第11回 「三界の魔術師」 / 油布 浩明 様 後編
続きです!
●本物の英雄
>「あんたたち、本物なんだ……」
この一言がすぐ出てくると言うのは、妹を守りながら限界的に生きて来て、ずっと本物に憧れていたか「こんな人生を歩むはずじゃなかった」と心のどこかで助けを求めていたのでしょう。強い女性です。妹がいたからこそかもしれない。
もう敗北しているので諦めていると言うのもあると思いますが、自分が理想としていた未来を見せつけられ、焦りを通り越して羨望している。
最初は「強いなこの姉ちゃん」くらいに思っていましたが、このセリフを聞くと物語的にただのモブではないな、と言う事がはっきりわかります。
>「本物の英雄で、本物の天使で、物語みたいに綺麗で、
小さい頃は絵本のような世界に憧れていたんですかね。意外と乙女な趣味で、彼女の背景を感じさせます。きっと子供は女の子が欲しいと言い、生まれたら可愛い服をいっぱい着させそう。
>目覚める時間から逆算すると、今は深夜の十二時五十分。これから十分後。
ここは水戸黄門展開なのでチートで構わないのですが、突撃する直前にこの情報が出されると少し予定調和的に映るので、リリシャに会う前くらいに知らせておく方が良いかもしれません。
その方が「間に合うか?」と言う不安や、セレナと戦っている時の緊張感も生まれます。
>ノーラは女子生徒のすべてから情報を集められるから、
この辺りもしょうがないのですが、シャリアンもフィーダルも、さすがに周りが有能過ぎて上手く行きすぎな印象を受けます。
>私たちにとって本当の名前を明かすことは、信頼と服従の証拠あかしよ
この設定は……必要ではないように思います。名前が増えてややこしいので、二回通して読んだ時も「あれ、どっちが姉妹でどっちが本当の名前だっけ?」となってしまいました。せめて一人ならまだしも二人なので、一気に四人の名前が出て来て混乱します。
真名がなくても物語の主軸には関わらない為、呼び名は統一する方が無難かもしれません。名前の統一はキャラの感情移入にも直結します(文献より)。
●姉妹
・チートの時と普段の時の差が余り無いため、明かに違う差を見せた方が物語的に映えるかもしれません。仮面ライダーが変身後も人間の姿だったらインパクトがないのと同じです。
私が思うにネクトの出番ですね。性格そのものがネクトになってしまうくらい激変すると見ごたえがあります。
と言っても、ネクトとシンがあまり変わり映えしない性格なので、その場合は凸凹コンビにする必要がありますが。
>僕の使った魔術のことは誰にも教えないこと。
シンは馬鹿正直と言う性格でもないのに、結構簡単に初対面の人へ秘密を暴露しちゃいますね。私がネクトなら「ちょ待て」と止めます。それかネクトが頭の中でこいつなら大丈夫だと言っているならまだ納得が行くのですが、その描写もないので少し説得力に欠けます。
もう敵は戦意喪失しているし追手が来てもシンなら追い返せるので、第三の魔術を使わずに帰るのが賢明な気がします。
>「危なかったわ。一触即発ってやつね。
これまでずっと予定調和的に物語が進んできたため、ノーラが失敗する未来はないだろうなと予測できてしまいました。ハプニングや主人公が上手く行かない展開をもっと多く採用した方が無難に思います。
>一度くらいは、あんたみたいな本物の男に抱かれてみたかったけど。
そういえばまだ童貞ですよね、シンって。このセリフを聞いた時ドギマギしてそう。
>シンは自分の首にかけていたネックレスを外した。
見落としていたらすみません、このネックレスをもらうシーンがなかったように思ったので、ここで登場する前にシャリアンから貰う場面を描写する必要があります。するとここで「あの時のやつだ」と納得できるので。
いきなり出てくるとご都合的に見える可能性が高いです。
>「どうして、そこまでしてくれるの」
そもそも錬金できるのでお金には困らないし、シンが元々いいやつと言う事もありますが、この台詞は読者の声と同じですね。
私はシンの性格上の問題だけではないと思っています。冒頭でシャールを見殺しにしてしまった事が彼の心に深く傷を残しているはずです。
その償いと言う訳ではないですが、だからこそ「目の前の救える人は絶対に救う」と言う信念があるのだと思いました。まさに神ですね。海戦の時の出来るだけ殺したくない、と言う言葉もしっかりとした土台があっての台詞と思えます。
ただシャールに関する描写が極端に少ない(作中でも多分2,3回)のでもう少し欲しいなと思います。冷たい印象を与えてしまうので、作中ずっと引き摺っているくらいの葛藤が欲しいです。
●夜空
・上手く全員集めましたね。物語の中で関わった仲間がクライマックスで集結するのは王道で面白いと思います。ただ全員が活躍するのではなく主人公が解決してしまうので、あまり集めた意味はなかった様に思いました。
・ノーラとシャリアンが久しぶりに再会する訳ですが、会話のやりとりだけではなく心理的な描写などが欲しい気がします。あっさり終わってしまった印象に映りました。
>この作戦は秘密がもれたら終わりです
私がガシェットの時に言っていたのはこういう所です。こう言う超大事な場面でガシェットのような復讐に燃える小物の生き残りがいると「あいつが生きているけど、何かしてくるんじゃないか」と言う緊張感を読者に与えられます(登場人物が知らないからこそ面白い)。
実際生きていたら秘密がばらされたりして乗り込んだ主人公が危機に陥る、と言うハラハラするイベントを用意できます。
そしたらその後の展開どうしよう、と悩む事になりますが、そこは作者が頭を抱える程作品は面白くなると言う一例ですね。
●国王
・同じ指摘になりますが、案内役の台詞、彼は二度と出てこないエキストラですし、大した情報でもないのでカットして良いように思います。国王の人柄はその後の会話や描写などで示した方が贅肉を減らせます。
>この時のためにシャリアンを介して、国王とは顔見知りの枢機卿から記憶を見せてもらっていた。
この辺もちょっとご都合主義が目立ちます。上手く行きすぎ感が否めません。もう最後なのでこの国王は影武者で作戦が失敗してしまった、くらいの逆境が欲しいように思います。
>本当は魔術師の名門としての家名も、父がつけてくれた別の長い名前もあった。
シンの本名ですが後に出てくることもないし、伏線っぽい情報の書き方なので要らない情報に思います。もしくは重要な情報のように最終的な伏線に使えると良かったかもしれません。
>国王は、もういいとでもいうように手で合図をした。
シンは目隠しをしているのでここは見えないはずですね。口で「もうよい」と言いつつその仕草を描写しないと、見えている事がバレてしまいます。
>「余への忠誠の証として、口づけせよ」
念入りに調べられて武器は持っていないでしょうが、口づけの瞬間に魔法で危害を加える事は可能だと思うので、この国王にしては迂闊な気もします。何か策があったとしたら、作中で示しておかないとただ不自然なだけで終わる可能性が高いです。
この国際情勢では尚更、別の方法で仮の忠誠を誓わせる等をやりそうな気もします。
●脱出
>体の機能を高めた副作用のようなものだ。
フィーダルが朝ごはんをがつがつ食べていたのは、この伏線になっていますね。絶対に必要にはなっていませんが、便利な能力に対し何か代償があるのは本来定石の設定ですね。
・ちなみにここ、シンは逃げ出す必要あったのか疑問に思いました。噂を広げるだけなら前もってそうしてもらう作戦を告げておけばいいし、失敗しても噂なので痛手はない。
むしろこのタイミングで逃げ出してしまうと、東方の魔法ではなくとも何かしらの物を仕込まれたと疑われるはずです。
●教皇
>「うわさでは、教皇様のお慈悲にすがれば助かるとか……。教皇様は、それでも国王陛下を救おうとしてくださる。皆はそう言っています」
藁をもすがる気持ちなのだと思いますが、たった一日で広がった噂のみでここまで上手く行ってしまうと少し不自然な気もします。国王も馬鹿ではないと思うので、逃げ出したシンを少しでも疑わないのは違和感が残ります。
伯爵もシンのグルかと思うくらいに国王を教皇に会わせるように誘導している様に映りました。
>夢の中で、国王は声を聞いた。
神の夢でも見せれば、と言っていたのでここはどうやって神の夢を見せたのかが気になりました。魔術では無理だと思うし、仮にネクトの力だったらチートを通り越してご都合的に映ります。私の読解力不足だったら申し訳ありません……。
●終結
ガシェットの時に書きましたが奴隷のくだりがなければ、フィーダルの惚れた晴れたの話も必要なくなるわけですが、物語としてここを省いても問題がないので、贅肉のような気がしてしまいます。
登場キャラクター全員に相方を付ける為のご都合展開に思えなくもないです。それゆえにサージャは殺されたのではないか……と思ってしまう程です。
・ここで一章の最大イベントが終わります。主人公にとって「絶対に失えないもの」が天秤にかけられていた訳でもなく、クライマックスの盛り上げもありませんでした。
理由は主人公最大の障害になるような敵キャラがいない為と考えられます。この作品は魔術でドンパチやることが目的ではないので、知略、頭脳戦でそれを見せられれば良かったように感じました。
●結婚式
>魔術師として、僕は父の意志を継ぎたい
何となくその気持ちは分かるのですが、ここの具体的な熱い思いが作中で一切出てこないので、何故どうしても継ぎたいのかが語られたらもっと内面の悩みに深みが出たと思います。
>「リリシャ、結婚してほしい」
>「はい。リリシャは永遠にシン様のものです」
結婚式を実際に見て刺激を受け告白するのは凄く良いのですが、シンの葛藤がほとんど描かれなかったので、内面の目的が達成されたことへのカタルシスが少ないように思います。
個人的には「えっ、そこで不老不死の問題解決しちゃうのか……」と言う物足りなさを感じました。
リリシャとすれ違うなどしていくつもの困難を描かないと(成長過程を見せないと)大したことのない悩みに見えてしまう可能性があると考えます。
>今日は偽物の英雄である俺の大切な日だ。
こういう冗談を言ってくれるのは作中でも彼かゼデルくらいなので、いるだけで空気が和みますね。貴重な役割を担っていると感じます。
●第二章 皇帝
・ここで物語の主軸である不老不死に関する事で事態が動き出しますね。
トルジャが置いてきぼりだったので、ようやくきたか!と言う感じがします。
>スパイに命じたのは、元々、仮病であったことの証拠を探すことでした。
ちょっとスパイが便利すぎる気もします。現実ではあらゆるところにいたかもしれませんが「何故知ってたの?→スパイいたから」の展開が物語としては多すぎるように感じました。
●老魔法使い
>「前置きはよい。必要なことを話せ」「それでは、恐れながら。魔法には、二つの種類が知られています。
これは国王が知らない訳がないし、この魔法使いは研究をしているくらいなので「いらない」と言われているにもかかわらず、前置きを話し出す程阿保にも思えません。
このあと第三の魔術が神話に出ている事が判明するので、「第三の魔術はご存知ですね。あれを魔法で実現出来るやもしれません」と切り出す方が無駄な情報もなく自然に思います。前の会話で国王のメンタルモデルは出来ているので、不老不死の事かと分かるはずです。
もし読者への説明の為だとしたら、一章の続きなので特に必要ないと判断できます。
余談ですが個人的にこの魔法使い好きなんですよね……国とか関係なく、ただ真理を追求しようとする姿勢が現実の学者と変わらない感じがします。最後は黄金に変わった石を見て涙するくらいですし、真っ直ぐさに好感が持てます。
●学長
>薄化粧をすませたリリシャの黒い瞳が、シンをいとおしそうに見つめていた。
ゆうべは おたのしみでしたね!
・この後二人の過去や馴れ初めが軽く語られますが、一章の続きなので必要ないと思われます(これが実際の紙の本やkindleで、単行本の二巻目だとすれば必要かもしれませんが)。
●悲報
・ここでノーラが攫われる事で一気に緊張感が増します。そしてこの事件は物語のゴールになっているので、読者が迷うことなく最後まで読み続けられるので非常に良い展開だと思いました。
勿体ぶることなくこのシーンを出した事は英断だと感じます。ただしこの前の話の卒業試験は今後の物語ともそんなに関係なく、カットしても差し当たりないため、すぐにこの「悲報」へ物語を進めてしまった方がスマートだと考えます。
それとシンの内面の悩みが解決してしまっているので、これを蒸し返すか、新たな悩みを与えないとキャラクターの成長が見られません。ないよりはあった方が物語としては面白くなると思われます。
・空を飛ぶことに怯えるフィ-ダルが面白いですね。あまりこう言った素が出るシーンは少ないように思うので、親近感が沸きました。
●水の都
・ネクトが寝ているので体がふわふわのままですが、彼が寝ているせいで困ったシーンは恐らくここくらいだと思います。できれば緊迫するシーンでも欲しいと感じました。
・ネクトについて仲間に紹介しますが、読者は知っている為一から十まで見せる必要はないと考えます。「――と、言う事なんだ」みたいに端折って物語を勧めた方がテンポよく進むと思いました。
●変貌
このシーンの目的は「サリアがどのように死んだか」を知らせる為のものに映りました。もしそうだとすれば、私は目的の設定ミスに感じます。
シンはずっと心を閉ざしながら生きて来て、トルジャを出て素晴らしい仲間たちに出会いました。仲間はシンそのものです。
その大事な仲間が卑怯な手で殺された訳です……さすがにシンやリリシャの心理描写が一行もないのは不自然に思います。正直サクサク進めすぎで、彼には感情がないように映りました。
(これは個人的な感想なので余談になってしまいますが、少なくとも私はここでもっと悲しみたかったのに、シーナ意外まるで執着しない様にみえて複雑な気分でした。主人公は読者を代弁して「絶対に許さない」等の一言で怒りを表明し、共感させて欲しかったように思います。心理描写不足で、ちょっと残念なシーンでした)
>ネクトは普通の魔術とは違う何か別の法則に従っているらしい」
ネクトの色を変える話はこれからの物語に関係ないので、伏線的に見えて変に際立ちます。ここは省いてすぐ金髪にする方が無難かもしれません。
>一緒の部屋にいたフィーダルが目を丸くしていた。
ベッドで空を飛んだあたりからフィーダルがコミカル担当みたいになっていて、彼がいるとなんだか和んでいいですね。
●帝国大使館
>「お前は、もともと西方の人間の顔立ちに近い」
物語とは全然関係ないんですが、中東周辺の西洋と東洋が入り混じる所は美男美女が多いと聞いたことがあります。色々な血が入り混じるとかで、世界の誰が見ても良い顔に映るみたいですね。そう考えるとリリシャが国と動かすレベルで美人なのも納得が行きます。
●戦闘
>船長として雇ったミルシャが、
しつこいかもしれませんがここも、ミルシャはエキストラ扱いなので喋らせる必要や、ましてや心強く思ったなどの心理描写は必要ないと考えます。緊迫したシーンなので、物語のテンポが落ちてしまいます。
●おとぎ話
>「奴隷たちのうわさです。
ここからレイナが十五行に渡って読者が知っている事をノーナに知らせます。ただの会話にしては詳細に語りすぎなので不自然に映りました。
「奴隷たちのうわさです。おとぎ話のようなものです。彼女は二年前、シンと言う奴隷戦士と死ぬはずが、突然姿を消したんです。魔法の事故で死んでしまったことにされていますけど……」
これくらいが違和感のない会話だと思います。レイナの台詞にはシンの身の上の情報まで入っているので、さすがにいらない情報に見えてしまいました。
●宰相
・タクマヌが出てきますね。実は私がこの作品で一番好きなキャラです。作中でシンを欺けたのは彼だけですし、かなり冷酷な性格ですが彼なりの美学と信念があり、其れ故に絶対的な悪としての魅力を感じます。やはり「強敵」はそれだけでキャラが立つものですね。
●尋問
>「あの二人は、トルジャ帝国にとって有益な人材でした
この後タクマヌは何故か聞いてもいないのに二人の過去を長々と語ります。頭がいい人は話も簡潔に済ませるので余計に不自然です。
「あの二人は、トルジャ帝国にとって有益な人材でした。ちょっとした事故で死んだことになっています」
これだけで話が進むので、削る方が物語の贅肉を落とせる気がしました。
>「嘘を言えば、この奴隷の一本目の指を落とします。いいですか」
これでは些か優しく映ります。タクマヌであれば自分の本気を見せる為にまず問答無用で一本切り落とし、それから尋問を開始する気がしました。
その方がノーラに、及び読者に対し効果的に「こいつはマジでやべぇ敵だ……」と印象付けられると考えました。レイナは可哀想ですが、彼はラスボスなのでこれくらいの「化け物」感が増すエピソードが欲しいです。
>「これまで楽しい会話をさせていただいていただけに、非常に残念です」
彼は心の何処かで相棒と言うか、自分と対等なくらいの人間を探しているような印象を受けます。恐らくは人生で自分が認めた相手はメフトだけなのでしょう。
そうであれば最後にメフトが心変わりしてしまった事に対し、あんなにも取り乱した事への説得力が増す気がします。
●占領
・ジェダンが出てきますね。このキャラクターも私は結構好きです。彼は一応最初敵ですが、物語通して別に悪いことしてないんですよね。頑張って自分の船を手に入れて、命令に従っただけ。
なのにこれから不憫な目に何度も遭う。苦労人とはまた違いますが、彼の性格もあってか何となく同情してしまう愛らしいキャラです。
次の話ですが、
「見事なものですね。さすがは奇跡の英雄、シャリアン様だ」
ジェダンが皮肉をこめていった。
と言う皮肉屋な所も、なんとも憎めないキャラクターです。
●失望
>「悪魔のような、か……」
皆にとっては神であり、敵にとっては悪魔なんですね。この辺りも対比になっていて面白いです。
●奇策
>「策はあります」
一応タクマヌと言う強敵は出てきますが、彼が出し抜いたのは一回だけです。あとは一章と同じように主人公が暗躍して全てを終わらせてしまいます。
主人公にとってすべてを失う危険性などの緊張感が無い事と、解決の方法が同じなのは引き出しが少ないと思われかねません。
>「そうだな。お前はぺてん師になるには真面目すぎる。
何気ない台詞なんですが、激熱なんですよねここは。お互いが出来ない事をお互いにやっている、行かせたくないのに行かせなければならない構図。これぞ「仲間」って感じがします。
皆それぞれ辛いのですが、仲間の為に出来る事がペテンを演じ続ける事しかないシャリアンの無力感を思うと切ない気持ちになります。
>俺ならノーラと何百年も暮らすのはうんざりだね。だからといって、別れてくれと言ったら殺されそうだ。
こんな時にでも冗談をはさんでくれる彼は本当にこの物語に必須であるキャラクターだと思います。本当にいい奴ですねこの男は……。
●大魔術師
・ここで老魔術師のゼダムが出てきますが、更にこの後ゼデルが出てくるので、初見では正直最後まで区別がつきませんでした。二回目も覚えようとして覚えたくらいなので、ややこしい気がします。
わざわざ似たような名前にするメリットはないので、もう少し差別化出来た方が無難な気がしました。
>「では、聞き方を変えよう。
タクマヌはこの台詞の前では勿体ぶって聞いたり、この後も読者にとってどうでもいい説明があります。一言「第三の魔術で、誘拐は可能か」を聞けばいいので、不自然な気がしました。読者へ気を使って説明しているのであれば、さすがに頭に入っているので必要のない配慮に思います。
>タクマヌはそんなとき、どうしようもなく虚しくなった。
この物語のテーマの一つに「仲間」があると思うので、そう言う意味では自覚はないにせよタクマヌも仲間を探していたのかもしれません。有能な人物は孤独ですからね……。
>正気か。ゼダム、この世に神などいない。
ここは中々興味深く、面白い発言です。タクマヌは一応皇帝を尊敬していますが、頼ったりはしていません。作中で何か(神など)に縋らないのはシンとタクマヌだけなのです。
主人公とライバル、または主人公とラスボスは正反対、もしくはどこか似ていると言うのは王道の一つですね。ここは面白い設定です。
●新しい仲間
・ここでゼデルが出てきます。結構前にも書きましたが、出来れば物語に出てくる全ての物を全体の(ここで言えば二章の)25%までに出しておく方が無難です。
物語の序盤で物語の土台が出来上がるので、終盤に新しい設定やキャラが出てくると混乱します。キャラの場合感情移入の時間も少なくなるので余計に得策ではありません。
もしどうしても出したいのであれば、奴隷を開放した船の上で登場させてしまうべきです。何故あの時出てこなかったのか?と言う疑問も残ります。つまりご都合的に見える危険性があります。
更に物語的に絶対にゼデルが必要かと言うと他のキャラで補えそうな気もしますので、正直な所要らなかったかな……とも考えられます。
私の理解力が乏しいだけかもしれませんが、奴隷の反乱がゼデルを開放したせいと書かれていますが、この理論はよくわかりませんでした。ゼデルがいなくても戦略的に奴隷を開放していただろうし、全員が開放されれば普通に皆反乱を起こすと思うので……。
>女性は本来、誰でもそういう魔法が使えるものなんだそうだ。
中々粋な言い回しですね。ネクトがこんな洒落た事を言うのが意外です。
>何でもやりますよ。どうせ私に、選択肢はないんだ」
ジャダンのこの不憫な感じがたまらなく好きです。ヤケクソ気味なのが余計に親近感が沸きますね。
●千夜一夜
物語的に、この盛り上がってきそうな終盤に説明回を挟むのはあまり得策ではないように感じます。理由は話のテンポが遮断される為です。
今回の話は過去に知らされている上に、ここまで詳細に語る必要が見当たりません。同じ舞台の演目を、役者を代えて演じただけです。ここで何かハプニングがあればよいのですが結局上手く行ってしまうので、物語的にかなり贅肉に映ります。
物語の本筋的には皇帝の心変わりは割とどうでもいい情報で、主人公はタクマヌに勝てるのか、と言う緊張感などがここで示される方が良かったと考えます。
●虜囚
・大帝国のトップを攫うにしては予定調和過ぎる気がしました。シンたちがかなり有能なのは分かるのですが、何の困難もないので物語的な面白みに欠けてしまいます。この全体のお話の要約、ダイジェストを見ている気分になると思います。
●動揺
>「私にわからないのは、陛下の居場所がどうして知れたかです。
この後読者が知っている事、別にノーラが知らなくてもいい事を6行に渡って話します。恐らく必要のない情報なので、最後の「謎の魔術師が予測を出来るか」だけを聞く方がスマートだと思います。
知っている情報を再び書かれても目が滑るだけで、読者の物語への集中力を奪ってしまう為勿体ないと考えます。
>「捨ててしまった魂のかけらを拾い集めることはできない」
自分がかつて不要だと捨てたものに追い詰められる展開は感慨深いですね。認めたくても認められないタクマヌの葛藤が思い浮かびます。
ちょっと腑に落ちないのは、恋をして絶世の美少女に変わると言う所です。実際そう言う事はあるでしょが、物語の重要なキーとしては説得力に欠ける気がします。万人が頷くには少し弱い理由かもしれません。
●使者
>黒い髪の毛が少しだけ入っている。皇帝のものだと、タクマヌは直感した。
ちょっと細かい事ですが、どういう理由で直観に至ったかが謎です。皇帝が好きすぎて観察しすぎた結果わかったのか、皇帝がかなり特徴的な髪(髭?)をしていたのか、どちらにせよ読者への説明が居るように思います。
>ゼデルは自分とは正反対の人間だったが、昔からどこか気になる相手だった
中々優秀そうですから、抜け目のないタクマヌなら奴隷同士のいざこざに見せて殺すか、奴隷と言えど常に足取りは追尾させていそうなものだと思いました。彼を侮っていたんですかね。
●もう一つの魔法
二章は起承転結の起伏があまりない状態で最後まで来てしまいました。最初に定められた目的にそっては来たものの、困難なく来てしまった為にクライマックスもあってないような形で幕を閉じます。
何か最後まで解決できない様な重大な問題(シンにも難しいと思わせるもの)が残されていると物語にもメリハリが出るように思いました。
●人質交換
>タクマヌは憎しみのこもった目でジェダンを見た。ジェダンは反射的にひるんで身を固くする
ジェダンの不憫っぷりがここでも発揮されていますね。可哀想ですがキャラが立っていてにやりとしてしまいます。この場に立ち会う事を最後の最後まで拒否していた事でしょう。
●対決
ここは所謂クライマックスなので、物語の超大盛り上がりを見せる場面でした。特に危機感もなく淡々と進み終わってしまうので、かなり勿体ないように思います。
クライマックスは作者の伝えたい事、やりたい事を詰め込む場所であり、物語の一番重要な瞬間で、それまでの物語はその数ページないし十数ページの為だけにあると言われています(文献より)。
ここに物語として何もないと「この物語は何がしたかったのだろう」と言う疑問が残ってしまう可能性が高いです。
>メフトは、自分の分身が死んだことを知った。
個人的な意見なのですが、これを言ってしまうのは無粋な気がします。
タクマヌが死んでメフトは自分の死を悲しむ様だった、と言う文を見た時に読者がメフトの心情やタクマヌの報われない想いなどを想い馳せる余地なく答えを突きつけてしまっているので、小説の醍醐味を打ち消してしまっているように感じます。
●別れ
前の話と少し被ってしまいますが、クライマックスの後は出来るだけ早く終幕するのが良いとされます(文献より)。作者の言いたい事、やりたい事はそこで全て終わるのであとに語られる話は伏線回収でない限り物語的に全て蛇足になるのですね。
どうしても何かやりたい場合は主人公とヒロインの今後などを簡潔に書くのが定石とされます。
>「あの時も、こんな夜でした……」
ここでシャール、冒頭の対比を示すのは凄く良いと思います。冒頭とラストの対比で主人公の変化を示すのは物語の定石ですね。
この場合はシンに仲間が出来た事だと思います。内面も一応、不老不死の伴侶であるリリシャを手に入れました。
シャールは浮かばれないように思いますが、彼は信仰を信じて死んでいったので不幸と言う訳ではなかったのでしょう。ここでシャールに触れた事は物語的に意味のあるシーンでした。と言うよりシャールに触れないまま終わる事は出来ないので、必須の場面でしたね。
>シンは大切な思い出までが消えてしまう気がして、どうしても魔術を使う気にはなれなかった。
この心理描写は凄く良いですね、シンの気持ちが手に取るようにわかります。ある意味フラれた男的な女々しさも感じられますがそれが一層シンの仲間への気持ちの強さと捉えられることができます。
友情をテーマとしたラストを飾るに相応しいシーンだと思います。
エピローグに関しては個人的には好きです。登場人物と別れる寂しさの気持ちが紛れるので……。
ですが参考文献の観点から言うと、伏線回収など意味がある場合以外は必要ないとされています。クライマックス後の余韻もなくなってしまうらしいので。
各論は以上になります。
――――――――――――――――――――――
3、作品の強み(弱み)や個性だと思う所(主観多め)、及び雑談。
・私は表現の幅が広がるなら使うものは何でも使う、時代に淘汰されないようにする主義ですが、作者様は意識して「!」や「?」を使わない拘りがあるようですね。物書きとしての矜持を感じました。
・一つの作品として収めた故にこの物量なのしょうが、恐らくもっともっと各シーンや各キャラを掘り下げれば二十万字では全く足りないくらいの物語です。
数倍にはなるんじゃないでしょうか。と言うか時間が許すのならその二次創作を私が書きたい。今度は死者蘇生などををテーマにして。
・いろいろ指摘はしましたが、このレベルまで来ると好みの問題があります。一般受けする物語の流れではありませんが、こう言うジャンルが好きな人は文句ないでしょう。
しかし、もう一段上の物語にするのに「突き抜けた何か」が足りないのは事実のような気がします。それは意外性か、設定的なスパイスか、もっと魅力的なキャラかはわかりませんが、それがあればきっと世に本として出ているレベルだと私は思うのです。
この高田が有名な作家を多く輩出してきた編集者なら「それは多分こうだ」と言えますが、それをはっきり言う自信も資格もございません。
作者様がもし何かが足りないと考えていて、この書評が少しでも何かのヒントになったら……感無量です。
・個人的に好きなキャラはタクマヌ(悪の化身)、ジェダン(元敵で味方になっても不憫)、ガシェット(たまらない小物感)です。主役たちに魅力がないとかではなく、私が悪役好きなんです。
特にガシェットはもっと見たかったし、もっと無様に逝ってほしかった。
・今回は書評を書くのにかなり力不足、経験不足を感じました。
たかが個人の感想の延長線を載せているだけに過ぎないんですが、本当に色々考えさせられています(求められていないし、プロでもないのに)。
一番の気付きは「作者様とのコミュニケーションなしに書評をして意味はあるのだろうか」と言う、この企画の存続の意義すらも思案リストに上がりました。
作品を尊重するあまりに自分が傲慢な考えに至る危険性って、なんなんでしょう……。
兎にも角にも、私としては多くの学びがあった作品でした。
――――――――――――――――――
以上です。
長く書いてしまったが故に、同じような事を何度も言っているかもしれませんが、その部分はそれほど重要なのだと補完して頂ければ幸いです……。
最後に再び申し上げますが、素人の分析や評価なので……気に食わない所があったら「高田はわかってないな……」くらいに思って頂けると助かります。
油布 浩明様、素敵な作品をありがとうございました!
次の第回は、ビト様の「夢漏れの小径」を拝見させて頂きます。
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