第5話 王様に会いに行こう

 __移動している。歩いている訳ではない。

 足は動かない。手首から先が僅かに動くばかりである。

 自身が縄で縛られ、地面を引きずられているのだとリンドウが認識したのは意識を取り戻してから数秒経ってからであった。

 体にまとわりついている縄を目で辿り、リンドウを運んでいるのはオルガである事にも気がついた。

 縄を引く右手の薬指にはめられた指輪が朝日を受けて輝いていた。眠っている間に夜が明けたようだ。

 青い宝石の指輪だ。その輝き方が一定ではない。ゆらゆらと瞬いているように見える。

 リンドウの体に痛みという感覚が戻ったのは、それらを観察し終えてからだった。


「ぐうぅっーー」


 呻き声が自然と漏れる。


「目が覚めたか」


 オリガがリンドウを見下ろしながら言った。左手にはリンドウから取り上げたガンベルトを持っている。


「ここはいったい......」


「貴様が昨晩潜り込んだ王宮だ」


 仰向けに地面に転がされているリンドウは首だけを起こして正面を見た。

 確かに王宮の正門が見える。


「玄関からお招き頂けるとは光栄だね」


「目が覚めたのなら自分の足で歩け」


 リンドウの軽口を無視してオリガが縄を持つ手を振る。するとリンドウの足を縛っていた縄が緩まり、胴体部へと移動した。まるで意思を持った生き物のようだ。


「まるで魔法だな......」


 リンドウは驚きを小さな呟きに隠した。


「まるで? 何を言っているんだ。貴様の言う通りこれは魔法ではないか。といっても、この縄自身が魔力をこめられた物であって私の魔法ではないがな」


 リンドウは立ち上がりながらオリガの話を聞いていた。


 __魔法か......


 リンドウは黙ったままだった。


「さあ歩け」


 オリガが強く縄を引いたのでリンドウはつんのめりながら歩きだした。


「あのお〜、裁判とかって受けれるの?」


 リンドウは歩くオリガの背中に聞いた。


「裁判だと? 貴様のような奴は即刻死刑台に送ってやる」


 「やっぱりそう?」


 リンドウは口の中で呟くと同時に縄を解こうともがく。

 が、もがけばもがくほど縄が体を締め上げる。

 リンドウの声が届いていないオリガは続ける。


「と、言いたいところだが貴様には聞きたい事がある。処遇は話を聞いてから決めさせてもらーーなんだ? ずいぶん重たいな......」


 オリガが振り返ると縄でがんじがらめにされたリンドウが転がっていた。


「何を遊んでいる」


「いや違うんだよ、この縄が俺に懐いちゃってさ」


 リンドウが笑いながら答えるとオリガは呆れたような顔で縄を振った。再びリンドウの足が自由になる。


 正門をくぐりまっすぐ歩いていくと本殿がある。途中で左に曲がればリンドウが忍びこんだ別館へ行くことが出来る。

 今回リンドウはそのどちらでもなく、別館へ続く道へ分岐する交差点を右へ曲がった先にある建物へ連れていかれた。

 兵舎のようだ。門番が2人、扉の前に立っている。

 オリガが近づくと門番たちは敬礼をして、道を開けた。

 兵舎に入って廊下を回る。出会う兵士は皆オリガに敬礼をする。やがて階段が現れる。リンドウはその階段を降りた。

 地下には牢屋が並んでいる。しかし、ほとんどの牢屋が空室だ。恐らくここは留置所のようなもので、本格的な監獄は他にあるのだろう。


「ここで待て」


 オリガはリンドウを牢屋に入れて鍵をかけた。

 それからオリガは来た道を戻り、本殿へ向かった。


 本殿は豪華な造りである。正面玄関を入ってすぐに高い天井の広間が客を迎える。

 天井には大きなシャンデリアが吊るされていて、玄関を背にして真っ直ぐ進み、シャンデリアの下を通り過ぎると2階へ続く大階段がある。


 階段を上がってオリガは謁見の間へ向かった。

 謁見の間も贅沢な広さがある。

 美しい石を切り出して作った床や、色彩豊かな窓ガラスが王の威厳を感じさせる。


 王座は一段高くなった場所にある。

 その椅子に座る男は髪も髭も白い穏やかな顔つきの老人だ。

 国王である。

 王座の下に1人の男が控えている。宰相であろうか。


「憲兵隊隊長、オリガ・アルムグレーンただいま参上いたしました」


 オリガは跪き、顔を伏せている。


「そう畏まらんでもよい、面をあげよ」


 国王はゆっくりとした調子で言った。その口調からは穏やかな人物であることが伝わってくる。


「いえ、この度の失態はお詫びのしようもございません。どうかこのままで」


 オリガは顔を伏せたまま言った。


「お主はこの城の警備についていた訳ではなかろう。そう責任を感じずともよい」


「この街、ひいてはこの国を守るのが私の役目、その役目を私は果たせませんでした」


「相変わらず真面目じゃのう。よかろう、そのままでよい。曲者を捕らえたそうじゃな、どのような者であった?」


「はっ、それが妙な魔法を使う男でして......」


「どのようなものじゃ?」


「光の玉を放ち、打ち抜かれた兵はことごとく昏睡しておりました。それに奴から押収した物は見たこともない物ばかりでして、得体の知れない男です」


「ふーむ、宝物庫の番人を倒してのけたからには只者ではないと思っておったが......」


 国王は立派な髭を撫でながら少しの間を挟んで次の言葉を発した。


「その者をここに連れて来てはくれんかな?」


 オリガは驚いて顔をあげた。


「ーー陛下、奴は犯罪者です! そのような者を陛下の前にお出しする訳にはまいりません!」


「そうですとも陛下!」


 宰相もオリガに続いた。


「まあよいではないか、その者の取調べはまだなのであろう? それをここでやってくれればよいのじゃ。それがダメならワシが牢屋まで出向いてもよいが、どうかな?」


 国王は無邪気な微笑みを浮かべながら提案した。

 ここまで言われてはリンドウを連れてこない訳にはいかない。渋々オリガはリンドウを迎えに行った。


 オリガが牢屋のある地下への階段を下りきった時、リンドウの声が聞こえてきた。


「なあ頼むよ〜、死刑になるかもしれないんだから飯くらい食わしてくれよ〜」


 返事はない、どうやら看守を務める兵には相手にされていないようだ。


「おい貴様。出ろ、陛下が貴様とお会いになる」


 檻の前まできたオリガは開口一番そう言った。


「え?」


 リンドウは間の抜けた返事をした。


「まずは貴様の体を改めて調べさせて貰うぞ。服を脱げ」


「え?」


「早くしろ!」


 オリガが激を飛ばす中リンドウはまずジャケットを脱いだ。

 ひったくるようにしてリンドウからジャケットを奪うオリガ。丹念に調べるまでもなく、オリガはジャケットの内側、背中部分に隠しポケットがある事に気づいた。

 中には例の紋様の箱が入っていた。


「おい貴様、箱は他の者に盗まれたと言っていたな。これはどういうことだ?」


 オリガの青い瞳がリンドウを睨みつける。


「いや、あの宝物庫には同じ箱が沢山あっただろ? だから2つ持っていったんだよ。その内の1つを盗まれたのは本当さ、ただ俺はこっちが本物だと思ってるがね」


 そう言ってリンドウはオリガの持つ箱を指した。


「あいつは最初から気に入らなかったんだ。だから偽物を渡した。さ、ジャケット返してくれ」


 リンドウは箱を指差す手を開いて、ジャケットを受け取る用意をした。


「なぜ貴様に真贋の判別が出来るというのだ、例の奇妙な道具の力か?」


「そうだ、まあ道具だけじゃなくて俺の勘に頼る部分も大きいけどな」


 リンドウはオリガに手を差し出し続けているが、一向にジャケットは返ってこない。


「何をしている、早く残りも脱げ」


「いやいや! もう何も持ってないって!」


「黙れ! 貴様のような盗っ人の言うことが信用出来るか! 自分で脱げないのなら私が手伝ってやってもいいんだぞ?」


 そう言ってオリガは刀に手をかけた。


「分かった! 脱ぐ! 脱ぎます!」


 リンドウはシャツを脱ぎ、ズボンを下ろした。

 堅く引き締まった肉体に、大小の傷が刻まれている。

 法の外で生きてきた男の歴史であった。


 その傷を見たオリガの顔にほんの一瞬、憐みの表情が走ったことにはオリガ自身も気づかなかった。


「パンツも?」


「ふざけるな! そんな事をしてみろ、後悔させてやるぞ!」


 オリガが声を荒げる。鞘からは少し白刃が顔を覗かせている。


「怒るなよ、身体検査なら下着も脱ぐのは普通だろ?」


 リンドウがズボンを履きながら言った。


「黙れ。検査は終わりだ、ついて来い」


 ジャケットまで着たリンドウの体に再び縄が絡みつく。


 こうしてリンドウは謁見の間にまで引っ立てられた。

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