第8回 人狩り / なはこ 様 前編

※イベント内容にもあるようにこれは「分析→評価」の結果であり、決して作品を否定している訳ではないのでご了承ください。


「人狩り」 / なはこ 様

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886646530



※気にする人はいないかもしれませんが……この書評の最初の一文から物語のネタバレ(?)になります。もし気になる方がいらっしゃったら先に作品を見てからこの書評を見る、と言う方が無難かもしれません。


※この自主企画は今回で八回目ですが、一番難解と言うか……どう分析評価してよいか困りました(悪い意味じゃない)。文字数の割に一番読み込んだ気がします。


※伏線が凄くて拾いきれていない気がする。



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1、物語の総論


・ターゲット


「年代問わず、少女が報われない系バッドエンドが好きな人。読後に色々と考えさせられたい人」


 だと判断しました。理由は……バッドエンドだからです(何の捻りもない)。

 初見、読み通した後では「あちゃー、どこで選択肢ミスった?」って感想でした。


 一応、この作品が仮にハッピーエンドの場合は、


「十代後半から三十代の、伝奇小説、ポストアポカリプスが好きな人。「蟲師」が好きな人」


 と、思います。



・簡単な要約


「自らの信念に縛られる主人公が過酷な運命を辿りつつ、少女を救いたくも救えなかった話(ある意味救った話)」

 このように要約させていただきました。



・テーマは「世の矛盾(不条理)」「人の欲望」「信念」だと強く感じました。

 理、がこの作品の枷になっているのですが、不条理はもうその字の中に「理」を孕んでいます。そして例外なく全てのキャラクターはそれに翻弄されます。

 特に「欲望」は、主人公のヒスイが殺す人間の溺れていた「金欲」「性欲」「快楽(ドラッグ)」「復讐心」「食欲」に関わるので、最も人が抗えないような物を敵に与えたのかなと推測しました。

 この時点でメッセージ性がありすぎです。ヤバい。


 ターゲットにも書いきましたが、全体的に蟲師や夏目友人帳を思わせる雰囲気です(最終章意外)。



・終末物+和風物、って時点でこのジャンルは他の作品とは大分差別化が出来るのでそう言う意味では強いと考えます。

 パッと思いつくのは、ちょっと違いますけど甲鉄城のカバネリくらいなので、他に有名なのはあまりないように思います。


・最終章から「あっ、そっち路線に行くのね……?」と察しました。

 私的な趣味は関係なく、一般ウケとして太鼓判を押せるラストではないので、その辺りは関連する事項でまた記述します。

 そしてそのラストですが、あくまで客観的に、展開が勿体ないなぁと思いました。

 あのまま王道で行った方が……と心残りはありますが、作者様の狙いがそもそもそこだと思うので、その表現は失礼かもしれないですね。バッドエンドが刺さる人には刺さる作品と思われます。


 誤解のない様に明記しておくと、バッドエンドがそんなに刺さらない私でも好きでした。雰囲気が凄く良いし、そもそも狂気が好きからかもしれない(私のプロフ参照)。

 ポストアポカリプス系蟲師の感じで進んで行って、最後がエロゲのバッドエンドみたいに終わるので(例えが悪い)珍しいと思います(ウケるかどうかは別にして)。


 

・この作品は理(ことわり)に翻弄される人々がメインで、本当に大事な物は何かを考えさせる物語です。

 この世界での「理」はそのままキャラの「信念」にもなっています。そうすると、それぞれの信念がぶつかり合う物語と言っても良いかもしれません。字面だけ見ると少年漫画のように激熱ですが、良い意味でそう言う作品ではない。



・この作者様の本当に鋭い所は、物語の本筋に関わらないエピソードをきちんと別の作品として(短編集として)分けて投稿している所です。

 そのため物語のスピードがほぼ落ちず、見せたいところだけを見せている。読者が飽きない様、ぜい肉を落とした配慮を意図して作っている。

 WEBと言う自由な場なので書きたい話を全部突っ込んでしまう人が多い中、これはかなりの英断と言えます。



・偽りでもいいので、最初に何の物語かを示す方が良いと思いました。

 一応人狩りの依頼があると言う、目的はあるにはあるのですが、明確なゴールがないので分かりにくい気がしないでもない。

 読者は物語のゴールがわからないと宙づり状態で読むことになるので、逃げられてしまう可能性があるかなと思いました。

 ちなみに偽りと表現したのは、作者的には本当の目的があるが、読者には知らせたくないので違う情報を与えておくと言う意味で使いました。


 ちなみにただ旅をするだけ、たまにちょっとしたドラマがある一話完結物が続く小説はそこそこあります(キノの旅とか)。

 ですがそれだと終わってしまうので、企画の募集要項に書いたように参考文献の観点から評価します。(一応、最終的な目的もなく旅をしているだけに見える「キノの旅」も参考文献の物語の構文がきちんと当てはまる)

 ですので「こういう見方から見るとこういう評価」と言う事を念頭に置いてからお読みください。




・物語の構成や構図について


 読者は我儘なので、冒頭から物語の最終地点が書かれた地図を欲しがります。

 なので例えば「紬が積極的に欲する旅の目的」などを最初に入れておく、そうすれば最初から一貫した旅の目的(物語のゴール)が生まれます。

 すると主人公の目的(紬を死地へ連れて行く)をカモフラージュできる上、偽物でも旅の目的がはっきりします(偽りでもいいので、と言ったのはこの部分です)。

(ちなみに人狩りの仕事を「四つ抱えているんだ」はヒスイの「積極的な理由」でないので、物語の流れとしては受動的で弱く映る気がします。心の底から狩りたい、であれば問題ない)

 

 起承転結の「転」(紬が妙からヒスイの事実を聞いてしまうシーン)で伏線をどんどん回収して行く、と言うのは凄い爽快感がありました。ですが、何となく予想も出来そうな事なのでいささかインパクトにかけました。


 参考文献では転のあとはその字の如く転がり落ちる様にクライマックスまで盛り上げ、そこが終わったら余韻を残してすぐに幕引きする。と言うのが定石です。

 今回は紬が逃げる時にハルが出てきてしまい一度勢いが落ちてしまうので、勿体ない気がしました(頼っていた相手に狙われると言うとても美味しい展開なだけ、余計に)。

 最終章全くヒスイが出てこないのもちょっと違和感がありました。


 そしてハルについては終盤でいきなり出てくるので、ご都合的です(読者的にはコイツ誰?状態で物語に集中できない可能性がある)。

 せめて序盤にチラっと顔を出しておく方が違和感なく見る事が出来ます(文献より。物語に出てくる設定や道具、キャラは物語全体の25%までに出しておくのが理想)。


 さらに最後、紬が闇落ち(?)する展開ですが、ここから始まるのは遅すぎる気もします。そう言った予兆もなかったので、不自然に映りました。

 せめて食欲を紬の中の葛藤として描き続け、ラストで解決する流れの方が自然に思います。


 ラストの「対比になっている構図」は凄く良いです。ヒスイは理を貫こうとするのに対し、紬は理を破ろう(しかも悪い意味で)としています。

 それも出来れば他人に気付かされるのではなく、紬が自発的に破ろうとする方がドラマチックです。

 (余談ですが、その後の流れとしてはヒスイが止める→二人は理に付いて深い理解に到達する。その価値観で内面の葛藤に決着がつく……のような変化が良くある展開だと思います)


 何より一番不味いのは物語のクライマックスがない事でした。転の後はただただ沈んでいくだけで、盛り上がりがなく終わります。

 物語の一番の山は終盤のクライマックスで、それまでのお話はその数ページないし十数ページの為にあるとまで言われています(文献より)。なので、バッドエンドと言え終盤の盛り上がりは欲しい所です。


 最後は紬を完全に闇落ちさせ、ヒスイに殺させ、でも副産物的に村が救われました、と言う形で幕を閉じます。

 あまりカタルシスがないので万人受けはしませんが、こういう終わり方も情緒があって余韻を引きますね。一定数のバッドエンド好きもいますし。

 ただこの展開を予想だにしていなかったので(予想させない書き方だったので)、一部の読者は裏切られた気分になる可能性があります。これは作者様の別の作品すら見たくないと言う流れになりかねないので、非常に危険です。

 タグに「悲劇」や「バッドエンド」を入れておく事を推奨します。そのジャンルが好きな人を呼び込めますし、逆にそう言う物を求めていない読者に対しての裏切り行為を防げます。


 途中ヒスイの軽い葛藤などが描かれたので、そう言った事もドラマとして解消していくのかと思いきや、何もなく終わってしまいました。

 せっかくの衝撃的なラストなので、これと絡めてこの葛藤を回収した方がより深い最後になった気がします。


 同じ理由で紬の闇落ちにも意味を持たせた方が無難です(闇落ちする事で内面の葛藤を完結する等がないと、闇落ちさせる意味がない)。

 上記したようにヒスイの心の変化をバッドエンドにつなげて最終的に描ければ、ヒスイの成長も紬の死も意味のあるものになると思います。

 つまり物語の最初と最後で主人公の変化が何もないので「結局この物語は何がしたかったんだ?」と読者は混乱します。せめて最初からバッドエンドの伏線を張っておくべきと思います。


 最終的には半ば強引にエンディングへ持っていったので、この作品は何故バッドエンドでなければならなかったのか、悲劇的結末に相応しい起承転結だったか、が明確でない気がしました。

 ですのでこの作品は作者様がバッドエンドを書きたかっただけのご都合的エンドに見えてしまうかも……と言うのが見解です。


※おいおい高田、そもそも読後感が良い物を目指してないぞ、と言うのは承知しているつもりですが、一応、参考文献を元にした分析評価です。バッドエンドならそれなりの持って行き方があるのでは、と言う話でした。



・一応これはこれで完成されていて面白いのですが、道中の人間ドラマがいささか少なく、世界観に頼りすぎていてちょっとだけ地味に感じます。二人に起こるハプニングが上手く行きすぎているので、そこを少し過酷にしても良いかもしれません。

 その結果悪く言えば安っぽくなってしまかもしれませんが、良く言えばもっと多くの読者を引き付けることができる可能性が高くなる、と考えます。




・メインの二人を見て行きます


 キャラクターには欠如(欲しいもの、やりたい事)があり、見ていてわかる外面的な物と、その理由になっている内面的なものがあります。

 そしてその欠如を回復する為に物語は進行するのが基本的な骨格です。


ヒスイの場合


 外面→人狩りの仕事。もしくは紬を死地へ届ける

 内面→人狩りを辞めたい(が、理と言う「枷」によって辞められない)


 だと思います。

 ちょっと被りますが、正確なヒスイの外面的な目的は出てきいないように映りました(無理やり上げるなら、上記した事)。

 旅をしている「理由、動機」にはなるが、自ら掴みに行くような「目的」とはちょっと違う、つまりゴールが曖昧になる気がします(別に良くね?って言うレベルでちょっと細かいですけど、一応……)。


 内面は「こういう生き方しか出来ないから狩ってるんだ」と言う台詞からも分かる通り、ヒスイは人狩りをできれば辞めたいと思って入るので、ラストは辞められるか、辞めたいと思わなくなるような展開、描写が必要でした。

(理に縛られているので、クライマックスでそれに抗うようなシーンがあると盛り上がったかもしれません。これもベタな例ですが)



紬の場合


 外面→ヒスイに気に入られたい

 内面→寂しい。家族の元へ戻りたい(が、枷である「理」が邪魔して帰れない)


 だと思います。

 物語の端々で寂しいと気持ちを吐露する場面があります。

 なので一例ですが、最終的にはヒスイの相棒になりつつ、村へ帰りたいや寂しいと思わなくなるような成長、変化が必要でした(バッドエンドなりに保管できたらしたいところ。闇落ちした事で寂しいと思わなくなった……とか)。


※「枷」と何の説明もなく書いてしましたが、キャラに与えられる逃れられない運命的な試練の事です(ロミオとジュリエットで言う身分の差)。



 ここから二人の目的の話になります。(ちょっと構成の話と被ります)

 当てのない旅も十分魅力的ですが、やはり旅に対する二人の明確な表面的目標が欲しいと思います(約八万字で一つの物語となっているので、一話完結だと起承転結、序破急にするのが難しい)。


 例えばラスボス的存在(物語のゴール)が分かっていて、それを目指す過程で各地に居る中ボス(シュウ等)を倒していき、それが伏線となって次の舞台へ赴き……それを繰り返して最終的にクライマックスに繋がっていく、と言うのが定石でわかりやすいみたいです(文献より。展開はドミノ倒しでなければならない)

 この作品は物語全体としてのゴールが明確ではなく、それ故今言った前のイベントの終わりが伏線となり、次のイベントに繋がる、と言う展開がない(弱い)為に全体のまとまりが薄いように思いました。


 

※ドミノ倒しの件で余談です。

 「人間の醜さと愚かさを見つめ続ける」と言う目的が「転」に繋がっていますが、クライマックス(?)に当たる紬が闇落ちするシーン、一応関わりはありますがきちんと説得力のある回収がされておらず、最後だけが取ってつけたような違う物語に見えてしました。




・物語の敵


 主人公たちの目的を阻害するような存在が敵(葛藤要因)と言う役割ですが、旅をする中で外面上厄介なのは欲に溺れた人間なので、分かりやすいですね。

 内面の敵も現れますが、ヒスイにとっても紬にとっても「理」かもしくは「自分」と言ったところでしょうか。ラストを考えるとヒスイに関しては「紬」と言う線も入ります。


 定石であれば旅をしつつ外面上の敵を退け、それに伴い内面の価値観が変わって行き、最終的に成長(変化)を遂げる事になります。

(繰り返しになってしまいますが、紬を殺した後にヒスイの心理描写が欲しいと思いました。そこで「理」に付いて価値観が変わるのであればラストの紬の死はもっと深いシーンに映ると考えます)



・土竜が出てきますが、物語の役割としては「賢者(ジブリで言うトトロや湯婆婆)」に当たると思いました。この役割のキャラは物々交換を条件に主人公にいろいろ授けてくれるのですが、正に食べ物と情報を交換していましたね。とても説得力がありました。

 ちなみに紬にとっての「賢者」がヒスイにあたると思います。ヒスイは紬にいろいろ与え、ヒスイ自身「紬は良くやってくれて言る」と言っていたので。



・主人公が日常から非日常に行く事で物語は始まります。これは紬視点の旅に出る所で、ある意味紬と旅を開始すると言う点でヒスイも同様です。

 さらに旅自体が日常となり、依頼を受ける所が非日常へと変化して行きます。初めて非日常に行く時キャラクターは戸惑うのが自然な訳ですが、それも紬が役割を担っていました。主人公が既にその道のプロのと言う作品はこの辺が面倒くさいので、上手いと思います。

 そして最後には成長を経て、元居た日常に帰ってきます。これは紬で言えば故郷に帰ってくる事で、一応変化も遂げています。これだけを見ると良いのですが、内面の変化が成長とはちょっと言えないので、終わり方に不透明な感じが出てしまいました。


 日常を壊す物をトリガーと、それを持って来る役割をメッセンジャーと便宜上呼びますが、トリガーは精霊成りになった事や物語の最初にヒスイが殺した男で、前者については精霊が、後者についてのメッセンジャーは灰色の巨狼とアクウになると思います。



・非日常への出発後には主人公の行動に対して制約やタブーがつきものなのですが、ヒスイの精霊を殺せないと言う理や、紬の精霊成りの事情です。これも定石通り。



・最後に対峙した敵(本来なら物語のゴールであるラスボス)を倒した時に、抽象的な意味も含めて和解するか、赦せないかの二択が迫られますが、この場合は「赦せない」と言う事でした。

 主人公は理を貫き、紬を殺す事の悲しみを背負う決断をします。


 そしてラストなので本来ならそれが最後の目的であり、それを達成するのに何が失われたか(物語は失った物の大きさで得た物の大きさを表現しようとする)が描かれます。(一応、こじつけたヒスイの外面上の目的ではある)

 失った物は紬ですが、ヒスイは何も得ませんでした(もしくは、得た様にはみえなかった)。そう言う作品だから、と言ってしまうと意味がないので、一応定石どおりに行くなら……


・紬を失い、新しい価値観を得る(人狩りをする新しい意味を見出す等)。

・もしくは古い価値観を失い(理に反する)、紬を得る(なんとか助ける)


 みたいな流れになると思います(一例に過ぎない)。


※繰り返しますが、物語の文法上や、一般受けを狙うなら……と言う見方での私なりの考察です。




・紬がヒスイの元を逃げ出してから駆け足的なのは良いのですが、やや説明的に映ります。作者様の「これを伝えねば!」と言う気持ちが前に出すぎている様に感じました。


・各論に入る前に、ヒロインの紬がひたすら可愛いと言う事をここに明記しておきます(ここ可愛くね?と褒めるシーンが多すぎて、あえて各論では触れていない)。




総論は以上になります。




―――――――――――――――――



2、各論


●第一章その一


・所謂「掴み」の部分ですが、安易にアクションシーンを持ちいず、意味不明な言葉で釣ろうともせず、世界観で魅せてやろうと言う気概には好感を覚えました。

 書籍になったとして、私がこの物語を手に取って、この書き始めなら恐らく読み進めます。

 ですがこれは書評なので客観的な意見を言わせてもらうと、いささか弱いように見えます。ラストの引き立ての役割なので必要なシーンかと思いますが、もう少し我々の日常で分かる範囲の、謎と緊迫がバランスよく入ったシーンが良いかと思いました。



・これは趣味の範囲くらいの、細かい指摘になります。

 物語であまり美しくない表現方法として「聞いたか坊主」と言うものがあります(文献より)。

 読者に簡単な会話で情報を知らせると言うちょっと無粋な方法です。

 例えば、


「おい聞いたか、コロナウィルスが東京で出たってよ」

「へぇ、そりゃ大変だ」


 こんな感じで、これは「コロナウィルスが東京で出た」と言う具体的な設定を都合よく知らせてしまう訳です。

 読者に「情報を与える為の会話」だと言う作者の意図が見えるばかりか、本来喋らせる必要のないエキストラに会話を与える事でご都合的に映ります。

(エキストラ→主役でも、モブでもない名前すらない通行人的役割)

 出来れば紬の悲劇的状況を、会話ではなく所作やさりげない小道具……もしくは会話を入れるとしてもニュアンスで伝えるくらいが美しいとされます。(「まさか紬がな……」くらいで読者は何かあったのだなと分かる。それ以上は説明的で不自然)

 世に出ているプロでもいっぱいいますけどね、不自然な会話させている作家さん。(勿論それは私の中での判断)



>「それが理なのだ」


 この見せ方はやはり物語のテーマに映りますね。初見でかなり強いメッセージを感じました。



・紬の描写ですが、たった数行で身形を想像させる地の文の巧みさに感服いたします。


・これも細かくなりますが、団蔵はもう出てこないエキストラ的役割なので、名前を付けるのは勿体ないように思います。モブくらいに見えてしまうので。



>白いシャツに黒いネクタイを緩く締めており、


 周りは和服なのにヒスイだけ洋服、後に出てきますが本名がない、性格もクールで似ている、と言うのが蟲師のリスペクトを感じます(違ったらごめんなさい)



>これが最後だから痛みが残るぐらいでちょうどいい。


エモい……。


>もう二度と、故郷へ帰る事は叶わない。


 総論でも書きましたが、キャラの非日常への「出発」です。

 出発までに紆余曲折ある物語も結構多いのですが、ここから始まる物語もスマートでわかりやすいです。この作品の場合この出発の前を書くと完全に主人公は紬になってしまいますので、ここから書き始めて正解ですね。



・ここまでが物語の始まりとして適切か、と言われれば確実に正解とは言えませんが、概ね間違っていないかと思われます。(1話は過去として語られるべき時に出しても良いかもしれないので、魅せようによっては旅の始まりから始めてもいいかもしれませんね)



●第一章その二

>これほどの大木ならば目に入りそうなものなのに、紬は、今に至るまで巨木や森の存在に気付かなかった。


 「村を出た事はほとんどない」と言う台詞から出た事はあるので、全く意識が向かなかった→まさか自分が行くとは夢にも思わなかった、と言う事でしょう。未だに現実を受け入れられていない紬の心理描写かもしれないと考えました。



>「では……私は、どこへ行くのですか?」

 この時点での物語は紬が安住の地を捜し歩く旅に出る、または人狩りに付き添うと言う感じですが、やはり抽象的です。人狩りの仕事もヒスイは積極的にやりたい理由ではないので、ゴールが曖昧で少し弱い気もします。

 総論で述べた偽りの旅の一例ですが、

「如何にかして、人間に戻れる方法は……」

(ないけど、気を使って)「あるにはあるさね」

「えっ、本当ですか?」

 で、それを旅の目的にしてしまう、と言うのもアリかと思いました(完全に余談)。



・そしてヒスイの「四つ抱えているんだ」ですが、

 巨狼の依頼と、秋雨の依頼と、人狩り殺しと……最後は、そう言う事ですよね。二回目以降こそわかるこの切ない伏線……



>「膨大な生命力は、人に豊穣を、獣に言葉を、そして遺骸を精霊に変える」


 ここはラストの対比、なんでしょうか。膨大な生命力(大勢の人の命)とも思えます。

 そしてその三つのどれにもなれなかった紬は豊穣を失い(飢餓)、言葉を失い(壊れる)も精霊にもなれず、と言う皮肉に見えました。



>ヒスイが頷くと、巨狼は、ヒスイを見つめたまま、『過酷な……』


 叙事トリックとまでは言いませんが、上手いですね……この伏線。初見の時は唸りました。



>人と獣と精霊は、大樹の恵みの元、互いを尊重し、敬愛し、理に従って生きている。だがその理を乱すのは、往々にして人だった。


 精霊成りが人だとすると、やはりラストの理を乱したのは人(紬)だと言う事になりますね……。



・余談ですが、良い意味で狡い、いや裏技?と言える、物語には強制的に感情移入させる方法がいくつかあります。

 その一つが、この作品でも使われてる「生贄」です。古今東西「命」の価値は変わらないので、人柱にされる事で大抵の人に「可哀想」と思わせる事が出来ます。

 更に「子供」も感情移入を助長させるスパイスで、それをミックスさせている時点で紬(しかも良い子だと伝えられている)に対する感情移入はほぼ成功しています。

 そしてそれを不自然に見せないと言う、伝奇を上手く利用した例ですね。



・アクウとの会話。

 知恵がどの程度の知恵か分かりませんが、アクウは中々に軽率だなぁ……獣は純粋で素直なのかな、と思っていたら全然狡猾でした。次話で分かりますが、そう言う事でしたか(安心)。

 ヒスイ同様に騙されました。さすがは知恵を授かった動物。



●第一章三話


>「人の狂気は、何故か美しい。だから花が如く散るのだろうさ」


 おぉ、こんなところにも伏線が……。まさかこの物語の感じで紬が狂気に堕ちるとは思いませんでした。

 花が如く散る、と書いてあるので一番最後、豊穣を村人が喜ぶシーンで、一輪だけ「林檎の花」が咲いていたりしたらより伏線として際立つのかなと思いました。



・今回は物語の初仕事のシーンですね。

 設定はポストアポカリプスで現実味はないのですが、「人殺し」をすると言うリアルな緊張感が伝わって来ました。地の文の巧みさと、変に訳の分からない武器じゃない所が良い味を出しているのだと考えます。

 「狩り」と言えば「ライフル」ですもんね(浅い知識)。



・そういえば小銃を所持しているので普通なら仕事を頼むのも憚れるでしょうが、それゆえに実績や獣同士の紹介があれば安心なので、口コミで人狩りに仕事が舞い込むのだろうな、と言う裏設定を妄想しました。(土竜を通じて)

 そうでなければこの私達の現実の世を鑑みるに、人間の性的に獣や精霊はとっくに狩りつくされていると思うので(小説に現実味を持ち込みすぎではある)。



>「巨狼様。謀りましたね」


 ここは初見でにやにやしました。良い作品には「ひとひねり」が必ずあって、タダでは終わらせないんですね。こういうオチが付いていたので、きちんと考えられていると読みごたえを感じました。



>紬の手を引きながら、深更の闇へと消えていった。


 紬に全く喋らせないのが良い判断だと感じました。普通に考えたら不自然なのですが、小説上のテンポや、初仕事の緊張感を読者に見せる為には必要な演出です。

 この辺はさすが!と思います。私が同じシーンを書いたら、多分不自然かなと思い喋らせてしまいます(シーンの目的を履き違える愚行)



>人の死を目の当たりにしたのに、紬の寝つきはよかった。


 さすがに十才なので肝が据わりすぎだとは思いますが、ラストの闇落ちを考えるとメンタル的には不自然に感じない不思議。初見では違和感がありましたが……。




 ここの対比…………かなり重要な伏線ですね。

 終盤も「果実」を食べる訳ですが、ここの林檎とは相反する存在です。

 林檎は聖書的に知恵を授ける禁断の果実ですが、終盤紬が食べてしまうのは理性を奪う、同族食いのある意味禁断の青い果実……。



>「美味しかった!」


 描写はありませんが、これ絶対無垢で満面の笑みで言ってるのが……二週目以降は可愛いとかじゃなくて辛い……。



>土竜は、林檎を齧り、しょぼしょぼよとした瞳を輝かせた。


 この土竜が毎回可愛いんですよね、マスコット的で。しっかり物々交換しているのが強かに映りますし、知恵を得た獣はやはり野性の名残で、比較的皆合理的且つ狡猾なのかなぁと推測します。



●第二章一話

・序盤の会話が夏目友人帳っぽくて絶妙な悍ましさと趣を感じます。



>ヒスイの言葉は熟れた柑橘類をかじるより鮮烈だった。


 この作品のシンボル的に、樹木や果実をよく例えていますね。

 比喩を同じようなイメージにするのは統一感が出て良いと思いました(余談ですが、例としてシェイクスピアのリア王ではテーマに絡めて「服」を比喩に多用する)。



>村の皆がしばらくでも不安を感じず、生きられるなら払った代償は等価に思える。


 紬の台詞ですが、この通りになりましたね……。ラストを意識して書いている事が伺えます。ただこの時点では命を落とすまでは考えていませんから、対価としては実際どうなんでしょう。



>と、言いつつヒスイは、懐から掌に乗る程の麻袋を取り出した。中から茶色い粒を一つ摘み上げると、口へ放り込む。


 この段階から人狩り殺しに備えていたって事ですね。序盤も序盤、いやはや、伏線の張り方がほんと恐ろしい。



>「苦い……」


ちょっとエロい(黙れ)



・この回のみ、英語が使われるシーンがあります。コミカルで面白いのですが伏線になってる訳ではないので、何故ここだけ?という微小な違和感が残りました。

 この後英会話が必要になったり、合言葉になる、みたいな回があれば別ですが……。





長くなるので後編に続きます。


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