第18回 異世界ひとくい物語 / 荷葉詩織 様

※企画内容にもあるようにこれは「分析→評価」の結果であり、決して作品を否定している訳ではないのでご了承ください。


「異世界ひとくい物語」 荷葉詩織 様

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891451426


※突然なのですが、当企画は今回から長編の規定を十五万字前後かキリの良い所までにしました(回転率の理由です……)。なので第二片の序盤まで読ませていただきました(第一片で大体十万字)。


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1、物語の総論


●ターゲット


「ダークファンタジーやそう言う類の世界設定、群像劇を見るのが好きな十代~二十代前半。どちらかと言うと女性向け」


 と言う感じかと思います。

 年齢設定の理由はダークファンタジーな所とキャラの信念や物語の主軸的なものが判断材料です。どちらかと言うと女性と言ったのは心理描写が詳細だから。

 ファンタジー特有のがっつり冒険しながら壁にぶち当たって葛藤する、と言うよりかは世界感や枷と共に元から持っているキャラの葛藤を掘り下げる事を採用しているように映りました。作者様は心理描写の引き出しがかなり豊富です。やばし。



●簡単な要約


「世界に翻弄されるキャラクター達が、自分の生きる理由や目的を探す物語」


 まだ途中ですが、こんな感じに要約します。

 異世界転移ものだし冒頭で架音が出てくるので彼女が主人公……かと思いきや、実際はローズマリーやセージ、フェデルニウム達の異世界側のキャラが最初はメインなので、要約にはあえて主人公と入れませんでした。

 各キャラクターが平等に主人公格として扱われている為、グランドホテル方式と呼ばれる手法ですね。これ小説で魅せるのはめっちゃ難しい方法なので、挑戦しているなぁと感じます。

 そんな中あえて一番の主役を決めなくてはいけない、とするとやっぱり架音になるので異世界転移設定を上手く利用できているとも思いました。



●テーマ


「生きる理由」「幸せ」「継承」


 まだ物語途中ですが、読んでいてピンと来たのはこの辺りです。

 題材は「血筋」や「呪い」と言う分かりやすい枷であり、それをなんとか治そうとする、抗おうとする(受け入れようとする)王道のストーリーです。その中でも特筆すべきこの作品の魅力は三つの師弟関係が同時に展開すると言うのがダイナミックだし激熱だと思います。高田はアンサンブルプレイが大好物です。


 その為、久しぶりに「勿体ない!」と叫んだ作品でした。雰囲気、設定、キャラ、人物相関が超面白いのに、序盤の物語の構成でその良さがベールに隠されています。

 そう思う理由は視点がかなり頻繁に交差してしまう事です。

 途中からはそれが持ち味になって来るので良いのですが、最初だけでもローズマリーサイドと架音サイドの分けるブロックをもうちょい大きくするとPV数は伸びると断言できます。


 視点変更を多用する点についてはまた後で語ります。



●物語の構成


・序盤はローズマリーの方がメインで進みますね。

 そう判断した理由は最初に物語が転がり出すのがローズマリーとセージ視点だからです(セージが呪いを受け、ローズマリーが旅の目的を設定する所)。

 このプロットだと「物語の主軸は師匠が弟子を治すお話なのかな~」って感じで進んでしまうので、最初に物語を転がすのは一応物語全体の主人公である架音サイドの方が無難かもしれません(フェデルニウムと旅立つところ)。

 そこから物語の導線を引けると割とシンプルに読者は頻繁な視点変更を受け入れられるのかなと思います。



・序盤から世界観の説明が先行し、キーとなる「呪い」が出てくるタイミングが若干後になる為、初速が遅い印象を受けます。

 初速に触れたので、ここで物語冒頭に採用した方が良い重要な事を参考文献から簡単に紹介します。


1、最初はとにかく物語を進める

2、天地人を知らせる(主に舞台になる場所)

 

 。大抵、読者が逃げてしまいます。

 この話面白いな~と思わせる前の世界の事情(つまり設定)説明や、感情移入する前のキャラの過去等は詳細すぎると読者にとって(その時点では)目が滑る情報になりがちです。

 どんな作品も読者は徐々にいなくなるものですが冒頭で大体の読者がいなくなります。途中から誰もが面白いと思う作品だとしても読まれない……と言う世知辛い結果が待っています。

 それくらい最初のスピード感は重要です。スタートからアクセルベタ踏みのまま、「掴み」が終わるまで足を離してはならないとされます。


 一応意識しておいた方が良いのは読者が見たいのは設定ではなく物語だと言う事です。物語の末、ラストにネタバラシとして設定が長く語られるならアリですが、序盤から設定の説明が多いとちょっと危ないかもしれません。

 例えばですが映画を見に行ったのに、作品の合間に監督(作者)が映画の事を語るシーンを挟んだら「ちょ、いいから物語を見せて!」となる事と同じです(わかりにくい)。

 そしたらSFやハイファンタジーの設定をどう読者に知らせたら良いねん!って話になりますが、そこが作者の腕の見せ所って感じでしょうか(詳細な、と言われてもどこまでが詳細なのか、と言うのは作品にもよると思うので……)。

 SFの場合理解できないけど何故か面白いって作品もあります(攻殻機動隊とか)。その例を取るとストーリーが面白ければ読者はとりあえずついてくるって言う事実でもあります。「異世界ひとくい物語」はストーリーがかなり面白いのであえて設定や説明を詳細に挟まず、中盤以降から小出しにすると言う手もあるかなと考えました。


※余談ですが説明が長くなる時の読者の退屈を防ぐテクニックとして「人物を常に動かす」と言うものがあります。公園を歩きながらだったり、本をめくりながら、ゲームをしながら等、なんでも良いのでキャラを動かしながらやると停滞感を緩和出来ます。

 長い説明は漫画やゲームですら目が滑ると言われているので、活字だと尚更顕著になりますね……(ちなみに一回の会話や地の文に詰め込める説明は一呼吸する範囲が限界値と言う説があります)。



・少し前に書きましたが、視点変更の多さが持ち味の作品になっていると思います。これは大いに個性だと思うのですが、懸念すべきこともあります。

 説明の話とちょっと被ってしまうのですが、視点変更が多くてもOKになるのは物語の主軸が示されている場合です(お話のゴールがわかっている→読者が何を目的に読むのか迷わない)。

 なので、物語が転がって行く前に頻繁に行うのは確率的にNGです。これは主観や参考文献云々もそうなのですが、より事実ベースで言うと最初から視点変更しまくる作品は世の中には少ないと言う事が挙げられます。商業誌でも(プロでも)その進め方は採用しない→魅せるのが難しいと言う事実だと思います。

 と言う訳で冒頭だけがちょっと危険です。勿体ない!と言ったのはこの部分です。

 ちなみに読み進めれば面白くなると言ったのは、読者に物語の導線と主人公格がたくさんいると言う事が後々分かってくるからです。それが冒頭の早い段階で示せていれば序盤での視点変更も問題ない事になります(ほぼ同じこと言ってるなこれ……)。


※再びちょっと余談的に、視点変更の危険な点についてもう一つ(しつこいですがそれくらい重要なので……)。

 変更する度に緊張感がリセットされるのでスピード感が落ちます。テレビ番組の最中に何度も何度もCMが入る感じです。

 各シーンには「目的」があります。「A」と「B」と言う事を読者に知らせる為にシーンを書くとして、「A1→B1→A2→B2」のように何度も分割してしまうのは何を見せたかったのか読者が分からなくなる事があります。

 プロット上「ここにはこのイベントを書く」と決めたら、そのシーンが終わるまで別のシーンを挟むのは回避するの方が無難です(今回の作品のように主人公格がたくさんいる場合は絶対ではないです)。


 目的としていわゆる「引き」を作る為にやるのだとしたら、1、2回だけ物語の中で超重要な場面で使う感じでしょうか。CM同様にやりすぎると「この先どうなるんだろう」と言う期待より「またか……」と言う感想になります。

 (やっても1、2回と言うのは誤解のないように言っておくと視点移動全体の話ではなく、視点移動の中でもイベントの最中の視点移動、引きのシーン分割の話です)



●各キャラクターについて見て行きます。


 キャラクターには欠落(加害)があり、それを回復(逃避)する為に物語が進行します。外面上の物は必ずありますが、内面上の葛藤はあったりなかったりします。


・架音

外面……元の世界へ帰りたい

内面……生きる理由、目的が欲しい


 恐らくこうだと思います。

 元の世界に帰る為(呪いを何とかする為)に旅を続け、その中で葛藤し元の生活の尊さに気付き、内面の「生きる理由」や「居場所」的な悩みに気付いて模索していく訳ですね。冒頭から架音は日常生活に不満を抱いているので、内面の葛藤が等身大の女の子って感じで説得力があります。

 フェデルニウムが最初中々風当たり強いのにもかかわらず、めげずに振る舞う所は見ていて良い子だなぁと好感が持てました。

 よくある設定で主人公は二つの世界の性質を持つ者であることが多いのですが(二つの世界とは日常世界と、物語が始まる非日常の世界のこと)、架音は元居た世界と異世界の中間的立場にいる特別な存在なので、正に主人公だな~って感じです。


 ちなみに「架」と言う文字が継承されて来たのは彼女の種族の生い立ち的に「十字架」から来ているのかなと予想します(全く違ったら恥ずかしい)。

 そう言えばキラキラネームで悩んでいると言う設定がまだ活かせていない気がするのですが、後にその設定は出てくるんでしょうか(読んでいない所にあったら申し訳ない)。もし今後もない場合は蛇足な設定になるので、やめるか、どこかに入れる必要があります。



・セージ

外面……呪いを解きたい

内面……マリーを支えたい


 内面がちょっとこじつけ気味ですが、こんな感じかなと思います。

 セージは分かりやすいですね。ちょくちょくマリーと言い合い(じゃれ合い?)になりますが、何だかんだ真っ直ぐな好青年で好きです。

 彼はマリーと共に呪いを解く為に旅をし、内面では何もできない無力な自分に葛藤します。この流れだと最終的には呪いを解くorオグルになっても自我を保てるようになる等(呪いと共存)、マリーから継承する事で象徴的に彼女の力にもなる……みたいな感じでしょうか。マリーもちょっと闇が深そうなのでセージが内面の葛藤をクリアするのに一筋縄では行かなそうですが、そこがまた面白いですね。



・ローズマリー

外面……セージの呪いを解きたい

内面……セージ関連で過去に何かある?


 優先度はセージより先にマリーやろ!と思いますが、彼女の内面がまだ完全に明らかにされていないのので(読んだ所までは)セージより後にしました。

 外面の目的は多分セージと同じですね。内面はまだ語るには情報が足りないと言うか、伏線的な物がいくつか張り巡らされていたので、ここでは割愛します。

 二人の出会いが気になる所です(今後、他の書評の合間に全部読ませていただきます)。



●敵について


・敵も外面と内面で分かれたり、同じだったりします。まだ終わってないし主役が多いので全員分を詳細には出来ませんが、ほとんど各キャラクター共通の敵だと思うので架音を軸にピックアップします。


・外面は帰りたい(呪いを解きたい)と言う理由なので、それがなかなか上手く行かないと言う世界的な枷が敵です。もしくはその障害になる三つの国の情勢やシイバとかでしょうか。これはマリー、セージも共通です。

 内面の生きる目的等はリコルダとフェデルニウムの会話でもわかるのですが、多くのキャラが当てはまります。その大きな壁になっているのは魔法だったり、呪いですね。

 その呪いを振りまいているのが主人公とラスボス(シイバ)って言うのがまた面白い構造です。

 ちなみにラスボスは主人公の影であるのが定石です。正に同じような性質で二人のみに与えられた能力(?)があり、主人公は呪いを振りまきたくないのに対しシイバは真逆です。今後この二人が関わった時にどう化学反応が起こるのか……面白くない訳がないですね。


・クライマックス後、ラスボスに対して主人公は和解か赦せないかの選択を迫られる事になります。

 私が読んだ所までではまだ二人はコンタクトしていないのでどうなるかわかりませんが、濃厚に絡むまでに架音の信念も大分変化していると思うのでシイバを退けた後、最終的にどういう価値観のバトルになるのかが見ものです(シイバがラスボスじゃなかったらすいません)。



●日常から非日常に行く事で物語は進行して行きます。


・異世界転移物なので、これは分かりやすいですね。架音が異世界に行くところが非日常の始まりです。セージ・マリーサイドは呪いを受けてしまう所ですね。


・非日常への出発後には、主人公の行動に対して制約やタブーがあるものですが、架音の場合は人の多い所に居る事が出来ないと言う事ですね。これはかなりの制約で、物語の緊張感を高めるのにちょうど良いです。無意識に人を傷つけるってキャラにとっては凄く強力な枷なので、素晴らしい設定だと思います。困難が大きい程物語は面白い。


・最終的に日常に戻って来ることで物語は終了しますが、その時にキャラの目的が達成されるか、しないかが決まります。

 達成されない=バッドエンドって訳でもなかったり、外面だけが達成されたり、内面だけが達成されたり、ここは結構深い所です。

 個人的には内面の目的が達成されるかされないかでハッピーエンド型かバッドエンド型に分かれるかなと思います。


 この作品はまだ終了していないのでどう転ぶか分かりませんが、物語に共通するのは達成した場合に何が失われたか(物語は失った物の大きさで得た物の大きさを表現しようとする)が描かれます。

 例えば架音だったら元の世界へ帰る事で今までの日常がどう変化し(または帰れない結末で何が変わるか)、生きる目的を得る代わりに何が失われるのか。または生きる目的は見つからないまま終わるのか。

 どっちにでも転べるような材料が作中には散りばめられていたので、どういうエンディングを迎えるのかが楽しみです。




総論は以上になります!


―――――――――――――――――


2、各論


●魔女の予感


・最初から何者かが何かに悩んでいるシーンから始まります。これはとても良いですね。冒頭から主人公が悩んでいるとその後の導線が引きやすくなり、読者も物語の始まりを意識出来ます。


・中盤からマリーとセージが出てきますがこの二人も主人公なので、第一話だけこの視点変更を採用するのはありかもしれません。二週目以降に読むと二人が主役級とわかっているので違和感がないのですが、初見はどうしても主軸がぶれてしまう印象でした。


・若干掴みが弱いように映ります。不安要素もあって「何が起こるんだろう」と言うわくわく感はあるのですが、もう少しだけ緊張感や確実に読者を絡めとる何かが欲しいと感じました。


●まろうどの噂


・セージが愛されている事が示されて微笑ましいシーンです。が、まだ掴みの段階である冒頭でやるにはテンポが悪くなってしまうので……もう少し説明を減らすなどしてスマートに進める必要があります。


・ここから異世界視点で少し話が進んでしまうので、読者は「主人公っぽい女の子はどうなったの?」と言う違和感が残ったまま読み進める事になります。できれば主人公を起点に進め、なるべく早く物語の導線を主人公側から引く方が良いかもしれないです。


●少女、異郷に墜つ


・この辺から世界観の壮大な感じが出て来て非常に良き。

 初見ではこの「まろうど」は主人公かと思いましたが違いましたね。ラスボスと主人公と同じ登場のさせ方をするのは面白いと思いました(もしかしたらワザとか?)。定石ではりますが中々見ない優れた演出な気がします。


>人の目を気にしてばかりの臆病者だ。そうした自己評価は概ね正しい、と架音は理解している。


 この辺が異世界から帰ってきた後どう変わっているのかが見せどころなのかな~と思いました。フェデルニウムとの成長過程を描くところですね。


>「あなたは神様を信じますか?」

>「は?」


 リアルだったら完全にヤバい奴。笑

 まだ途中までしか読んでいないのでわかりませんが、この存在は伏線的に終盤辺りに絡んで来るのでしょうか。超重要なキャラですね。


・異世界の情勢や歴史、セージと村人の話より前に一話から続けてここの異世界へ渡るシーンをやった方がストーリーが進むので、読者的には分かりやすいかなと思いました。


●ともくいの鬼


>「まっさかぁ。こんなド田舎に客人がやってくるわけないだろう」


 盛大なフラグ。

 そういえば「客」人と呼ばれていますが、かつてこの世界にとってもてなそうと思うような事を客人がしてくれたのでしょうか。とか妄想する。


>「えっ、ほんと? わーいやったぁ!


 は?かわいい(直球)。


>「にげて、マリー」


 ここから物語が転がって行けば長さ的に丁度良いので、出来れば最初のこのイベントは分割せずに進めた方が良かったかもしれません。もしかして作者様は焦らしプレイお好きですか?(セクハラ)

 ここまでセージが好青年の良い子に描かれてきましたので、鬼への変異は「どうなっちゃうの!?」と言う読者の感情移入に成功していると思います。


●ともがらよ、報いを受けよ


>彼だった頃の神楽は、ごく普通のサラリーマンだった。


 視点変更のデメリットとして総論で言った指摘の例ではこの辺りが代表です。物語が動き出したか!?と言う辺りで全然知らないキャラの過去の説明が入るのでテンポが滞ります。既に一万五千字を超えているので読者が逃げてしまう可能性が高いです。

 これは二十回近くやってきた書評企画から来る客観的な判断ですが、ウェブのライトユーザーは一万字を超えた時点で面白いと思わせる物語の展開(ストーリーが進む)がないとブラウザバックしてしまう(PV数が低い)傾向があります。


 この次の話で架音が出てくるのでそっちを優先する方が無難で、ここの回はもう少し後に取っておく方が良いと思いました。フェデルニウムと言うキャラを知る前に転生者だったと言う設定を知らされても読者的には「ふーん」で終わるので、彼と言うキャラに感情移入させてから後々分かる方が衝撃的で面白くなります。


●せめてこの手で、せめて祈りを


>であればこそ、ここが異世界であろうとそうでなかろうと、やるべきことは「おうちにかえる」のひとつだけ。


 ここで明確な主人公の目的が出てくるので、導線が引く事に成功しています。帰りたいけど帰れない!って言うのは王道で受け入れやすいと思いました。無力なのも困難になるので良いポイント。


>呪詛転変


 この文字の雰囲気と語呂が好き。

 セージがオグル化し、すぐに呪詛転変がどんなものかと言う説明が入ってしまうのでとりあえずこのイベントが終わってから説明をする方が緊張感が途切れずに進められます。


 余談ですが、物語には「シーン」と「シークエル」があります。

 シーンは出来事や葛藤、シークエルはその事に対するリアクション、ジレンマ、決断です。

 この場面であればシーンでオグルになったセージをなんとかする所、シークエルでこの事に対する細かい説明やジレンマを描くと場面の目的の使い分けがより明確になります。


●いざ、故郷へと凱旋せん


>「残念だけど選択肢は、……このまま森と共に逝くか、それとも私の旅に着いていくか。二つに一つよ」


 マリーの台詞です。二人が旅立つのに申し分ない動機付けで強力な説得力があると思いました。


●もはやこの身に救済は無く


>「あぁ、私も残念でならないよ……戦友よ」


 ほんの少ししか出てきませんが、この二人の関係が好きです。「とも」のニュアンスが違う所を鑑みるに色々と妄想できます。たったこれだけの掛け合いで二人の過去のスピンオフがあっても面白そうだなと思いました。


>だからボクは、死が憎く、死が愛おしい。ゆえに死にたい。


 ここは伏線かな~と思いました。架音が殺すのか、マリーやセージが何とかするのか、そもそもシイバは殺されるのか、はたまた別の方法で救われるのか……気になる所です。敵キャラが魅力的なのもこの作品の一つの強みですね。


>そして神楽は降り立った。もう1人の「客人」の元へと──。


 この辺からようやく架音サイドが動き出すので、やはりもうちょっとまとめた方が見やすい印象を受けます。群像劇とは言え小出しにし過ぎるとキャラクターも多くなるので一旦戻ってどんな人物だったか確認する時が何度かありました。


●「たとえこの魂が朽ちようとも、キミだけは」


>「この……っ、人殺し……!」


 転移していきなり絶望をぶつけるのは良い困難だと思いました。酷い目に遭うのは主人公の宿命ですね。頑張れ架音……。

 ちなみにここで視点変更が入ってしまうので、せめてこのままフェデルニウムと邂逅するくらいまではやった方が読者は分かりやすい気がします。時系列は大幅に違わなければそこまで気にしなくても大丈夫です。


●もう、「ひと」ではなくても


 最初に論文が記載されますが読者にとってさほど新しい情報がないのでストーリーの贅肉感が出ています。物語に出てくるものは全てが主軸に関係する事でなければならないとされます(極論です)。


●阿鼻叫喚の狭間


>はじめに、世界があった。

>それから、命が生まれた。


 ここの場面の目的は読者に対する呪いの説明なので、そのルーツまで紹介する必要ありません。

 神話めいた壮大な物語でわくわくするのですが、ルーツを紹介するにしてもここではまだ完全に物語が転がり出していない為この時点での世界説明は場面の選択ミスな気がしました。もっと後か、冒頭でやってしまうか……。もしくはちょっと長いのでストーリーを進めながら小出しにしていく方法を採用する方が無難かもしれません。


●瑞碧の海を見はるかし、魔女は憂う。そこは世界の異端。さぁさぁ語れ、世界の秘密を騙れ。おいでませ軍国へ


 文庫本一冊の文字数は十~十五万字くらいとされます。ここで既に約六万文字ですので読者の体感的には物語中盤です。

 構造的にこの辺りではハラハラする展開の最中にあり物語がどんどん進んでいる事が理想ですが、ここの割合的にストーリー進行が一割、説明が九割と言う印象なので停滞感を感じました。軍国に間違って入国してしまうようなトラブルがこれまでにもいくつか欲しいな~と感じます。

 

●くらい、くらい、やみのなか


>「Horum mutuo postulaverit lapide pretioso reginae uxori veniam nigro album lux hominum benevolentiam deam misericordiae」


 詠唱格好いい……こういうの考えられる方尊敬する。ちなみに元ネタ言語はラテン語ですか?


●愛すべき我が命、慈しむべき我が理


 この回の前半はヨーロッパの何処かにありそうな神話を読んでいる気分になれます。想像力が爆発して楽しい箇所でした。ハイファンタジーながらも世界の成り立ちから細かく考えられている事が伺えます。


●そしてぼくらは夢から醒めた


 それぞれの国と人物の関係性が明らかになってきて、さらにマリーが勧誘されたりしてこの辺からいい意味でぐにゃりと複雑になってきました。

 タイムのキャラがグッと引き立つ回でもあります。ポンコツを演出してきた伏線がめちゃくちゃ活かされていて、面白いキャラだなくらいの感想でしたが高田はここでタイムが好きになりました。ギャップは大変効果的なので私のような読者は多いと思われます。


●少年よ闘志を抱け、戦意を掲げよ


 この辺は視点移動でもかなり汎用的且つ有効な使い方だと思いました。○○サイドと〇〇サイドの交換ではなく、同じ視点の仲間が違う敵と戦う激熱王道展開です。視点変更しても物語が繋がっているのでスムーズに物語へ入っていけると言う訳ですね。

 加えてマリー側でもタイム側でもちゃんと同じ話題を扱っている事がシーンの目的をブレさせない役目を果たしています。これで違う話をしていると読者的に「ん?」って事になりかねないので、上手い方法です。


●だからこの命は、きみのために。


>「私もフェルさんと同意見です。


 めちゃくちゃ久しぶりに喋る(高田の中での)主人公。彼女への悲劇は十分ですがもう少しだけ序盤からの活躍が欲しいかなと感じます。今のところ存在感的に重要モブ以上主人公以下な気がする(そんな主人公もたくさんいますけどね!)。


>魔法で注いだお代わりの紅茶をひとくち含み、舌を湿らせてから更に言葉を続けた


 何度か申し上げましたが説明の前や最中にこういうちょっとした所作が入るのは大変良いです。停滞感が薄れて飽きずに読めます。


●〈閑話〉灰被りと魔法使い


 何気にここの話がめちゃくちゃ好きです。一番好きと言っても過言ではないかもしれない。

 このたった一話で二人が今後どうか関わって行くかと言う凄まじいスパイスが降りかけられています。彼らは明らかにラスボス(的な存在)ですし、相方の無邪気な所がまた強キャラ感あって主人公達の素晴らしき壁になってくれる予感がします。もちろん表面的にも精神的にも。

 章の間に意味のない話を挟む作者様は多いですが(自分で言っていて耳が痛い)、ほんとに凄く良い閑話だと思いました。かなり重要な伏線。





 第二片の序盤まで読みましたが、中途半端になってしまうので各論はここまでになります!

 


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3、作品の強み(弱み)や個性だと思う所(主観多め)、及び雑談。


・何と言っても持ち味は世界観の広大さです。日常の狭い世界での人間ドラマも面白いですが、この作品のような世界を股にかける物語は正に壮観です。やはりハイファンタジーは浪漫があって面白い!と思わせてくれる作品でした。


・数々の伏線を残して第一章終了ですね。

 第一片で作品を物語る下準備が完成したと言う印象を受けます。この作品のスケールのデカさを知らせるには丁度良い長さですが、約十万と言う文字数を考えると物語の進みが遅いのはやはり気になる所でした。面白いのに読者が逃げてしまうと言う事態が悔しいし怖い。


・構造上の特徴を上げるとしたらやはり視点転換でしょうか。一気読みだと気になりませんが、連載を追っている読者や忙しくて連続で読めない方の場合どうしても読み返す部分が出てくる可能性が高くなると考えます。諸刃の剣ですね。


・ローズマリー、タイム、セージ、と来たのでローリエとかブーケガルニも名前的にはアリで可愛いなとか思ったりしました(この後で出て居たらごめんなさい)。


――――――――――――――――


 以上です!


 最後に再び申し上げますが、気に食わない所があったら「高田はわかってないな……」くらいに思って頂けると助かります。もしくはコメントにてご指摘下さい。



 荷葉詩織様、素敵な作品をありがとうございました!



 次の第十九回は、リエミ様の「アパルトマンで見る夢は」を拝見させて頂きます。

 

 

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