第30話 再会

 階段を登りきったリンドウを震える空気が包んでいた。


 耳をつんざいたのは赤いたてがみの獣人、ジェシカの咆哮であった。

 門番が倒れているのを発見して、変身を完了させていたものと見える。

 

 思案の間もなく、リンドウは無言でブラスターを抜き、ジェシカの胴体を撃ち抜く。ショックモードとはいえ、相手の正体が年端としはもいかぬ娘と知りながら、躊躇ちゅうちょなく引き金を引いたのは、教団の非道への怒りによってだった。


 ところが、ジェシカはその場で倒れこんだものの、気を失ってはおらず、唸り声を漏らしていた。


 リンドウはジェシカを見下ろしながら、続けて発砲した。光弾を撃ち込まれる度に、ジェシカは苦悶の表情を浮かべた。本来なら苦痛の叫び声をあげたいだろうが、光弾のショックによってそれすらも許されない。

 4発目の光弾が撃ち込まれた時、ジェシカの変身がけたが、まだ気絶せずにいる。

 さすがに身体の自由はきかないらしく、首だけを苦しそうに持ち上げて、乱れ髪の奥からリンドウを睨みつけている。荒々しい呼吸だった。


 リンドウはジェシカの瞳から目を逸らさずに、狙いを胴体から頭に移した。

 そのまま親指でスイッチを操作し、ブラスターのモードを切り替える。

 今、引き金を引けば、確実にこの少女の命を奪う。


 リンドウは表情を変えずにジェシカを見つめていた。ジェシカもまた、何ごとか察したようで、殺すなら殺せ、そんな思いを込めていっそう強くリンドウを睨んだ。


 緊張が高まっていく。


 リンドウは命を握ることで、ジェシカは命を握られることで、二人の精神は交差し、絡みあう。

 お互いの心の微妙な揺らぎも感じ取れる、奇妙な調和すらあった。

 それゆえにジェシカには、リンドウの内心で、己に対する殺意が高まっていくのが鮮明に伝わっていた。


 --殺されるっ!


 ジェシカがそう直感したとき、ふっとリンドウの殺意が引いていくのが分かった。


 彼もまたジェシカが死に対して恐怖を抱いたことを察したのである。

 少女の、生にすがる気持ちが、リンドウを踏みとどまらせた。

 

 危機が去ったことを知ったジェシカは、ついぞ気を失った。


 リンドウは倒れたジェシカを一瞥いちべつして後方へ振り返った。

 今しがたジェシカが発した雄叫びは、群れを呼ぶ狼の遠吠えのように敵を引き寄せるだろう。

 リンドウは左腕で少女を抱き上げたまま、右手にブラスターを携えて臨戦態勢に入った--


 その時、オリガもまた窮地にあった。

 不意に聞こえた咆哮に反射的に反応してしまい、上体を振りむかせた際、靴底と地面が擦れて音が鳴ったのだ。

 それはほんのかすかな音、まだ咆哮の残響が残るなかではあっけなくそれに飲み込まれてしまうような、微かな音だった。

 事実、オリガ自身も音が聞こえた訳ではなく、足下の感覚によって地面が鳴ったことを知覚していた。


 しかし、敵はこの音を聞き逃さない、何故かそう確信した。

 だから彼女は振り返りざまに階段を一跳びにくだった。直後、扉が破られた。

 

 着地し、既に走り出したオリガが首だけを後方に向けると、破られた扉の向こうから触手が伸びてきているのが見えた。

 バンガヌーンの腕だ。


 オリガは視線を戻し一目散に逃げた。


 ここで捕らえられる訳にはいかない。彼女は逃走経路を迷わず選択し、実行した。

 

 ガラスの嵌められていない窓から飛び降りたのである。

 

 風切り音が轟々と響き、地面が近づいてくる中、オリガは抜刀し、刀を楼閣の外壁に突き立てた。

 そのまま岩を切り裂きながら徐々に速度を落とし、地面に近い位置で停止した。

 外壁を蹴って、刀を引き抜きつつ跳躍し、地面に着地する。

 

 そこには幼い少女を抱いたリンドウの姿があり、その後方、楼閣の入り口にはジェシカが倒れていた。

 オリガは咆哮の正体を知ったものの、状況は把握できなかった。


 しかし、オリガはリンドウと目を合わせただけで、何も聞かない。


「話はあとだ、脱出する。ケインに連絡を!」


「もう済んでる。ケイン、急いでくれよ。楼閣の正面だ」


『すぐ行く! 踏んばってろ!』


 ケインとの交信を終えた時、オリガとリンドウのすぐ後ろの地面が轟音と共に土煙を上げた。

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