第15話 ジャイアントキリング
リンドウの放った光弾は確かに男を撃ち抜いた。
しかし、男は倒れないどころか微動だにしなかった。まずは少女が発射音に気付いて反射的にこちらを向き、次いで周囲の雑兵どもが振り向いた。それらに数瞬遅れてから男はゆっくりとこちらへ振り返った。
顔には険しい皺が刻まれている。眼光も鋭く、歴戦の猛者といった風格を持っている。
その男がリンドウとオリガをさも無関心そうに眺めている。リンドウの関心もこの男より右手のブラスターにあるようで、不思議そうにブラスターを見つめていた。故障を疑っているようである。
そんな訳でオリガだけがこの男の持つ威圧感に相対していた。
「殺せ」
沈んだ、低い声だった。
誰だ、とすら訊ねなかった。
男の命じるままに雑兵が襲いかかってくる。数は十五、その内の五人がまずは命を捨てて躍り出た。
一人が松明を投げつける。しかしこれはオリガが刀を鞘走らせると同時に一刀両断してしまった。彼らはそれでも怯まずにかかってくる。手には短剣を持っているが、オリガの刀には到底太刀打ち出来そうにもない華奢なものである。
事実、二人が腰に短剣を添えてオリガを突こうとしたが、呆気なく峰打ちによって肩を砕かれてしまった。
リンドウに仕掛けた三人はもっと悲惨だった。間合いに踏み込むことすら出来ずに、撃ち倒されてしまったのである。
「なんだこいつら、大したことねえな。残りもさっさと片付けちまうか」
リンドウはそう言って残りの十人に目をやった。
彼らは仲間がやられたことを気にもとめずに、黒い表紙の分厚い本を開き、一心に何かを唱えている。
「何してやがる?」
訝しんだリンドウが銃口を彼らに向けた時、オリガが叫んだ。
「退け! リンドウ!」
後方からの呼びかけに、リンドウは素早くその場から飛び退いた。と、同時に一瞬前までリンドウが立っていた地面が激しく隆起した、いや、何かが飛び出したと言った方が適切だろう。
それは巨大な手であった。人間を一掴みに出来るほどの岩石の手。それが地面から出現し、虚空を握り潰していた。オリガの声がなければリンドウが餌食になっていたことだろう。
次いで頭、胴、足が地の底から這い上がるようにして現れ、五メートルほどの岩石巨人が作り上げられた。全体的に丸みを帯びたフォルムで、口も鼻も目も無かったが
巨人の下の地面は大きく陥没していた。奴の体を作るのに使われたに違いない。
「うおお! なんじゃコイツ!」
「ゴーレムだ! やっかいな相手だぞ、私も実物を見るのは初めてだ」
リンドウは強敵を前にブラスターのモードを切り替え、出力も最大にセットした。確かな破壊力を持つが、一度の発射につき二十秒程度のチャージが必要になり連射は出来なくなる。
「来るぞ!」
オリガが注意を促す。
巨人は両手を合致させ、大きく頭上に振りかぶっている。そしてそのまま勢いよくオリガに向かって振り下ろした。
流石のオリガはこの大振りな攻撃を難なく見切って、右側にステップして避けた。巨人が打ち据えた地面は大きく陥没し、地を揺らして砂埃と瓦礫を撒き散らした。絶大なパワーである。
巨人の右手側にリンドウ、左手側にオリガ、そして雑兵十人は巨人の背後で詠唱を続けている。そんな構図が展開された。
巨人はなおも右拳を振りかぶり、今度はリンドウに狙いを定めた。
「止まれこのデカブツ!」
リンドウが発砲する。
ブラスターは平常よりも大きな音と衝撃を放ちながら、バレーボール大の光弾を発射した。
光弾は狙い通りに巨人の右膝を撃ち抜きこれを粉砕、支えを失った巨人は体勢を崩し、片膝をつくような
「オリガ!」
リンドウの声に呼応してオリガが動く。
巨人に駆け寄り跳躍、まずは屈んだ膝に着地すると、続けてもう一跳びし肩に翔け上る。
そして間髪を入れずに刀を右袈裟に振り下ろし、巨人の首を刎ねた。
首は滑るようにあるべき位置からこぼれ落ち、巨人の足下へ落下、大きな振動と音をたてたーーが、首を失っても巨人は止まらなかった。
右拳を固めて肩に乗るオリガを打ち抜こうとする。しかし、一瞬早くオリガが翻った為にこれは空を切った。
振り出しの構図に戻ってしまった。
粉砕した巨人の右足は周囲の土と岩を吸い上げて、復活しつつある。
「ずるいぞこの野郎!」
リンドウの抗議も虚しく、巨人の足は完治し再び立ち上がった。頭は不要と判断されたのか首無しのままではあったが。
「キャハハハ! あいつらバカじゃないの〜? ゴーレムは不死身なんだから!」
赤髪の少女がケタケタと笑う。この場に似つかわしくない無邪気な声である。
「うっせえ! 何となくそんな気はしてたけど取り敢えず試しただけだ!」
「やめろリンドウ、子供相手にみっともないぞ」
「なによっ、子供扱いしてくれちゃって! あんた達こんな奴らにいつまで手間取ってるのよ、早くやっちゃいなさい!」
癇癪を起こした少女が雑兵に発破をかける。
巨人の攻撃がより苛烈になる。
両腕を無闇に振り回して二人を追い詰める。地面は既に平らな部分の方が少なくなっていた。
「リンドウ! やはり術者を叩くしかない、回り込めるか!?」
巨大な拳を躱しつつオリガが叫ぶ。
「余裕!」
リンドウの声に偽りの色は無い。
巨人の一撃を大きく後ろに跳んで回避したリンドウは、ベルトのバックルを取り外した。このバックルにはワイヤー付きのアンカーが仕込まれている。
アンカーを巨人の頭上やや後方、ドームの天井に打ち付け、巻き上げる。
リンドウの体が宙に舞い、巨人の頭上を行き過ぎる。巨人は行かせまいとして腕を振り回したが、打ち付ける動作と違い振り上げる動作は緩慢な為に、あえなくリンドウの進行を許した。
リンドウは巨人の頭を越えたところでアンカーを解放し、ワイヤーを収納、そのまま雑兵が
ブラスターは既にショックモードに切り替えてある。二丁を活用すれば十人を撃ち抜くこともリンドウには難しくなかったが、敢えて七人だけを昏睡させ、残りの三人の内の一人をマット代わりに着地した。
十人がかりで操作していた巨人は既に動きを止めている。
リンドウは残された雑兵二人を殴り倒した。
「面倒なもんけしかけんじゃねえ!」
ストレス発散の為だけにこの二人はブラスターを免れたのであった。
「な、楽勝だったろ」
それを見た少女が激昂する。
「何よっ! 役に立たないわね! いいわ、アタシが相手してあげるんだから! お師匠様、いいでしょ?」
少女は大男を見上げて言った。
「・・・・・・五分だけだ」
「やった!」
喜怒哀楽が全て面に出てしまうらしい少女は、喜色を浮かべてリンドウ達に相対した。
「アンタ達、光栄に思いなさい! このジェシカ様が直接相手してあげるんだから!」
「冗談だろ? こんなちびっ子相手にしたんじゃ俺の沽券に関わるぜ」
「同感だな。おいジェシカとやら、悪いことは言わないからやめておけ」
オリガは刀を鞘に納める。
「また子供扱いしたわね! もう許さないんだから!」
「子供を子供扱いするのは当然だろう」
オリガは泰然と言った。
「ふ〜ん、じゃあ聞くけどアンタは大人なんだね」
憤慨するかと思われたジェシカは意外にも落ち着いた声で言った。
「貴様に比べれば幾分かは大人だ」
「その割には胸の大きさアタシと変わらないじゃない。十三歳のアタシとさ〜。アンタ歳はいくつなのよ」
オリガは押し黙った。
ジェシカという少女、歳の割に人の弱点を見抜く能力に長けているようだ。
「あれれ〜、どうしたの? 恥ずかしくなっちゃった?」
「・・・・・・そうか、それほどまでに痛い目を見たいのなら仕方あるまい。参れぇっ!」
「おいおいオリガ、やめろよ!
「子供を躾けるのも大人の役目だ」
煽られたらすぐに乗るのがオリガの欠点である。
「あら、やっとその気になったのね。じゃあ、行くわよ!」
こうして第二ラウンドのゴングが鳴らされた。
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