第11回 「三界の魔術師」 / 油布 浩明 様 中編

続きです!


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2、各論



●宴


・開幕いきなり官能的な地の文で、これはこれで掴みになると思いました。インパクトはないですが、「何が始まるんだろう」と言う読者の興味は引けるように思います。


・中東世界だよ、と書かれていないのに中東世界と分かってしまう所が凄いですね。読者の中東に対するイメージを鋭く突いているのだと思います。素晴らしい。



>王公貴族が食べるような料理ばかりが次々に運ばれてくる。


 使い捨ての奴隷戦士とは言え、死ぬ者への選別は送るのですね。

 これが国王の決めた事であれば心変わりする前と言えど、やはり根はまともな王なのだなと思います。



>「こいつは、そういうやつなんだ。純情というのかな。ガキの頃から一緒にいるのに、俺もこいつが女と遊んでるところを見たことがない」


 少ししか出ていませんが、シャールは間違いなくいい奴です。最終話では「シンの笑顔が見たい為に酒を勧めたんじゃないか」とも言われていますし……。

 しかも子供のころから一緒だった友人なので、シンがシャールを見捨てた事に違和感が残りました。気絶させてでも、シャールに侮蔑、軽蔑されてでも何とか助けようとする気がします。

 作中では唯一、シンが助けられたのに助けなかったキャラになってしまいました。



>「うるさい。よけいなお世話だ」「好きに言ってろ」


 通読すると、こんなに砕けた口調で話すシンはです。つまり幼馴染のレベルなんです。それ故余計に無理にでも助けなかった事への不自然さと、見殺しにしてしまった事の葛藤の描写がほとんどないのは納得いきませんでした。

 それこそ最後の最後まで引きずって、ラスト付近のシャールの話題を話す所で回収するべきだと考えます。

 そうでなければシャールに名前を与えたり、ガキの頃から~の台詞は過剰な設定に映ります。

 さらに次のネクトの台詞、


>『あきらめろ。シャールは助けられない。シャールに信仰を捨てろというのは、死ねというのと同じだ。


 このネクトの台詞はごもっともなのですが、これ対して何の葛藤もないのが不自然です。「でも……」くらい言い返すはずですが、何も言わずに従ってしまうのはちょっと機械っぽさを感じました。


 シンにとってシャールは大して重要な人物ではないのかな?と言う解釈になってしまいます。友情がテーマのこの作品にしては薄情に映る危険性があります。

 このままではシャールはシンの人となりや現状を説明する、そして後々見捨てた事への葛藤要因の為だけに設置されたご都合的キャラになってしまうような……シャールが可哀想に見えます。



●妻


>「ずっと一緒にいるんだから。その、何に興味があるかとか、お互いの相性なんかも大事だろう」


 交わらない為の言い訳ではあるのですが本心っぽくもあるので、シンが女性だったらチューは結婚してから、とか言いだしそうな純情さですね。



>「それに私も、本当にシン様が好きになっていました」


 奴隷と言えどここはさすがに共感しにくいので、ストックホルム症候群に似た現象なのかな、と補完しました。お互いが一目ぼれするのはロマンチックですが、リリシャの場合かなり狂信的なので。



●白蛇


>「魔法使いの人はよく、髪の色が変わっていたり、肌に特別な印があると聞いたことがあります」


 伏線的ですが、しっかりとは出てきませんでしたね。意味深なので、伏線的に使えると良かった様に思います。



>親指と人差し指をいっぱいに伸ばしたくらいの大きさ。


 いいですね、この表現。

 そう言えばネクトはどれくらいの太さなんでしょう。髪に紛れても気づかないくらいなのでかなり細いのでしょうが、その辺りの説明も欲しい気がします。



>蛇には体温がない


 変温動物だから密着していた頭皮くらいには温まってそうですが、そう言う意味ではないのですかね(細かい)。



>あと二百年もすれば、わたしがいなくても世界最強の魔術師になれるだろう』


 一章最後にリリシャの口から出てきますが、それ故この時点で二百年に反応しないのはちょっと不自然な気もします。「二百年……?」的なリアクションがあると不自然さも消える気がします。



>その時、シンは確信した。リリシャは自分と同じだ。自分と同じように、信仰を偽って生きている。


 これが「どうしても連れて行きたくなる」と言う理由になるかは疑問です。説得力に欠ける気がしました。



・ここの最後はやはり、シャールの事を気にして終わって欲しかったですね。葛藤の少なさや切り替えの早さがサイコパスのような人格を思わせる気がします。



●赤子


 このシンの過去ですが、やるとしてもタイミングが明らかに間違っている気がします。読者は逃亡した二人が気になっているので、ここでこの話をされても「それより二人の物語の続き教えて」となる可能性が高いかもしれません。コマーシャルを挟んだ感じでテンポが悪いです。

 そして後の話を考えると別になくても物語に関係ない回なので、完全にここは蛇足に思えます。



●大使


>ネクトは十一時間活動すると、正確に十二時間眠る。


 ちゃんとした設定がないので何故その中途半端で微妙な制限時間なのかが気になりました。一時間毎にずらす為のご都合的設定に思えます。それならそもそも一日に数分間しか使えない、または回数制限の方が分かりやすいし、困難も作りやすいように思いました。



>「はい。殺されても話しません」


 ここ奴隷っぽさが抜けてなくて良いですね。

 数年前にめちゃくちゃ売れたインディーズの某奴隷エロゲーや私がちょっと前に言った「賭博師は祈らない」もヒロインは奴隷です。悲劇に遭っているせいか従順なせいか、奴隷ってヒロイン向きですよね。庇護欲が掻き立てられる。



>愛と美の女神だという。もう誰も信じていない捨てられた神だが、


 つまり平時の幻想である愛だの美を尊ぶ程世間に余裕がない事を示しています。総論では言いませんでしたが、日常が壊れる時は「予兆」があります。そう言う意味で、これはトルジャが攻めてくると言う暗喩かもしれません。



>「本当に来ましたね」ガシェットは驚いたようにいった。


 多分マイノリティでしょうけど、ガシェットは個人的にこの作品で二番目に好きなキャラです。また後で語りますが、あんな場所で殺すのは惜しいキャラクターです……!もっと利用価値がある男でしたよ!



>トルジャ帝国の秘密を狙っているスパイだと、ネクトはすぐに見破った。


 後のそこそこな衝撃展開にもなるので、ここであえて明記する必要はないと思いました。スパイってこいつか!みたいな感動もなくなってしまったので……。



>ヴェネト人は上手い商売の話があれば、親の葬式を放り出しても駆けつけるという話を知っているかね。


 ヴェニスの商人、って感じですね。あの作品でもユダヤ人があんまりよく扱われていませんが、正にイメージ上のユダヤ人って気がします。

 この辺は世界史をなぞっていて成程なぁって読んでいました(超余談ですが最近イスラエルは自国がユダヤ人の国だと認めたらしいですね)



>シンはシャールのことを思うと胸が痛んだ。友人を売ることになるが、トルジャ帝国を裏切ると決めた以上、避けては通れない。


 この作品を通読した後だと、やはりシンが彼の事を裏切るのは違和感があります。シンなら見捨てないだろう……と言う気持ちが強いです。



>魔法使いは、魔法を使うときの事故で跡形もなく消えてしまうことがある。逃亡の可能性がないと確信させることができれば、シャールやシンの上官たちはそう思ってくれるだろう。


 ちょっとこれはご都合的です。魔法を使う時の事故が今後出てくる訳でもないので、この逃げる理由を説明する為だけに出てきた設定に思えます。

 しかもそれで行くと魔法を使ったわけですから、シャール達は深夜に何故シンが魔法を使おうとしたかと疑問が残るはずです。さらにそんな事があるのなら戦争の超重要な役割の二人には三日間一切魔法を使わないよう命じる筈です。それを破った事への疑惑(逃げたんじゃないか?等)も起こると思いました。



>「上手いことをいって、半日くらい引き延ばすことは簡単でしょう」「できなくはないが。それで、君はどうする」


 大国(トルジャ)相手にさらっと凄いこと言ってる大使館恰好良い……。



●取引


>シンはシャールのことを自慢しているような、奇妙な気持ちになっていた。


 友人の凄さを讃えたい気持ちは分かりますが、見捨てて来たばかりなので、普通の感覚ならここは後ろめたく思う描写が必要です。シンはちょっと感情が欠落しているんじゃないかとさえ思えてしまいます。


>魔法戦士の養成所で一番の成績だったシンなら、


 ハメられたとはいえ、実力主義の帝国でそんな優秀な戦士を鉄砲玉にするのは合理的なタクマヌや上司である将軍が見逃さない気がします。めちゃくちゃ重要な作戦なので幹部が知っていてもおかしくはない思うのですが……シャールに壁を破壊させ、その後の特攻隊長なりに使うと思いました。

 そもそも計画を実行したと言う事は一人で壁を破壊できると見込んでいた訳なので、尚更二人用意していた事への疑問が湧きます。



>その他に正当な賃金として、年俸三百デュカード。そのうち前払いで五十デュカード。魔法の明かりが売れるようになったら、売価の二パーセントをいただきます


 錬金術出来るし別にお金要らなくない?と思いましたが、相手を信用させる為でもあるんですよね、これは。


 ちなみにここのシーンですが、上手くいきすぎなので交渉は善戦するが最終的に相手の方が一枚上手、一つ困難な条件を出される。と言う方がより面白いような気もします(途中でネクトが寝てしまうなどのハプニングを入れて)。



●魔術師


 これはこれでドラマティックで面白いのですが、物語としてはここは後の千夜一夜物語で概要として出てきますし、伏線でもないのでカットして良いように思います(逆に千夜一夜ではここでこの話を出すのであれば、千夜一夜が要らないと書いています)。

 ここもコマーシャル的に映る気がしました。


 と言うかネクトも気づかないしお父さん謀るしでこの弟子めちゃくちゃ優秀ですよね(だからこそ弟子に取ったのか……)。もし敵として出てきたら作中一の強敵なんじゃないかと思います。


 少し気になったのが別世界から別世界へ飛ばされる設定は両方の常識を知らないのでややこしいです。そもそもファンタジーなので、せめて遠い遠い噂程度に存在する島国等で十分な気もします。



●仲間


>「騎士団のシャリアンだ。


 出てきましたね、超重要キャラ。この時はシンの親友レベルになるとは夢にも思いませんでした(すぐ死ぬと思ってた)。2回目に見直すと「あ、魔術師だったっけ」と思うくらい腕っぷしが強いですね。そしてそれくらい魔術を使うイメージが薄い事に驚きました。


●ガレー船


>シンはこの日のために、ネクトと一緒に考えていた作戦を話し始めた。


 すでにこの辺りからネクトの出番はなくなり、思い出したかのように喋るだけの存在になっています。今後を考えるとネクトに人格が必要か疑問に思うくらいなので、一つのキャラクターとして扱ってあげて欲しいと思いました。


●約束


>大使ご自慢の娘、ノーラ様を妻としていただきたい。


 前話で「俺も妻を持ちたくなってきた」が伏線になってここで申し入れたのであれば、なんだか軽く見えてしまいますが、地位の確立と言う理由が大きいんですよね、きっと。

 竹を割ったような性格だし、野心家でもあるのがわかります。


●奇跡


>提督はデグラム。


 このキャラは後の物語に全く関わらないエキストラの役割なので、名前は無駄な情報になります。名前や性格はモブキャラのレベルから付ける方が無難です(文献より。物語には主役、モブ、エキストラと言う役割がある)。


>「約束だから話さない。話さないが、惜しいな」


 会って間もない人間に秘密を話してしまうのは正直迂闊に映りますが、ネクトがシャリアンなら大丈夫だと見抜いたんでしょうね。それで英雄役を任せた。

 でなければ殺すのが嫌でも、最悪シンならバレないように隠れながら殲滅させられると思いますし。


●カロン島


・水着回ですが、ここが総論で言ったシークエル(ジレンマ、決断)の部分になります。物語の主軸になる事や、主人公の内面の葛藤を描くところです。いちゃついている場合ではないのです。

 例えばここは大量に人を殺した事への罪の意識や、第三の魔法を使った事への不安などを描く方が良いと思われます。本来ここはそう言う事を見せるのが目的なので、それが描かれない場合丸々意味のない、カットすべき場面になります。

 最低限伏線くらいあればよかったのですが、どちらにせよ、シークエルは挟まなければなりません。散々悩ませた後にいちゃつかせましょう、その方がリリシャへの好感度が上がる説得力もつきます。


 ちなみに戦った後には何らかの成長や報酬、体の傷等、戦う前と後での変化が必要になります。そうでなければ戦闘の意味がほとんどなく、ただイベントが起こっただけで勿体ない結果となります。

 一応この海戦ではお金などの物理的な報酬、シャリアンと言う親友、奇跡が起こった事による物語的意味、などが存在します。そこは凄く良いのですがそれらは全てストーリーを進める為の変化で、キャラクターの内面の変化は何一つ描かれません。やはりどこか物語だけに焦点が当たっている気がします。



>「こんなのがとれました。きれいでしょう。シン様に差し上げます」 リリシャは弾んだ声で、シンに小さな貝殻を見せた。


 書き方的にも小さな貝殻と言うアイテム的にも、ここはかなりシンボル的に映るので、伏線に使うと良かったかもしれません。(リリシャとすれ違ったり、誘拐されたりした時にこれをカギにする等)

 物語に出てくるものはちょっとした小道具さえ意味のあるものでなければならないとされます(文献より)



>リリシャもすわり、シンにぴったりと体をつけた。


 描かれてはいませんが、シンは内心めちゃくちゃドキドキしてそう。



●家族


>「魔力は、魔術を使おうとする意思がないと生まれません。リリシャはずっと、そんなことは考えもしないで生きてきたんでしょう。魔力が感じられるようになったのは、あの海戦の後からです」


 さすがにちょっと都合が良すぎる気がします。序盤でこの情報が語られるならまだしも、もうそろそろ一章も半分くらいなのであまりよくありません。

 物語に出てくる全ての設定、物、キャラなどは全体の25%くらいまで出ている方が好ましいとされます(文献より)

 そしてこの設定は結局リリシャにしか適用されていないので、リリシャを魔術師にするためのご都合的設定に映ります。



>どうせ死んでしまう人間へのはなむけの言葉くらい


 はなむけ、とルビを振るのではなくあえて難しい漢字を使わない読者への配慮を感じました。これは主義の問題ですけど、私はこういうさりげない気遣いが凄く好きです。



●共和国


>僕は魔法使いとして訓練されましたが、


 今更なのですが、東方では魔法、西方では魔術と使い分ける設定は無駄に感じます、何よりややこしいです。タイトルに合わせて世界共通で魔術と統一した方が無難に思いました。



>トルジャ帝国からの逃亡もこれでようやく、区切りがついた形だった。


 と言う訳なので、一旦物語としての目的が失われます。この後結構長い間物語のゴールが示されないので、読者が迷子になる可能性があります。出来ればもう少し早めに主人公の次の目的が示されると良いと感じました。

 さらに、物語はドミノ倒しでなければならないとされます(文献より)。つまり前のシーンが次のシーンに繋がるきっかけでなければなりません。

 「トルジャを出た事」自体を途切れさせず、この事がラストまで引きずる問題が発生する事が望ましいと思います。一応二章のラスボスはトルジャ王国ですが、途中で魔法学校やブルゴー国を挟んでしまうのでブツ切り感が否めず、完全なドミノになっていないように思います。



・逃亡を終えるまでがちょっと上手く行きすぎで、予定調和な印象を受けます。せめて海戦でもう一悶着くらい欲しかったように感じます。




●魔術学校


・リリシャが先に入学しますが、少し違和感があります。一刻も早く役に立つ為、と言う事なのでしょうが、二カ月もシンの元を離れる決断をするのがリリシャっぽくないようにも思えます(細かいですが……)。


・ノーラは出て来たばっかりなのにもう血が通ったキャラクターになっていますね。等身大の女の子が描けていて、この回だけでもう感情移入完了しました。

 最初は感じが悪いですが、本来は勝気で面倒見の良い子が未来を愁いて八つ当たりしていたのでしょう。リリシャに甘えていた訳ですね。可愛い。



>シン様に買っていただいた服があるんですけど、


 そう言えば冒頭にせっかくだからと持っていった(パクった)えっちな服(?)は出てきませんでしたね。もう一回くらいそのリリシャを見たかった。と言っても、出す場面がないか……。



●襲撃


 フィーダルの人となりや強さを示す回でしたね、この辺りからようやく物語が動き出す気配が見えます。時系列を逆にしてもいいので、もう少し早くに欲しい所です。

 それまで日常回っぽかったので、このまま本当に学園編でも始まるのかと怯えて居たのですが、さすがにそんな事はありませんでしたね。


●死病


>その夜に襲撃がなかったのは、単なる幸運にすぎなかった。


 このあとすぐ追手が襲撃に来ますし、ちょっとご都合的です。二人とも意識を失うくらいネクトなら分かるはずなので、せめて魔術学校に着いてから処置する等の指示を出す気がします。

 そもそもフィーダルが病気である必要が見出せませんでした(元気になってお腹が空いている所は可愛いシーンなのですが)。治癒の魔術を見せる事が目的だとしても伏線にはなっていないですし、エピソードの蛇足感があります。

 そこでもう一つ言ってしまうと、すぐに追手が来るのであれば前の話と一緒にしてスマートにする方が無難かもしれません。

 フィーダルは至って健康で、最初の襲撃でボルドー人を出してしまえばすっきり一話で収まります。シンが体を張ってフィーダルを守り、大怪我をする(読者に治癒も見せられる)などすれば、友情が芽生えるくだりも出来ます。



●野望


>リーダー格のギュルムは、かなり使えるわ


 同じ指摘になりますが、このギュルムも存在しか出てこないので名前は要りません。「リーダー」で十分です。ただでさえ固有名詞の多いジャンルであるハイファンタジーなので、ややこしくなるだけの様な気がします。

 さらに彼の性格の説明、さらにノーラとの絡みがあった事を会話で示していますが、ここも必要のない情報に思えます。物語に関係のないエキストラに割く行数は物語の贅肉になるので、削った方が無難です。

 あのリーダーは伯爵の息子、と言う情報があれば物語に支障ありません。



>ノーラは自分でいいながら、顔を真っ赤にしていた。


 ツンデレは金髪ツインテールが定番のように、お嬢様キャラって何故かBLが好き、みたいな設定が多いように思います。あれ何ででしょうね、ギャップ萌えか……?



●密偵


>その横腹にガシェットの靴がめりこむ。彼女は苦しそうな息を漏らすと、口から何かを吐いた。細かく震えながら、痛みに耐えている。


 恐らくこれが原因で流産してしまうのですね。かなり胸糞悪い場面ですが、ガシェット自体はやはり好みです。正直主人公より血の通った人間に見えます、嫉妬に狂う小物っぽいとことか。

 この奴隷は一応後々に出てきますが、実はいなくても物語は成立してしまうので、必要のないキャラクターかもしれません。ガシェットのクズっぷりを見せるのであればここは娼婦でもいいので。


>「私の名前はフィーダルだ。


 ちょっと細かいですが、名乗るのは不自然かなと思います。憎しみを持って殺したいと思っている相手に礼儀を見せるのも変ですし、名前すら教えたくないと思うはずです。

 会話の感じと描写でフィ-ダルと知らせる方が良いように思います。



>ああ、もうあの女を殴らなくていい。死ぬまでの短い間にガシェットは思った。自分の奴隷女のことを考え、彼はなぜか、ほっとしたような気分になっていた。


 ここが中々深いんですよね。命乞いしていたのに、最期は死にたくないとかではなくもう嫉妬に心をすり減らさなくて済む事に安堵を覚えて逝く訳です。妙な潔さが彼にはあります。

 この辺りがただのつまらない悪役じゃないと言うか、ちょっと普通じゃない、惹かれる死に方をするので素敵なのです。私が彼を好きになった瞬間でした。


 ただしここでガシェットを殺してしまうのは非常に勿体ないと思いました。この作品には物語を引っ掻き回すキャラクター(不安要素)が居ないので、いまいち驚きに欠けます。

 例えばこういう小物キャラがみっともなく生き延びた時にそれが物語の不安要素になって、彼がちゃんと死ぬまで終始緊張感を与えます。

 そう言うキャラでよくあるパターンとしては二種類あります。悪運がないタイプと強いタイプです。

 悪運がないタイプはこのまま逃げまとい行方を眩ませ、最後でまさかの戦況がひっくり返るような奇策を仕掛けてくる。そうやって主人公に嫌がらせをするが、最期はあっけなく無様に死ぬ(どこからか飛んできた矢に刺さるとか、自分が用意した罠にはまるとか)。

 悪運が強いタイプは、なんだかんだ成り上がって厄介な敵として出てくる。

 つまり粘着系の敵ですね。この役割のキャラがいると非常にうざったいですが、物語に彩りを与えます。

 (個人的には一章のラストがあっけなく終わってしまい困難が薄いので、ブルゴーに行く主人公にとって何か仕掛けてくるのがタイミング的にも良いかなと思いました)



●逃亡者


>ニーナはノーラより一つ年下の生徒だった。金髪のかわいらしい少女だが、少し口が軽い。


 ここも前と同じ指摘になります。ニーナは今後話に関わらないので、外見も、恋愛事情も必要ありません。荷造りを知らせる為だけに出てきたご都合的キャラクターに映ります。

 出来れば、もう少し上手く聞き出せるような展開を練る方が良い気がします。



・一章ではもうこの辺りで起承転結の転、序破急の急に当たるので、クライマックスまで止められない様なアッと驚く超展開が起こらなくてはならないのですが、そう言う場面はありませんでした。この後の話でもその展開はないので、盛り上がりが薄いように思います。

 未だに明確な物語のゴールも示されていないので「ブルゴーが攻めてくるんだなぁ」くらいの極々微妙な緊張感しかないのも勿体ないと思います。



●女芸人


>「神様を疑ったら罰を受けるのに……」


 リリシャの台詞ですが、どこかシンの事を彼自身言うより神様として見ているような台詞です。何となく対等ではない雰囲気を感じます。リリシャにとっては同じでしょうが、シンにとっては眉を顰める様な台詞に思います。

 事実、次の台詞はシンが珍しく感情的です。


>「僕は神様じゃない。でも、リリシャに罰を与える神様がいたら許さない。天国でも地獄にでも行って、なぐりつけてやる」


 私が仮説的にであげた内面の葛藤である、「力の強いもう一人の自分(つまり神様)」に言っているような気がしました。

 この価値観の世界で、罰を与える神様がいたら許さないと躊躇なく言えるのは間違いなくシンだけでしょう。




後編に続きます!

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