第24回 Evil Revenger 復讐の女魔導士 ─兄妹はすれ違い、憎み合い、やがて殺し合う─ / MST様 後編
後編です!
――――――――――――――――
●魔王
>兄より少し小さく、スキルドより少し大きいその背を追って、私はゆっくり歩いた。
この何気ない所にネモが兄でもスキルドでもない存在である事が暗喩されてます。兄より小さい→兄程は恐ろしくない、スキルドより大きい→スキルドより頼れる存在になる、と言う深読みすらできます。
もしくは直感でそんな存在になるかもしれないとチェントが思った(願った?)のかもしれません。または回想録なのでその時にそう思った自分が居たかもしれない、と大人のチェントが想像しているだけの可能性もあると言う色々な見方が出来る面白い一文。
>彼もマントを羽織った旅装束姿で、私を監視するように、対面に座った。
もしかしたらネモはこの時に「(ただの女の子やんけ……)」とか思ってたんですかね。鋭いでうが、彼は態度に出ないですからね。
>「なら、貴様は何ができるのだ? 何か特技があるのなら、聞いてやろう」
ここでまたテーマ登場です。テーマは物語の中で何度も出てきて主人公を苦しめたり作品の方向性を提示します。出来ればそれが出てくる度にそのことに対する主人公の変化があると物語が進行している感じが読者に伝わります。
ここではチェント自身何も変化は起きていませんが一応才能が云々と言う話をされているので少しの変化があるのかなと期待して読み進める事が出来ると考えます。
>どうなるのか、ばかりで、どうするのか、と考えたことはない。
ここでようやく主人公チェントへ選択の機会が訪れます。
定石の流れとしては主人公は日常を生きていて、インサイティングイベント(非日常に誘われるイベント)が起きて、それに行くか行かないか迷って(選択、問答。※最初から気持ちが定まっている場合は準備期間)、自分の目的(テーマ)の為に決断して非日常へ飛び込む(プロットポイント1)。ここまでが三幕構成で言う一幕のざっくりとした流れになります。
イビリベの場合プロットポイント1よりも選択、問答のパートが後に来ているので物語を見慣れている読者にとってはテンポの悪さや展開の複雑さを覚えて少し惑いを覚えてしまうかもしれません(退屈と言う意味ではない)。
通常第二幕(この作品の場合魔王領から)へ行くと主人公の目的は定まっていて突き進むだけなのですが、チェントの場合は第二幕の中で選択肢が出てきて目的を定めて行きます。定石とは外れますがこれはこれで面白いです。受け身系主人公は主体性がないのでパっと確固たる目的を持たせるのが意外と難しいんですよね。
冒頭からなんとなく兄から逃れるために強くなりたいと願っていたとかして、魔王領に行くかどうかを選択させて、流される中でも小さくても良いのでチェント自身の決断でネモに着いていって第二幕へ(ここで性格を変化させる必要はない)、と言う方が王道的には物語を把握しやすいのかなと考えます(主観です)。
●魔王領の日々
>元々最初の剣を、お前の細腕でまともに扱えるとは思っていない、と彼は言う。
それでも相手の力量を決めつけることはせず、あえて能力値以上の事を最初にさせて様子を見るネモさん教育係としてマジ有能(教育では相手の出来ない事を出来ないと最初から決めつけてやらせないのは良くないと聞いた事があります)。
しかもこの台詞、よく考えると彼なりにフォローしてるんですよね。お前みたいな細くて可愛い女の子が持てる剣じゃないぞと(そこまで言ってない)。不愛想は損。
>ただ素振りと、走り込みと、筋力鍛錬だけが続く日々だった。
後でも書きますがここで魔法の練習の描写が一文でもあると伏線が活きて最終決戦が激熱くなります。クライマックスへの伏線はいたる所にどんどん張って行くと完成度も読後のカタルシスも爆上げです。
>「お前、スーディの娘なんだってな? あの裏切り者の」
このまま上手く行くのかな~と思いきや対立要因を常に忘れない展開。さすがです。
>もしネモから訓練を受けていなければ、最初の一撃の時点でとっくに短剣を弾き飛ばされていたはずだったが、
>私は踏みつけられながら、兄の暴力に耐えていた日々を思い出してしまっていた。あの暴力から逃れて1年以上が経っている。
>「ネモ、これでも、お前には同情してんだぜ?
そのシーンにはシーン毎に目的を設定する必要があり、何も起きなかったり情報を羅列するだけの場面は読者にとって退屈に映ると言われます。それを考慮するとここはめちゃくちゃ秀逸な所です。
チェントの成長(強くなってる)、現在と過去の対比(今までと違いネモは特別)、相方の過去の説明、この三つを別々にやったら無駄に長くなりますが、一緒に同じシーンにぶち込むのはかなり効率の良いアイディアだと感じます。
>「魔王領内での私闘は禁じられている」
魔王領以外なら殺すぞ、と言う威圧を感じる。
>優しさを感じたのは僅かの間だけ、彼はどこまでも厳しい。
チェントには厳しいと映りますが、彼は良い意味で合理的なんですね。ここもまた面白い対比構造で復讐に憑りつかれるキャラが多い(主人公、兄、シルフィ、魔王)中、彼だけは過去にこだわっても仕方がないと言うとてもわかりやすい信念で動いています。
この特別感が主人公の相方にはぴったりです。チェントにとって誰でもいい訳じゃない理由にもなっています。
●魔王山
>確かに彼からは、見限りの言葉こそ聞いていなかったが、褒められたことも一度もなかった。
ネモの場合、非常にわかりにくいだけで実は何度か褒めてそう。
>「わかった、明日からの訓練メニューを増やしておく(訳:もうできたのか、俺が思った以上の成長だな)」
>「よし(偉いぞ)、明日からの訓練ではそれを使え」
的な感じ。
基本が厳しいから普通と言う評価が実は凄いみたいな気もする。
>彼に、どうしても認められたかった。認めさせたかった。
受け身だった主人公が第二幕にてようやく能動的になります。と言ってもそろそろ中盤(ミッドポイント)なので少しばかり能動的になるのが遅いようです(それが悪いとかではなく、定石とはズレていると言うだけ)。
ここにきて受動的な性格を多少抜け出すので溜められた分「主人公の活躍来たか!」って感じでワクワクしました。
>「お前の身は、魔王様よりお預かりしている。勝手に死なれては責任問題になる」
>「地図を持っていかないのなら、魔王山に挑むことは許可できない」
訳:お前に死んでほしくない。魔王山に挑むとか超心配。
なんかもう私の中ではネモがツンデレにしか見えなくなって来た(妄想)。
>どれも、私が住んでいた土地では目にしたことがない見た目をしていたが、訓練の成果か、正面から戦っても対処できた。
こいつ、戦いの中で強くなっている……(確信)
>まだ、死にたくはない、と強く思った。しばらく前まで、いっそ殺してほしいと思っていた自分が嘘のように。
>生きている実感を、目標を与えてくれた。彼──ネモにとっては、ただ魔王の指示だったとしても、その日々は、本当に私の心を満たしてくれていたのである。
ここも少し前に書いたシーンの目的を重ならせることにより技巧的な展開になっています。確実に成長しているチェント、そしてネモに対する思い、ネモの本当の気持ち(これはもうちょいあとだけど)、この三つをルンフェンスの罠を利用して読者へ伝える事に成功しています。
ひとつずつやっていたらかなり怠いし説得力も落ちるので良い戦略です。
>それは、ヘルハウンド、別名"地獄の番犬"と呼ばれる
そこまで気にする事でもないのですが、ヘルハウンドの出てくるタイミングが唐突過ぎる気もしました。山には危険な狼が居る、みたいな伏線を張っておいて、こんなにでかいとは聞いてない→あとから軍用犬と知る。と言う方がヘルハウンドのポっと出感が防げるのかなと考えます。
●ネモ
>「今のチェントは、もうお前や俺より確実に強い。あいつ自身は気付いていないようだがな」
相手の知り得ない所で本音を聞いてしまうと言う王道展開。私の中でこれをイルカ展開と呼んでます。NARUTOに出てくるイルカ先生の心情を主人公のナルトが木の陰から聞いてしまうと言う感動シーンです(どうでもいい)。
チェントは成長はしてきたものの超強いような描写や伏線が(多分)なかったので驚きました。人によってはご都合に映らなくもない気がしますけど多分ほとんどそんな心配はないでしょう。
>「あの女も、こいつにまったく刃が立たなかったんだぜ? 魔王様と渡り合えるとか、寝言もいいとこだ」
ヘルハウンド最強説(ない)。
>駄目だ。このままでは、本当にネモが殺されてしまう。
行くのか、行かないのか、ここでまた選択を迫ります。以前までの彼女なら震えるだけだったのでしょうが、きちんと成長(と言うより変化)を見せてくれます。この過程もベタな展開ではありますが違和感はなかったです。
>「くそっ、覚えていろよ!」捨て台詞を残して、彼は逃げていった。彼はこの日より、魔王領に戻れなくなり、行方をくらますことになった。
ここは凄く勿体ない所ですよ奥さん!(誰)
何が勿体ないかと言うと、このあとルンフェンスが出てこないんですね。この恨みを持った相手が野放しにされている状況と言うのは当然伏線だと思われます。
このキャラは物語の丁度良い不安要素なのです。例えば絶対に上手く行く!とか言う時にルンフェンスを出して妨害させるとか、彼はとにかく美味しい立ち位置のキャラです。
例えば終盤ネモと力を合わせて兄を倒せたのに、ルンフェンスの邪魔が入ってネモも死んでしまい全部台無し、みたいな悔しい展開にも使えます。もしくは狡猾に立ち回ってラスボスが倒された後も最後の最後までハイエナのようにつき纏ってくる、みたいなウザキャラにも出来ます(その場合ヘルハウンドじゃなくてハイエナっぽい獣にするとか)。
なんにせよここでルンフェンスを退場させてしまうのは勿体ないので、もしリメイクするなら何かしらリサイクルしてあげて欲しいと感じます(言い方)。
>「私もあなたが好き!」
>彼の胸に抱かれながら、私は思ったのだ。
>ようやく、私の居場所を見つけた。
ネモはまだギリギリセーフなのですがチェントがいきなり好きだと言うのはちょっとご都合感が漂うかな、とも思います。訓練の描写はたくさんあるのでそこでちょっと心惹かれるエピソードがあって意識はしていた、みたいなのが一つは欲しかったかなと考えます。
ただ彼女の境遇を考えると好いてくれるから好きと言うのはしょうがないのかなとも思えました。そしてここはめっちゃ良いポイントなのですがしっかりと成長したものの、まだまだ依存型の愛を獲得したにすぎないので、いきなり成長しすぎる無理な展開を回避しているなと考えます。
・そして、文少量的にこの辺がミッドポイントです。主人公にとって、読者にとって、マジか!って言う事件や展開が訪れます。
内面的にはネモと言う頼れる存在を獲得した事と、外面的にはレバスの城が陥落した事でしょうか。物語は確実に進んで行っている事が分かります。
●初陣
・中盤でラスボスの強大な力を見せつけられると言うのが定石にあるのですが、ここは変化球な感じでそれを、見せていますね。夢の中で兄(ラスボス)がその力を振るってきます。
>そうして、夜は過ぎて行った。
えっちな事したんですね?(勇者ヨシヒコのアレ)
そして実際してるんだよなぁ。
>私が、この部隊で一番小柄なのは間違いないだろう。
ジャンヌダルク感ある。最初の扱いは真逆ですが。
●魔の谷の攻防戦
戦闘描写が続くので構造上あまり書くことはないのですが、ちょっと気になった所だけ。
>「なんだ、こいつは!?」
>「なんだ、あれは!?」
>(少し後の方で)「なんで、あれは!?」
と、同じような表現が立て続けに続くのでここは台詞を省くが、別の言い回しにした方が見た目は美しくなるのかな~と感じました(でもこれは好みの範疇)。
>チェント、これは浮遊石という石を埋め込んだ盾だ」
この突然出てくる浮遊石、そして魔法に伏線がなかった為どうしてもご都合感が出てしまいます。これは訓練中にこんなものがあるよーみたいなのをささっと書くだけで回避できるので出来れば書く事をお薦めしまする。
しかもその練習を失敗しまくっていて初めてここで成功!みたいな感じにするとより主人公の変化や成長や物語が進んでいる感じがしてエモみが増すと感じます。
>いずれは、盾の制御もお前1人でこなせるようになれ。
これは共依存を脱却しろと言うメッセージになります。盾はいずれ居なくなると言うフラグでもあります。わかりやすくも秀逸な伏線とテーマです。
もうこの時点で構造上の機能を把握していると起承転結で言う「転」辺りでネモは死ぬんやろなぁと予想できます(これはハラハラすると言うメリットも展開が読めてしまうと言うデメリットもある)。
ちなみにチェントはここで初めて人を殺してしまう訳だけど、動揺しすぎるとシーンの目的にそぐわないししなさ過ぎても違和感があるのでその丁度いいラインだと感じました。
戦場だしいちいち感傷に浸っていられない事と、彼女の生きて来た境遇と、中世っぽい異国観がそうさせているのだと推測します。この持って行きかたは巧み。
>考えてみれば、返り血に塗れた姿の笑顔というのは、少し怖かったかもしれない。
>褒めてくれた。あなたのその言葉があれば、私は何とだって戦える。何人だって殺せる。私はそう思った。
チェントがヤンデレ化していきますが個人的には好きなめっちゃ好きな展開。
これは上級者向けと言うか、かなり細かい事なんですが
>私は強くなった!
とあるしこの物語的にかなり重要な事なのでそれをもっと納得させるような描写があるとエモい演出になると考えます。
>私は標的を変え、彼の乗る黒馬の首を斬り落とした。
例えばこの辺で結構前から馬が超好きでたまらない結婚する(言い過ぎ)、みたいな描写をちょくちょく入れておくとここで馬の首を切り落とす事により主人公が確実に「変化」していると言うことを知らせる手段になります(あくまで一例です)。
勿論ここがダメって言う訳では全くありません。こんな感じの演出はなくても全然良いんですけど、これくらいのレベル高い事まで要求できそうな作者様だと判断したのであえて意見してみました。ふーん程度に思って貰えれば幸いです。
>「敵にもそのような強者が? いったい何者だ?」
>指揮官の口から出たその名前は、──ヴィレント・クローティス──
ここ好き(語彙力)
なんてったって熱い!この希望のかけらもなかった(褒め言葉)ダークファンタジーで少年漫画みたいな展開を拝めるとは思ってなかったのです。盛り上がって参りました!って感じが凄く良い。
●宿命の戦い
ここでこれでもかと言うくらいチェントがどれだけネモを大事に思っているかと言う事とネモが死ぬ事へのお膳立てをしています。文字数的に丁度三幕に入る前くらいなので来るぞ来るぞ、と緊張感の高まりが文章で表現できていて見入ります。今更ですが作者様(この作品?)は無駄がほとんどないせいか独特な雰囲気のある地の文なんですよね。
●英雄ヴィレント
>見てわからないの? 私、魔王軍にいるの。兄さんの敵になったの
ここで嬉しそうなのは兄とようやく『対等の存在』になれたと思ったからで、ここはめちゃくちゃ熱い展開です。間違った方向ではあるのですが、目的の成就に近づいているとチェントはここで思い上がる訳ですね。それだけで傍から見ていてハラハラします。
あとずっとネモは死ぬのか?死なないのか?と言う不安もつき纏っているのでこの辺は初見の時書評も忘れて読み進めてしまいました。
>躊躇う理由はない。ここでやる。ここで……兄を殺す。
この三点リーダーが実は戸惑っていてその前の戸惑う理由はないと言う事への強がりなのか、本気で覚悟を決める為の間だったのかは推し量れませんが、その感情の猶予を考えさせてくれる書き方、最高です。
ここに三点リーダーが無かったらこのことを考えずにこの一文の重要さに気付けないと思いました。
>「逃げ……ろ、チェ……ント……」
チェントはここで退場ですが、ここは多分かなりの読者が予想出来る所なのでめちゃくちゃ意外な理由でやられてしまうとか、予期しないタイミングでとか、ネモは死なずに別のあっと驚く展開が用意出来たら更に見る人を楽しませられるのかなと思いました。
あと欲を言えばシーンの目的は主人公をどん底に落とす事が三幕直前、起承転結の転にあたる所なのでテーマに絡めた感じでネモを死なせるとより効果的です(チェントの場合ならもっと自分本位に依存しすぎた結果ネモが死ぬとか)。でも私のせいで~となっているのでシーンの目的はきちんと達成できています。
そして文字数的にここでどん底に落とすと言う事は物語の勉強はされているようなので、ここまで私が言って来た事で知ってるわ!と言う場面があったごめんなさい(今更)。
●シルフィ
>「ネモ……行ってくるね」 私は砦を後にした。
>じゃあ、何故私はこんなところを歩いているのだろう?私はどこに向かっているのだろう?
チェントは元々受動的ではありましたが多少成長もしたし何より魔王の勅命をどうでもいいと言ってしまっているので、もうどうにでもな~れって感じのヤケクソチェントを行動に移させるには何かあと一つ後押しが必要な気がしました(後にこれが衝動的な行動とも言っているし)。
ネモを殺した兄への復讐心で動いた的なものを入れた方が説得力が増すかな、と考えます。
>あなたはそうやって何もしないで、ずっと兄さんに守られて生きてきたのね」
>いつかの彼女の言葉を、そのまま返してやった。
やはりここでテーマ。そして盛大なブーメラン。「転」でどん底に落ちて主人公はテーマに着いて深く考え、新たな価値観を手に入れて三幕に突入するのが定石です。多少の違いはあるとはいえそれになぞっているのでよく練られて作られている事が伺えます。
●スキルド
ここできちんと双子設定を活かしていきますね。
>スキルドが右手を差し出していた。
ネモの時と同じ状況で、チェントは全然違う反応を示します。完全にダークサイドに堕ちた事の証明です
>今までありがとう、スキルド
と言うのはスキルドと居た頃の自分に対しても言っているような気がしました。
それはそうとスキルドも主人公にできるレベルで彼のキャラは立ってますね。最初はただの拠り所要因として出て来たのかな~程度の認識だったのですが、よく考えると彼自身の人生もかなり波乱万丈です。チェントに対しての想いもかなり複雑だったと思います。
勢いとは言え(いや、勢いだからこそ?)二人で逃げよう!とか言っちゃう辺り、さすがに良い人の範疇を越えているので多分恋心みたいなものも絶対ありましたね。
>俺は……お前を助けるためにヴィレントから剣を教わってきたんだ! お前を斬るためじゃない!」
こことか、超絶悔しそうな顔をしながら叫んでいる絵が思い浮かびます。個人的にスキルドはイビリベで一番好きなキャラかもしれない。
●最後の戦い
>シルフィを殺し、スキルドと決別した私は、何かが吹っ切れたようなそんな気持ちになっていた。 ネモに会う方法はもう、1つしかない。
外面的には戦いの再会、そして内面的にもここで三幕に入っている事がわかります。主人公チェントが吹っ切れているからですね。イビリベはイビリベらしくこれぞチェントって感じに吹っ切れています。
これがよくある展開みたくよっしゃ!俺の弱点はわかった!これでいくぜ!みたいなノリになったら興ざめもいいとこだし、物語の雰囲気と合わないのでここまで読んで来た読者を裏切ることになります。その点かなり良い雰囲気で三幕に入る事が出来ました。
悪役の過去編みたいなのでその悪役を主人公にして何故闇落ちしたのかみたいなストーリーは王道ですが、ジャンル的にはそっちよりの展開だと考えます。こっちの方がドロ臭くて私は好き。
●兄妹
・サブタイが既にエモい。ここまでの全ての因縁がここで決着つくんだなと思うと余計に胸熱。
・これは構造上の話ではなくWEB小説の戦略上の話になりますが、この話だけで一万字近く(物語の九分の一)あるのでスキマ時間に読む人が多いWEBでは多少のストレスになりかねない危険性があります。
ここまで読みんだ読者がこの先を読まないと言う事はないと思いますが、ネガティブな印象を与えてしまい作者様の別の作品を読む気が失せたみたいな展開になる事は私としても残念なのであえて書いてみました。 とは言えキリの良い所で切れないとか作者の矜持や信念があると思いますのであくまで参考程度に聞き流して下さいまし。
・盛り上がりも何もかもがクライマックスらしい一話。初見は魅入りました。
>「怒ったの? 兄さんが悪いんだよ。前の戦いの時に私を殺しておけば、シルフィは死なずに済んだのに」
>だが、これで兄は魔王より先に私を片付ける気になってくれたようだった。
いやほんとロミオとジュリエットかってくらい秀逸な悲劇!すれ違いと言う訳ではないのですが、こんな結果にならない未来がきっとあったのに!と思わせてくれるこのやりとりがたまんないです。
>ネモが残してくれた浮遊石の盾、最後の1枚である。
はいここも激熱~。一枚残ったのはそう言う事か!って感動と伏線を回収(自分で守れ、的な台詞)した気持ち良さ。さらにさらにこの盾がネモと言うエレガントな暗喩。
>「俺は魔王を殺す。だから……だから邪魔をしないでくれ、母さん!!」
>「!?」
高田も「!?」となりましたw
マザコンを拗らせるとこうなる(違う)。
怒りの矛先が妹ではなく母に向かう辺りが大分毒されていたのだなとここでわかりますが、少し唐突過ぎる気もしますので要所要所で兄貴が母に覚える描写がやっぱり欲しいなと感じます。ここまで非の打ち所のない冷酷非道の完全無欠っぽい人物でしたので(そう言うイメージを植え付けられるのはそれはそれで凄い)。
>「シルフィは……あいつは俺を受け止めてくれたんだ! 俺に寄り添うと言ってくれたんだ! ……なのになんで、どうして、母さんはそんなものまで奪うんだよ!!」
ここがマジで凄い。
主人公とラスボスはどこか似ていて正反対と言うのが定石です。それがここで明かされます。兄ヴィレントもチェントと同じく心の拠り所を探していた訳です。そしてそれをやっと見つけたのに失った(しかもお互いが奪っている)と言う同じ境遇に落とし込むプロットはもはや職人芸。プロレベルだと素直に感じます。
>私の容姿が母に近づくにつれて、私の拒絶は母からの拒絶に、私の怒りは母からの怒りに、私の泣き顔は母の泣き顔に見えていたのだろう。兄の中で、大好きだったはずの母の姿に。
これこれ!このずっと人生を母に振り回されていた兄の姿!
物語は「語るな魅せろ」が鉄則なのですが、語らな過ぎても伝わりません。なのでこの兄の苦悩を小出しに出来たらこの最後の悲劇感も増し増しでもっと良くなる可能性があります(あくまで主観です)。
>どうして、そんなになってまで戦うの? 兄さん。
まさに鏡映しで、これはチェント自身にも言える事なんですよね。そのおかげでこの無意味な戦いの先に何があるのかやっと考える事が出来ます。
復讐に意味があるのかどうか、タイトルにも関わる部分をクライマックスに持って来ると言う最高の演出。
●エピローグ
・お前にはやる事が残っている、と言うのは子供の事がわかっていた、と言う事でよろしいでしょうか。それとも兄との和解?
とは言え一考の余地を設ける為にあえて明記しなかったと思うので、もしコメントで返信して下さる場合はこの事はスルーで大丈夫です(じゃあ書くな)。
>「母さん、姉さんがぶったよう……」
>男の子の方が度々泣かされてくる
復讐を果たした兄と果たしていない妹
しかも双子。
完全に対比を意識されているのが分かります。終わりは始まりの鏡と言われているので、定石通りですね。
>シルフィを殺したのは、間違いなく私怨だった。
この一文を入れたのはめちゃくちゃでかいですね。これがないと何綺麗に終わっとんねんと言う微妙なしこりがのこります。この罪をきちんと認める事で、割と幸せそうに暮らしている事も読者はまぁええかと受け入れる事が出来ると考えます。シルフィ性格クソだったしまぁいいかと(そこまで言ってない)
・後半は戦記ものらしく戦いの描写や戦況の情報が主に占めて構造的にも情緒的にも書くことが少なくなってしまいましたが、作品に不備があるとかそう言う事情がある訳ではないのでご了承を!
と言う訳で各論は以上です!
――――――――――――――――――
3、作品の強み(弱み)や個性だと思う所(主観多め)、及び雑談。
・対立が少なくて面白みが少ないなーと言う作品はたくさんありますが、この作品の場合その真逆で対立しかないくらいの息つく間もない怒涛の物語でした。自分の生み出したキャラを地獄に突き落とすのは誰しも躊躇いがちだと思いますが、それを終始やってのけるのは凄いと言わざるを得ないです。作者様は多分ドS(誤解を招く)。
・あの人はどうなったの?と言う行く末が気になるキャラが多くて若干の消化不良がありました。兄もそうですが、スキルドとかも。せっかくエピローグがあるのでその辺りも軽く触れたらよかったのかな~とも思います。でもわざわざ書くとそれはそれで蛇足感もあるので難しい所。
・地の文がくどくなくてテンポが良い。よくありがちなのが「いやそこはいいから物語進めてよ」みたいな展開(どうでもいいキャラの心理描写しちゃったりするアレ)ですがそう言うのが一切ない。目的にそって淡々と進んでいくのが軸がブレない印象で読んでいてダラけませんでした。ちゃんと読者の目線を意識して書かれたんだな~と感じます(自然にやっていたならセンス)。
・人間ドラマのクオリティが安っぽくない。カクヨム(と言うよりWEB)では伸びにくい感じのジャンルと題材でしたが、納得のPV数とお星さまの量です。約15000PVですけど話数も少ないのにあまり伸びない分野でここまでPV行くのはかなり凄い気がします(2年半経っている事を考慮しても)。作品の質が高い事の証明だと考えます。
・こういった物語に求める事ではないような気もしますが、予想を裏切る展開が少なかったかもと言う惜しい思いはありました。えっ!?そうなっちゃうの!?マジでえええええ?!?(下品)みたいなのがあるともっと楽しめたかなと(よりエンタメ向けに媚びを売る場合の話)
・人を選ぶと作者様は言いましたが、個人的には予定調和のハッピーな物語世界よりよほどマシだし個人的にかなり好きな作品でした。
・ヴァージン型主人公なのに中盤からはヒーロー型でよくある戦記物の流れになって行くのが構造的視点からは凄く楽しめました。ヒーロー型になるのにチェントは一貫して自己実現を目指しているのが余計に新鮮(内面もヴァージンからヒーローになる流れは割とあるので)。
私の読書量不足かもしれませんけど凄く勉強になりました。
・日記帳(回想録)なので二週目以降は書き手(大人のチェント)の心情も想像しながら読めるので正しく一粒で二度おいしい作品です。二週目以降で読み方のヴァリエーションが増えると言う作品は貴重。
・最後に、書評遅くなってごめんなさい(ここに書くな)
――――――――――――――――
以上です!
最後に再び申し上げますが、気に食わない所があったら「高田はわかってないな……」くらいに思って頂けると助かります。もしくはコメントにてご指摘下さい。
MST様、素敵な作品をありがとうございました!
次の第回は、こばや様の「雨の日の恋」を拝見させて頂きます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます