第6話 親と子

 早朝、ディックから誘いを受けた渡辺はマリンから弁当箱を受け取って待ち合わせ場所へと向かった。

 フウランと共に。


 手を繋いで街を歩く二人。

 渡辺の隣で歩くフウランはフリル付きの白いワンピースを着ており、頭にはウサギ耳を模した飾りが付いたピンクの頭巾を被っている。この頭巾、実は両目の布を隠すのが目的で、周囲の人々にフウランが『バロールの魔眼』の能力者であることを悟らせないようにしている。もしバレたらどうなるか、など想像に難くないだろう。

 そんな事情を知ってか知らずか、フウランは頭から♪マークが飛び出そうなくらい上機嫌だ。


 渡辺としては、フウランを連れて行くつもりはなかった。

 しかし出かける直前になって、渡辺が街へ出ると知ったフウランが自分も行きたいと駄々をこねたのだ。渡辺は遊びに行くわけじゃないとフウランを置いていこうとするも、マリンと市川が「少しくらい一緒にいてあげてほしい」と、二人揃ってお願いしてくるので渋々了承し、今に至っている。


 ……俺と出かけるのがそんなに嬉しいのかね……。


 フウランが何を思っているのか。渡辺にはわからなかった。





 郊外にある公園へに到着する。ここが目的地だ。


「よう、渡辺。しばらく見ねー間に左の前髪ずいぶん伸ばしたじゃねーの、イメチェンか?」


 渡辺と同年代の若者が、銀色の瞳で渡辺を見つけると馴れ馴れしい態度で声をかけてきた。

 若者は白いローブを身に纏っており、その銀髪のツンツン頭と両耳に付けられた銀の十字架は、見る人にチャラい印象を与える。

 彼こそ例のディックと呼ばれる人物だ。フルネームはディック・アイゼンバーグという。

 

「イメチェンじゃないっての。潰れた目を人に見られたくないってだけだ」

「ふーん。でも、良い感じに立派になったじゃねーか」


 ディックが渡辺の全身を軽く観察する。


「ポンチョは耐火性。下に着てるのは耐電性の能力が付加されたミスリル製のツナギ服。さらに下は鎖帷子か。この世界にやってきてまだ半年も経ってないっつーのに、すっかり上級者の装備になったな」

「会っていきなり『透視エックス レイ』で人の装備を覗き見するなよ」

「別に装備見るぐらいいいだろ? ん?」


 ポンチョの下に帯剣しているのを発見するディック。


「お前、剣使うようになったのか?」

「ああ、素手よりかは武器があった方が殺傷能力が高まるからな。……それよりディック、あれはお前が連れてきたのか?」


 渡辺が投げる視線の先。そこには20人以上の子供たちがいた。

 全員4、5歳くらいの年齢で、ワァワァとボールを追っかけて遊んでいる。


「おう、俺が連れてきたぜ。全員俺の子供だ」


 渡辺はギョッとした。

 子持ちだったのか、しかもそんなたくさん。だが、考えてみればおかしな話ではなかった。


 ディックは勇者の家の産まれだ。

 チート能力は子に受け継がれていく話を覚えているだろうか。

 ここでの“勇者”という単語は、受け継がれるチート能力を実戦向きに選別された者たちのことを指し示す。勇者の仕事には外敵と戦って国を守るというのもあるが、一番の役割は来たる魔人との戦いに備え、自分が所有している能力に何が加わればより強い組み合わせの能力が誕生するかを考えて子を成すことだ。

 だから、勇者は基本的に子供が多いし、チート能力の数も多い。ちなみにディックはチート能力を32種類持っている。これは現役の勇者の中で最多の数だ。



「言ってなかったが、2ヶ月前に武者修行へ出た時にこいつらも連れてったんだよ」

「おいおい、武者修行ってモンスター退治だろ。危ないじゃないか」

「確かに安全とは言えないな。ほとんどの母親にも反対された。けど、モンスター退治だけじゃなく、街の観光もしてたんだぜ。生き方は自由ってことガキ共に知ってもらいたくてよ」

「生き方は自由……」


 渡辺は昔、ディックが言っていた言葉を思い出した。

 『情けないことに、俺はビビってたんだ。他人が用意したゲームのルールから外れるのが。本当に大事なものはゲームの外にあるっていうのに。ルールに従っているのが楽で、バカみてぇにずっと流されてたんだ』


 あの時の渡辺には意味がわからなかったが、今ならば理解できた。


 ……ディックは、勇者というしがらみから抜け出したかったんだ。

 勇者は背負っている使命から、一生を戦いと能力の拡大に費やさなくてはいけなかったと前に聞いたことがある。多分、どの家の勇者も自由意志を持つのは許されないんだろう。

 きっとディックは、自分の子供たちにはそんな辛い思いをさせたくなくて、自由に生きてほしいと願っているんだ。


 子供を想って何かをする。否応なしにディックが一人の父親に見えてしまった。


「そういうお前の方こそ子供連れてるじゃねーか。誰なんだ、その子」


 ディックの視線がフウランに移る。フウランは怯えているのか、渡辺の後ろにぴったりとくっつき隠れていた。


「……おとーさん。この人誰?」

「うーん……仕事仲間?」

「普通にダチでいいだろ。素直じゃねーな」


 渡辺の返答に呆れるディック。


 フウランが顔を上げる。


「――!」


 それによって頭巾の下に隠れていたフウランの目が見え、ディックはハッとする。


「……なるほどな。オルガから話は聞いてるぜ。その子が例の魔眼の持ち主か……」


 ディックは膝を曲げて腰を落とし、フウランを神妙な面持ちで見つめた。

 

「ディック様、何かありましたか?」


 ディックがそうしていると、遊んでいた子供たちがこちらへ集まってきて、一人の女の子がディックに話しかけてきた。金髪ロングヘアでオレンジの瞳をした女の子だ。

 渡辺はその人物に見覚えがあった。


「セラ。この子供、お前と同じ『禁じられたチート能力』の保持者だぜ」


 セラという愛称を聞き渡辺は思い出す。

 そう、セラフィーネだ。ディックがとても大事にしている友人だ。


 見た目6、7歳に見えるセラフィーネだが、本当の彼女の年齢は渡辺やディックと同じ18歳。どうして肉体が幼児化しているのかと言えば彼女の持つチート能力『クロノスへの祈り』を使ったのが原因だ。

 『クロノスへの祈り』とは『バロールの魔眼』と同じく『禁じられたチート能力』に分類されるもので時間を操る能力なのだが、能力を使うと肉体の時間が未来へ進んだり過去に戻ったりしてしまうのだ。


「私と同じなんだ……。ね、君、名前はなんて言うの?」


 セラフィーネが前のめりになって、ほぼ同じ背丈のフウランに迫る。


「……フウラン」

「そっかフウランちゃんって言うんだね。ね、フウランちゃん、私たちと一緒に遊ぼ」

「へ」


 セラフィーネの発言に、渡辺は思わず間の抜けた声を漏らす。

 それにも構わず、追い打ちをかけるようにディックが続いた。


「おーいいな。ガキ同士仲良く遊んできやがれ。おっと、でも注意しろよ。その子の能力は目で見たヤツを殺すっつー能力だからな。死にたくなけりゃふざけて目を開かせようなんてするんじゃねーぞ。いいな?」

「ちょ! バカかお前は! んなこと言ったら!!」


 間違いなく怖がれる。

 だと思ったのだが、


「「 はーい! 」」


 ディックの子供たちは特に驚いた様子もなく受け入れた。

 渡辺はぽかんとする。


「へっ何を心配してんだが、2ヶ月の旅の間に首無しの馬モンスターやら喰われたら骨までじっくり溶かされる肉食花やら、こいつらはもっとおっかないもんに出会ってきてるんだぜ。自分と同じ人間、ましてや女の子にビビったりするかよ」

「……すげーな」


 ボソリと呟いた。

 それから屈んでフウランに話しかける。


「フウラン、この子たちと遊んできな」


 渡辺が言うと、フウランは首をふるふると横に振った。


「おとーさん、外の人とお話したらダメって言ってた」

「そうだな。言いつけを覚えてて偉いぞ。でもこの子たちは大丈夫だ」

「……わかった」


 フウランが了承すると、セラフィーネが手を握った。


「よーし! 砂遊びしよっか!」

「砂? 遊び?」

「うん! こっちこっち!」


 セラフィーネがフウランの手を引っ張って公園にある砂場へ行った。他の子供たちも元気よく騒いでそれを追っかけていった。


「やれやれ、子供は体力が有り余ってんなー」


 ディックが嬉しそうにそんなことを言う。

 すっかり父親の顔になっているのを隣で見ていた渡辺の中に、ひとつ疑問が浮かび上がった。


「ディック、お前父親とは暮らしてたのか?」

「いきなり何だ? まあ、父親とは暮らしてねーよ。所詮、俺の母親が能力欲しさに子作りさせただけだからな」

「そうか……」

「……別に父親の手本なんていらねぇだろ」

「――!」


 自分が何に悩んでいるのか言い当てられ、渡辺は驚く。


「お前があのチビっ子から『とーさん』って呼ばれる度に困った顔をしてるってのはオルガから聞いてる。大方、父親になったもののどう接したらいいかわかんねーんだろ? 一番身近な存在であるはずの自分の父親は参考にできない……いや、したくないってのが正しいか?」

「……なんだよ、お前もオルガと同じで人の心を読むエスパーか? まぁ、だいたい当たってるよ」


 半分だけな。

 というのは心の中にしまっておく。


「俺も最初にぶち当たった壁だからな。けど難しく考える必要なんてねーよ。親はただ子供を見守ってやりゃあいいんだ」

「見守る?」

「子供はほっといても勝手に自分でやりたいことを見つけて学んでいきやがる。親にできんのはせいぜい子供が落ち込んだ時に寄り添ってやるぐらいさ」

「……寄り添うか」


 不意に渡辺は転生するより以前の、中学制時代の辛かった時期を思い出してしまう。

 あの時にもし、母と父が自分のそばにいてくれたら。


「……今とは違う未来もあり得たのかもな」

「ん? 何だって?」

「いやなに、確かにお前の言う通りかもしれないと思っただけだ」


 渡辺は砂場でセラフィーネたちと遊んでいるフウランを見つめた。

 パァッと口を開けて楽しそうに笑っている。


 寄り添うのが親の務め。

 ――だとすれば、なおさら父親にはなれないな。


 渡辺は心の中でそう思うのだった。



 しばらくの間、渡辺とディックは子供たちがキャッキャと騒いで泥だらけになるのを眺めた。


「さて、ガキ共も満足に遊んだ頃だろ。そろそろおっぱじめるとすっか」

「待ってくれディック。多分そろそろ――」


「渡辺殿ー! ディック殿ー!」


 ディックと渡辺のもとに、ハキハキとした声が滑り込んできた。

 誰かと二人が見やれば、赤い着物に紫の袴を穿いた同年代の少女がこちらへ向かってきていた。着物にはピンクや水色の花柄が描かれていて、シニヨンヘアの黒髪にはこれまたピンクの花飾りが付けられている。

 全体的に女の子らしい華やかさに満ちていたが、彼女の腰には自分は可愛らしいだけではないと主張するかのように一本の打刀が差してあった。


「知世じゃねーか! 何でアイツがここに?!」

「俺が呼んだんだ」


 ディックの問いに渡辺が即答した。


「渡辺が? お前らいつそんな仲良しになったんだよ。ちょっと前は殺し合ってたっつーのに」

「お前が旅してる間、こっちもいろいろあったんだよ。ま、とにかくだ。レフェリー役は必要だろ? これから危ない戦いをしようってんだからな」

「なーるほど、そういうことか」


 渡辺が知世を呼んだ意図を理解したディックは、渡辺に向けてニヤリと歯を見せて笑う。


「言っとくが手加減はしねーぞ渡辺。だからお前も本気でかかってこい」

「当たり前だ。もうお前に俺は倒せないってこと教えてやるよ」


今朝ディックが渡辺へ持ち掛けた提案。それは、模擬戦闘だった。

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