第11話 教団の気配

駐屯地は街の外れにあった。塀に囲まれ石造りの兵舎が並んでいる。出入りの門は二人の兵士が固めていた。


「王都付きの憲兵隊第一小隊長、オリガ・アルムグレーンだ。通して欲しい」


 兵士達は敬礼で答えたが道を開けはしなかった。


「中尉殿、恐れながら申し上げます。お連れの方たちをお通しする訳にはまいりません」


「この者たちは国王陛下直々の命で私に協力してくれている。身分は私が保証しよう」


 国王と聞いて兵士たちはたじろいだ。


「任務に忠実なのはまことに結構なことだが今回は例外だ。通してくれ」


「失礼いたしました」


 兵士たちは道を開け敬礼で三人を見送った。


「いいのかよ、俺はともかくフランクは国王に会ったこともねえだろう」


 リンドウが小声で言う。


「陛下は私に頼むと仰った。私のやり方を信頼して任せてくださったのだ。この方便もきっと許してくださる」


 オリガに悪びれた様子はない。


「それよりフランク、申し訳ないが王都に戻れるのはまだ先になりそうだ」


「仕方ないな。その分報酬は弾んでもらうからな」


 そんな会話を交わすうちに三人は敷地の中ほどまでやってきていた。そこには兵舎とは違った造りの建物が並んでいる。平家ではあるが少し凝った造りの建物たちだ。

 オリガ達はその内の一つに入っていった。

 中にはロビーと受付があり役所のような雰囲気だった。


「オスカー少佐はいらっしゃるか」


 オリガが受付の兵士に声をかける。


「お名前とご用件をお聞かせ願います」


「アルムグレーン中尉だ。中央からの伝令を伝えに来た。」


 受付の兵士は三人を訝しんで見ていたがやがて席を立ってこう言った。


「少々お待ち下さい」


 三人は待った。五分ほどで兵士は戻ってきた。


「少佐がお会いになります。部屋へお連れするように申し付けられましたのでどうぞこちらへ」


 兵士の案内で三人は受付脇の扉を抜けて廊下へ出た。真っ直ぐ進み、突き当たりを右に折れた所にオスカー少佐の部屋がある。


「アルムグレーン中尉をお連れしました!」


 扉の前で兵士が声を上げる。


「入って貰いなさい」


 部屋からしわがれた男の声がした。

 兵士が扉を開け、三人は部屋へ招かれた。

 乱雑に本や書類が積み上げられた机に、士官とは思えないヨレヨレの軍服を着た五十絡みの男が向かっている。


「王都付き憲兵隊第一小隊長、オリガ・アルムグレーン中尉です」


 オリガは敬礼をした。その動きは洗練された美しいものであった。


「ん」


 オスカーはそれだけ言って手を額の前まで軽く持ち上げた。敬礼と呼べる動きではなかった。


「まあかけたまえ」


 オスカーがソファを指差す。


「失礼いたします」


 最初にオリガが腰を下ろし、フランクが後に続く。リンドウは袋をそっと床に下ろしてから最後に座った。三人座っても少しゆとりがあった。


「中央からの伝令というのは嘘だね、中尉」


 袋を見つめてオスカーが言った。


「仰る通りです。申し訳ございません」


「中身は死体かね」


「......はい。死因について少佐のご意見を伺いたく......」


 オスカーが机の上のパイプを手に取り火をつける。一服してからゆっくりと答えた。


「古代の魔術ばかり研究して中央から疎まれているこの老いぼれに協力出来ることかな?」


「ご覧頂けますか?」


 オリガの問いにオスカーはパイプを咥えながら頷いた。オリガの視線を受けてリンドウが袋を開ける。

 小男の死体には変わらず紋章が焼き付いている。オスカーは紋章を見ると驚いた声をあげた。


「これは......!」


「何かご存知なのですね?」


 オスカーは返事をする前にパイプを二、三度ふかした。


「中尉よ、君はこの国の神話をどの程度知っているかね」


「強力な魔術で溢れていたと教わりました」


「うむ、その通りだ。これをおとぎ話だと思うかね?」


「まさか史実だと?」


「断定は出来ん。だが大陸各地に同じような神話や伝承が残されているし、国境沿いに築かれている砦も今では造り得ない規模のものばかりだ。私はこれらの物は太古に大魔術師が溢れていた証拠ではないかと考えている」


 パイプをふかしてオスカーは続けた。


「この死体の紋章を見なさい。円の縁に模様が刻まれているだろう。これは古代文字だ。つまりこの男を殺したのは失われた魔術ということになる」


 リンドウはもとより、フランクとオリガも唖然としていた。


「いったい何者が......」


 オリガが呟く。


「......これは噂で聞いた話だが、近頃隣国のナバイで妙な教団がコソコソと動き回っているらしい。何でも大賢者の復活を唱えているそうだ」


 オスカーが静かに言った。

 ナバイと聞いて三人は顔を見合わせた。小男が言っていたローブの男たちの正体はどうやらナバイで活動する教団で間違いなさそうだ。


「少佐、ありがとうございました。早速調査いたします」


「くれぐれも気をつけるように。相手は相当なカルトらしいからな」


 オリガは立ち上がり頭を下げて部屋を後にした。

 リンドウとフランクも後に続く。


「なんだかえらい事になっちまったな。これからどうする?」


「無論貴様は私と一緒にナバイに行く。フランクはここで待っていてくれ。この先は危険だ」


「そうさせて貰うけどよ、ちゃんと帰ってきてくれよな」


「心配するな。約束は必ず守る」


 話しながら三人はロビーへ戻ってきた。オリガが受付で三人分の部屋を頼み、案内してもらった。またも相部屋であった。

 部屋へ入るとオリガは手紙を書き始めた。賊が死んだこと、裏でカルト教団が動いていること、ナバイへ入国する為の書類を送って欲しいこと、協力者への報酬を用意して欲しいこと。

 それらをまとめた手紙をオリガは敷地内にある郵便局へ持って行くと言って部屋を出た。暇だったのでリンドウもついて行くことにした。フランクはどこかへ遊びに行った。

 郵便局はリンドウが想像していたものとは全く違っていた。建物の横に大きな小屋が併設されており、大量の鳥が飼われている。デカイ鳥だ、翼を広げれば幅は一メートル近くあるだろう。職員と思われる男が書類や荷物を鳥の足にくくりつけていた。

 オリガの手紙もこの鳥達が運んでくれるようだ。三日ほどで返事が返ってくるだろうとのことであった。

 その間リンドウは見張りの兵士を二人つける条件での外出が認められた。オリガも随分甘くなったようだ。

 しかしその日はリンドウが駐屯地を出ることは無かった。少し早い夕食をオリガと一緒に摂り、後は泥のように眠った。オリガも同じであった。


 ーー日が沈み、月が出てから随分経った。昼間は血気盛んな兵達で騒々しいこの場所もすっかり静まりかえっている。

 差し込む月明かりの中で影が動いた。

 リンドウが目を覚ましたのだ。半端な時間に目を覚ました彼はベッドから降りて窓際に立った。

 フランクは他所に泊まっているらしく、ベッドの一つは無人であった。もう一方ではオリガが寝息をたてている。

 観音開きの窓を音を立てないように少しだけ開けた。風は吹いていない。

 いつものように懐からタバコを取り出す。しかしすぐには火をつけなかった。これが最後の一本だからだ。タバコを口に加えたまま空になった箱を眺めている。箱にはロングヘアの女の横顔がシルエットで描かれていた。


 十秒ほど経っただろうか、リンドウは呆れたような微笑を浮かべ、箱を窓から投げ捨てた。

 その瞬間、一陣の風が吹いて彼と元の世界を繋ぐ物の一つを闇に運んでいった。


 リンドウは最後のタバコをゆっくりと味わった。

 煙を吐くたびに故郷が遠のく気がした。


 一人故郷に別れを告げ、そっと窓を閉じてベッドに戻ろうと振り向いた時、オリガと目があった。


「悪い、起こしちまったか?」


「気にするな、自然に目が覚めただけだ」


「早寝が仇になったな」


「まったくだ」


 オリガは体を起こしてベッドに腰掛けた。リンドウも自分のベッドに座る。


「なあ、昼間話してた神話ってのはどんな話なんだ? これから追いかける教団と関係あるんだろ?」


「そうか、貴様は知らなくて当然だったな。確かに知っておいた方がいいだろう」


「だろ?」


「断っておくが私もそれほど詳しい訳ではないからな、参考程度に留めてくれ」


 そう前置きしてからオリガは話し始めた。

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