第21回 春を照らすカクテル光線 / 佐倉伸哉様

※企画内容にもあるようにこれは「分析→評価」の結果であり、決して作品を否定している訳ではないのでご了承ください。


「春を照らすカクテル光線」   佐倉伸哉様

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886884444


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1、物語の総論


●ターゲット


「スポーツもの、高校野球が好きな人」


 これ以上ないくらいストレートですね、野球だけに(やかましい)。

 高田は野球のルールはにわかレベル、読みとか駆け引きはほとんどわからん一般ピーポーですが、スポ魂はめちゃくちゃ好きなのでわくわくしながら読了しました。

 鉄板と言うか、まず間違いなく野球好きは釣れるのでそう言う意味でめちゃくちゃ強いジャンルですね。いっぱいいますし、野球好き。


 話は変わってプロアマの作品問わずそこそこ小説を読んで来た自負がある高田ですが、実はこの作品はあまり出逢った事のないタイプの小説でした。

 展開は王道をなぞっていてハラハラする展開があるにも関わらず何故かその雰囲気を保ったまま最後まで淡々と進む、風船をギリギリまで膨らませて爆発寸前の状態をじっと眺めている感覚……。

 何故そうなるかと言うとちゃんと理由があります。分析の上、このあとの総論や各論でちょくちょく触れていきます。


 めちゃくちゃ勿体ないなと思うのは作品の中で「試合」しか描かれていない所です(重要!)。

 つまりほぼアクション部分しか本編にないので、キャラクターを掘り下げる暇がなかったように思います(シークエルがない)。

 試合以外の人間模様(舞台裏)を同じくらいか、試合部分より多く出来ると精密に練られた試合がより楽しめる話だと考えます。これらをちょっと付け足すだけでも大分PV数は伸びると断言します。

 ですが一応これは趣味の問題ですので……野球の試合を見せたいか、野球を通した人間ドラマを魅せたいかの違いかもしれません。



●簡単な要約(ログライン)


「強豪校と対決する事になり絶望的な弱小野球部、そこの平凡なピッチャーの主人公は試合中ピンチに陥るが、好機が訪れ仲間と共に熱く燃え上がり、ギリギリで逆転して行く。主人公が野球を通して自分の内面を見つめ直していく物語」



 一応続き物っぽかったので「サインは、スローカーブ」の方から読ませていただきました。その上でまとめさせていただきましたが、ちょっとだけドラマチックに飛躍と言うか……飾った要約です。

 ですが舞台裏が描かれていた場合間違いなくこんな感じに表現され、かなりの盛り上がりを見せると思います。自分でまとめておいてなんですが、こうして見るとあらすじだけでワクワクします。



●テーマ(命題、コンセプト)


「夢」


 ですかね、直観的に。眩しいくらい直球です、野球だけに(しつこい)。

 岡野と新藤をさらに掘り下げられればバッテリーですしバディものっぽい雰囲気が出せて「夢」を掘り下げられた気もします。とは言えこれは高田の勝手の深読みなので気にしないで下さい。



●主人公について


・中々居そうで居ないタイプの主人公だと思いました。スポーツ物の主人公っぽくない所がそうです(良い例で言うとあだち充感がある)。部活物で甲子園めざすのに、冷めていると言うか、結構クール。そして平凡な少年。

 でもこの「何処にでも居そうな感じ」がめちゃくちゃいいんすよ……。ちょっと引いて物事を見ていて、野球はまぁ好きだし何となく続けている。そんな少年がライバル(新藤)と関わる事で、試合に打ち込んでいく事で力強く「勝ちたい!」と願う様になっていく展開。激熱じゃないですか。私含めほとんどの成長物語好きが大好物な設定ですよ。

 今回は残念ながら試合部分だけでしたが、この辺を盛り込んで行けば完璧な野球物語の完成です。


・どんな物語のどんなキャラクターにも物語を動かす為の欠落(欲しいもの)、逃避(加害)、渇望、願望等があります。さらにそれは外面と内面に分かれます(内面はあったりなかったりします)。

 と言う前置きのあとで、岡野の場合


 外面→楽しく野球が出来ればいい(後に勝ちたい、となる)

 内面→平凡からの脱却(私の深読み)


 キャラクターについてはあまり描写がなかったのですが、それでもここまで読み取れる濃さがありました。

 外面はスポーツものなのでわかりやすく、試合に勝ちたいと言う誰もが共感できる感情です。


 内面の欲求は大変興味深いですね。できればここが野球を通してもっと語られるとかなり完成度が高まると考えます。

 特にこの内面の見せ方が巧いんですよ。天才肌の新藤をバッテリーとして近くに置く事により対比でそれを表現しています(自分は平凡で近くに自分より出来る奴がいる、と言うのは定石の面白い関係です)。

 つまり凡人vs天才。でも仲間なのでバディだし、でも信頼もしているし、恐らく岡野本人は気づいていないけど嫉妬も憧れもある、めちゃくちゃ巧妙な葛藤を語らずとも魅せる事が出来ます。

 何よりもここで岡野がちょっと冷めている言う設定が抜群に活きてくる。クールだからこそ、その片鱗が見える程度で十分読者に伝わるグっとくる演出になるんですね(本作では試合に重きが置かれているので片鱗が少なすぎた感じはある)。


・ちなみに外面の根拠が内面に起因するものだと説得力が増します。この考察での岡野の場合は平凡な自分が嫌だから、野球で一旗揚げたい。でも才能がないから自分を守るためにちょっと引いてみている……と言うジレンマなどが定石でしょうか。

 こうすると勝ちたい!と後々なっても予定調和的に映りません。めっちゃ応援したくなる。

 と、そこまで内面を掘り下げる場合は、そうなるに至った主人公の現在に影響を与えた過去を作ってあげて、読者に逸話で知らせたりすると良いと思います(これは一例)。


・決め球がスローカーブと言う選択は正解だと思います。剛速球でも魔球でもない、主人公の性格にマッチした球種。この作品のコンセプトともなる重要な設定だと考えます。



・最後にはキャラクターの求めるものの達成/不達成が物語で語られます。


 外面についてはは達成されましたね。心から野球を楽しめるようになったし、作品のメインである東雲には勝ちました。

 内面は正確には描かれていませんが、概ね達成、でも完璧には……と言った所でしょうか。変われた自分と変われなくても良いんだと言う自分が混在しているような印象。そう言う意味でこの作品はまだまだ続編が書ける濃さを秘めているのだと思います。設定的に続けようと思えば続けられるのも強い所。



●物語の構造


・駆け足になってしまい中編では面白さが伝えきれていないので、間違いなく長編にした方が作品が活かせると考えます。むしろなんで中編なんですか!?勿体ない!

 十巻で終わる漫画を一巻にまとめた感じといいますか……そのため全体的にダイジェストみたくなっていて新聞で試合結果を読んでいる印象を受けました。字と字の間に埋め込まれている人間ドラマは絶対に面白いので、それが見たかったです。今からでも書いて欲しい。


 そしてそうなってしまった理由は、作者様はめっちゃ地の文が巧いんすよ……。違和感なく、誤字脱字もなく、スラスラ読み進められる。

 ですがそれ故に。さらにさらに、恐らく作者様はかなり面倒見が良い性格で後輩や部下から慕われている気がします(何その評価)。

 と言うのは、物語を作る人は世界(舞台)を作り、プロットを練り、キャラを生んでそこへ放り込み、敵を与えて我が子を見守るのが仕事です。何が言いたいかと言うと、物語を動かしていくのは基本的にはキャラクターと言う訳です。

 ですが、面倒見の良い作者様は我が子たちを地の文(神の視点)で導き、それ故キャラが人形のように動いてしまい血の通った感じが浮き彫りにならない……と言う印象を全体的に受けます(血の通っている部分もあります)。


 これに対しての対策は客観的には分かりませんが、個人的にはガチガチに固めたプロットの中でキャラに予想通りの言動をさせるのではなく、キャラに勝手に動いてもらう事を意識するとよいのかなと思います。展開に余裕を持たせるイメージです(抽象的ですいません……)。

 勘違いして欲しくないのは作者様は確固たる実力が間違いなくあります。めっちゃ戦闘センスがあるのに剣を持っていない剣士ってイメージです。剣を持ったら最前線で戦えると断言します。



・ディティールが素晴らしいです。

 一応切り札はあるが平凡な主人公や、弱小な部が甲子園を目指すと言う王道も踏襲していて凄く面白い、何よりわかりやすい!(重要)。

 なのでさらに定石を加えるとより面白くなると思います。

 例えばせっかくの団体競技のスポーツなので部員全員が問題児、顧問はクソ野郎だけど名監督、OBが昔事件を起こしていてPTAや学校全体から野球部はよく思われていない、試合直前でエースが怪我をする……などなど、王道を研究してこれらを詰め込むのもエレガントですね。

 中編じゃ勿体ないと言ったのもこの辺が理由です、文字数の関係で主に試合しか読者に見せられていなかったので。


 余談ですがさらに頭一つ抜けるならこれに加えて作者様特有のオリジナリティを付け加える事が必要です。主人公の決め球がスローカーブって言うのは他にない魅力なので、それはオリジナリティの一つになっていると思います。

 ここは個人的に凄く推して行きたいポイント(野球ものって大体主人公ピッチャーで剛速球や決め球が物凄いので、スローカーブは作品として凄く個性がある)。



・ちゃんと主人公(及びチーム)が上手くいかない展開になっている。

 物語は主人公に欲しいものがあり、それが最後まで手に入らない展開が続きます。

 二回まで「お、いけるか?」と思わせつつ相手ピッチャーが手を抜いていた事実が判明、味方側の攻撃は壊滅的、ピンチも用意されている。

 などなど、勝てそうと思わせつつ「やっぱり勝てないのか!?」と読者に思わせる上手い展開です。

 それを通して、終盤に主人公の変化もちゃんとあります。野球を楽しめればいい、と言う少しクールな価値観から「絶対に一点もやらない」と激熱な成長。主人公は困難を乗り越えるだけではだめなので、この辺の定石構造もクリアです。ですが百点ではないので細かい事は各論で語ります。



・読む前からスポ魂ものと予想されるので、キャラクター小説として評価しました。そう言う意味で冒頭からちょっと不味い展開と言えるかもしれません。

 なにが不味いかと言うと「キャラクターが登場しない」と言う事です。

 勿論読者の全ての人がとは言いませんが、ほとんどの人が見たいのはドラマ、つまり登場するキャラクターに一番関心を持ちます。それを紹介する前に世界観(舞台)を地の文だけで説明しようとすると読者は新聞や論文、設定資料集を読まされている気分になり離れて行ってしまいます。


 何が言いたいかと言うとキャラがいないのに冒頭から読者の心を掴むのはかなり難しいと言う事です。

 なので、まずは何よりも読者の興味を引く「キャラクター」(一般的なら主人公)を出すことが最優先(個性的なら尚良い)。紹介の仕方としてはそのキャラの欠落を知らせ、これからそれを獲得しようとする事を読者に知らせる始まりが定石です(他に衝撃的な掴みがあるなら別)。

 この作品ではキャラの代わりに地の文が説明してしまっているので、キャラクターの回想や悔しい思いをつづるような感じで過去の試合結果を紹介すると百八十度魅せ方が変わります。

(例えば映像作品で想像してください。始まっていきなりナレーションが舞台設定をずっと語り続ける映画と、ナレーションではなくとあるキャラクターが悩みながら部活の現状をそれとなく視聴者に知らせる……どちらが「見続けよう」と思うかは明確です)。


 と言う訳でまずはキャラクターを出す(出来ればそのキャラの葛藤を知らせる)、それを終えてからようやく舞台設定の紹介に入る事をお薦めします。

 とは言えそこでも一気にやってはNGで、ストーリーを進めながら伝えなくてはいけません。とにかく徹底して「説明」は避ける方が無難です。何故なら説明は退屈に直結してしまうので……。

 読者はとにかく我儘野郎なので少しでも退屈だと「もういいや、別の読もう」と言うシビアな結果になってしまいます(WEBは無料なので特に)。


・似た話題なのでちょっと一つ。

 これは完全なるおせっかいですが……物語は「語るな、魅せろ」を意識すると良いとされます。

 それをやる技術として例えば皮肉屋なキャラクターを紹介したい時は、


〇彼は皮肉屋である。何故なら〇〇だからだ。


と地の文で説明してしまうのではなく、


〇彼は遅刻した相手に「随分早い到着だな」と言った。


 と言うような紹介の方が技術的にも、感情的にも、スマートに読者へ皮肉屋の印象を与えられます(厳密には演劇や映画の脚本技術なので「魅せろ」とはちょっと違いますが……)。


 同じような例ですが、キャラに感情移入させるのも同じ技術が使えて「彼は〇〇と言うつらい目に遭っていた」と地の文で説明してしまうのではなく、そのキャラが悔しい思いをしている所を描写し「逸話」で紹介しましょう。その方が物語に入り込めます。



・起承転結や三幕構成。


 冒頭でもチラっと書きましたが、ハラハラする展開はあるのに全体的に何となく盛り上がりに欠ける印象があります。

 その理由は、物語には盛り上がる「山」みたいなものがいくつかあるのですが、それがわかりやすく配置されていなかった事だと判断します。

 簡単に言うと物語全体の25%、50%、75%、終わり付近のクライマックスで山があると理想的です。山と言っても抽象度が高いので、具体的には読者が「このあとどうなっちゃうの?」と期待や不安を煽るような事件が起こると素晴らしいです。

 更に、これら事件は全て最初に起きた事と関連している必要があります。理由は物語の展開は全てドミノ倒しになっている必要があるから、とされます。ここはプロットで一番頭を捻る部分かもしれません。



・物語は最初にゴールを決めて(この作品の場合、甲子園に出る事)、その後はゴールに全て関係ある物しか出してはならないとされます。

 なのでちょっと残酷ですが、例えば第一、第二試合は物語に関わらないので全部カット……となります。どうしても入れたいのであれば、さらに短くダイジェストっぽい見せ方にして数行で終わらせる方が無難。

 伏線があるなら別ですが、主人公の出ない試合、そして他に気になるキャラクターがいない試合に読者が興味を持つかと言うと……持たない確率の方が高いと考えます。飛ばしちゃっても読者はそんなに気にしないと考えます。



・他に気になるキャラクター、と今書いたのは長編にした方がいい事の理由の一つでもあるのですが、相手側のキャラクターを掘り下げる展開があるとより物語の完成度が上がると断言します。

 スポーツ物で主人公側と相手側に感情移入させて「どちらにも勝って欲しい!」と思わせるのも定石展開ですね。中編とは言え岡野と新藤のみに重きが置かれているので、ここも勿体ないポイントでした。



・物語は「行って、帰る」が基本にあります。主人公のいる「日常(失われる運命)」の場所があり、非日常(物語の舞台)があって、そこでどう振る舞い、最終的に日常に帰ってきてどう変わるのかが描かれます。

 目的を達成する為に何が失われたかも書けると読者の読後感も良いです(物語は失った物の大きさで得た物の大きさを表現しようとする)。


 岡野の場合は非日常が野球の試合に当たります。そこで彼はいつも通り振る舞いつつ、試合の流れの中で確実に変わり、日常(試合終了)へと返って行きました。流れとしてはばっちりです。


 戦った後には何らかの成長や報酬、体の傷等がありますがスポーツ物らしい「勝利」が手に入りました。その他、価値観の変化も報酬に当たります。

 ここで惜しいのは何を失ったかと言う事が強く訴えられていない事でしょうか(テーマともかかわって来るところなのでそこそこ重要)。月並みですが古い自分の価値観を失った、と言う結果ですね。




総論は以上です!



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2、各論


●01 北信越予選


 総論で少し触れましたが「掴み」がないのはちょっと不利です。掴みがない物語もたくさんありますが、あって困る事はまずありませんので採用しないメリットはないと考えます。

 このあとどうなるんだろう、と言う読者の好奇心に訴えかける「衝撃的な」始まりの方が読み続けてもらえる確立が段違いに上がります。

 この作品ではまず高校の説明、次に過去の説明、そして試合のダイジェストを説明……と見事に説明だけで構成されていました。重複しますがこれでは読者の心を掴む要素が残念ながらありません。


この回では

>岡野の踏ん張りでどうにか持ち堪えていた泉野高だったが、攻撃の糸口さえ掴めず苦しい展開だった。

>一点に泣く形で泉野高は初戦で姿を消した。

>初戦敗退の泉野高はセンバツ出場がほぼ絶望的な状況だが、ナイン達は落ち込むことなく夏を見据えて動き出していた―――


 このようにドラマに出来る部分がわんさかあるので、掴みの例としては岡野が野球で大ピンチになっているシーンをいきなり見せ、そして負ける。

 で、他のメンバーが超悔しがる中、岡野だけが少し冷めた目線でメンバーを眺めていた……みたいな始まりをするとこのあとどう這い上がるのか気になる&主人公が悔しがっていない謎で好奇心を煽る事が出来ます(あくまで掴みの一例です)。

 で、その後に物語に関係する部分の説明を軽く入れる感じですね。もしかしたら高校の説明などは全部カットしてよい部分かもしれません。


 余談ですが、掴みは読者の理解できる範囲の謎が適当です。一番やってはいけない掴みは「何が起きているの?」や「だから何?」と思わせてしまう謎です。これをやるくらいならやらない方が良いと考えます。



●02 泉野高グラウンド


>合理性が見出せないことに関してとことん消極的な姿勢を見せる。熱血や根性といった体育会系の特徴とは一線を画している。


 岡野の性格ですが、最後の変化を考えた伏線的紹介です。序盤に見せておくことで対比効果も増すので配置場所は良いですね。



●03 組み合わせ抽選会


>時は進んで、三月十六日。


 この間に舞台裏で岡野達のキャラを掘り下げる期間が設けられます。と言うより、絶対にやった方がいいと考えます。余裕があれば別のナインたちの紹介、欠落、それぞれの関係などを知らせるのもありです(ちなみに関係が拗れる程面白くなります)。

 そんな感じでキャラに血を通わせてやり、主人公陣に感情移入させておかないと試合のピンチシーンで読者はいまいち盛り上がる事が出来ません。これには感情的に納得出来る理由があります。

 ちょっと雑な例ですが、遠くの国の知らない子供が紛争で死んだニュースを聞くのと、よく遊んでいた親戚の子供が交通事故で死んだことを知るのではショックの度合いが違います。残念な事ですが人は感情移入できない人物が酷い目に遭っても割と「ふーん、かわいそう」くらいで終わってしまう方が大多数です。

 物語でもそれが適応されるので存在が配置されただけのキャラクターより、感情移入しているキャラクター達がピンチになる方が何倍も面白いストーリーになる事はご理解いただけると思います。



●05 開会式 ~ 練習


 同じような指摘になってしまいますが、ここまでに東雲サイドの話を挟めると良いですね。それもライバルなので、主人公側とは正反対のキャラクター達で彩られると定石をなぞっていて尚良いです。


 さらに開会式で出会う事になるので東雲ナインと泉野ナインで一悶着あると面白いです(東雲がどんなやつらか知らせておくとここが伏線回収になる)。喧嘩になって出場停止寸前まで行くとかあるとハラハラ感があってもっと良いかも。



>本人もプロ野球選手になる夢を叶えるべく野球の強い高校へ進学したかったが、両親の強い反対を受けて泉野高を選んだ経緯がある。


 新藤の話ですが、これもめっちゃ熱量のある設定なんですよ……むしろ新藤が主人公でもいいくらいの葛藤を抱えている訳です。私はこの一文だけで一気に新藤が好きになりました。

 重複しますがこの事を試合前までに掘り下げておけるとこの東雲戦がより際立つ事になります。欲を言えば泉野ナイン全員にこういう負けられない理由が語られているといいですね。書籍化間違いない。



●06 大会四日目 第一試合・第二試合


 総論で言った通り、伏線もなく、知っているキャラも出ず、物語の主軸に関係ないのでここは全部カット、もしくは結果のハイライトだけで良いかなと判断します。ここを挟むのであれば「早く東雲戦を見たい!」と言う気持ちが読者にはあると予想します。



>仙台才英、熊本実業


 仙台育英、早稲田実業、熊本工業……かな?あまり詳しくないのであれですが、思わずニヤリとする名前でした。

 そういえば石川県に七尾東雲と言う高校があるみたいですが、大阪東雲はそこがモチーフなのだろうか。



●07 第三試合 試合直前


>やってやろうじゃないか、史上最大の大番狂わせを。


 そうです!それが見たいがために読み続けてきました。やはり人間ドラマをもっと挟んでほしいと言う欲求が泉のように湧き出てきます。泉野だけに。



>諦めなければ勝機は必ずある


 ここはちょっとメッセージ性があるので、テーマっぽいなとも思いました。弱者が強者を倒すお話なので。



●08 第三試合 一回表


・この回からラストまで本格的な試合が展開して行きます。野球の試合の見方や選手の心理を巧みに駆使して展開されて行く様が非常に巧み。作者様に野球の試合を書かせたら恐らく天下一品だと思います。


 ただしここで相手選手の凄さを再び「説明」してしまうので、いまいち説得力に欠ける気がします。試合前に東雲サイドを見せておけば、読者は「あいつと岡野が戦うのか……!」みたいな楽しみ方ができるのでそちらを採用した方が良いかもしれません。



>「しゃーないしゃーない! 切り替え、切り替え!」

>ショートから励ます声が掛かり、岡野は我に返った。


 再び重複しますが、これも泉野ナインのキャラを立てておくとこの何気ない台詞がぐっとくる演出になったりします。

 例えばこのショートのキャラと岡野は最初険悪だったとします。練習試合で同じシーンがありそこでは岡野はショートに罵倒される。でもその後舞台裏で腹を割ってぶつかりあい和解、今回の同じシーンではこんな声掛けをされる。みたいな感じです(妄想が半端ない)。



>改めて木村の実力を見せつけられた気分だ。

>表現するなら、“怪物”。


 ここは同じ指摘です。木村のキャラを掘り下げ凄さを序盤で見せつけておくと、ここでの強敵感が際立ちます。最後に戦う重要なキャラでもあるので。

 読者へ焦燥感と不安と期待と言う最高のエンタメを届けられます。



●09 第三試合  一回裏


 ここで相手の実力を思い知ることになります。これで勝てるのか……?と言うシーンを知らせるのがここでの目的ですね。

 物語中盤付近で何かしらの衝撃的な事件が欲しい所ですが、目的を達成する為の壁になっているのでこれはこれで良いのかもしれません。



●10 第三試合 二回表


>苦手としていた左打者対策に習得した新球種、それは―――スライダー!


 少し前に伏線がありましたがこれも血の滲むような練習風景があるとグっとくる演出になります。ですがそれを差し置いてもまさかの、と言う展開でニヤリとしました。


>一巡目は様子を探っている部分もあるから、本当の勝負は二巡目に入ってからだ。


 恐らくリアルでもそうなのでしょうが、野球物によくある展開ですね。一巡目は上手く言ったが、二巡目以降から相手の目が慣れて撃たれてしまう……ここまでが上手く行き過ぎてしまった分、不安を余計に煽る事に成功しています。



●11 第三試合 二回裏


 と言う訳で10回の最後の台詞がフラグとなり、いきなりピンチに立たされる泉野ナイン。しかも

>「相手は、俺以外のバッターに手を抜いている」

>即ち『新藤以外は全力を出さなくても大丈夫』と言われたも同然だ。


 ただ不味い状況と言うだけではなく、この屈辱的な感じが効果的です。絶対に勝ってやる、と言う気持ちに説得力が増します。


●13 第三試合 五回表(前)


 ここは文句なしの神回!野球にわかですが、物語としてのピッチャーの葛藤と野球の奥深さを感じるにはこの回を読めばほとんど伝わるかもしれない。それくらい計算され、練られていました。

 満塁を取られてしまうと言うのも凄く良いシーンです。文字数的にも「転」くらいの位置なのでばっちり。



●14 第三試合 五回表(後)


・ここも少し前と同じ指摘です。監督のキャラを掘り下げておければ、ここでの登場にかなり意味を持ちます。

 構造上少し細かい事を言うと、物語に出てくる全ての情報は全体の四分の一までに出す必要があるとされます(キャラ、設定、小道具、その他諸々全てです)。監督はこれまでにでていなかったのでぽっと出感が否めず、予定調和的な展開に映ってしまうのでここは注意です。

 序盤に軽く岡野と会話させ、やる気のない大人みたいな印象を植え付けるだけでも十分だと考えます。


 ピンチを乗り越える超重要な役割を担っているので、他のナインよりも監督をまず掘り下げる方が先かもしれない。



>監督の横で話を聞いているのは、控えメンバーの柳井だ。


 ここから8行に渡って柳井と言うキャラの「説明」が入ります。これも試合前に逸話として見せておいた方が良い部分ですね。しかもこのキャラもまた熱いジレンマを抱えているので語らせないのはめちゃくちゃ勿体ない!



●15 第三試合 六回裏(前)


>そんなことを考えていると、不意に岡野の中で反骨心がふつふつと湧き上がってきた。


 エースで4番に憧れる平凡な主人公vs主人公の欲しいものを持っている敵

 と言う王道の面白い戦いです。所謂ラスボス的な立ち位置に居るので、新藤、監督の次くらいにこの長瀬を掘り下げておくことをお薦めします(例えば長瀬も新藤とはまた違った天才なりの葛藤を抱えているとエクセレント)。



・後半は再びハラハラする楽しい流れです。見る人を楽しませる技術に「制限時間を設ける」と言うもの多用されるのですが、まさにここの「間に合うのか!?」と言うのがそれですね。ハプニングと相俟って非常に面白い。



●16 第三試合 六回裏(後)


 ・どうやって勝つのか?と言う疑問を持ったまま物語終盤。一貫した謎を持たせ続けられるのは良いプロットだと思いました。



>ここまで付け入る隙が全く無かった大阪東雲だったが、ここに来て異変が起きている。あまりに都合の良い展開に、狐につままれるような気分だった。


 ここで若干のご都合展開感は否めませんが、無視できるレベルです。欲を言えば、長瀬を何処かで紹介するとしてその時に彼はメンタルが弱いのかもしれない、みたいな伏線を張っておくとスマートに展開が入ってくるのかなと感じました。



>「―――デッドボール!!」

>ざわつきが収まらない中で、主審がデッドボールを宣告した。その判定に岡野は当初「何故?」と疑問を抱いたが、



 少し細かい提案ですが、ちょっと上手く行き過ぎてきたのでここは完全にデッドボールにして好機が再びピンチに……!と言う展開でも良かった気がしました。



>次のバッターは、四番の新藤。


 野球もので満塁の時に(または確実に点を取りたい時に)四番、もしくはチームで一番打てるキャラが来る展開はよくありますが、これほんと凄いなといつも思います。打線を逆算しつつプロット組むんでしょうか……尊敬すらする。

 話は変わって、ホームランを打つ前のお膳立てが些か足りません。

 この大一番の中新藤なので出来ればバッターボックスで彼が自身の葛藤について振り返ったりする必要あると思います。せっかく彼は親に反対されていると言う物語的に映える悩みがあるので、例えば「負ければ野球を止めさせられる」とか、後戻りできない設定を加えて新藤に困難を与えて挙げましょう。

 するとホームランを打つ前の緊張感や、打った時の読者のカタルシスがぐぐぐっと高まります。



>「―――ナイスホームラン」

>悩みに悩んで口に出した言葉は、ありきたりな一言だった。

>「……君の為に、打った」


 なにこれエッモ!!(うるさい)

 ここは作品の中で一番胸熱なシーンだと個人的に思います。もっともっと掘り下げるべき場面です。

 二人に何かしらの確執を作ってあげて、その確執と新藤の葛藤とチームの危機を一気にホームランで回収!そしてその事で主人公に火が付き冷めていた自分を脱却する価値観の変動が起こる……と言う流れがあると超エレガントです。映画化決定。



 余談ですが新藤の凱旋中に岡野を指差す場面があっても面白いですね(誰かのために打った時にその人に対してバッターがやったりするとか聞いたことあるので)。



●17 第三試合 九回表


 ここも文句なしの野球の試合!って感じの書かれ方でした。物語の構造上の欲を一つ言うならば、長さ的にもう一波乱あった方が良いと考えます。

 最後に主人公の葛藤の解決が待っていますが、新藤の時の衝撃が強く、困難が弱く映りました。

 ただ、最後に木村と戦わせたのは凄く良かったです。価値観が変わる前と変わった後の対比を上手く利用できていました。これは本当にエクセレント。



●18、19、20


 構造上のお約束として、クライマックスが終わったら出来るだけ早く幕引きするのが美しいとされます。

 理由はクライマックスが終わった時点で物語の伝えたい事や最大の盛り上がりが終了するので、その後は伏線回収等がない限り全て蛇足となってしまうからです。

 さらに少し前に書きましたが物語の主軸やゴールに関係ない事も全て贅肉と判断されます。


 以上を踏まえると、インタビュー、二回戦、監督の離任、岡野と新藤のまとめと続きますが、その中で必要なのは岡野と新藤のまとめのみ……となります。

 東雲戦に勝利した後、二人が(場合によってはナインが)これからの事などを極短く語って終わる、と言うのが理想でしょうか。


>「これからも変わらず、よろしくな」


 具体例としてはこの辺は入れた方が良いですね。

 すると東雲戦後の清々しい読後感のまま終わり、作品の完成度も上がる事になると考えます。




各論は以上です!



――――――――――――――



3、作品の強み(弱み)や個性だと思う所(主観多め)、及び雑談。


・野球小説の書き手って意外と少ないので作者様には是非書き続けて欲しいんですよね……。と言うかそもそもスポ魂小説自体が少ない(動きが伝えにくいから?)ので、そう言う意味で必ず書き手の需要があります。これはかなりの強みです。

 なので好きな物をこれからも突き詰めて行ってほしいです。特に野球を全く知らない人に対し、思ってるよりかなりかなりかな~り奥深いスポーツなんだぞ、と言う事を知らしめてほしい。


・総論、各論で言ってきたとおり基本的に底力と言うか、ポテンシャルをめちゃくちゃ秘めている作品です。今よりもいくらでも面白く出来る物語でした。今回私が指摘したところを意識するだけでも大分様変わりしてPV数が増える事をお約束します。



―――――――――――――――――



 以上です!


 最後に再び申し上げますが、気に食わない所があったら「高田はわかってないな……」くらいに思って頂けると助かります。もしくはコメントにてご指摘下さい。



佐倉伸哉様、素敵な作品をありがとうございました!



 次の第二十二回は、流飴 様の「プリムスの伝承歌-宝石と絆の戦記-」を拝見させて頂きます。

 

 

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