第4話 ダニア王国捕物帖

 リンドウが件の路地へ辿り着いたのは、時計が3時を指す少し前であった。雲が月を隠し、真っ暗である。

 城のある方向から喧騒が風に乗って聞こえてくる。もう兵士たちが街へ出てきているだろう。

 小男は路地の奥に居た。後ろは塀である。高い塀を背中にリンドウが歩いてくるのを見ている。

 暗闇の中に小男の目が浮かんでいる。その浮かんだ目だけで、この男がニヤニヤと笑っているのが分かる。そんな目だった。


「旦那、首尾はどうです」


 リンドウが小男の前で足を止めると同時に尋ねてきた。


「うまくいったさ、これがお前が欲しがってた物だろう」


 リンドウは懐から六芒星と梟の紋章が刻まれた箱を取り出し小男に手渡した。

 小男は箱を開け中身を確認している。箱から漏れた赤い光が小男の不気味な笑みを照らし出している。


「確かに受け取りましたぜ。旦那ーー箱の中身は見ちゃいないでしょうね?」


 小男は顔を傾け、少し顎を突き出しながら下から覗き込むように言った。顔からは笑みが消え、細い目から鋭い眼光を覗かせている。


「そんな怖い顔しないでくれよ、俺は気が小さいんだ。ーー見てないよ」


 リンドウは両手を体の前で振り、身の潔白を主張した。その動作は道化じみていて、心からのものではなかった。


 __スキャンはセーフだもんね。


 そんな風に考えていたし、実際リンドウは箱の中身を知らないからだ。


「見ちゃいねえんならいいんです。目つきが悪かったのは謝りまさぁ」


 小男の顔にはまた例の笑みが張り付いていた。


「だったら約束の報酬を貰おうか、もうすぐそこまで兵士たちがやってくる頃だ」


「ええ、そのようで」


 小男は依然ニヤニヤしているだけで、懐を探ったり、報酬を渡すような素振りを見せない。


「おい早くーー」


 リンドウの言葉がそこまで発せられた時、小男が叫んだ。


「いたぞー! 盗人だー!」


 痩せた小さな体から出されたものとは思えない大声だった。その声が空気を震わせ、リンドウの居場所を兵士たちに届けた。


「この野郎!」


 リンドウが小男に掴みかかろうと、右足を踏み出しながら両手を突き出した瞬間、小男は煙玉を地面に叩きつけ姿をくらました。

 リンドウの背後から足音が近づいてきている。煙による混乱の中、リンドウの思考が加速する。

 目の前の塀はワイヤーを使えば容易に越えられる高さではある。しかし、今はその行為を許されるだけの時間がない。ワイヤーが巻き上げられる速度より、弓か槍が自分の体を突き破る方が速いだろう。


 リンドウは塀を背にして、両手に携えたブラスターを路地の入り口の方へ向けた。

 もうリンドウからは松明の明かりが見えている。逆に兵士たちにはリンドウの姿はまだ見えていないだろう。

 松明の明かりにめがけて数発発砲した。

 どさっ、と人が倒れる音がした。

 そして、松明の明かりはそこから動かなくなった。

 しかし、足音はこちらへ近づいている。

 松明で位置を悟られた事に気づいたのだろう。


「上等だ、お前らの姿がハッキリ見えたら、その瞬間ブラスターを叩き込んでやる」


 リンドウは軽く腰を落とし、呼吸を浅くして体の揺れを極限まで小さくした。呼吸は浅いが、落ち着いている。

 雲の切れ目から一瞬月明かりが漏れた。


 __見えた! 近い!


 リンドウの目に6人の兵士が飛び込んできた。弓を持つ者はいない。勝機である。

 向かってくる6人は前列に3人、後列に3人と並んでいた。路地の狭さからこのような配置になったとみえる。

 獲物を捉えたリンドウの動作は素早く、正確であった。

 右手のブラスターで前列の右端と中央の男を撃つ、と同時に左手のブラスターで左端の男を撃つ。

 前列の者が崩れ落ち始めてから膝を着くまでの間に、後列の兵士たちにビームを打ち込み、その意識を奪った。


「見たか! これが銀河一のアウトロー、リンドウ様の早撃ちよ!」


 リンドウが一人はしゃいだ声を上げた時、倒れた兵士たちの向こう側の暗闇から足音がした。

 すぐさま音のした方向へ発砲するリンドウ。

 ビームの独特な発射音の後に、甲高く、鋭く空気を裂く音が続いた。ビームが発する音ではなかった。

 更にその後に足音が続いた。

 雲が晴れてそそぎだした月明かりが足音の主を照らしだした。


 ーー女だ。それも美しい。

 若い、少女のあどけなさが残っている。

 身長は165センチほどで、妖しい銀髪を肩の上辺りで揃えている。白い肌に銀髪がよく映えていた。

 神の国の衣はこの女の髪から紡がれるんではないだろうか。そう思わせる魔力が秘められた髪だ。

 切れ長の目だ。瞳も綺麗だ。

 深く蒼いその瞳からは考えが読み取れない。

 吸い込まれそうな蒼であった。

 そして右手に片刃の剣を握っている。薄く青みがかって見えるほど鍛えられた刃だ。

 日本刀と同じ造りをしている。柄も鞘も白い。

 服装は士官風の白い軍服に短めの白いプリーツスカートを履いていた。

 スカートが短い代わりなのかブーツは長く、太ももまで脚を覆っている。無論これも白い。ブーツとスカートの間から少しだけ肌がのぞいている。

 統一感からして、これらの服は全て制服なのだろう。

 女は刀の切先をやや斜めに地面に向けて自然体で立っている。

 月明かりのせいか、容姿のせいか、あるいはその両方か、女は独特の雰囲気を纏っていた。


「貴様か、こそ泥は」


 落ち着いた、それでいて力強い声だった。

 リンドウは女に見惚れていた。


「何も答えないのは心にやましい事があるからか?」


 2度目に声をかけられて初めてリンドウは自分に語りかけているのだと理解した。


「え、ああ、確かに俺は箱を盗んだけどーー」


 女を観察する事に気が回って、つい本当の事を言ってしまった。

 リンドウの言葉が切れるより早く、女は刀を大上段に構えていた。


「このダニア王国憲兵隊隊長、オリガ・アルムグレーンの前でぬけぬけと盗みを告白するとはいい度胸だ」


 この女、オリガは冷たい目でリンドウを射抜いた。


「ああっ! 待ってくれ! 確かに盗ったけどまた別の奴が俺から盗んでってもう持ってないよ!」


 リンドウは釈明しながらもブラスターをオリガに向けた。


「なんだ? その道具で私に立ち向かう気か? 盗んだ事を認めながら開き直るとは、見上げた根性だ」


 オリガが間合いを詰める。


「なにかって? あんたの刀より素早く攻撃できる得物だぜ」


「ほう、そんな物があるなら是非とも拝んでみたいものだな」


 オリガはブラスターを意に介さず間合いを詰めてくる。

 肩が上下していない。重心がぶれていないのだ。

 その動きには洗練された武の美しさがあった。

 刀がリンドウを捉えるまであと半歩ーー


 寸前、リンドウが発砲した。

 ビームがオリガ目掛けて飛んでいく。

 ビームが発射されてからオリガに届くまでの時間はほんの一刹那である。

 しかし、その時間の間、いや隙間と呼んだ方が正しいかもしれない。

 その一瞬とも呼べない僅かな間に、オリガの刀がビームを切り裂いていた。

 リンドウは先刻暗闇から聞こえた音の正体を知った。


「どうやら私の刀の方が速いようだな」


 リンドウの背中に冷たい汗が流れた。


「さあ、大人しく投降しろ。私も出来ることなら殺生はしたくない」


 オリガは振り下ろした刀を鞘に納めながら言った。


 __くそっ、またアレを使うか


 リンドウがベルトから円盤を取り出そうとした時、強い衝撃が体を突き抜けた。


 オリガの刀の柄が腹部にめり込んでいる。


 帯刀した状態から驚異的な踏み込みの速さを伴って左手で放たれた一撃は、リンドウの意識を彼の体から弾き出した。

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