第7話 Lv85 渡辺 勝麻 vs Lv319 ディック・アイゼンバーグ

 そこはフィラディルフィアから南西に遠く離れた地。今の時期フィラディルフィアの気候とは真逆で、真夏の様な日差しが容赦なく照り付けている。おかげで地面は火で熱せられたフライパンみたく高温だ。

 強者である渡辺とディックでもこの暑さの中での冬装束は無理があるらしく、二人とも上に来ていたポンチョとローブをそれぞれ脱ぎ捨てていた。


「さて、ここならいくら暴れても問題なしだ。準備はいいか?」


 仁王立ちで問いかけるディックに、渡辺は訓練用木剣の切っ先を突きつけて言い返す。


「むしろ、2ヶ月間の家族旅行の後でお前が準備できてるのか心配なぐらいだ」

「へっ、言ってくれやがる」


 渡辺とディックの闘いがいよいよ始まる。


 遠く離れた崖際で知世とフウラン、セラフィーネとディックの子供たちが、二人の様子を見守っていた。


 「ねーねー、パパたち何でわざわざこんな所まで来たの? アリーナじゃダメなの?」「ウチも思った―!」「あそこだって広いよね」


 少し前までアリーナ制度で使われていた会場も、今では公共の訓練施設になっている。通常、一般人が模擬試合を行うとなるとアリーナを利用するものなので、子供たちの意見は至極真っ当だ。


「それはですね――」


 子供たちの疑問に、知世が答えようとしたのと同時。

 渡辺とディックが音速に達する速度で衝突した。

 それも一回ではなく連続で何度も行われ、衝突する度に衝撃波が発生して足元の地面がひび割れる。

 渡辺の木剣とディックの拳が何度目か交わった後、ディックが渡辺から距離を取って手のひらから雷を放った。『雷魔法ライトニング マジック』のチート能力だ。

 迫る雷撃。

 それに対して、渡辺も同じく『雷魔法』を放った。

 雷と雷が激突し、凄まじいスパークが起きる。電流が辺りに放出され周辺の岩と地面を抉っていく。


「とまあ、二人が闘えばアリーナが全壊する危険があるからです」


 冷静に説明する知世の横で、子供たちは目を皿の様にしていた。


「と、とーちゃんかっけえ!!」「モンスターと戦ってるの何度か見たけど全然ホンキじゃなかったんだ!!」「そのすっごいパパと対等に戦ってるあの人、だれ?!!」


「おとーさん、すごい?」


 騒ぐ子供たちに、フウランが首を傾げる。


「ああ! お前のとーちゃんもすげぇよ!!」

「そっか。おとーさん、すごいんだ」


 フウランは自分の父親がすごいと言われて嬉しさが込み上げてくるのを感じた。


 一際強力な雷同士が衝突する。

 すると、渡辺の雷がディックの雷を突き破って足元に落ちる。

 砂煙が派手に舞い上がって、ディックを隠した。


「っぶね! やっぱ単純なステータス勝負じゃ敵わねーか」


 子供たちには互角に見えていた闘い。

 だが実際には接近戦でも魔法戦でもディックの方がわずかに力負けしていた。


 ディックは腰のベルトにあるポーチから紫の魔法石を取り出すと砕いた。

 すぐ側の空間にバスケットボールサイズの紫色の穴が出現し、ディックはその穴に手を突っ込む。


「なら、コイツを使わせてもらうぜ!」


 穴から黒く細長い鉄の塊を引っ張り出した。

 それはファンタジーには似つかわしくない現代兵器。ボルトアクション式スナイパーライフルだった。ボルトアクションの動作を行いつつ『弾丸創造バレットクリエイション』の能力で薬室内にゴム弾を生成する。

 そして、撃った。


「ッ!!」


 砂煙から飛び出たゴム弾を渡辺が木剣で弾く。

 ディックは止まらない。撃ったそばから排莢し、次弾を魔力で創造して発砲した。これを目にも留まらぬ早さで連続で行う。

 まるでマシンガンの様な連射速度に、渡辺はひたすら木剣で防御するしかなかった。

 しかし、その木剣も20発ほど弾丸を受け流したところで壊れてしまった。

 無防備となった渡辺へゴム弾の雨が刺さる。

 ゴム弾とはいえ、その威力は岩を砕くほどのもので、渡辺は痛みに顔を歪めた。しかも弾丸には氷の『属性付与エンチャント』が施されており、被弾した個所から凍り付いていく。

 このままでは氷付けにされる。


「……すぅ」


 ピンチであるはずの状況で渡辺は深呼吸をし、心を落ち着かせる。


「 『影寄かげより』!! 」


 カッと右目を見開いてディックを睨んだ。


「っ?! 後ろ?!」


 背後に気配を感じたディックは後ろを振り返ろうとする。


「いや違う! これは!!」


 振り返るのを中断して前を向き直した。


「ウッ!!」


 渡辺の拳が瞳にどアップで映り込んだ瞬間、ディックは頬を殴られて勢いよく吹っ飛ばされた。体を数回地面にバウンドさせて、岩を突き破って、さらに奥にある岩に背中からぶつかって止まる。


「いってぇ!! 今のは天知心流か? 何で渡辺が」


 身を起こしたディックは、痺れる頬を抑えながら知世に視線を投げた。

 普通なら表情など見える距離ではないが、遠くが見える『鷹の目ホークアイ』の能力を持つ彼には見えた。

 知世はドヤ顔していた。


「なーるほど……なんてサプライズしてくれやがる」


 嬉しそうに笑うディック。

 それとは対照的に、渡辺は面白くなさそうな顔をしていた。


「クソッ! 今のは完全な当たりじゃない、ヒットの直前で上体を反らされた!」


 ディックには神経伝達速度を上げる『高速信号ハイスピード シグナル』の能力もある。完全な不意を突かなければクリーンヒットは難しい。


「『影寄』がちゃんと成功していれば……」


 悔しい気持ちが、自分を焦らせる。

 渡辺はその悔しさを振り払うかのように、ディックへ猛進した。


「どうやら新しい技を身に付けたみたいだな渡辺。けど、そりゃ俺も同じだ」


 ディックが上に向かって何かを投げた。

 ゴム弾だ。『弾丸創造』で創り出した無数のゴム弾を空中、それも広範囲に散らばせた。


 そのゴム弾の一つと自分の位置を入れ替えてディックは空中へ移動した。ディックが持つ能力『位置交換スワップ ポジション』だ。指定した物体や生物と自分の位置を入れ替えることができる。

 渡辺の頭上からディックが撃つ。

 それを渡辺が避ける。

 再度、弾と自分の位置を交換して別の角度から渡辺に銃弾を放つ。

 避ける。

 撃つ。

 避ける。


 渡辺は疑問に思った。

 何だこの攻撃? めちゃくちゃ非効率じゃないか? 『位置交換』の能力を挟んでる分、連射力はさっきよりも下がってる。撃ってくる方向が違うといっても頭上から来るとわかっていれば大した脅威にはならないぞ。


 渡辺は警戒した。

 ディックとてそんなことわかってるはず。だから、きっと何かある。

 渡辺は極力ディックを目で追いかけて視界内に捉えるよう努めた。


「ん?」


 渡辺は、ディックが『位置交換』で移動後、周囲に舞っている弾丸をライフルに装填しているのに気づいた。


 どういうことだ? 『弾丸創造』は薬室内に直接弾丸を生成できるはずだ。わざわざ弾を装填する必要は――っ!!


 渡辺はディックのある能力を思い出して足元を見た。

 乾いた大地の至る所に空けられた小さな穴。そこにはディックが撃ったゴム弾が埋まっている。


「まずい!」


 そう叫んで逃げ出すには、もう遅かった。

 足元の地面が爆発し、渡辺の体は土と共に宙を舞う。


 この攻撃の正体は『地雷マイン』と呼ばれるチート能力で、直接触れた物を爆弾に変える。

 ディックは空中でリロードする際、弾丸に直接触れて装填していた。この時に弾を爆弾へと変えていたのだ。


「へっ、どうよ。流石に効いただろ?」


 着地したディックが、空中にいる渡辺を見上げる。


「……効いて……ねえ!!」


 渡辺がディックを睨んだ。

 すると、渡辺の体から黒い風が溢れ出し、見る見るうちに辺りを闇で覆い隠した。


「おっと、やる気スイッチ押しちまったか?」


 黒い風は渡辺のチート能力が最大限に発揮されていることを示す。

 それを知っているディックはこれから来る反撃に向けて全神経を研ぎ澄ませた。


「――来るっ!」


 黒い風の中で何かが赤く光った。

 次の瞬間、ビームソードみたく赤く光る剣が風の中から飛び出して急速接近してきた。


「な、『魔法剣マジックソード』だぁ?!」


 ディックは急いでライフルで迎撃しようとするが時既に遅く懐に入られる。


「やべっ!」


 まるで意思でもあるかのように斬り掛かってくる赤い剣に対してディックはライフルで防御しようとするが、それはフェイント。

 斬ると見せかけてライフルのトリガー部分に刃を滑り込ませてきた。これによりトリガーはつっかえて引けない状態となる。


「ッ! しまった!」


 そこへ渡辺が全力疾走で向かってきた。

 手にはまた別の赤い剣が握られている。


 トリガーに差し込まれた赤い剣を抜き取る時間も、別の武器を取り出す時間も無い。

 もはやディックはイチかバチかで反撃するしかなかった。

 ディックの片手が火の粉を帯びる。『炎魔法ファイア マジック』だ。


 渡辺がディックへ赤い剣を振るう。

 ディックが渡辺へ手を突き出す。


 直後、渡辺の剣が何かに受け流され、ディックも手首を掴まれて手のひらを上向きにされる。ディックから放たれた炎は空へと霧散した。


「お互い熱くなり過ぎです。これ以上は大ケガしますよ」


 二人の攻撃を止めたのは知世だった。

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