第19回 アパルトマンで見る夢は / リエミ 様

※企画内容にもあるようにこれは「分析→評価」の結果であり、決して作品を否定している訳ではないのでご了承ください。


「アパルトマンで見る夢は」 リエミ 様

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887538700


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1、物語の総論


●ターゲット


「柔らかい雰囲気を好む、スキマ時間に小説を読む十代~二十代前半女性。詩が好きな読者」


 だと思います。

 一度も人に騙されたことがない清い心じゃないと書けないくらいの洗練された地の文で、回によっては一文一文が詩のようです。作者様の心の繊細さが伝わってきます。恐らく殺人事件とかをニュースで見て心を痛めるタイプですね?私もそうです(どうでもいい)。

 地の文はじっくり時間をかけて書かれたこととお見受けします。逆に熟考せずに書いているとしたら完全にポスト俵万智です。

 スキマ時間と書いたのはスマホから読むことを意識されてか空白行が多い事が理由です。ご存知かもしれませんがこの書き方はPCからだと少々読み難い……しかし画面の小さいスマホで追うには計算されたかのようにすんなり入ってきて丁度良い塩梅でした。

 カクヨムは分かりませんがなろうなどはスマホからが多いようなので良い戦略だと思います(カクヨムだけPCが多いと言うのは可能性が低いと考えます)。

 年代と性別は物語の書き方(内観する葛藤多め)と題材から判断しました。



●簡単な要約


「自分の才能に悩む主人公が個性や新しい自分を発見する物語」


 と要約させていただきます。

 要所要所で出てくるプライドと意識が高めの、正直読者にあまり好かれなそうな主人公の態度や生活感ですが、それは個性がないことの裏返しで実は等身大の自己実現に悩む女性なのですね。それを今回役作りを理由に物理的にも精神的にも旅に出て成長して帰って来る訳です。プロットとしては王道でとても分かりやすくスラスラと読めました。

 構造上、人物にちょっとしたトリックもあるので「そゆことか!」となる所があるのは面白いポイントだと思いました(初見では「全然キミカ出てこんやん……」って感じでしたが、後半で「なるほど~」となった。要一も同様に)。



●テーマ


「アイデンティティ(個性)」


 恐らくこうだと感じました。

 相方(?)であるカケルも同じような事で悩み、互いに自分の答えを見つけて行きます。正に純文学では定石のテーマ。それ故に星の数ほどこの類の話がある中で個性を扱いやすい芸術を題材にしているのは戦略的には正解な気がします。

 ただし王道×王道なので先行作品が無数に存在します。かなり巧みな手を使わないとその他大勢に埋もれてしまう事も事実です。この作品がその他大勢に埋もれない程の物を持っているかと言われると、胸を張って首を縦に振る客観的展開はちょっとないかも……と言った印象です(ある作品の方が少ないですが……)。



●物語の構造について


・序盤でざっくりと「何が主題」で「主人公は誰」で「主人公の葛藤」が描かれているのはです。

 この作品ではいきなり問題にぶち当たり物語の導線(仮)が引かれているので、続きを読む手は止まらない読者が多い印象でした。これはめちゃくちゃ良いです。

 ですが……そこからストーリーは若干尻すぼみになってしまいました。理由はたった一つです。


・事件(物語を転がすイベント)が極端に少ない。


 私小説や随筆などとは違い物語(特にエンタメ)には葛藤、トラブル、対立が必要です。厳密に言えば何も起こっていない訳ではないのですが、緊張感が高まる様な読者をわくわくさせるイベントが複数個用意されていなかったのでストーリーに大きな山がなく、文体が素晴らしいだけに非常に勿体なく思いました。

 ちなみに最初にこの物語は「誰かを探す物語」と導線を引いていますが、実際は恋愛面でストーリーが進んでいくので読者を裏切る行為になりかねません(キミカは実在しないので難しいですが、それ相応に展開する方が無難です)。

 実際徐々に誰かを探す物語ではなくキミカは役の事だと判明しますが、意外性はあるものの読者が迷う危険性も同じくらい目立ちます。メインが自分探しなのか恋愛なのかちょっと中途半端に映ってしまい、どういうドラマを魅せたいのか定まっていない印象を受けてしまいました。


・起承転結が曖昧


 あくまで参考ですが大きなイベントを挟むべきとされるのが「起」と「承」の間、物語中盤、「転」の部分、「結」直前のクライマックスの四つらしいです(三幕構成では「序」と「破」の間、物語中盤、「破」、「急」のクライマックス)。

 主人公は何者かを探しに来たのに待っているだけなので物語がほとんど進みませんでした。この作品の場合なら頑張ってキミカ(自分や役)が見つかる手掛かりを得るが上手く行かず、さらに苦労して手がかりを得るがまた失敗に終わり……を繰り返す上で恋愛を絡めて自分探しを展開する流れが定石でしょうか。

 この主人公をヴァージン系の主人公とすると自分からがつがつ行く訳ではなくなりますが、周りを動かしていくにしても少し受け身が目立つので主人公っぽさが曖昧に映りました。


※ヴァージン系主人公とは

https://xn--eckhu0e2b3a6i6dsh.net/how-to-make-novel-hero-setting/


 もしかしたら作者様の信念で、物語を大きく揺るがさない静謐な物語を描く等のお考えがあるのかもしれません。が、一応参考文献では大きなイベント(主人公への困)がないと物語のテンポが悪くなると言われているので、地の文の素晴らしさだけで数万文字読者を引き付けるのは……結構至難の業かもしれません。

 主人公への障害の種類が少ない事と悩みを解決する過程が若干雑(解決の光が見えてから解決までが早すぎる)に映ったので、読者のカタルシスは低いかもしれません(これは主観)。主人公は作者に虐め抜かれてこそ主人公たり得るので……。


・物語はクライマックスを終えたら素早く終幕するのが美しいとされます。

 と言う参考文献の考えに従うと、この作品の場合クライマックスは悩みの解決がふさわしいので12話以降は物語の贅肉になってしまうかもしれません。

 せっかく面白そうな舞台披露の14話があるので旅行先で解決せずにドタバタで帰って来させて最後まで悩ませておき、キミカがいないまま「どうしようどうしよう」でラストの舞台シーン、そこで大失敗しそうになりつつ何とか成功!それによって新しい価値観に昇華し成長を遂げる……で、カケルの絵が届くシーンをさっと挟んでスマートに終了。と言う定石型の方が読者的には分かりやすいエンタメ展開と言えます。



・一人称と三人称のごちゃ混ぜ回がある。


 物語の構造を分析する企画なのでちょっと範囲外なのですが……ちょびっと気になってしまったので書きます(ここは流し見でも結構です)。

 一つの作品の中で一話を丸々一人称、三人称と書き別けるのはよく見ますが三人称の途中で一人称をぶち込む手法はちょっと危険です。そういう書き方もあるにはあるのですがそれを採用する作家がほとんどいない事を考えると魅せるのが難しい為だと考えます。

 終始そう言う書き方ならまだ個性として確立するのですが、途中少しだけその様な書き方なので作品の完成度に響く気がしました。



●主人公を見て行きます。


 キャラクターには欠落(加害、喪失)があり、それを回復(逃亡)しようとする事で物語は進行します。さらに欠落には外面と内面が存在します。物語によっては内面がなかったりします。


・外面

 キミカを探す。

・内面

 自分の自信(個性含め)を取り戻す(探す)。


 こうだと判断します。

 監督にキミカと言う人物を探してこいと言われ、その過程で自分の内にあった葛藤を解決しようとして行く訳ですね。内面の葛藤が外面の動機になっているとより説得力が出るのですが、正にそうなっていました。素晴らしい。

 定石であればキミカを探すストーリーが進行しつつ、でも上手く行かず、その中で役と共に自信を少しずつ取り戻す話になると思いますが、アパートで日常生活を送るだけだったので物語としてはちょっと微妙なラインに落ち着いてしまったように思います。


 欠落は最終的に達成か不達成のどちらかに分かれます。これは外面と内面両方が達成されたりされなかったり、片方だけがされたり……など、物語のラストを決定づける要因です。

 この作品の場合外面と内面両方を達成し、無事ハッピーエンドを迎える事が出来ました。


●敵の存在


・物語上の目的を達成する際の障害の事です。障害となるイベントがはっきりとなかったので明確な敵は出てきませんでしたが、あえてあげるなら自分自身ですね。キミカが存在していれば逃げ惑うキミカやそれに協力するキャラ等になると思います。

 敵は強大なほど面白いので、簡単に解決せずどんぞこに突き落とす展開が欲しかったかもしれません。


・最大の敵と対峙した時、主人公はその敵の存在に対して和解か赦せないかを迫られます。

 敵はつまり自分で、ちょくちょくキミカの事を疎んじるシーンが入ります。敵が自分なのでそのまま許せないルートのエンディングも興味深いなと思いましたが、今回のように和解する方がやっぱりスカっと終われて良いですね。



●主人公の周りのキャラ


 中編と言う事とキャラクターが厳選されているのでシンプルに仕上がっていました。キミカなどの架空のキャラも出てきますが比較的分かりやすかったです。


監督……依頼者

かける……援助者、賢者

オーナー……贈与者


 こんな感じですね。

 依頼者は構造上主人公が物語を進める為に何かを依頼してくるキャラ、援助者はそのままの意味で主人公を助けてくれるキャラ、賢者は物々交換で何かくれるキャラ(トトロとか湯婆婆とか)、贈与者は贈与物を与えてくれるキャラです。


 監督は物語を始める為の依頼を主人公に依頼しました(キミカを探してきてね)。

 かけるは結果的に主人公を助ける事になりつつ、自分の夢を追うきっかけを貰えたので賢者っぽくもあります。援助者は助ける理由なんかがあると説得力があるのですが、彼はアーティストなので美しいものにちょっかい出したかったって所でしょうか(所謂ナンパだけど)。

 オーナーはアパートと言う贈与物を主人公に与えました(厳密には贈与ではない)。



●物語は日常から非日常に行く事で始まります。


・主人公のいる日常(失われる運命)が描かれてからず非日常が始まるパターンか、最初から非日常が始まるパターンがあります。この作品は後者ですね、個人的にはこっちの方が好みです。

 非日常に行く前に(もしくは行きつつ)主人公は行動を起こす事をためらうのですが、嫌々アパートに向かうので定石通りでした。ここを躊躇いなく行ってしまうとちょっと予定調和と言うか、変な感じになります。


・出発後、主人公の行動に対して制約やタブーがある方が良いとされます(ウルトラマンの変身は三分間の制限がある等)。この作品の場合主人公は「身バレしたくない」と言う軽い縛りがあるだけでなく、それをストーリーのちょっとしたトリックにも使えていたので凄く良いポイントだと考えます。


・非日常から日常へ帰って来た時、目的を達成する為に何が失われたかが描かれます(物語は失った物の大きさで得た物の大きさを表現しようとする)。

 特に大きく失われたものがなかったのでその辺りを盛り込めると良いかもしれません。あえて挙げるなら古い自分を失い、新しい(演技ができる)自分を手に入れたと言う所でしょうか。





 中編なので少し短いですが、総論は以上です!



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2、各論


●1 椅子


 最初ちょっとした謎(キミカとはだれなのか)から入るので掴みはオッケーだと思いました。インパクトはちょっと薄いですが、全体の作品の雰囲気からすると丁度いい塩梅なのかなと。


>監督は上着のポケットから、茶色い手帳を取り出して、その場で素早く走り書きした。


 二周読みましたが監督がわざわざ多田オーナーの所へ行かせた理由に説得力がありませんでした。かけるとの出会いは偶然ですし、それ以外にキミカを見つけられるような要素があるのでそこへ送り出したはずですが、主人公は部屋で食っちゃ寝するばかりだったので監督の意図が謎のままです。

 これだとかけると出逢わせる為だけの設定でご都合的に見えてしまうので、ここはもう少し理由を突き詰めた方が良いように思えます。


>錆びた椅子の短い悲鳴は、自分の心の声を、忠実に代弁したかのように、監督には思えた。


 監督も突き放した事には心を痛めていた訳ですね。もしくはキミカが見つかるかどうかの不安か。悲鳴が何か描かれない暗喩は想像力が膨らみました。



●2 スーツケース


>ボタニカル柄の、すその長いスカートが、足にまとわりついてくる。


 ここはキャラの風貌を紹介しつつ、スカートが「まとわりつく」事で心理描写も同時進行でやってのけるとても良い表現だと思いました。特に下半身の事なので「足が重い」と言うのがこの一文でめちゃくちゃ伝わってきます。作者様はこういう表現がお得意です、私も物書きの端くれとして羨ましい。


>ここで、私はキミカに会って、一緒に、監督の元へ帰るのだ。


 総論で言った三人称に一人称がぶち込まれている所の例です。一応よくある表現方法を用いるなら、主人公の心情のみに( )をつけると圧倒的に読みやすくなります。


 握りしめて、シワくちゃになっていたメモを、舞花は読んで確認した。

「アパルトマン・多田……。ここね」

(ここで、私はキミカに会って、一緒に、監督の元へ帰るのだ。)

歩き出そうとした舞花は、不意に斜め前方から、誰かの強い視線を感じた。


 こんな感じです。



>「ねえ、失礼じゃないかしら?」

>男は慌ててスケッチブックを小脇に下ろした。

>「ああ、あまりにも美しかったので……すみません」


 二人が初邂逅するシーンですが、主人公は身バレしたくない設定ですので顔を晒しているのはちょっと不自然ですね。さすがにパっと見で誰か分からない程度には変装しているはず(帽子とサングラスくらいはしている)なので、もう少し巧くカケルに素顔を晒す方法を採用した方が良いと考えます。


>真っ白な紙に、描きかけの自分。まるで消えかけたような、今の自分を想像させる……。


 ここエモい。凄く良い。





●3 ベッド


>すべてのケースに、ハイブランドのロゴマークが入っている。


 この辺、主人公の深層心理が現れていて小道具の使い方が上手いな~と感じます。ブランド物を好む人は心理的に「自分に自信がない」事への裏返しという説が有力です。今の境遇にピッタリな持ち物だと思います。


>ここでは何もかも、自分でやるのね……。


 社会的にちょっと良い身分だったキャラが没落して痛い目を見る、と言う王道展開でもあります。成り上がりものでは鉄板の設定ですね(成り上がり物じゃないけど)



>「ようじって、漢字でどう書くんだ?」

>「カナメって字に、二つです」

>「そっか。昔は一緒のクラスだったのにな、俺たち。あ、お客さん」


 ここで要二と言う名前を知りますが、この後のことを考えると名前の出し方が予定調和的です。カケル=要二と言う事を隠す為だけにこの会話があるのでそう映ってしまいます。主人公がレジに並んでいるのに一連の会話を突っ立って聞いているのも違和感があります(細かいですがレジに店員が二人いる事も変です)。

 さらに、一目ぼれするくらいなら名札の一つでも確認するのが自然な流れですので(通っている間のいずれかで)苗字を確認した時点で多田がバレます。プロットの詰めが甘い印象を受けました。


 もう一つ言ってしまうと……一目ぼれの説得力がないのでここもご都合的になってしまいます。現実にはあるでしょうがこれは物語なので「伏線」が必要です。主人公の性格が惚れやすいなどの情報をどこかで挟んでおくとこの展開は読者が違和感なく受け入れる事が出来ます。

 そもそも一目ぼれ設定がいらない気もするので、設定を持て余しているようにも見えます


 ちょっとこの回は作者の意図を隠しきれていない場面が多いように感じました。



●4 リンゴ


>ただ分かったことは、名の知らない安物であっても、それなりには役に立つ、ということだった。


 役立たずな物が役に立つと知る。「役」を見つけようとしている主人公が言うからこその深みがある所ですね。無意識に自分と重ねているのかなと妄想しました。良いシーンです。



>舞花は椅子に座って、窓からの景色を、ただずっと眺めていた。


 この辺が全体の四分の一くらいなので物語を導線に従い転がさなければならないのですが、主人公は一向に行動を起こしません(ここで言う行動は物語の終着点に関係のある動きの事です)。内面の葛藤は素晴らしいのですが、外面ではただ生活しているシーンを流すだけなのでストーリーに停滞感が生じています。

 恐らくですが読者的には「目的の為にアパートへ来たにも関わらず何で何もしないの?」と言う疑問が生まれたまま、キミカと一見関係ないように思われるカケルとの話が続いて行くので展開に違和感を覚える可能性が高いと考えます。

 ちなみにこのすぐ後に

>「私は、人を探しに来たの。キミカは、ここへ来てくれるはずよ、絶対に……」

 と言う主人公の強い意思があるのですが、何もしてないのに何故その確信があるのか理解不能でした。仮に裏設定があるとすれば隠しておくのは得策ではなく、ここは物語の主軸なので読者に対し説得力を語ることは必須条件だと思います。


>赤と青という、非対称の色合いの、小さな花模様のシャツを着ていた。頭には、大きめのベレー帽を乗せている。顔には黒縁の、昨日と同じメガネをしていた。


 相変わらずレベルの高いお洒落。

 心理的に似ている様で反対側に居る二人なので、外見でも目立たない様にしている主人公との対比だと思いました。上手い見せ方です。



●5 ギター


>おそらく監督は、初心を思い出させようとしたのではないか。一人、孤独にすることで、逃げ場のない、自分の心と向き合う時間を、作ってやりたかったのだろう。


 少し前に指摘した「主人公が何もしていない」と言う指摘ですが、物語全体を通してここを内観してもっともっと掘り下げられると良かった気がします。掘り下げるには主人公への困難が必要ですが、そのイベントがなかった事は総論で述べた通りです。


>「本当にきみは、質問をする相手のチョイスが、上手だね。父さんは昔、ギタリストだったんだ


 ギタリストでもTAB譜しか読めない人はわんさかいるので、オーナーは中々ガチで音楽をやっていたようですね。バンドをやっていたと言わない辺りエレキじゃなくて作風的にもクラシックギターを嗜んでいたのかな、と言う所まで妄想しました。何だかんだ芸術一家で、親子だなと感じます。



●6 カーテン


>たまっていた食器を洗い終えると、舞花は冷蔵庫を開けた。

>今晩は何を食べよう……。と、いうよりも、残った食材で、何の料理を作ろうか。


 毎回外へ出るきっかけが食材を買いに行く事なので、同じ展開が続き余計に停滞感が生まれる上、展開の引き出しが少ない印象を与えます。やはり主人公が目的に対して何かしらのアクションを起こすことが必要、と言うかそっちの方が物語を進めるのに好都合です。

 余談ですがご飯の描写が多いので主人公が食いしん坊キャラに見えて可愛い。


>「いろんな人の人生が、カーテンの裏には隠れているのさ」


 カケルはキザな事を言いますが、基本的に詩人ですよね。アーティストなんで説得力があります。


>僕はよく、要二と一緒に遊んだよ。さっき、ここでサッカーをしていた少年たちのように、僕らもここで、絵を描いたりね……」


 ここエモい……。つまり、少年時代は周りになじめず孤独だったことがわかります。まさに「カケル」を演じているわけで、演じきれない事で悩む主人公と演じているけど納得いっていないカケル、両者の非常に巧みな関係をこの台詞だけで表現できています。正直これは凄い。



●7 階段


>毎日変わることのない、穏やかな日々。


 物語中盤なのでエンタメ小説としては何かしらのイベントが起こるか、起こっている最中が望ましいとされます。総論でも書きましたが同じような先行作品はたくさんあるので(決して悪い意味ではないです)WEBで戦う場合中編とは言え読者に逃げられる可能性が高くなります(自分で好きなように書く場合はこの限りではありません)。



>彼は、普段は何をしている人なんだろう。どんなものが好きなのかしら。恋人は、いるのかな……。


 この辺りが総論で自分探しなのか恋愛なのか中途半端と書いた理由です。ちょっと気になるくらいなら構わないのですがガチで落ちているので本気で夢を追っているのに恋愛にうつつを抜かしている場合か?と言う感じがします。キミカに対してさんざん葛藤する描写があるのにその程度なのだろうか、と言う印象を受けました。

 そう思ってしまうのははっきりとした主人公の目的が定まっていないからだと判断します。



●8 エクレア


 ん~この回は……伏線も物語の進行も新しい情報も何もなく、物語の主軸にも関係ない、8話丸々カットするべきシーンです。

 場面には目的があり、物語の主軸に沿って各シーンを順序良く配置する必要があります。これは物語なので、読者は人物の日記が読みたい訳ではなくキャラが物語上の障害にぶつかって「どうやって切り抜けよう」もしくは「こんな悩みが増えた」と言う葛藤を見たい事が前提にあり、冒頭からある変わらない悩みを延々と記されても退屈に映ってしまいストーリーで何を伝えたいのか分からなくなる印象を受けます。



●9 手紙


>予感がした。それは、今日なのだと。


 これはこれで運命的で良いのですが……実は日付が今日で焦って出て行く、と言う方が予定調和を避けられますし、程よい緊張感を出す事が出来ます。



・ここでサーカスを見に行く訳ですが、演劇でも絵画展でもなく「サーカスでなければならなかった理由」が見当たりませんでした。ここはかなり重要なシーンなので物語に関係のある場面を挟む方が無難です。

 参考文献では物語に出てくるものは全てが物語の主軸(結末やクライマックス)に関係がある方が贅肉もなく美しいとされます。



>自分の中で、何かが変わってゆくのを、舞花は感じた。


 総論で解決が「若干雑」といったのはこの部分です。あれだけ悩んで来たのにサーカスを一回見ただけで解決してしまうのは……正直「えっ、もう解決?」と拍子抜けしてしまいました。もっと主人公をどん底に突き落とす設定が見たいです。



●10 グラス


>実は、先ほどの電話の相手からなのですが……


 これは細かい指摘ですが……ここから八行に渡って不自然に説明的な会話が続きます。内容もそれほど重要ではないのでカットしたほうがスマートです。


「実は、先ほどの電話の相手からなのですが……彼女に会えたかどうか、彼が心配していましてね。私は信じて待つべきだ、とそう言ったんですが……それで、よかったでしょうか?」


 これくらいで読者には十分場面の目的が伝わります。



●11 傘


 これだけ素晴らしい関係の主人公とカケルなので、出来ればカケルも主人公がきっかけでパリに戻る方が物語としての完成度は高くなりかなと思います。

 もしくはフランスから追ってきたキャラをもっと物語に絡めるなどしないと、カケルをフランスへ戻うす為だけに登場させたご都合的キャラになってしまいます。途中で泥酔していたりして良さげなキャラなので、主人公と彼が絡むシーンが読者として見たかったです。絶対面白い。



●12 鏡


>それ以上の望みはないわ、と、舞花は思った。それが、私の生きる道


 「生きる道」と言う表現を見るとかなり重い信念に思えます。

 それはもう自殺してしまうくらいの葛藤や事件あればあれば良かったのですが、実際にはアパートに居ただけ、サーカスを見ただけなので……その信念に至るまでの経緯がどうしても軽々しく、獲得した価値観も安っぽく見えてしまいます。物語通して困難がやっぱり少ない!


 さらにこの辺が長さ的に起承転結の「転」の部分なので、ここからどんでん返しの展開が起きて更にそのあと物語終盤のクライマックスの大盛り上がり……と言うのが構造上の定石です(もちろん絶対ではないです)。

 この辺りで悩みが解決してしまう事も作品全体の盛り上がりに欠ける要員かなと思いました。



●13 窓


 既に葛藤は解決し、外面のストーリーも終わったので(つまりストーリーが終了している)……残念ながらこれ以上物語を続けても全て蛇足感が出てしまいます。

 客観的にはこの回で綺麗に終っているので、この13話で終幕すると潔い気がしました。後日談としてダイジェスト的に劇が成功した事を知らせ、絵が届き、カケルと要二が同一人物と知る……みたいな幕引きがスマートですね。




各論は以上になります!


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3、作品の強み(弱み)や個性だと思う所(主観多め)、及び雑談。


・江國香織を思わせる優しい文章なのでストーリーにマッチしていました。晴れた土曜日の午後に木陰で読みたい地の文。


・地の文で思い出しましたが昔の文豪ばりに句読点が多いのが作者様の特徴ですね。それが別どうと言う訳でではありませんが、一つの個性として気づいた点です。


・優しい話で心あったまるのですが、正直な所……スパイスが足りませんでした。一個でもいいので伏線や意外性がある展開を入れると作品が一味違った仕上がりになると思います。


――――――――――――――――


 以上です!


 最後に再び申し上げますが、気に食わない所があったら「高田はわかってないな……」くらいに思って頂けると助かります。もしくはコメントにてご指摘下さい。



 リエミ様、素敵な作品をありがとうございました!




 次の第二十回は、帆多 丁様の「ヨゾラとひとつの空ゆけば」を拝見させて頂きます。(※諸事情により今回だけ順番前後します。近況ノート第一回コメント欄参照)

 

 

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