第20回 ヨゾラとひとつの空ゆけば / 帆多 丁様 前編

※企画内容にもあるようにこれは「分析→評価」の結果であり、決して作品を否定している訳ではないのでご了承ください。


「ヨゾラとひとつの空ゆけば」 帆多 丁様

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885031700


※今回は作者様の指定により60話(第60歩)まで読ませていただきました。(ふたつめ、とありますが実質第一章だと思われる)


―――――――――――――――――――


1、物語の総論


●ターゲット


「ロードムービー、日記的な話(紀行文)、猫好き(重要)、大人向け児童文学(何だそれ)が好きな読者。老若男女問わず」


 と言う風に高田には映りました。

 どちらかというと成長物語ではなく遍歴物語ですが、二人の関係や伏線、一章終盤の展開を考えるとちょっぴり中途半端かもしれないです(誤解を招く言い方だけど別に全然悪い事じゃない、むしろ味になっている)

 ご存知かもしれませんが遍歴物語と言うのはざっくり言うと児童物やプロフェッショナル物です(医者とか探偵が主人公で回毎に異なる事件を解決するとか、他にはサザエさんやアンパンマン等のキャラが完成されている一話一話が「お話」メインのもの)。

 中途半端と言ったのは序盤は遍歴物語っぽくて中盤辺りから成長物語っぽいのが気になった、と言うだけの話です。


 そんな訳で今回は旅もの(ロードムービー)に近い物語なので(参考文献的に成長物語よりの書評になる)。これを念頭に置きながら読んで頂けると幸いです(特に各論の指摘)。

 つまりロードムービーって起承転結でクライマックスがあって盛り上がり最高潮で終わるみたいな王道ではなく「道中の物語」こそがメインなのでこの書評はあまり参考にならないかも……?「ふーん」程度に読み流してもらえれば幸いです。

 具体的には単行本数冊で完結する長期決戦の小説だと思うのですが、構造的に文庫本一冊(非シリーズ物)で終わる「if」で評価しました。

 ちなみに「ヨゾラとひとつの空ゆけば」(以下、「ヨゾゆけ」)の60歩までは起承転結がこれでもかと言うくらいはっきりして読みやすかったです。かなり的確に配置されていたので恐らく作者様は意図的にプロットへ仕込まれたはずです。


 余談ですが老若男女問わずターゲットいそうな感じが凄い(小並感)。一番凄いのは当たりが広いからと言って深く刺さらない訳でもないと言う事。欲張りさんですね(違う)



●簡単な要約(ログライン)


「不思議な関係の主人公と黒猫が旅を通じてとある街の古い事件に関わり、協力をしつつ物語の謎もゆっくり紐解いていくお話」


 と言う印象を受けました。

 好きな人は涎が出るくらい好きなジャンルだと思います。

 要所要所に重要そうな伏線が落ちているので、多分三回くらい通して読まないとこの作品を完全に楽しむ事が出来ないのかもしれないと思いました。勿論良い意味で。


 まだ物語全体の半分も呼んでいないのに要約もクソもないかもしれませんが、逆に十六万字くらい読んだので要約できない方が作品的にはきっと不味いですよね(どっちだ)。章ごとに要約が変わってしまうとテーマがヤジロベエになってしまう気がするので。



●テーマ(命題、コンセプト)


「愛(特に親子)」「いろんな命」「運命」「たいせつなもの」



 「高田の勝手に深読みコーナー!」と化しているこの項目ですが、上記のワードが頭にポンと浮かび上がりました。作者様は「ヨゾゆけ」でがっちりと命題を定めて書いている訳ではないかもしれませんが、漠然とこのようなイメージを作品に反映させている印象を受けます(少なくとも60歩までは)。


 「愛」はわかりやすいですね。掴みでも使われていますし(命を賭して子を守る)、物語で重要な設定になっている「名付け」も親が子に最初にする行為だし、ちょっと歪んでいますが犯罪を犯す子供を守ろうとする親も愛情の一つ。子に危害を加えられた親がキレるのもそうだし(ヤミヌシ)、アルルもヨゾラに対し相棒(家族?仲間?)愛的な所が中盤から芽生えてきます。あったけぇ……。


 「いろんな命」は愛に通づる所がありますが、様々な知的存在を登場させそれを平等に扱う(少なくとも作者様は)ので命の形が豊富な所がそう感じさせました。価値観もちゃんとバラバラで妖怪ものっぽくて良き。


 「運命」をテーマに据えましたがはっきりと客観的理由が述べられません。私の語彙力を殴ってくれ。恐らくは物語全体に隠された謎と「何か強い力で引っ張られている気がする」アルルとヨゾラの宿命染みたストーリーからです(抽象度が高い)。


 「たいせつなもの」は完全にただの一個人の感想なのですが、この作品を読んで一番最初に貰った感覚を超無理やり言語化した物です。もっと抽象度を上げるなら、あったかい、かなしい、いとしい、きらい、すきなものって感じです(意味不明)。きっと言語化してはいけない(もしくは日本語で表現できない)素敵な感情がこの作品に詰まっている気がしました。



 ちなみに60歩までしか読んでいないのでわかりませんが、一章に限っては「勇気」がテーマかと思います。ユニオーと対峙するアルル、臆病者のウーウィー、ヤミヌシ、その他諸々、誰かのために立ち向かう「勇気」の物語が一章のメインかなと感じました。もしかしたら物語全体を通してそうなのかもしれない。



●物語の構造


 ちょっと前に書きましたが王道の成長物語を基盤にする作品ではないのでその辺は無視します。起承転結がある一般的な物語の構造の視点です(ここで言う一般的とは主にライト文芸、ライトノベル、絵本、漫画雑誌等です)。



・起承転結が計算されてる。


 ご存知かもしれませんが、物語にはざっくり言うと三つの転機があると良いとされます。前後はしますが簡単に言うとそれぞれ起承の間(プロットポイント1)、物語中盤(ミッドポイント)、転(プロットポイント2)、です。加えてクライマックス(結の直前)があってプロットの基本的なイベントは事足ります。

 書評の時はいつも文字数を計算しながら読んでいるのですが、確実にこれを知った上でプロット作っていると断言します。それくらい完璧なタイミングで転機が訪れていました。

 特に「転」の所は定石の鏡!ラスボス的な奴を倒したと思ったら、より超自然的なヤバいの(ヤミヌシ)が出てくる。そしてそれを倒した……と思ったらラストのあの展開。


 ちなみにあれは「ヒーローズジャーニー」で言う終盤の展開で、「報酬、帰路、再生、帰還」の部分ですね。具体例で言うとゾンビ映画で「ラスボスのゾンビをやっつけて一安心する(報酬)その後ろで、実は辛うじて生きていたゾンビが主人公へ襲い掛かろうとする(帰路)。観客がハラハラする中、間一髪で主人公は回避してトドメを刺す!(再生、帰還)」みたいな展開です。

 遍歴物語でありつつこういう王道展開を引っ張ってくるのは良くあることですが、上手く流れていて作者様は本当に素人か?って思いました。

 一つ気になるとしたら、ヤミヌシの伏線がちょっと弱かったかなと思います。少ししか出ませんがラスボスの超重要な存在なので、町に入った時点でヤミヌシの噂を耳にするみたいな展開にできると彼(彼女?)がいきなり出て来る事への説得力が増すかなと感じます。

(物語に出てくる全ての情報は序盤の25%までに出さなければならないとされます)



・物語の導線を引くのがちょっと遅い(前半のテンポの悪さが目立つ)。


 と、書いておきつつこの評価は微妙です(なら書くな)。導線を引くべきか否か、それが問題だ……。


 ちなみに導線とは物語はどう終わるかと言う事をなんとなく読者に示す事です。主人公の欠落を知らせてその回復(物語のゴール)を知らせるってやつですね。それがあるとないとでは読者が離れて行くスピードが段違いです。

 しかし書評の冒頭で例を挙げた通りおかわりかもしれませんがサザエさんとかって全体を通しての目的、導線はないんですよね……主人公の「目的」がないので。

 それでも一応お話の中ではストーリーの流れがあります(序盤にバイキンマンが悪さをする→「こらしねば」とか「助けないと」と視聴者に思わせる(アンパンマンの行動の動機))。


 謎が肝になっている「ヨゾゆけ」では難しいかもしれませんが、主人公の最終的な目的(旅の目的)みたいなものは最初に提示した方が物語の着地点や主人公への困難も描きやすいので無難かもしれません(例えば「オズの魔法使い」とかなら、旅をしつつ主人公は最初から「家に帰りたい」と言う欲求が行動原理)。

 「ヨゾゆけ」では謎を最初に考えてからプロットを構築した感じがするので、その真実を上手く隠しつつ偽の目的をキャラに与えるなどする等が解決策としてはあるように思います。


 ちなみにお恥ずかしながら長編の旅物小説ってあまり読み慣れておらず、「キノの旅」みたいに短編を連発するならゴールも多くその度に緊張感が生まれますが(確かキノは三日滞在で各地を移動するが、ほぼ必ずトラブルが起こる)、長編だとどうしても中だるみするイメージがあります(主観)。

 それを見越したうえで、作者様は読者への配慮として飽きずに読ませる為に一話を短くする戦略を採用したのだと思われます。それは超大成功なのですが、一気読みしようとすると正直……ちょっとだけ退屈する部分がある印象を受けました(細かい事は各論で触れます)。

 その理由は主人公の目的がない事とは別に、もう一つあります。


 ストーリーが進むものの、中盤までは連続するトラブルが少なく物語の起伏が小さい事です。スキマ時間にサラっと活字が食べたい時にはめちゃくちゃ向いている作品ですが、ずっと読み続けるとなると目が滑り出す印象でした(トラブルなんかいらん、ただただ旅と日常を書きたいと言う信念があるのなら別です)。

 これは経験から来る主観ですが、無名の作家が謎と雰囲気だけで話を持たせ続けるのは一万文字くらいが限界な気がします(勿論、色々な読者を獲得する事が目的の場合)。ちなみに12歩の時点で約三万文字です(ちょっとした事件であるウーウィーが襲われるイベント手前)。


 ただし文庫本一冊が大体十万字くらいとすると最初の緊張感あるシーンが一般書籍の四分の一を過ぎたあたりで起こるので(プロットポイント1)、事件の発生率が些か少ない可能性はありますがインサイティングポイント(物語や章の終着点に繋がる事件)的には適切な文字数です。

 なので個人的意見ですが一章(ひとつめ)で作品の雰囲気とメイン二人のキャラや関係性が提示されていい感じに終わるので、二章(ふたつめ)の冒頭から導線を引いて物語全体の大まかな着地点と二章単体でのゴールをすぐに示せるとベストかなと思いました。

 読者へ「これからあそこへ向かう、そしてどんな困難が起こりそうか」を示せる方がこの中盤までのゆったりした雰囲気をより楽しめる気がします。



・物語は日常から非日常へ行き、日常へ戻る事で終わりを告げます。

 日常世界とか純文学だとわかりにくかったりしますが、「ヨゾゆけ」は旅をしているので明確です。物語全体としては新しい土地に入る事が非日常の始まりで、旅立ちが日常への帰還。

 キャラクターの主観だとアルルもヨゾラもお互いが出会う事が非日常の始まりと言ったところでしょうか。この非日常が日常に戻った時二人がどういうラストを終えるのか、作者様の腕の見せ所ですね。



●メインの二人について


 大体の物語のキャラクター(主人公)には欠落(や加害、喪失など)があり、それを回復(や逃走、奪還)する為に物語は語られて行きます。「ヨゾゆけ」は遍歴物語に近いのでそれを明確にお話が進む訳ではないのですが、やはり例外なく欠落っぽいものは存在します。

 ちなみにその欠落等は外面と内面があったりなかったりしますが、一応両方を考察しました。(※60歩までの話です)



〇アルルの場合


外面の目的→売り物を渡して帰る(60歩まで)

内面→?


 「ヨゾゆけ」では基本的には街の人たちが主人公で、それを見聞きする脇役的主人公。少なくとも第一章(60歩まで)はアルルとヨゾラが主人公なのだと主張する言う物語ではないと判断します。これは他の小説に比べると不利ですが悪手と言う訳ではないです(魅せ方の一つとしてはよくあるけど難しい)。


・外面の目的は成長物語だと変化しない事が殆どですが、旅物なので毎回変わりそうですね。これは目的の引き出しが多くなるメリットと物語全体の軸が定まらないと言うデメリットの諸刃の剣って感じです。

 上手く扱えればどちらが優れているとかはないと考えます(勿論、軸が定まってる&引き出しが多い方が良いですが)。


 内面の目的は明確には書かれていませんが、過去の事もあるし魔法の秘密もあるし今後出てきそうな気がするのでクエッションにしておきました。旅(外面の目的)をするなかで内面の目的も達成されて行く……と言うのが王道展開ですが、60歩まではとりあえず外面だけの目的だけで物語は進みました。

 これも別に悪い訳ではなく、内面の目的もないよりはあった方が良いって感じです(実はあるのに読者に隠している場合も同様)。あればより深い物語に昇華します。ちなみに一般的な成長物語では内面の目的は必須になります(比較がくどかったらごめんなさい)


 ちなみに外面の目的の理由が内面の目的だとその行動原理に説得力が出ます。アルルで言えば旅の目的は実は内面の欠落に起因するものだった、って感じですね。まだ途中までしか読んでいないのでわかりませんが、もしかしたらそれがあるのかもしれません(でもその場合読者に隠すメリットがほぼ無い……が、お話全体のトリックに使われていそうなので何とも言えない)。



・アルルの「大人になりたての青年」って言う年齢設定が個人的にストライクでした(社会な困難も増え、情緒的にも揺れ動く時期なので)。

 物語では青年っぽく振る舞おうとするもどこか幼さを残した言動がちらほら、彼のユニークな所が凄く巧みに描かれていると思いました。

 珍しい魔法を使いますがめちゃくちゃ優れていると言う訳ではなく、そんな所も親近感の沸く等身大な青年を感じさせます。一見クールなようで義理堅く完璧な余裕はまだ持っていない、そんな人間味あふれるキャラクターです。作られた感がなく自然。



・一つ気になったのは魔法がそんなに上手くない(下手?)と言う設定が上手く活かせていない事でしょうか。

 練習だよ、とそれなりに得意ではないシーンを知らせつつ、ピンチを葛藤なく乗り切っちゃっているので不得意である必要性が少なくとも60歩まででは見出せませんでした(ヨゾラと居る事への伏線だとしても苦戦した方が無難)。

 物語固有の能力が下手となると、それを活かすセオリーは「固有能力で大事な物を守れなくて死ぬ程悔しい思いをする(した過去がある)」とか「周囲に馬鹿にされて性格が歪むほどのコンプレックスになっている」等があります(もっとあるし、勿論例外もある)。

 アルルは魔法使いとして名高くはない(多分)ので困難には遭遇しますがその事についてのシークエルがないので魔法が上手ではないという設定はもしかしたら誇張しすぎかもな~と言う気がしました。


※シークエル……物語上でイベントがあったあと、その事についてキャラが葛藤したり選択する事(つまりアクションに対するリアクション)。



・これは余談ですがなんだか激熱で切ない過去が隠されていそうなんですよね……(第一歩とはまた別に)。もしくはそう言う展開にヨゾラとなって行く。時間の都合上連載中の全てを読めませんでしたが、このあともぼちぼち追って行くつもりです。



〇ヨゾラの場合


外面→アルルに借りを返す為ついていく。

内面→?


 ヨゾラもアルル同様内面は後から出てきそうです。読者に提示するセントラルクエッション(物語のテーマになる謎)ではないのでこれもちょっと斜め上ですが、世界を知って行くと言う明らかにヨゾラの中では成長のお話なので、欠落や欲しいものは今後の旅の途中で気づいて行くのかなと予想します。

 物語を進める為に冒頭で主人公の外面の目的は語られますが、内面の欠落は物語の途中から本人が自覚して行くパターンも結構あります(伏線は必要)。本来はそれがセントラルクエッションと深く関わるのですが、60歩まででは出てきませんでした。どうなって行くのか期待です。人間をもっと知りたい!大切な存在と共に居たい!みたいになるのかな。激熱。



・ここからは余談と言うか個人的な感想なのですが、ヨゾラはめっちゃ「猫」ですね(意味不明)。高田は猫が死ぬほど好きなのでよく観察するのですが、猫が知恵を持ち人の言葉を喋ったらこんな感じだろうな~と言うイメージ、ど真ん中に皆中!って印象です。

 あと多くの読者の方が仰っていますがひたすら挙動や言動が可愛らしい。猫はそんなことしないぞと言うリアルめくら染みたクレームさえ思い浮かばないリアルさよ(喋るとかは置いておいて)。性格はどことなく「魔女の宅急便」のジジに似ている感じを受けました。あっちは達観していますが、子供の頃はヨゾラみたいだったかもなぁみたいな妄想ができるくらい凄い。

 それ故、酷い目に遭うシーン(蹴られたり前足を切り落とされそうになったり)は人間のキャラクターよりも感情移入してしまい大変でした。もし目の前でヨゾラが蹴られていたら高田もアルル並みに理性を失いキレ散らかします。



・目的の達成/不達成

 最終的に冒頭で示されたキャラの目的(欠落)が成功するかどうかですが、個人的にはアルルよりヨゾラが興味深いです。

 アルルの場合外面は「旅」なので恐らく毎回達成されるでしょう。内面は上記の通りまだわかりません。遍歴物語チックだしないかもしれない。

 ただヨゾラは「借りを返す」と言う目的なので、それがラストにかけてどう展開して行くのかが面白そうです。内面の目的が仮にできたとして、それがアルルの為で、それを達成するためには借りは返せなくなる(犠牲になる)とかだと映画レベルの脚本かよめっちゃ面白いじゃんとか妄想しました(余談)。

 そうじゃなくてもヨゾラの今後を考えるといくつも面白そうなストーリーが分岐できる気がします。これもキャラの作り方が巧み、魅力的だからこそできる事なのでしょう。



●敵


・ここでは主人公の目的を阻害する要因を抽象的に敵と書きました。単純な悪ではなく、達成の障害です。外面と内面(あれば)両方の敵が描かれたりします。


 ここでちょっと注意なのが「ヨゾゆけ」の場合雰囲気を楽しむと言うか、旅そのものを楽しむ日常系に近いものがあるので(特に前半25%まで、インサイティングインシデントが起こるまで)完全には当てはまらない事です。

 定石であればアルルは放浪の旅ではないので「売り物を渡してさっさと帰りたい」→「町のトラブルに巻き込まれて帰れない」と言う葛藤などが描かれそうですが、町の人と仲良くなりそれを助けたい、と言う一時的な目的が発生します。葛藤とはまた別のベクトルです。

 それ故(構造の所と話が被りますが)彼の冒頭の目的は何処に行ったんだ?物語の着地点は?と言う読者宙ぶらりんの迷子状態が序盤少し続きます(各論で細かく触れます)。

 このままでも良いのですが、何か対処するべきだったとしたら二つ例を挙げます。


1、終始アルルが「上手くいかない展開」にする。

2、中盤辺りから始まるハラハラ展開を序盤から予測させておく。


 と考えます。

 1はちょっとチープと言うか、旅物っぽくなくなると言うか、ヨゾゆけの雰囲気を壊しそうですが……物語の主軸がはっきりするので読者が混乱しないし逃げてしまう可能性は減ります。緩急も生まれます。

 2は実は王道の面白い展開が待っているのに最初それを匂わせない(別のジャンルっぽい、日常物とか)印象を与えているので、伏線を入れると言う意味で街に入った瞬間殺人事件を読者に知らせるなどしておく感じです。これでかなりマイルドに読み進められると考えます。


 参考文献による高田の考えなので、主観強めですが定石は踏襲していると思います……が、あくまで参考程度です。



・町の人を助けたい、と言う目的が出てからの敵は明確です。

 ミステリっぽくダイナミックに展開される、加害事件と過去の殺人事件の犯人捜しですね。これは過去の事件と相俟ってとてもエレガントでした。

 敵に関しては主人公(達)と価値観は同じか、どう違うかが描かれたり、最後赦すか、赦さないかを主人公に迫ります。

 そんな中、ユニオーはわかりやすい「悪」でしたね。価値観も正反対で、アルルも容赦なく断罪出来る。常に親と言う虎の威を借りる、一人で立ち向かう「勇気」もない。

 「ヨゾゆけ」的に最後の最後でユニオーがちょっと同情できるキャラと言う事実が分かる展開も苦みが残ってありかなと思いましたが、これはこれでカタルシスがあるお話でした。



●ざっくりまとめ


・独特な色と引き込むセンスはあるのでこの路線で正解。

・遍歴物語だが導線の引きが遅いために読者が逃げてしまう可能性がある。

・キャラが良い。

・物語的な事件はあるが、主人公を単体攻撃する様な困難(そして葛藤)があまりないのでそれがあればもっと(ビルドゥングスロマンとしては)面白いものになった。

・ヨゾラが可愛い。




 総論は以上です!


―――――――――――――――



2、各論


●第1歩


 唸るくらい掴みは完璧、非の打ち所なしで百点満点はなまるマーケットです(意味不明)。

 魅力的な始まり方は読者の理解出来る範囲の斬新さ、謎、興味を引く展開があり、それらがスピード感満載で繰り広げられているかどうかがカギです。静だろうが動だろうがですね。


 ここの掴みをまとめると、 


>昔、国がひとつ消えた日の事である。

>青空を背景に、魔力線が火花を飛ばして切れた。

>「大好き、愛してる」「げ、元気で、元気で!」


 国が無くなったと言う衝撃的なアナウンスから、すぐさま仲睦まじい親子が列車のなかで怪奇事件に巻き込まれ、人々の緊張感が最高潮に達する最中、子供を救うための家族愛に感情移入させる……。

 何度でも言おう、これ以上ない始まりです。これを読んで次の話を読もうと思わない読者は多分何を読んでも一話しか読まない方だと断言できます(何回読むって言うねん)。


>小さな手がイサリの指を必死に掴んでいる。涙が雨のように息子の上に落ちていった。息子の手を離せない。二重底を閉じることができない。

>夫婦が、何度も見てきた息子の仕草だった。その様子を「魔力切れ」と笑った事も>あった。いつも、幸せや、安堵とともに見てきた仕草だった。息子の寝顔が目に入る。歯を食いしばった。一気にファスナーを閉じた。

>そして鞄の口紐を力いっぱい絞ると、その場にへたり込んで声を上げて泣いた。


 家族物に弱い高田もガチ泣きした(どうでもいい)。この掴み&感情移入を短い中でやってのけるのは本当に凄い。

 しかも伏線が満載と言うのもこの回の魅力の一つです。



・ちょっと勿体ないなと思うのはこの一話がこの先置き去りにされてしまっている事です。実際にはちょこちょこ小出しにされているのですがこれからのストーリーとこのエピソードはほぼ断絶されている(ように見える)ので、もう少し繋がっている感があるとより完成度が高くなったと考えます。



●第2歩


>しゃべる猫なんてそう珍しくもないけど。


 一応章を跨いでいるので(と言うより時空が変わっているので)ここでも掴み的な始まりがあると良いのですが、二話目も掴みは申し分ないですね。「記憶喪失」と「喋る猫」と言う良い感じに謎を残して進めています。珍しいものを珍しくないけどと言わせ、それだけで「おっ」と思います。

 作者様は恐らく天性の掴み上手(何だそれ)かとお見受けします。計算してやられているなら尚更ヤバイ。


>また、あの夢を見た気がする。雨の中、暗い穴へ押し込められる夢。落とされまいと必死に掴まっているうちに目が覚める、おかしな夢


 と言う訳なのであの赤子は恐らくアルルなのでしょう。違う可能性も十分ありますが、仮に前話に全く触れなかった場合「あの赤ちゃんはどうなったの?」と言う読者の疑問が先行→第1歩いる?と言う大変残念な結果になるので、それを冒頭で回避しているのは危機管理能力(言い方)が高くて素晴らしいと思いました。


>近くで河の流れる音がする。


 もう一つ面白いのは始まり方が神話の構造と似ている点です。神話に出てくる英雄は赤子の時に流されて自分の出生や親を探す(復讐する)と言うのが定石なのですが、アルルはどこかから「漂流」し「河」で目が覚めます。

 作者様が意図して構造を模倣したかは分かりませんが隠喩としてはかなり分かりやすいヒーローズジャーニーです。物語に慣れている人々の深層心理にスっと「お話」が入って来る導入と言う訳ですね(開始五行でどんだけ語ってんだ)。


>「私に名前をつけてください」


 恐らくほとんどの日本人が吾輩は猫である~のくだりを思い出す気がします。ネタか、あるいは伏線か。

 それにしてもこのヨゾラの口調、二週目以降は違和感が半端じゃない。笑

 正に「猫を被っている状態」ですね。



>「熱っ!」

>「あっち!」

> 黒猫と青年は同時に声を上げ、慌てて後ずさる。

>「キミ、魔法下手なの?」


 ここのシーンで一気にキャラに親近感が沸きます。謎な二人が謎の展開でいるなか、こうしたコミカルな場面でキャラに愛着を沸かせるのは巧い手だと思いました。



>黒猫は立てた尻尾をゆっくり左右に振っている。


 微妙に揺れ方は違う物の猫は嬉しい時、苛々している時、獲物を狙う時(わくわくしている時)に尻尾を振りますが、これはわくわくって感じでしょうか。可愛い。


>「はーやーくー」


 もう素が出てきている。笑



・この回では魔力、フィジコ、囁き猫、王族ネコ、ふしぎなものたち、と立て続けに専門用語が出てくるのでちょっと危険な香りがしましたが、そこまで固有名詞と言う訳でもないので許容範囲なのかなと考えます。

 仮に囁き猫と王族ネコの二ワードも聞いたことのない専門用語だった場合読者を現実に引き戻す可能性が高くなります。

 もう一つ、ここはまだ冒頭なので今後この二つの単語が出てこない場合(伏線でなかった場合)地の文的には贅肉になってしまうのでこれも注意です。



●第3歩


 大変微笑ましい回。「ヨゾゆけ」の場合シリアス要素も強めですが、こんな感じの旅をずっと続けるだけの小説でもそれはそれで読みたいし需要もある気がします。やはりキャラが良い。


>「目の色が綺麗な緑色だ」


 と言う訳なのでヨゾラの(生態学的、遺伝的な)先祖は寒い地方の猫だと言う事は判明しました。熱いのは恐らく苦手でしょう。そして緑は新しい訪れと豊穣の象徴(春とか)であると同時に、英語圏では嫉妬の象徴でもあるそうです。

 全てが当てはまる訳ではありませんが「新しい訪れ」なんかはぴったりのシチュエーションですね。



>「ヨゾラかなぁ?」

>黒猫は背中越しに答えた。

>「うん。これは間違いなく夜空だよ。自信持ちなよ」


 一見コミカルですがフラットな視線で見ると中々哲学的な会話なので、そう言う意味でも素敵なやり取り。



>「ヨゾラだ。決まりだ」


 ヨゾラもあとで了承する訳ですが、ちゃんとアルルが先行し意思表示して決定している辺りが今後相棒としてやっていく事を思うと感慨深い。



・私が読んだ所までではまだヨゾラがどんな存在なのかほとんどわかっていませんが、名前を付ける行為を「命名」というくらいなのでここは多分、いやほぼ間違いなく重要なシーンなのだと考えます。

 冒頭からこれまで謎と伏線がいくつも散りばめられているので、ラストに向かい徐々にヒントを匂わせつつ、クライマック辺りで一気に全てがどんでん返しするレベルで明らかにされる展開が理想的ですね。そんなカタルシスを期待しています(無責任にハードルを上げて行く)。



●第4歩


>お前すごいな! そんな『もの』聞いたこともないや


 この辺でそろそろアルルの世界の見え方が気になってくるころですが、もうちょっと勿体ぶりますね。この時点ではものと言っていますが、絆が生まれ出してからはそう呼称しないのも面白い対比です。



>アルルには全く覚えの無いことばかりだった。


 物語最初の記憶障害(喪失)も謎を扱う定石ですね。

 しかし最初の列車の出来事、ヨゾラの存在、専門用語、そしてこの状況、と言うこの短期間で読者にとっては覚えておかなければならない事が些か多いので、せっかくの伏線が台無しになる可能性があります。

 これは良くあることですが「続きが気になるvsよくわかんないからもういいや」の構図です。やらないのは駄目だし、やりすぎても読者は離れて行くと考えます。

 これで何か一つでも説明をする展開が入っていたら完全にアウトでしたが、それはなかったのでさすがと言った所です。ギリギリのラインを攻めている。



>小さい頃にアードンさんのロバに蹴られたらしいが、その記憶がアルルにはないのだ。


 これはちょっと細かい事ですが、このアードンさんは後で出てきますでしょうか。もし出てこない場合は名前を上げる必要がありません(でも多分出てくると予想)。

 キャラクターの役割は主役級、モブ、エキストラがあり、エキストラはただの通行人的存在なので名前を与えると伏線っぽくなってしまいタブーな行為となります。そして伏線だとしてもアードンさんは60歩まで出てこないのでそれ以降に出て来ても読者が忘れている可能性は高いと考えます(蹴られたことを忘れる、と言う行為の方が伏線だったとしても)

 とは言いつつ無視して良いレベルの指摘です(じゃあ書くな)。



●第5歩


>警戒されている事が妙に不愉快だった。


 やってもいないのに泥棒を捕まえる様な態度をされたら誰でも不愉快になりますね。キャラの感情を説明的ではなく直感で示す凄く良い文章に感じました。「妙に」と言う台詞で何故不愉快なのか理解できていないのがわかるので、その辺りもヨゾラっぽさが出ていて好き。



>どうしていいかわからないので、ヨゾラは思った事をそのまま言った。

>「うれしい」


 可愛い(思った事をそのまま言った)。



・ひとつめ。での二人のやり取りやチグハグの記憶、後半の夢のくだり、アルルの台詞にも出てきた蛙(帰る?還る?)、暗喩的な意味深の河、怒るヨゾラ、二人で一緒に寝た時には夢を見ない(同一人物?分身?)……などなど考察すればキリがないので書きませんが、作品の雰囲気を最大限に生かした伏線と謎の魅せ方に思えました。

 これがボーイミーツガールだと話は変わってくるのですが(いや、ある意味ボーイミーツガールか……?)やっぱり猫と言うのがいいですね。「ヨゾゆけ」のコンセプトは何かと問われれば自信を持って言えるのはヨゾラと言う存在でしょう。





 後編に続きます!


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