第14話 攻略済みのダンジョン
関所から離れた場所まで出るとフランクは大きな声で笑い出した。
「酷いザマだったなリンドウ」
笑いながら言う。
「うるせえ」
リンドウはぶっきらぼうに言った。
「フランク、ノーカスで待てと言った筈だぞ、何故ここに居る」
オリガが問いつめる。
「最初はそのつもりだったんだけどよ、お二人さんだけじゃ心配になっちまってね。追いかけてきたんだ」
「何にせよ助かったぜ。ところでさっきの時計は何なんだ?」
リンドウも質問を重ねる。
「あれか、あれは正真正銘モストファー侯爵の時計だ。まだ若い男なんだが爵位を継ぐ前は相当な遊び人だったらしくてな、借金のカタに時計を質に流したみたいなんだ。それをノーカスでの三日間探してたのさ」
「よく手に入れたな、見直したぜ。でもなんであの審査官は本物の顔を知らないんだ?」
「王族はともかく貴族の顔なんて覚えてる奴はそうそういないさ。家紋を知ってるだけでも偉いがね」
「そういうもんか」
「そうさ、人を騙すのに必要なのは見せかけの権威と自信だぜ。その点モニエール男爵は駄目だな、なっちゃいない」
「もういいだろその話は」
リンドウが呆れたような調子で言った。
「まあそこんとこは今度じっくり教えてやるよ。それより目的地はどこなんだ、オリガ?」
「一番近い街に向かう。古都ベンドだ」
三人がベンドに着いたのは夜になってからだった。
古都と言っても街には人の営みがあるわけで、それなりに発展している街であった。ただ、東へ進んだ街の外れには遺跡があるらしい。
適当な宿に腰を落ち着けるとリンドウは衣装を脱ぎ去り、いつもの装いに戻った。
オリガも服装を改め、ズボンを履きベストを着用した上でキャスケットを被った。労働者風の出で立ちである。
その上でリンドウから刀を受け取り、これを布で包んだ。
フランクは自分の仕事は関所の通過までだと断じてそのまま寝入ってしまった。
「さて、どうする?」
リンドウがオリガを見やる。
「少佐の話の通り教団が神話を追っているなら、やはり遺跡を調べてみるべきだろう」
「そうだな。なら早いに越したことはねえ、早速向かおう」
「ああ」
言うが早いかオリガは既にドアを開けていた。
程なくして二人は街の外れまでやって来た。
なるほど遺跡がある。しかし小さい、石畳の回廊や壁の名残だけが遺され、それらも風雨に晒され朽ちていこうとしている。
「これが......?」
オリガの口から落胆の声が漏れる。
無理もなかった。とても古代の大賢者とは紐付きそうにもない粗末な遺跡だったからだ。
リンドウはオリガの呟きには応えず、遺跡を眺めていた。この男の盗賊としての感が何かを察知しているのである。
「とにかく調べてみよう」
リンドウが促して二人は遺跡に足を踏み入れた。
石畳に沿って進む。10分ほど歩いただけで一周して元の場所へ戻ってきた。回廊は正方形に近い形であった。
「何かを囲ってたみたいだな。中央に何かあるかもしれねぇ」
リンドウはそう言って、石畳を外れて草が生い茂っている遺跡の中心に歩み寄った。
すると草に隠され、遠目には気づかなかった石畳が目に入った。正確に言えば石畳ではなく一枚の大きな岩だ。地面に埋まっている。蓋のように思われた。
「オリガ、見てみろ」
リンドウが石版の一辺を指差す。
「ここだけ土が抉えぐれてるだろ。誰かがこの岩を持ち上げたんだ。そんなに前のことじゃない」
「これを使おう」
オリガが布に包んだ刀をテコにしようと岩の底に差し込む。
「おいおい大丈夫か?」
「心配するな。この刀は折れず曲がらずの天下の名刀だ。これくらいのことは問題ない」
オリガの言葉通り、刀はテコの役割を立派に果たし岩を持ち上げた。
岩の下には階段があった。かなり長く続いているらしく、先に何があるのかは判然しない。
二人は顔を見合わせて無言で頷くと階段を降り始めた。二人の視界を確保しているのは、リンドウが持つライターのおぼろげな光だけである。地下道は手の込んだもので、壁も天井も石で舗装されている。
やがて階段を降り終えた時、不意にリンドウが灯りを消した。
それが何を意味するのかオリガにはすぐに分かった。そしてその予感はすぐに現実となる。
松明の灯りが遠くを横切った。
どうやらこの先は丁字路になっているようだ。そしてそこを誰かが歩いている。誰か、教団の者であることは明白であった。
まだ中に居たのだ。奴らが何を企んでいるのかを探る絶好の機会である。
二人は先にも増して足音を殺して進んだ。壁に手をつきながら歩く。先ほどの人間はまだ丁字路の先に留まっているようで、二つの影が伸びたまま動かない。言い争うような声が聴こえてくる。
丁字路の端まで達した時、リンドウがブラスターを抜く。そして飛び出しざまに二つの人影を撃ち抜いた。ローブに身を包んだ二人は声も上げずに倒れた。
リンドウとオリガはローブを奪い、松明を拾い上げた。これで少しは堂々と歩ける。
二人は丁字路を左へ折れた。また一本道が続く。歩く。すると、行く先に影が転がっているのに気付いた。
死体であった。
体を矢で射抜かれた骸達が道標のように打ち捨てられている。皆ローブを着ていた。
遺跡の罠にかかったらしい
「酷いな」
リンドウはそれだけ言って、死体を跨いで進んだ。オリガはなるべく彼等を避けて進んでやった。
しばらくすると、また前方に倒れるものがある。
焼死体であった。
道の中央には魔法陣が浮かび上がっている。恐らくこれが発動して焼き殺されたのだろう。死体があちこちに散在していることが、彼らが苦しみの中でもがいて彷徨ったことを物語っている。
それからも二人は壁に身体の一部が埋まっている者や傷もなく倒れている者を通り過ぎ、かつて人であったと思われる赤黒い水溜りを超えて進んだ。
やはり教団が只者ではないことを死体の数々が物語っていた。これほどの犠牲を払ってまで何をしようというのか。
やがて前方に光が見えてくる。一本道が終わり開けた場所に出るようだ。
二人は松明を捨て、光の差す方へ歩み寄った。
広間の入口は門のような枠で仕切られていたので、その陰から様子を伺った。
中はドームのような円形の広場になっている。中央には祭壇のようなものが据えられており、それを囲うように燭台が設置されている他、壁際にも松明が並んでいる。
その中で二十人ほどが何かを発掘しているようだ。リンドウの目を引いたのは祭壇の前に佇む二人であった。
一人は黒いローブに身を包んだ身長二メートルほどの人物だ。多分男だろう。ここから見える後姿からでも筋骨隆々であることが窺い知れる体格だ。この男が他のローブの者達に指示を出している。
そしてこの男の横に立っている少女が一際目を引いた。小柄である。身長は一四〇センチ程度しかないだろう。ローブは着ていない。かなり短い丈のショートパンツを履き、これもまた恐ろしくショート丈のタンクトップにベストを合わせている。無論ベストも短い。生地を買う金がなかったのかと思われるほどに露出の多い格好をしているが、短い赤髪をツインテールにしていることもあって随分子供っぽい印象を受けた。露出した四肢と腰は引き締まっており、しなやかさを感じさせる。
「おい、やるか?」
リンドウがローブを脱ぎながら囁く。はなからやる気のようだ。
「無論だ、この程度の数は敵ではない」
オリガもローブを脱ぎ去り、刀から布を取り払って答えた。
「よし」
頭から叩くのが戦いの常である。リンドウは祭壇の男に照準を合わせた。
そして少しの躊躇いもなく引き金を引く。
発射された光弾が男を撃ち抜いた。
男が倒れ、戦いの火蓋が落とされるーーはずだった。
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