第24回 Evil Revenger 復讐の女魔導士 ─兄妹はすれ違い、憎み合い、やがて殺し合う─ / MST様 前編
※企画内容にもあるようにこれは「分析→評価」の結果であり、決して作品を否定している訳ではないのでご了承ください。
「Evil Revenger 復讐の女魔導士 ─兄妹はすれ違い、憎み合い、やがて殺し合う─」 MST様
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887053912
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1、物語の総論
●ターゲット
・人のダークサイドを見るのが好きな人
・心理描写をがっつり見たい人
・控えめな悲劇が好きな人
・戦記が好きな人
・兄妹の熱い話が見たい人
と、色々挙げられます。
高田は悲劇好きなのであらすじの時点で期待値めっちゃ高かったです(特に性格歪む系とかぶっ壊れているキャラがいるの大好物)。
流行りを気にしたり読者に媚びたりせず自分の書きたいものを書いている感じが好感持てます。こういう人こそ有名になって欲しい(願望)。
●簡単な要約(ログライン)
「生い立ちからずっと辛い境遇でしかも終始受け身の主人公。さらにヤバそうな魔王領に行く事になり、その中で宿敵の兄と戦う運命が訪れ、最愛の人の為の復讐や兄への複雑な思いを抱えながらも誰かに依存する弱い自分自身を受け止めなければならない物語」
と、要約します。
とても九万字とは思えない程のボリューム!人間の闇のバーゲンセールです。
途中まではこの作品(以下、愛称も込めて略してイビリベ)ヴァージン型主人公の仮面を被っていますが、それプラス実は激熱の兄妹戦記と言う事が中盤辺りから明らかになります。めちゃくちゃ大雑把に分類すると主人公が厄介家族を乗り越えて行こうとする系のお話です(ちょっとニュアンスは違うけど)。
余談ですがタグに「ファンタジー」と「ダーク」と「ダークファンタジー」があって被っているので、どれかを消して「戦記」を入れるともっと人が来るのかなと思います。戦記としても優秀なので勿体ない気がしました。
●作品のテーマ(高田の勝手に深読みコーナー)
物語のテーマは序盤で主人公が他のキャラに言われて自然と否定するような台詞にあるのが定石とされています。
そこで、
>あなたは自分に原因があるなんて、考えもしないんでしょうけど
と言う台詞があるのでこれがテーマっぽいです(事実作品を見て行くとそう言う箇所が何度も出てきます)。
自己欺瞞とか信用とか自尊心とか、あえて一言では言語化しませんが「拗らせると人格形成に良くないもの」がテーマの中心かなと考えます。
●主人公について
・これは完全に主観なんですけど、『マルドゥックスクランブル』と言う作品(アニメではなく漫画の方)の主人公っぽかったです(知らなかったらごめんなさい)。
特に「魔の谷の攻防戦」辺り。実力はあるけど誰かに依存しないとその能力が発揮できない的な女の子。個人的には危なっかしくて守ってあげたくなるから好き(高田の好みはどうでもいい)。
・一応最初はヴァージン型主人公。ご存知かもしれませんが、ヒーロー型みたいに主人公が誰かに何かをする話ではなく自己実現をメインとする話です(シンデレラとか)。
復讐劇なので「〇〇してみたい!」みたいなポジティブな(物語の軸になる明確な目的)はありませんが、常に「現状から解放されたい!」と言う逃避型の目的を一貫して持っていました。
ヴァージン型は最終的に自分を虐げていた世界の価値観を変えてしまうお話ですが、題材自体がハッピーエンド向けじゃないので定石とは外れてそう言う結末には至りませんでしたがそこに作者様の創意工夫を感じられます。挑戦的でしかもちゃんと面白いのが凄い。
・主人公には欠落(加害、喪失)がありそれを外的、内面的の回復(奪還)する事で物語が綴られます。
外面の目的→兄から逃げたい(序盤)、ネモと一緒に居たい(中盤以降)、兄への復讐(後半)
内面の目的→拠り所が欲しい(自立したい)
と言う感じかなと思います。
外面の理由が内面の目的になっていると説得力が出るのですが、まさにそうなってます。イビリベのテーマでもありますが、チェントはとにかく精神的に恵まれず甘える場所が欲しいのです。年相応の女の子です。その為に自分を脅かす存在から逃れようと最初から必死です。
外面の目的と言うのは変わって行くのが割と普通なのですが、ここまで綺麗に変化するのが面白い。しかも一貫して「拠り所が欲しい」と言う想いがそうさせています。キャラをきちんと作っている(把握している)証拠です。ストーリーテラーの鏡。
内面の目的は「自由になりたい」って言うのも思ったんですがテーマを考えると違和感があるし、それなら中盤以降に合わないのであえて書きませんでした(中盤ならネモと逃げられるシーンはあったし、後半なら腐ったまま路頭に迷えば良い)。
拠り所をいらないようにする為には、自立する為には幼き頃の障害である兄を乗り越えなければならないんです。その為に終始チェントの行動には一貫した行動理念があった。素晴らしい作り込みだと思います。
・外的、内的な目的は物語の最後に達成か不達成と結果が出る訳ですが、イビリベの場合
外面→兄への復讐。 未達成。
内面→拠り所、自立。 達成?
と言うちょっと曖昧に映るエンドでした。内面の目的が達成されるか否かで〇〇エンドの種類が決まりますが、確実に拠り所を得たかと言われると微妙で、得ていないかと言われると子供もいるし兄と話したいとも言っているのでそうでもない感じです。ちょっと煮え切らない感じもしますが、こういう終わり方も勿論全然アリです。
ポジティブめのビターエンド、なし寄りのありって感じでしょうか(わかりにくい)。
ここで内面の目的を先ほど書いた自由になりたい、と言う風にするとがっつり目的は達成されるのでハッピーよりのビターエンドみたいな印象に映りました。でもこの場合はあそこまで憎んでいた兄を赦す過程(描写)がもう少し欲しい気もしました。とは言えこれ全部私が勝手にこじつけただなので気にしないで下さい(じゃあ長々と書くな)。
・障害(敵、壁)
障害には外面と内面に分かれたりわかれなかったりします。
外面の目的の壁は完全に兄です。今書いた通り序盤、中盤、後半、間接的に考えれば全部兄貴が障害です。チェントの生い立ち自体も障害ではあるのですが(王家)、どちらかと言うと生い立ち自体は抗っても意味のない、構造的には「枷」とよばれるやつなのでやはり最大の敵は兄ですね。主人公が乗り越えるべき存在でテーマでもあります。
内面の敵はテーマの通り自分自身です。依存状態の自分の殻を破れるか?と言う事が肝になってきます。事実、それを曖昧にしたせいでネモは死に、チェントは自分の所為でどん底におとされてしまいます。
ラスボスやライバルは主人公の影な事が多いのですが、兄はチェントとは正反対の運命を突きつけられていたので(守る者と守られる者)これも定石を踏襲する熱い展開でした。各論の終盤で語りますが、実は同じような悩みを抱えていると言うのも熱い。
欲を言えばチェントは盾の魔法なので、兄は剣や矛の魔法を使うとより対比ができて面白かったかもしれません(これは余談)。
●物語の構造
・回想録型の物語で興味を引かせる文章。なので要所要所でナレーターっぽく回想が入るのがくどくもなく逆に雰囲気を演出する絶妙さ。私は小説で映像が浮かぶ系読者なので(何それ)エモめの映画やアニメを見ている気分でした。
・最初に行っておくと主人公を虐めるの上手すぎ!活字で物語を紡ぐ人は繊細な人が多くて自分が生み出したキャラを突き落とす事に躊躇しがちor困難が足りない傾向にありますけどそんな事は全くない。感情移入には最初から大成功です。
対立も常にあるのでダレる事は一切ありませんでした。
・内容がちょっと被りますが、ヴァージン型主人公でも夢とか願望とかがある訳じゃなく、最初は目的が曖昧です(でも一瞬)。虐げられ続けるのですぐに逃避型かなと気付きます。今の生活から逃げ出したい、と言うのが序盤の物語の急進材。
(余談ですが主人公が受け身型の場合別の誰かや状況そのものがプロットを進める役目を果たしたりしなかったりします(曖昧)。そもそもキャラが多かったりすると主要キャラが居ない所で勝手に話が進んだりして、後々に主要キャラ達が巻き込まれてプロットが展開して行く、なんてのも見た事があります。主人公の目的はあったほうがいいけどなくても読者の興味が引けて居ればそれで良しと言うやつです。)
・最後まで読むと兄のチェントに対する当たりが強い理由がわかりますが、それを加味してもちょっと不自然に暴力的に映ります。殴る前や殴った後にいつも悩むような描写があると大分印象が違うかも、と考えます(殴ってしまって兄も自己嫌悪なんやなぁ、みたいな感情移入できる材料になる)。
そうすれば今よりももっと兄に血が通っている感を読者に見せられるかな、と感じます。
・ラスボスが最初からいるのは王道の一つですね。強さを序盤から読者に植え付けていく事でいざラスボスとして立ちはだかった時のインパクトが半端ない。イビリベは正にそれ。
・『運命の分かれ目』で唯一の味方だったスキルドが死ぬと言う展開(ここから魔王の元へ行くので三幕構成で言う二幕っぽい展開)。勿体ぶらない感じが凄くテンポ良い。
非日常に行く展開が多い程読者は飽きないのですが、双子と旅に出る所を含めると二回あるので他の作品と差別化出来る気がします(各論でまた書きます)。
・『ネモ』で全体の半分くらい。半分の場所はミッドポイント(大きく物語が動く場所)と言われ、展開には重要な部分ですね。
ちなみに半分くらいの時点でここまで状況が悪かったならこの後は良くなり、良かったなら今後は悪くなると言うのが定石ですが、物語的に右肩上がりではないですけど心の拠り所が出来る、強くなった事が証明される、あまつさえ軍神とか呼ばれちゃう、など良い方向へ向かうようには見えるので王道で読者には受け入れやすい流れでした。
そして主人公は実は強い事が明かされます。ずっと受け身だった主人公がここで成長する訳ですね。でもこれは偽りの成長(自立ではなく共依存)で、その事が原因で起承転結の「転」の部分で絶望するのが王道なのですが、正にそうなってます。エレガントな流れ。
そして
>ベスフル軍の手によって、レバスの城が陥落した
日記帳なので情報の出し方がいきなりですがこれがいい味出してて物語が進んでいる事を「えっ?マジ?」って感じ(驚くと言う良い意味で)に提示していました。
・「英雄ヴィレント」の当たりで文章量的に転機が訪れる所です(四分の三くらい)。プロットポイント3とか起承転結の転、三幕構成では三幕の直前ですね。
主人公がどん底に落ちる所であり、大体誰かが死にます。それは抽象的であったりもしてとりあえず死の臭いが漂うものです。
イビリベではまさにネモが死にますね。王道の展開通りで読んでいてふむふむって感じでした。
完全に余談ですが、この時点でネモが死ぬ以上の絶望がチェントにはないので予想できたと言う点で驚きはなかったですが、逆にその読者の予想を裏切る何かがあるともっと良かったかも?と思いました(これも各論でまた詳しく書きます)。
ちなみにちょっと重複しますが転で起こる最悪の事態は主人公が信じて行ってきた間違いのせいが原因で起こるのが定石とされます。この場合は依存しすぎた事ですね。
チェントは自らの力で自分を守ろうとしなければならなかった(ネモが何度も提示している)、けどそれに気付かず間違いを突き進んだ。最初にテーマに掲げた「あなた自身に問題がある」と言うのと合致します。主人公のチェントはこのテーマにここで気づかなければならないんですね(運命を変えて成長する為には)。プロットが丁寧に作られている事が伺えます。
定石ならここからそのことに気付き、三幕に入り、クライマックスでもう一度壁にぶつかり(勿論テーマであり最大の敵である兄関連で)、それを乗り越えて完全な成長を果たす、と言う流れが予想されますが。イビリベでは闇落ちルートで進みます。バッドエンドではないのに闇落ちルートを採用したと言うのがオリジナリティ高いです。
・主人公がどん底に落ちて、立ち直って三幕に突入するのが定石です。三幕に入る前はもう主人公は絶対にブレない価値観を身に着けています。
さぁ誰が主人公を立ち直らせるか、と言う所でシルフィとスキルド!双子である意味も立ち直らせる(完全に闇落ちを決意させる)きっかけとなります。ここはなるほど~!って感じで読んでいました。ここで出てこないと双子が出てくる意味が無くなってしまうので、この時の為に双子を用意したんだと予想出来ますね。
転を越えてもう後戻りはできない状態で三幕、クライマックスに入って行く。シルフィを殺す事で正にそうなっていました。
ただし、ちょっと気になるのが魔王の勅命が唐突過ぎて予定調和に映ります(これもまた各論で以下略)。それとなく本拠地の噂などがあると良かったかもしれません。あと、あの心理状態(もうどうにでもな~れ所痛い)で勅命を受けて足が運ぶのもチェントの性格的に違和感を感じました。突き動かされる、行かざるを得ない納得出来る理由があるとよりスムーズに読み進められるのかなと思いました。
総論は以上です!
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2、各論
●プロローグ
この作品の雰囲気と、これからどうなって行くかの謎、そしてどう物語が綴られて行くのか(語り口調)を簡潔に読者へ提示し掴みもばっちりと言う完璧な始まり。
だらだら日記調ではじまるよりもシンプルで、読者はついていきやすい印象を与えられるのかなと考えます(基本的にダークな雰囲気なので最初はこれくらいのジャブから入って正解だなと)。
そう言えば全文通して地の文の改稿が特徴的ですが(長い文を避けて頻繁に段落を入れる書き方)、日記調と言う事を意識してなのでしょうか。だとしたらビジュアルにもこだわってるな~と思いました(作者様の手癖なだけかもしれないけど)。
●ヴィレント
>とても強く、とても恐ろしい兄の話。
最後まで読むと分かる通り、ここは回想のはずですが「憎い」とは書かないんですよね。酷い目に何度も遭わされたのに、心から恨んでいるならここでその事を告白しているはずなのです。でも書かない(書けないのかも)って事はそう言う事。
当たり前ですが好きとも書かない(書けない?)ので本当に複雑な兄妹関係って感じです。自分のきちんとした兄への想いを確かめる為にも、チェントは詳細に思い出してこの日記を書いているのかもしれないですね。二週目以降にわかるこのエモさよ(妄想だけど)。
そしてそれを踏まえるとこの回想が真実の過去かどうかは疑わしい事も考慮に入れなければなりません。それはチェントの意図的なものかもしれないし、ただ忘却してるだけかもしれないと言う、もしかしたら「信頼できない語り手」と言う手法を使っていて注意深く読まないと見逃している作者様のメッセージがある、のかもしれない(深読みしすぎ)。
>戻ってきた兄は、いつもヘトヘトになりながらも、持ち帰った大量のパンを私に突き出すと、一言も話すことなく、横になって寝てしまっていた。
この辺で少しだけ兄の葛藤を深掘れると後半の兄の悩みが受け入れやすくなるのかなと考えます。またその時に記載しますが、兄の母を重ねた重圧がちょっと唐突すぎる感じがあったので、この辺でケアできると丁度良いように見えました。
恐らく読者を感情移入させるためにとことん理不尽な存在として描いたのだと思いますが(それは大成功)、一文だけでも良いのでそんな感じの物を匂わせると伏線にもなり一石二鳥です(意味不明でも良いので寝言で母への恐怖をぽろっと零すとか)。でもこれは個人的な見解なのでへぇ~くらいの感じで流してもらえれば。
>心配すべきは兄の体であり、何もできぬのなら、せめてそっと休ませてやるべきだったのだ。
回想録なのでこれを書いている時は全てが終わった後、最終的には兄を赦していると言う伏線がここで見て取れます。少し前と重複しますが、恨んでいるならここで兄を庇うような心境には絶対なりません。
二種目以降はこんな感じで、物語だけではなく書き手(大人のチェント)の心情も想像しながら読めたので正しく一粒で二度おいしい作品でした。
>酷い時には、髪を掴んで引き摺られたり、腹を蹴られたりもした。
なぜここまで兄は歪んだのだろうという謎は読者をひきつけてとても良いのですが、母の幻影が見えると言うそれだけの理由ではここまでやるのは若干の違和感を覚えました。最初は罪悪感を覚えていたけど徐々におびえるような様子で~みたいな一文があると後半の説得力が増す+余計に兄を知りたくなるおまけつきの文にもっていけるのかな~と考えます(あくまで一例)。
>だから、大人になって思い返すと、私は兄を責められない。
二つ分で二度おいしい所(しつこい)
というわけで初っ端両親が死んで頼りざるを得ない兄はDV酷くてさらに常に飢餓という極限状態。これ以上注ぎこめないくらいにいきなりハードモードです。主人公には持ってこいの境遇。
●スキルドとシルフィ
>でもそんな私さえも許してしまいそうな、彼はそういう人だ。
実際シルフィをやった時も密告しなかったですし、相当優しい(捕えようによっては甘い)キャラクターです。この物語唯一の救い。困ったらスキルド。温室育ち。困ったやつ放っておかない。裕福そうなやつみんな友達(無駄に韻を踏んでいく)。
>不安はあったはずなのに、この時の私はうつ伏せの姿勢のまま、空いた手で果物をかじっていた。そんな私を見て、店員は怒鳴りながら、無慈悲に手の果物を払いのけた。
環境も清々しいくらい無慈悲。これほど落とし込めるのは中々です。そしてガリガリの少女が地面に押し倒され惨めに果物をかじる姿が想像できて感情移入もばっちりでした。高田はこの時点で一個くらいくれてやれよ……と物語にのめり込むことができました。
>「大丈夫かい?」
初見ではここまで悲惨な状況なのできっとこいつもくそ野郎なんだろうなぁ、と不安で仕方なかったです。いいやつで本当に良かった(いや、結末を考えるとよかったのか?)。そのかわりシルフィがヒール役ですね。
主人公に逆境を乗り越えさせるのが作者の腕の見せ所ですが酷い目に合わせすぎると立ち上がってくる主人公に違和感を覚えるので、限界だー!って時にたった一つくらいの心の拠り所を作るのはうまい手です。結構主人公の駆け込み寺がありすぎるっていうのはやりがちなのでここはさすが。出すタイミングも申し分ないと考えます
>この日を境に、私は兄から殴られることはなくなったのだ。すべて、スキルドのおかげだった。
あんなに頑なに暴力をふるっていたのにスキルドの一声でやめてしまうのは少し不自然なので、もう一声あった方がいいかなと感じました(もしくはスキルドの居ないところで軽く殴るとか、わからないように何かするとか)。
しかしそれは普通に追っていればの話で、逆にこの不自然さが兄の心情を知る手掛かりになるのかなとも思います。もしかしたらヴィレントはずっと誰かに止めてもらいたかったのかもしれません。自分ではもう止めようがないほど恐怖が悪化していた。そう考えると合点の描写もあります。
終盤の戦闘では驚異の冷静さを見せるヴィレントですが、ここでは人前にもかかわらずあえて殴ります。ヴィレントはこうすればきっとスキルドが止めてくれる、と思い救いを込めてこの行動に出たのかもしれません。『誰かが止めるから殴れない(殴らなくていい)』という免罪符を得るのですね。
心の底では殴りたくないけど母の亡霊に押しつぶされないためには殴らざるを得ない、そうしないと自分がつぶれてしまうくらいのお呪いに似た枷を自分で引きづっていたとしたら外的な要因で殴れないんだからこれは仕方ないんだみたいな感じでようやく殴らなくなったのかも?とも深読みできます(ここまで高田の頭の中では二秒くらい)。
>「あなたさあ、なんで自分では働かないの?」
>「あなたは自分に原因があるなんて、考えもしないんでしょうけど」
初見で読んでいて上手いなぁと唸りました。やっと脅威(暴力)が去ったと思いきやすぐに対立要因が出てくる。読者は飽きずに読み進められます。双子である彼らは救いと困難を同時に訳ですね。しかも兄妹という自分自身との対比も兼ねているのでテーマと相性がばっちりです。エクセレント。
物語のテーマや主人公に足りないもののヒントは序盤に誰かに突っ込まれて、主人公はそれを断固否定します(受け入れない)。ここは変則的ですがまさにそれで、自分が動かない理由を過去や境遇のせいにします。つまり本当は怖いから動かないという理由を自分で認めない(否定する)というここがイビリベの最大のテーマとなります(勝手に)。
この時点でその恐怖に打ち勝って自分で行動を決められるようになるのが流れとして予想できました(事実、チェントは終盤そんな感じの行動をとる)。
>兄の笑顔など、両親が死んでからは一度も見たことはなかったのに。
寝取られ感がある(ない)。
ここはめっちゃキツいシーンです。ここでもテーマに絡めてこれでもかってくらい主人公の心を粉砕しに来ています。ただ面白いのはチェント負けるな!という思いとシルフィの意見もちょっとわかる、いつまでグズグズしてんねんと言う相反する思いがぶつかって読んでいてとても面白いところでした。読者の感情誘導が上手い所。
>2人は確かに、私を苦しみから救ってくれた。だけど、悪魔を打ち倒してはくれなかった。
ここですね(何が)。お前が打ち倒すねん、というメッセージ、これから物語がこの方面で進んでいくのだなぁと読者に対して道しるべを提示しているので道に迷うことなく読み進めることができました(あらすじ通りで安心した)。
>それでは、まるで私の方が悪魔のようじゃないか。
初見で伏線っぽいな~と思いましたがちょっと違いましたね。でも後に魔王軍でヒーロー扱いを受けるので、その時敵から悪魔だ!とか言われていたら激アツな伏線になるのかなと考えます(割とどうでもいい)。
>それが、どれほど身勝手な思考か自覚することはなく、私は祈り続けていた。
書き手のシルフィは大人です。だからこそこの成長前の自分をどれほど身勝手か、と客観的に見る事ができるんですね。物語的にきちんと成長した証拠です。これもうまい見せ方。
・個人的に勿体ないな~!と思ったのはシルフィに対する思いの中で「複雑」という表現を二度されている場面です。
ここはキャラの心情的にめちゃくちゃ美味しいところだと思いますので、抽象的を下げて細かく比喩してチェントの気持ちをエモく表現できれば文学性がぐっと増す気がしました(文学性とかどうでもいい場合聞き流してください。作品がレベル高いからこその提案です)。
●兄の復讐
>度々、遅れがちになる体力がない私と、それを励ましながら手を引くスキルド、呆れ顔のシルフィ、黙って睨む兄。いつもの光景だった。
いやー地獄。年齢が年齢なら胃潰瘍になりそう。スキルドがいないルートも見てみたい気もしますが、その場合とことん闇落ちしそうです。
>「この2人を護衛する仕事を受けた。お前らは街で待っていろ」
文字数的にこの辺りでプロットポイント1(主人公が完全に非日常に突入する部分)が欲しい所ですが、もしこのイベントがそうだとすると前までの話との繋がりが少し弱いのかなと思いました(ちなみにプロットポイントについてはまた後で語ります)。
繋がりと言うのは、物語の展開はドミノになっていないといけないと言う法則があります(ご存知かもしれません)。前の主な出来事が原因で次の出来事に繋がり、その出来事が次の出来事の原因になり~と言う流れが最後まで続くドミノの法則です。
スキルドとシルフィに合った事と、今回の出来事がそこまで接点があるかと言われると二人に出会わなくても出来るイベントだと思うので何のために二人は出て来たのだろうと言う疑問が生まれます。勿論最後まで読めばそんなことないのですが、つまりはこのイベントを出すタイミングの話です(細かすぎる指摘かもしれない)。
あとこの数話で急にキャラが増えた(4人)ので人によっては把握しきれない危険性がある事も考慮に入れた方が無難かもです。
>この人のこういうところが、私は嫌だった。
わかる(感想)。
●運命の分かれ目
回想録的な始まり方をしてくれると一度この物語の在り方を思い出させてくれる感じで良い戦略に思います。地の文(語り口調)に慣れてきて忘れてきた頃に入るので、くどくもなくとてもスムーズに入ってきました。持ち味を殺さない絶妙な間だと考えます。
>ベスフル本城は、一度は陥落していたのだ。
着いたかと思えば実は陥落していて既に奪還していたと言う、テンポが凄く良い。ここで陥落する所から書いていたら完全に蛇足の部分なので、無駄な贅肉が削ぎ落とされて物語が洗練されているのを感じます。物語の目的を見失ってしまう作家さんて結構多いんですよね。
>まるで、夢でも見ているようだった。
>ゆったりした服の上からでもわかる胸の膨らみが、もう自分が子供ではないことを伝えてきた。
悪い事が起きる前には持ち上げるのが定石。このあと誘拐されちゃうし、その直前でこの「女」になっている描写をさらっと挟むのが上手い。
>「怪我をしたくなかったら、おとなしくしろ」
ほんと毎日やっている連続テレビドラマくらい対立のオンパレードでシンプルに凄いです。読者をダラダラ読ませる気が全くない所はかなりセンスがいいと思います。感情がなびかない所が続くと読者は本を閉じてしまうからです(文献より)。
>私には、スキルドが助けてくれることを祈るしかなかった。
>お願い、頑張ってスキルド。
この辺もまだまだ受け身な主人公。テーマと向き合うには程遠く、そのせいで命の恩人とも言える人物を傷つける事になります(後半は後半でテーマと向き合いつつも傷つけるけど……)
>スキルドは、雄叫びをあげて斬りかかっていった。
圧倒的かませ感!
そしてそのおかげでハラハラ感が半端じゃないんですね。事実、このあとやられてしまいます。
>ガイの短剣は、事務的な動作でスキルドの脇腹に突き刺された。
描写を見るの限り肺を思いっきりやられているので致命傷だと思うのですが、ほんとよく生きてましたね。こんな感じのクレーマーみたいな事を避ける場合は治癒魔法が云々と言う一文を何処かに入れるだけでも生きていた時の説得力が変わってきます(細かい提案)
・と言う訳でプロットポイントの話をさっきしましたが、実際主人公が完全に非日常に向かう所はここになります。
物語は大抵日常から非日常に行って帰ってくることで物語が描かれますが(例外あり)、イビリベの場合非日常に行くタイミングが二つあります。旅に出る事になるスキルドとシルフィに出会う所と、この魔王領へ行くところです。二回くらいこういう非日常に行く物語がない訳ではないですが結構珍しいです(映画「ハッピーフィート」とか。ちなみに連載ものみたいなめちゃくちゃ長い物語は別)。
これを採用する際に重要なのがやっぱりドミノになっているかどうかです。ここでは魔王側に攫われてしまう訳ですが、姫と出会った事は繋がっていますがやはりその前の双子と出会うべき理由がどこか弱く感じます。特にこの時点ではシルフィは居てもいなくても良い存在なので(居た方がいいけどいなくても物語が成立してしまう存在)勿体ないなぁと思いながら読んでいました。 難しすぎて例えも思い浮かばないのですが、彼女が物語を回すのに必須、みたいな役割が与えられるともっと良くなるのかなと感じます。
多分二つの接点に大きな繋がりを見出せないもう一つの理由はここまででチェントの目的がはっきり存在しない事ですね。目的自体はぼんやりとありますが、それを明言して物語上に打ち出している訳じゃないのでただ流されて状況が進んでいる様に見える危険性があります。ここも勿体ないポイント。逃避型でも一言で良いので「私はずっと〇〇したいと思っていた」みたいに直接的な表現があってもよかったかもしれない、と考えます。
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長くなるので後半へ続く!
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