第8話 強さを追い求めて

 ディックが銃を下ろして構えを解いた。


「おいおい知世、こっからが良い所だろ」

「はぁ、ディック殿、自分の立場を理解していますか? アナタはこの世界でもトップ10に入る実力者なのですよ? そんなアナタが魔人と戦う前にもし怪我したらどうする気です。それにショウマも。『魔法剣マジックソード』を仲間に向けるなど、ディックを殺す気ですか?」


 知世に言われて、渡辺はディックを見やる。


「死んでたか?」

「はっ、その程度で俺が死ぬかよ。なんなら今から試して……ゲッ」


 余裕ぶるディックを知世が眉をひそめて威圧した。


「わかったよ、そー睨むなよな。にしてもショウマねぇ。渡辺、いつの間に知世に弟子入りしたんだよ」

「気づいたか」

「そりゃーな。天知心流の奥義のひとつ『影寄』に知世の能力の『魔法剣』使ってりゃ誰だってピンとくる。何があったんだよ」

「言いたくはない」


 渡辺がプイッと顔を背ける。


「別にいいだろ、教えてくれよ」

「いやだ」

「いやだって、別に減るもんじゃねーだろ」

「嫌なもんは嫌なんだよ」


 言い合う二人。

 それを遠目に知世は2ケ月前を振り返る。


 天知心流の“チート能力を使ってはならない”という掟を破った知世に、帰る家はなかった。信頼する従者たちもメシュに殺され、心に雨を降らせていた。

 それでも知世は魔人との戦いに向けて鍛錬を積むのを辞めなかった。

 革命によって国の体制が変わろうとも、家を追い出されようとも、草薙 知世くさなぎ ちせはこれまで通り勇者であり続けた。


 その彼女の前に、渡辺は現れた。

 魔人ガイゼルクエイスとの戦いで重傷を負い、現在入院中であるはずの彼が何故自分の前に。

 答えはすぐに本人の口から出た。

 「俺に、戦い方を教えてくれ」と、彼は知世の目を真っ直ぐに見て言ったのだ。


「俺のチート能力はひどく不安定だ。このままじゃ上級の魔人には勝てない。だから能力に左右されない自分自身の揺るがない力が欲しい! 俺に戦い方を教えてくれ!」

「そのために病院を抜け出してきたわけですか……何故、強さを求めるのです?」

「……魔人を斃したいからだ。奴らが存在してる限りこの世界に平和は無い。魔人共を一匹残らず皆殺しにしなきゃいけないんだ」

「……アナタの考えには賛同します。ですがアナタは」


 敵。

 一度は殺し合いをした仲だ。

 そう簡単に割り切れるものではない。


「頼む! 俺にはもうこの選択しかないんだよ!!」


 ついに土下座をし出す渡辺。

 戸惑う知世だったが、渡辺の並々ならぬ決意と勇者にも似た覚悟に心を動かされ、知世は渡辺を弟子とするのだった。



「つーか、各属性魔法だけじゃなく『魔法剣』まで使えるようになってるとか、どんなカラクリだよ」


 ディックの声に知世の意識が過去から引き戻される。


「『絶対の意思アブソリュート インテンション』にはコピー能力でもあんのか?」

「いや無いな。知世の『筋肉操作マッスル コントロール』、複合チートの『慧眼キーン アイ』もやろうとしたけど無理だった。俺の予想だと多分、俺がイメージしやすい能力が使えるんだと思う」

「イメージィ? そりゃまたアバウトだな。渡辺の能力ってマジまとまりがなくて意味不明」


 お手上げのポーズをするディック。

 渡辺はディックから知世に視線を移した。


「知世、さっきの闘いどうだった?」

「…………」


 渡辺の質問に対して、知世は沈黙する。


「知世」

「…………」


 なお沈黙。


「……知世師匠」

「はい! さっきの闘い良かったですよ!」


 突然な知世のウキウキ具合にディックがずっこけかけた。


「おい渡辺これはどういう……」

「知世のやつ師匠って呼ばないと返事してくれないんだよ」

「おい知世それはどういう……」

「私、ずっと弟子を作って師匠と呼んでもらうのが夢だったんです」


 知世が両手を組んで目をキラキラと輝かせる。


「……マジかよ。知世にそんな願望があったとか初めて知ったぜ……」


「それはさておき、ショウマ。剣の使い方も様になってましたし、『影寄』もそれらしくできてました。短い期間でよくぞここまで。やはりショウマには殺気を扱う才能がありますよ」

「……やっぱり『影寄』は、完全にはできてなかったか」


 知世が素直に感心するのとは逆に、渡辺は不服だった。

 知世はそれをフォローするよう話を続ける。


「落ち込む必要などありません。今の時点でこれだけできていれば――」

「今完成してなきゃダメなんだよ」


 フォローは撥ね退けられる。


「渡辺、焦り過ぎだぜ。んな簡単に強くなれたら誰だって苦労しねーよ」

「焦りもするさ。ディック、今の一戦でわかっただろ? 俺がルーノールと戦った時の力を引き出せてないって」

「……まぁな。人類守護神を倒した力で攻められたら、秒で決着が着いてたろうよ」

「魔人共は明日にでもやって来るかもしれないんだ。今日できなくてもいいなんて言ってる場合じゃないんだよ」

「「…………」」


 渡辺の焦りに、ディックと知世は閉口する。


「ディック様、渡辺様。お疲れ様です」


 セラフィーネがフウランと子供たちを連れてやってきた。

 これをキッカケに渡辺が脱ぎ捨ててあった黒いポンチョを拾い上げて羽織った。


「ディック。お前も少しは焦った方が良い。子供たちに自由に生きてもらいたいって願いも、魔人がいたら皆同じ人生を辿ることになるぞ」

「おとーさん。帰るの?」


 フウランが聞く。


「ああ。だから、友達にお別れを言いな」

「……また会える?」

「もちろん会えるさ」


 フウランは口をニコッとさせると、ディックの子供たちへ手を振った。

 子供たちも「またね!」と言って手を振り返してくれる。

 フウランの嬉しそうな顔を横目で見た後、渡辺は『瞬間移動テレポート』の魔法石を使ってその場を去った。



「あの強さを追い求める姿勢、素晴らしいですね。私もウカウカしていられないですよ」


 渡辺の強さへの貪欲さは、師匠的には称賛に値するものだった。しかしディック的には違う。


「そりゃ、クソ真面目な知世はそういう評価になるんだろうさ。けど、俺からすればあれは良くねーぞ」



 *



 渡辺はフウランを自宅へと帰した後、また徹夜でモンスター退治へと勤しんだ。

わずかな月明りを頼りに、森の中次々にモンスターを剣で斬り殺していく。


「……ダメだ。こんな小粒じゃまったく鍛えられてる感じがしない」


 渡辺は焦っていた。

 このままでは責任を果たせないと考えていた。

 そう、渡辺は責任を感じていた。人々を殺めたことに対して。


 彼はパートナー2人とクラスメイトを救うために、革命軍と協力して王国と戦った。その際、たくさんの騎士を手にかけた。

 初めは自分の大切なモノを守りたいという正義で自らの悪事に蓋をしていたが、その蓋はちょっとした衝撃で外れてしまうくらい不安定だった。


 『何で父さんを殺したんだ! 僕たちが何をしたっていうんだよ!! 父さんは悪い事してないのに、何で!! 父さんを返してよお!!』


 終戦後、ある少年の嘆きで蓋は外れ、渡辺は自らが犯した罪と向き合わなければならなくなった。渡辺は愕然とした。何故なら自分がした事は、中学生時代に自分を苦しめてきた連中の行いと同じだったから。

 ずっと嫌悪し続けていた連中と同類になった渡辺は、どうすれば罪を償えるのか――責任を取れるのか考えた。

 そして考えた末に導き出された答えが、異世界全人類の平穏を脅かしている魔人の殲滅だった。


 もはや自分にはそれくらいの価値しかない。


 だというのに、自分のチート能力『絶対の意思』は応えてくれない。

 革命軍にとって最大の障害であった人類守護神と戦った時は、信じられない程の力を発揮していたはずなのに、今はその6割程度しかない。


「……俺じゃない他の誰かだったら、この能力をもっと上手く扱えたのかもな」


 最近思ってしまう。もしこのチート能力を自分じゃなくて違う人間がもらっていたらと。自分より上手く能力を発動させてサクッと魔人共を全滅させられたかもしれない。


「なぁ神様。アンタがチート能力を授ける理由は知らないけどさ。能力を上手に使ってほしいと思ってるなら、多分アンタは人選を間違えた」


 渡辺は深いため息を吐いた。

 その時だった。


「――ッ!」


 近くの木に矢が刺さった。

 何者かからの攻撃かと一瞬思ったが、見当違いなところへ射られたのと矢じりに刺さっている紙を見てそうではないという結論に至る。


「矢文ってやつか」


 漫画とかアニメでたまに見たが本物は初めてだ。などと思いながら渡辺は紙を取って広げた。


『明日の正午に、東区冒険者ギルド近くの“すていらーく”へ来い』


「……すていらーくって確かファミレスじゃないか」


 渡辺は呆れた様子で手紙を捨てた。


「おい! どこの誰だか知らないが、俺には仲良くメシ食ってる時間は無いんだよ! 食いたきゃ勝手に――うお!!」


 追加で木に矢が刺さった。また矢文だ。


「危ないな! 射るなら射るって言えよ! いや言うなら普通に会話しろって話か!」


 自分でもよくわからなくなる怒り方になりつつ、渡辺は紙を取った。


『私はお前が弱い理由を知っている』

「……こいつ」


 渡辺はグシャリと手紙を握り潰した。

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