第17話 雪月火
真っ暗闇だった森全体が、空に向かってどこまでも続く炎の柱によって煌々と照らされる。まるで真昼の様な明るさだ。
その炎の柱がフィルバンケーノの手のひらに吸い込まれるかのように集まりだしたかと思えば、瞬く間に炎は無くなり再び闇が辺りを支配する。
何だ? と、渡辺たちが様子を窺っているとフィルバンケーノが、今しがた炎を吸い込んだ手を向けてきた。
「「――!!」」
ヤバイ。
本能で危険を察知した二人が、横へ飛んだ。
ボンッ!!
それは炎と表現するにはあまりにも破壊的だった。
太く直線に伸びた黄色い閃光は、積もっていた雪を土ごと消し飛ばし、木々も粉々に粉砕した。
「――ビームかよ……」
どちらかと言えば、渡辺の言った表現の方が適切か。
フィルバンケーノの手のひらから放たれた超高圧の炎――ビームは、渡辺たちの後ろにあった背景を直径10mの円形に切り取っていた。円の端にあった木は焼かれたというより抉られた格好になっている。
ビームは、北の平原で戦っていた者たちの注目も集めていた。
山から白い靄、水蒸気がもくもくと昇っている。その下では長さ5kmに渡って山肌が露出し、一部では火事も起きているようだった。
あそこで異常事態が起こっている。人間も魔人も、誰しもがそう思った。
「なーに避けてんだ? あ?」
「ッ!!」
ディックがビームの威力に気を取られていると、フィルバンケーノが肉薄してきた。フィルバンケーノはディックに向かって輝く手を突き出す。
「くっ!!」
寸前で、ディックが上体を斜めに倒した。
ドンッ!!
ビームの熱と轟音がディックの肩をかすめ、背後で大地の崩れる音が鳴り響く。
当たれば間違いなく即死する威力だ。
「だから避けんな! 寝起きの俺がスッキリできねぇだろうが!!」
今度は逆の手を輝かせて突き出してくる。
これに対してディックは顔面に向けて銃弾を撃つが、狙いを外して弾丸は遥か後方へ。
「びびって手がブルッちまったかぁ?!」
言いながら、フィルバンケーノは攻撃を繰り出した。
同時に、ディックが目の前から消える。
「ああ? どこ行きやがった?」
フィルバンケーノが左右に目を動かしていると、背中に数発の銃弾を受けた。
特に痛がる素振りもなく、フィルバンケーノが振り返ってディックの姿を見つける。
「おいおい……『
防御力ステータスもやはり圧倒的。ディックの額に汗が浮かぶ。
「……そうかいそうかい、そういう技か。ってなると白いのはメンドくせー。先に黒い方やるか」
そう言ってフィルバンケーノが渡辺の方を向けば、白刃が弧を描いて迫っているのが目に映った。
「遅いからこっちから来てやった!」
ガキィイ!!!
フィルバンケーノの腕と渡辺のロングソードが鍔迫り合う。
渡辺の怪力に押されてフィルバンケーノの両足が地に沈む。
「――?! お前、色無しのクセにこの
「はあ?! 何の話だ!!」
不可解な発言に渡辺が方眉を上げるが、フィルバンケーノは無視して攻撃に転じてくる。
「おもしれー!! だったら速さはどうだあ!!!」
今度はフィルバンケーノの両手が輝きを放つ。
「――ッ!!」
怒涛のビーム連射。
渡辺に向かって死の閃光が何発も撃たれる。
撃たれる度、射線上にある木や土が塵となって熱風と水蒸気に溶けていく。
(コイツ、この威力の攻撃を無尽蔵に撃てるのか!)
渡辺は心の中で舌打つ。
時折、閃光ではなく手そのものが体を掠めていくのだが、掠った部分が燃えるように痛む。どうやらフィルバンケーノの肉体自体が溶岩の様な熱を帯びているようだ。
追い込まれる渡辺を危機から救おうと、ディックが狙撃銃を構えるが。
「ダメだ、渡辺に当たっちまう!」
二人の動きは速過ぎて何人にも分裂しているように見えた。これでは照準を合わせることなどできやしない。
「どうしてだ、あの時の感覚が何で無い……畜生! 無いもんに縋っても仕方ねー!」
ディックがフィルバンケーノの背へ突っ込んだ。死角からの飛び蹴りだ。しかし、フィルバンケーノにあっさりと避けられてしまう。
「ブッ!」
「げっ!!」
しかも最悪なことに、避けられた先で渡辺の胸部にヒットして吹っ飛ばしてしまう。
堪らず、渡辺はロングソードから手を放した。
「ひでぇ連携だなーおい」
ディック自身、フィルバンケーノと同じ感想を抱いた。
革命時のエメラダ戦、AUW戦ではアイコンタクトも無しに華麗な連携技ができたというのに、今では見る影もない
フィルバンケーノがまだ地に足を着けていないディックへ、手を向ける。
「やべ!!」
ディックは正面を見る。
渡辺が落としていったロングソード。今まさに地に突き刺さるであろうところ。
それに『
ロングソードと自分の位置を入れ替えて、難を逃れた。
「危ねえ! まずは一旦距離を取っ――!!」
「思った通り、その能力は視界内にある物と自身を入れ替えるんだな」
目と鼻の先に輝く手があった。
ディックの瞳全体が死の輝きで一杯になる。
「ッ!! ディイイッック!!!」
闇夜よりも濃い黒い風が、渡辺から放出される。
飛ばされたおかげで身体が上下反転しているのにも構わず渡辺は自らの足先に『
ガンッ!
それによって、フィルバンケーノの手が動かされ、
ドゥン!!
狙いは、外れる。
九死に一生を得たディックはすぐさま後退してフィルバンケーノから離れた。
「さ、サンキュー渡辺。命拾いしたぜ」
「今の分と俺を蹴った分で2つ貸しだ」
渡辺とディックがフィルバンケーノを挟むようにして立つ。
「その黒い風は何だ? 生命力でも魔法でもねぇ。オメェ、やっぱ面白いな」
お気に入りの玩具でも見つけたようにフィルバンケーノが口角を吊り上げる。
「……く」
フィルバンケーノの腕が無傷なのを確認して、渡辺が苦い顔をした。やはり自分たちの攻撃力では、ヤツの防御力を超えられないらしい。
おまけにディックの『位置交換』の発動条件も、たった一度見ただけで看破するあたり戦闘センスも抜群ときている。
この上なく厄介な相手だ。
「……ディック、千頭のプランでいくぞ」
「アイツの計画に乗っかるのは癪に障るが、こうなっちまったら止むを得ねーな」
ディックがローブの懐から『
『ここから一番近いポイントを教えてくれ』
『あなたから見て八時の方向、山を下った先よ。距離は……およそ3000m』
ディックの問いかけに、朝倉が答えた。
……ゴゴゴゴゴゴゴゴ。
山の上の方から地響きが聞こえる。
三人ともその音が何なのかすぐにわかった。雪山でこれだけ暴れまわったのだから、それが起きるのは当然だ。
「渡辺、お前スノーボードは得意か?」
急なディックの質問に渡辺は首を傾げそうになるが、ディックが山の下の方へ目配せしているのを見て意図を理解した。
「さてね、得意かどうかは知らないけど、前世じゃスポーツ全般が得意な友達にみっちり教え込まれたもんだ」
「なら、飛ばして問題ねーな!!」
ディックが下り坂に向かって大きくジャンプした。『氷魔法』でスノーボードの様な板状の氷を作ると、それに両足を付けて山の斜面を滑り出した。
渡辺もディックの後に続いて飛び出し、ディック同様氷のスノーボードを作って森の中を降りていく。
「逃がすかゴルァ!!!」
フィルバンケーノも走って二人を追いかける。
ゴゴオオオォ!!!
その三人の後ろから、新幹線並みの速度で重低音が迫ってきた。
雪崩だ。
雪崩に追いつかれないように。
フィルバンケーノに追いつかれないように。
渡辺たちは『
景色が銃弾みたいな速度で過ぎ去っていく中、木や岩が暗闇の中から絶え間なく現れてくる。
重心を移動させ、スノーボードの向きを変え、これらを避ける。
一度でもぶつかって減速してしまえば終わりだ。
フィルバンケーノに捕まって殺される。
もしくは雪崩に巻き込まれて窒息死する。
「オラァ!!」
しかし、その時を悠長に待ってくれるフィルバンケーノではない。
走りながらビームを撃ち、積極的に殺しにかかってくる。
障害物、ビーム。
逃げる二人は前と後ろ、両方に気を配って森を滑り降りる。
ビームに幹を撃ち抜かれた木が、渡辺の行く手を塞ぐように倒れてきた。
「――!!」
慌てて姿勢を低くして木の下を潜り抜ける。
「もらったあ!!」
隙を突いて、ビームが来る。
渡辺は進む先に空へと続く氷の道を作り出す。その上を滑って飛んだ。
森の背を軽々と超える高さまで到達し、無事にビームを回避することに成功する。
「気ぃ抜いてんじゃねぇぞ!!」
だがそこへ、フィルバンケーノが跳躍して肉薄してきた。ジャンプによってスピードが落ちていた渡辺はあっという間に距離を縮められる。
ならばと『風魔法』で撃墜を試みるが、フィルバンケーノは後ろに向かって炎を放出し、それを推進力にして抗ってきた。
「獲った!!」
がっしりとフィルバンケーノの手が渡辺の前腕を掴んだ。
ジュウウゥっという焼ける音が鳴る。
「ぐああああ!!!」
腕を斬り落とされたかのような激痛に、思わず大声が溢れ出る。
その痛みから逃れようと自由な方の手でフィルバンケーノを殴るが、ビクともしない。それどころか、殴った手すらも火傷を負ってしまう。
「ワタナベエエ!!!」
下からディックの呼びかけが聞こえる。渡辺が地上に目を向ければ『風魔法』で体を浮かせながら、こちらに銃口を向けているディックがいた。
「無駄だってのがさっきのでわからなかったか?! 俺に銃は効かねーよ!!」
「…………」
渡辺は痛みで全身から大量の汗を噴出させながらも、ライフルを構えるディックの目をジッと見た。
そして、できるだけ全身から力を抜いてディックへと真っ逆さまに落ちていった。
「おいおいここで脱力するとか、どんだけアイツを信頼してやがんだよ。まさか奇跡が起きて俺に傷を負わせられるとでも思ってんのか?」
上空から森全体を照らすように、フィルバンケーノの手が金色の光を放つ。
「ちょうど一直線上だ。二人まとめて消し飛ばしてや――」
その時、フィルバンケーノの戦闘センスが囁いた。
これは罠だと。
「しまった!! 銃はブラフか!」
「気づくのが遅え!!」
『位置交換』。
ディックとフィルバンケーノの位置が入れ替わった。入れ替わった先でフィルバンケーノは渡辺たちに背を向けている状態となる。
「うおおお!!!」
フィルバンケーノは急いで振り返るが、
「決めてこい!!」
ディックが渡辺の足の裏を思い切り蹴る。それにより一気に落ちる速度を上げた渡辺が瞬く間にフィルバンケーノへと迫り、背中に強烈なパンチを叩き込んだ。その一撃を喰らって、フィルバンケーノは勢いよく地面に落下した。
「……今のは少し痛かったぜ。けど、それだけだ!! それで終わりだ!! どう足掻こうがオメェらに俺は倒せねぇ!!」
ビキッ。
「――?!」
足元からの不吉な音にフィルバンケーノは視線を引っ張られた。地面に亀裂が広がっている。
「確かにお前は強い力を持ってる。けど、だからこそ負けるんだ」
渡辺の言葉と同時、地面が崩落してフィルバンケーノはその中へと落ちていく。その様を見送った渡辺たちは、『風魔法』でできるだけその場から離れるように努めた。
「俺が負ける? 一体何を根拠に抜かしてやがんだ。こんな落とし穴で俺が生き埋めになるとでも思ってんのか?」
呆れつつフィルバンケーノが穴の底で着地しようと、目線を下にやった時だった。不意に笑ってしまう。
「――やってくれたな」
眼下に、大量の水が溜まっていた。
ディックが固唾を飲んで空から様子を見守る。
後方からやってきた雪崩が、穴に蓋をするかのように覆い被さった時。
雪崩を吹き飛ばす勢いで穴から白い煙が噴出して、爆音が鳴り響いた。
水蒸気爆発だ。
爆発の衝撃で穴は崩れて4倍にも5倍にも大きくなり、周囲の山体も膨れ上がって地形を変えた。爆発音が何度もこだまして、渡辺たちの腹の中の臓器を振動させる。その大気の震えは、フィラディルフィアで避難している国民全員に伝わるほどのものだった。
これこそが、千頭の立てた作戦だった。
事前調査からフィルバンケーノの配下たちが炎を扱うとわかり、フィルバンケーノもそれに特化した存在だと千頭は考えた。ならば逆に炎の熱を利用しようと思い付き、北の森に水の落とし穴を複数作っていたのだ。
「っ……とんでもないな。千頭から火山噴火並みのパワーとは聞いてたけど、こんなに威力があるのか水蒸気爆発ってのは」
空に打ち上がった地面の欠片が飛散する中、渡辺が舌を巻きながらディックと共に穴の近くへと降り立った。
「……気を緩めるんじゃねーぞ渡辺」
「な! まだ生きてるっていうのか?! この爆発だ、いくら何でも!」
「この程度でくたばるなら、俺たちのご先祖様がとっくに魔人を滅ぼしてたさ」
「よーくわかってるなぁ。白いの」
「ッ!!」
穴の下からフィルバンケーノが這い上がってきて、渡辺はギョッとする。
「まったくよぉ、驚いたぜ。人間にここまでボロボロにされちまうなんてな……ゴフッ」
吐血。ドス黒い血がびちゃりと土を染める。両手や両足、腹部からも夥しい量の血が溢れ出ていた。ガクガクと今にも崩れそうな両足で、なんとか身体を立たせて前を見据えてくる。
血を流して焦点の合わない目が、渡辺たちに向けられた。
フィルバンケーノは視力を失っていた。
「……ハァ……単なる寝起きのストレス解消のつもりだったってのに……予定変更だ。黒いのと白いの。オメェらは間違いなく魔人にとって脅威になる。だから今ここで、俺が命に代えても仕留めてやらぁ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます