのわからなさが原動力となってマリンを立たせた。


「マリンさん? どうしました?」


 隣で体育座りしていた市川が訊ねる。寝れていないせいか疲れを感じさせる声だ。


「騎士の人に戦場がどうなってるのか聞いてくるよ」

「あ、それなら私も行く!」


 横になっていたミカが声をあげて立ち上がる。


 フウランとデューイの子守りを市川に任せ、マリンとミカは施設の出入り口へと向かった。

 角を曲がって出入り口が見えると、日の光が地面に反射して目に入り込んでくる。マリンは驚いた。まさか既に一夜が明けていたとは。避難所になっている施設には窓がないため、今が昼か夜かもわからなかった。


 出入口の前で見張りをする一人の騎士に、マリンは声をかける。


「あの、騎士さん」

「ん? どうかしたかい?」

「魔人は今どこまで侵攻してきてますか?」

「ああ、それなら数時間前からドロップスカイの――西側の軍隊が魔人との交戦を始めてるよ」

「「ッ!!」」


 マリンもミカも驚愕する。

 寝耳に水だった。もう戦いが始まっていたなんて。


「驚くよね。報せを受けた僕自身、信じられないくらいだ。街はこんなにも静かだっていうのに」


 騎士の言う通り街は静かで、川のせせらぎすら聞こえてくる。とても戦争が起きているような雰囲気ではなかった。


「開戦のニュースはもうじきラジオでも流れる。とはいえ、あまり触れ回れないでくれよ。パニックに繋がる可能性もあるからね」

「あの! 北の方は何か動きはありましたか?!」

「えっと、あっちはまだ本格的な戦いは始まってないけど、先遣隊が作戦を実行中らしいよ」

「そう、ですか」


 マリンの心に不安がにじり寄る。

 隣にいるミカも同じ気持ちになって、胸に手を添える。


「おい! そこでボーっと突っ立ってる騎士! お前も手伝え!」


 横から怒鳴り声が聞こえてきた。

 マリンとミカが見やると、数名の騎士たちが慌ただしくブロック状の石を積み上げており、そばには大きな鍋があった。


「おっと、これから炊き出しの準備をしなきゃいけないんだった!」


 マリンたちと会話していた騎士は、次の怒号を避けるべく急いで手伝いに入ろうとする。


「あの!」


 それをマリンが呼び止めた。


「私も手伝います!」

「ミカもやるよ!」

「おお! それはありがたい! 今は人いくらいても足りないくらいだ、よろしく頼むよ!」


 マリンとミカは騎士と共に炊き出しの準備を始めた。


 私はショウマ様と共には戦えない。ならせめて私の手の届く範囲で、できる限りのことをしよう。それが私にできる戦い方だ。



 *



 フィラディルフィア北側平原に、騎士たちが城郭を守るようにして陣形を組んでいた。


 一帯は雪が降り積もり、真っ白な絨毯が平原を覆っている。これがもうじき赤い絨毯に模様替えされるのではないかと、多くの騎士たちが戦慄している。幾人かは、手を組んで神に祈ってる有様だ。

 渡辺の隊の中にも、そういった者たちがいた。


「ああ神様どうか慈悲を!」

「おい、何びびってんだ! しっかりしやがれい!」

「む、無茶言うなよ! こっちは子供の頃から魔人は恐ろしい存在だって言い聞かされてきたんだ! 身に沁み込んじまってんだよ!」

「へっ! 情けねえ! だったらそこで俺っちが華麗に戦果を挙げるのを大人しく見てな!」


 男が自信満々に言ってみせた。


「意気込むのはいいけど、死に急ぐなよ」


 それを隊の先頭に立っていた渡辺が戒めた。


「そもそも攻撃力が足りないお前らじゃ魔人にダメージを与えられないんだ。とにかく生き残ることに徹して場を掻き乱すことだけ考えてくれ」

「渡辺さん! もちろんわかってますよい! 俺っちだって死に急ぐつもりはてんでありませんぜ!」


 キラッと歯を見せてサムズアップする男。その後ろで他の者たちも力強く頷いている。


「どうやら、お前のとこ部下はよくわかってるみてーだな」


 渡辺の隣にいたディックが普段と変わらないお気楽そうな調子で言った。


「俺としては今のお前の言葉を、お前に一番送りたいぜ」

「は? 何でだよ」

「そりゃ俺の知る限りで一番無茶をするヤツがお前だからさ。頼むから無謀な戦い方はするなよ」

「わかってるさ。俺だって死にたいわけじゃない」


 素っ気ない態度で返事をすると渡辺は戦場の方へ向き直った。ディックは本当にわかってるのか?と内心思いつつも、渡辺に倣って戦闘準備の構えに入る。



「見ろ! 先遣隊が来たぞ!!」


 平原を超えた先にある森に注目が集まる。森の中から剣や槍を携えた騎士たちが次々に走り出て来ていた。初めは数人と疎らだったのが、数百、数千人と数を増やしていく。増えれば増えるほど、その時が迫っているのだと否応なしに実感させられる。


 そして、


「ハー!! 来たぜぇ!! 人間共の街ぃ!!」


 魔人が姿を現した。

 腕や脚、胴体は人間のもの。

 だが、腕と脚、首部分が黄色と黒が混じった体毛に覆われ、背中には半透明な虫の翅、頭部には触覚と複眼を備えている。虫の魔人。人間ではないのは一目瞭然だった。


 それが百、千、一万体とどんどん森から流れ込んでくる。先遣隊は抵抗もせず逃げるばかりで戦況は明白だった。


「へへっ! 手応えねぇなあ人間! これじゃあ楽しい時間が半日で終わっちまうぜ! もうちっと粘れよ!」

「まぁ人間がたっくさん! 思う存分焼き殺せるわぁ!」


 どの虫の魔人もかなり好戦的なタイプらしく、街の前に並ぶ10万を超える人の軍勢を前にしても怯まず前進してくる。間違いなく人類は追い込まれていた。

 それでも人類側がそれほど狼狽しなかったのは、この状況を事前に予告されていたからだ。



「魔人の進行速度から考えてそろそろか」


 フィラディルフィア中央区に建つアルーラ城の一室で、千頭が呟いた。

 そこには千頭以外にも数十人の騎士が椅子に座っていて、フィォレンツァとシーナもいる。


「北側の状況は?」

「本隊からの連絡で魔人を目視で確認したそうです!」


 千頭の問いに騎士の一人がハキハキと答えた。


「来たな。朝倉さん」

「わかってる、もう『千里眼クレヤボヤンス』で確認したわ。敵は狙い通りの形で進軍してる」

「よし、なら始めよう」



「来た! 全軍、突撃いいいい!!!」


 千頭からの指示を『精神感応テレパシー』で受けた指揮官が声を張り上げた。


「「オオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」


 呼応して、10万人規模の人類軍が雄叫びをあげて前に出る。

 合わせるように、魔人たちも雪崩の勢いで迫る。


「ケッ! お前らのザコっぷりは最初に攻めてきた連中との戦闘でわかってんだ! 数をいくら増やしたって意味ねぇんだよ!!」



「と、敵は思っているだろうね」


 ニヤリと千頭が不敵な笑みを浮かべた。



 ドンッドンッドンッ!!


 「な、何だぁ?!」


 突然、魔人たちの背後の森で連続した爆発が起こった。

 爆風によって魔人だけでなく、森の木々も吹き飛ばされていく。


 「あぁ?!」


 一体どこからの攻撃か、魔人の一人が辺りを探ってみれば森の手前近くにさっきまで存在していなかったはずの戦車が並んでいた。


 「にゃろう! 雪の下に潜んでやがったのか!」

 「見て! 森の中に!」


 また別の魔人が叫んだ。その声に振り向かされた魔人たちが見たのは、森の中で動く複数の人影だった。

 敵陣のど真ん中で一体何を。

 そう思っていると、一つの人影が屈んで縄を切断した。すると、森の中で巨大な丸太が振り子の動きを描いて同胞たちを薙ぎ倒した。

 ブービートラップだ。

 さらに別の場所では、魔人たちが落とし穴に落ちていくのを目撃する。


「加勢に行くわよ!」

「待て! こっちもこっちで人間共が攻めてきてんだ! コイツらを片付けてからにしろ!」

「くっ!」


 魔人たちの中でも、ある程度理性的な者はこの時点で気づく。自分たちは戦力を分断されたのだと。


 千頭が初めに先遣隊を当てたのはこれが狙いだった。


「魔人連中の思考は人間と比べて短絡的だ。先遣隊と戦い、敵が弱いと思い込んだ魔人は調子に乗って歩調を合わせず進軍してくる。するとどうなるか。横に太かった陣形はどんどん縦に長く細くなっていく。太い縄を鋏で切るのは難しいが、細い糸なら簡単だ。ちょっとした力で切断できる」

「千頭、ざっくりとだけど今ので魔人の戦力を5万に分断できたわ」


 得意げな顔をする千頭へ、朝倉がポーカーフェイスのまま報告した。


「予定通りだね。フィルバンケーノの軍勢200万の内5万。40分の1を孤立させられた」

「40分の1って喜んでいい数字なのかしら」

「戦いで大事なのは焦らないことだよ朝倉さん。少しずつ確実に削っていくんだ。……とは言っても、大穴も狙っていくけどね」


 戦場で人間の決死の叫びと魔人の悦楽を含んだ叫びがぶつかり合う。戦車や城郭の上に設置された大砲の発射音が鳴り響く。

 本格的に戦場と化した北の平原。

 その戦場の上空を二筋の光が飛び越えていく。光は人間たちの頭上を通り過ぎ、魔人たちの陣を越え、森へ向かう。


「クソッ! この邪魔な木を早く退かすのよ!! 前の奴らと合流しないと!!」

「ちょっと待て! 何か来るぞ!」


 倒木や罠によって進軍を妨害されていた後方の魔人たちは、陣形を立て直そうと躍起になっていたが、空に現れた二つの光を見て目の色を変えた。


「全員構えやがれ! 敵襲だ!!」


 光たちが彼らの前に落ちた。

 降り積もっていた雪が衝撃で舞い上がり、舞い上がった雪の結晶が日の光をキラキラと乱反射させる。その煌めく舞台の中心に、あの二人が立っていた。


「さてと、待ち焦がれたパーティの時間だ。乗り遅れんじゃねーぞ、渡辺」

「乗り遅れるだって? バカ言うなよ。俺がこの瞬間をどれだけ待っていたと思ってやがる」


 渡辺が腰の鞘から剣を抜き、ディックが狙撃銃を構えた。


 魔人との戦いが、ついに始まる。

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