第16話 Lv1,250 魔人フィルバンケーノ
目の前にいるコイツを倒すことさえできれば、魔人側の戦力と士気は大きく減少し人間側が有利になる。ここは何としてでも勝利を収めたい。
五蘊魔苦の1体、魔人フィルバンケーノとついに対峙した渡辺とディックは、緊張の糸を一気に張りつめらせる。
「コイツらフィルバンケーノ様と遣り合うつもりかしら?」
「んなこと俺らが許すとでも思ってんのか!!」
周りを囲んでいた魔人たちが、押し寄せてくる。
「「 ぶっ!! 」」
それを渡辺は『
雑兵を黙らせたところで、ディックが最初に動いた。
パキイィンッ!
『
「スライムは氷に弱いのが普通だが、どうかな?」
バキンッ!
数秒も経たない内に氷は砕けて、割れた氷の中からフィルバンケーノが何事も無かったかのように這いずって出てくる。「だよなぁ」と、特に驚いた様子もなく言うディック。その横で、渡辺が『
氷と斬撃は有効じゃない。なら次はどうするか? と、渡辺たちが思案した時だった。
フィルバンケーノの体の大きさが一瞬にして半分に縮んだ。
その直後、全身のアチコチから触手の様なものが何十本も飛び出して迫ってきた。
「「 ――!!! 」」
渡辺は“観の目”で触手に反応してかわし、ディックは『
二人が避けた後も触手は荒れ狂う竜巻の様に暴れ回り、周辺の木々の幹を容易く貫通しながら再度二人へ攻撃を仕掛ける。
これまで戦ってきた魔人たちとは、明らかにスピードもパワーも段違いだった。“これが五蘊魔苦クラスの実力か”と多くの騎士が見たらきっと思ったことだろう。
多くの騎士なら。
渡辺たちは違った。
“レベル1250の実力がこの程度なわけがない”。
レベル1250の標準ステータスは攻撃力と防御力だけ見れば人類最強の男であるルーノールに匹敵するはずだ。ルーノールの実力を知っている渡辺たちからすれば、この一連の攻撃はとてもそれに及ばない。
「グッ! しまった!」
それでも速さは音速の領域。避け切るのは難しく、渡辺が捕まる。
「渡辺!」
「クソッ!」
右腕を触手に絡みつかれた渡辺は、左手に持っていた赤い剣で触手を切断しようとするがやはり斬れない。渡辺はそのまま触手に引っ張られて木や地面に叩きつけられた。
「がふっ!!」
「今行く――うっ!」
すぐさまディックは助けに入ろうとするが、他の触手に行く手を阻まれてしまう。
右腕に巻き付いていた触手はどんどん上がってきて、首に近づいてくる。絞め殺す気だ。このままではまずいと感じ、もう一度赤い剣で触手を断とうとするも結果は同じだった。
「クソッ! グニョグニョしてるくせに何で斬れないんだよ!――ん?!」
渡辺は気づいた。赤い剣で斬ろうとした部分から水滴が落ちたのを。
「溶けてる? 『魔法剣』の熱で……そうか! ディック! 炎だ! 炎を浴びせろ!」
「炎だな! 任せろ!」
ディックが触手の攻撃を掻い潜りながら、フィルバンケーノへ『炎魔法』をぶつけた。渡辺も左手から赤い剣を手放し、代わりに手のひらから炎を噴出する。二人の放つ猛火がフィルバンケーノを覆った。
本体から伸びていた触手はみるみるうちに溶けていき、渡辺は拘束から解放された。
「あの人間共! やっちまいやがったあ!」
「やっべえ逃げろ!!!」
わずかに残っていた虫魔人たちが急に逃げ出した。
自分たちのボスがやられて逃げ出したと思ったディックは鼻で笑う。
「へっ、薄情な奴らだぜ」
「おい、前を見ろ!!」
「ん?」
渡辺に促されて、ディックが顔をフィルバンケーノへ向き直した。
「ッ!!」
燃え上がる炎の中で、フィルバンケーノは熱されたソフトクリームの様にズルズルと形を崩していた。しかし、それと入れ替わるようにして別のシルエットが揺らめく炎に映り込む。
人影だ。
それがゆっくりと歩き出して、炎のカーテンから出てくる。
月明りの下に出てきたそれを見て、ディックも渡辺も驚いた。驚いたが同時に納得もした。
「……まあ、そうだよな。魔人だってのに、スライムなわけはねぇ」
ベチョベチョとしたスライムがまだ体に付着しているせいで分かり辛いが、それはまさしく人だった。虫魔人たちの様に口が虫のそれでもなければ、複眼でもない。
体つきは男の様だが、露出している股間にはその特徴は無かった。
黄と黒の縞模様になっている体毛が両腕と両脚に生えており、髪も同じく黄と黒のツートンで前髪が目にかかっている。
人間と同じ形をした両目で、フィルバンケーノと思われる存在が渡辺たちを見る。
来るか。と、渡辺とディックは身構えた。
「……ハァー……」
フィルバンケーノは深いため息を吐いて、頭をボリボリと指で掻いた。
「……オメェらぁ、やってくれたなぁ」
フィルバンケーノから発せられた第一声。重みのある声色に、ディックが応える。
「ああ、やってやったぜ。お前の可愛い部下共を何千体と殺して――」
「ちげーっつの、よくも俺のベッド壊しやがったなぁ」
「は?……ベッド?」
フィルバンケーノからの予想外な切り返しに、ディックは呆気に取られた。
「ったくよぉ、俺の安眠を全自動で守ってくれるよう生命力を仕込んだ特別性だったのによぉ。どーしてくれんだ? あ? オメーらが直してくれんのか? あ?」
その辺のチンピラみたいな言い回しをするフィルバンケーノに、渡辺もどんな顔をしていいのかわからなかった。
「なんか調子の狂う相手だな。にしても生命力? あのスライムは魔法で動かしてたわけじゃないのか?」
「みてーだな。25年前の戦いでは魔人たちの攻撃は『魔法反射』じゃ防げなかったって記録がある。コイツら魔人の力の源は、魔法じゃなくその生命力とやらなのかもしれねー」
「うおーい、そこの白いヤツと黒いヤツ。ちゃんと聞いてるぅ? 無視しないでほしいなぁ。なぁ?」
フィルバンケーノが前のめりになってダルそうな目を渡辺たちへ向けてくる。
渡辺は胸の下辺りざわつくのを感じた。こういう挑発的な態度を取るタイプは最も嫌いだ。
「どーしてくれるかだって? 襲ってきてるのはテメーらの方だろうが! 自業自得だ!」
「……ハァー……俺だってアクアリットの命令がなきゃ、こんなクソだりぃ作業するもんかい。俺は人間が好きな方だしよぉ」
「「――――」」
その一言に、渡辺もディックも言葉を失った。
人間が、好き?
「うわぁ。すんごい疑いの目。言っとくがマジだからな? マジ人好きーなのよ俺。なんつーの? 人間っていろんな物作るだろ。他の生き物と違って器用だなぁと感心してるわけよ」
「……テメェ、部下に人間殺させといて、よくもぬけぬけと!!」
渡辺が今にも攻撃を仕掛けようと剣の握りを強くしたが、ディックがそれを制した。
「ディック?!」
「気持ちはわかるが少し冷静になれよ。……アンタは他の魔人と違って話がわかるヤツらしい。だから訊くぜ、共存の道は無いのか?」
「……ふぁ~」
フィルバンケーノが大きな欠伸をした。それだけで返答としては十分だった。
「どうしてだ? アンタには人間を殺す動機がないんだろ? だったら手を取り合う選択肢もあるんじゃないのか?」
「ないなぁ。アクアリットから殺せと命令が出たからには、人間を滅ぼさなくちゃいけねぇ」
「ソイツの指示に抗おうとは思わないのか?」
「それもないなぁ。アクアリットの指示は魔人にとって絶対だからさ」
「っ……」
どうあっても戦うしかないのかと、ディックは苦い顔をした。
同時に確信もした。やはりアクアリットが魔人の長だ。
「ならアクアリットの動機は? 何で人を根絶やしにしようとしやがる」
「俺が知るかよ。まぁ、お前らが何かしたんだろ? アイツお前ら人間に対してすげぇブチキレてるみたいだったし」
アクアリットが、人間に怒っている?
渡辺もディックもわけがわからず、目を白黒させた。
頭を掻きながらフィルバンケーノが一歩前に出る。すると、踏まれた雪からジュッと音が鳴った。
「ま、どっちにしてもオメーら二人はここでお寝んねしてもらうけどな」
「ッ!! ディック下がれ!!」
渡辺は咄嗟にディックの腕を掴んで、大きく飛び退いた。
二人の立っていた場所で炎が巻き上がる。
そこだけではない。フィルバンケーノを囲むように炎が次々に湧き出し、夜空を燃やそうと上空へ真っ直ぐ伸びていく。
その超常的光景は20kmは離れた戦場でも目視された。真っ暗闇に突然現れた直径約30mの火柱に、騎士は騒然とした。
「フィ、フィルバンケーノ様の炎だ……」
「誰かがフィルバンケーノ様を起こしちまいやがったあ?!!」
騎士だけでなく、魔人たちも動揺した。
渡辺とディックは熱風を正面から受けながら、炎の竜巻の中心に立つフィルバンケーノを見た。
垂れ下がっていたはずの髪は怒髪天を衝くが如く逆立ち、目もダルそうなものから鋭利なものに切り替わっている。さっきまでとは別人の顔だ。
「俺は寝起きの機嫌が悪いもんでよ。まぁまぁ焼き尽くさないと冷静になれねぇんだわ。だから起きねーように気ぃ使ってたっつーのによぉ……俺に火を点けた責任、取ってもらうぞゴルアァッ!!!」
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