第31話 完封

 突然の轟音、そして襲いかかる砂塵に思わず顔を覆ったリンドウとオリガ。

 やがて土煙が晴れると、そこにはバンガヌーンが立ちはだかっていた。

 地面は大きくえぐれている。


 バンガヌーンは二人を一瞥いちべつすると、背を向けて楼閣内部に向かって歩いていき、膝をついてジェシカの顔を覗き込んだ。

 彼女が生きていることを確認すると、両腕で彼女を抱き上げ、立ち上がり、悠然とリンドウの脇を通り過ぎてこの場を去ろうとした。


 降ってわいた男が歩き去ろうとしている。


 その光景に唖然としていたリンドウであったが、無防備に背中を晒す男を見て我に返り、がら空きの背に銃撃を加えた。


 この男は脅威だ、ここで取り除かなくてはならない--そう直感したからである。


 打ち出された光弾は風になびくローブを焼き、バンガヌーンの背中から腹にかけて風穴をあけた。


 見通しのよくなった男の体を見て、リンドウにはこの先何が起こるか鮮明に想像できた。まず男は足を止め、次に膝から崩れ落ち、その手に抱えた少女を放り落として地面に突っ伏すことになる--はずだった。


 リンドウの予想が的中したのは男が足を止めるところまでであった。  

 バンガヌーンは足を止めたものの、その巨躯きょくが揺らぐことはなく、大地を踏みしめて立っている。

 リンドウは自身が穿うがった穴を見つめている。そこでは血がしたたることもなく、傷口の円周で肉の繊維がうごめき、這い出し、結びついて傷を埋めつつあった。


 「化けモンが・・・・・・!」


 リンドウが漏らした呟きに呼応して、バンガヌーンが振り返る。

 既に傷は完治していた。


 彼はジェシカを左肩に抱え移し、右腕を振りかぶってリンドウに向けて突き出した。放たれた右腕は、ほどけながら伸長を開始し、触手の束がリンドウ目掛けて猛烈な速度で突っ込んでいく。

 無数の触手はその一本一本が男の腕程の太さを持ち、明らかにバンガヌーンの腕の体積を超えている。それらがリンドウの目前で波打つように広がり、上下左右から襲い掛かった。


 「クソッ!」


 少女を抱え、動きが制限されているリンドウはなすすべもなく、少女をかばうように抱え込んで触手の群れに背を向けた。


 「リンドウ!」


 オリガが叫んだ時、リンドウは既に捕えられていた。

 彼を掴んだ触手たちは結合し、彼とその腕にいだかれた少女の顔だけを露出させ、それ以外は全て肉の膜で包み込んでしまっている。

 バンガヌーンは声を上げたオリガを無視して、ジェシカを抱えた腕を伸ばし、離れた位置にそっと安置すると、リンドウを手元に引き寄せつつ、自身もゆっくりと前進した。


 「舐めるなっ!」


 オリガは跳躍し、バンガヌーンの眼前に躍り出ると、刀を抜いた勢いのままに彼の右腕を切り上げ、切断した。

 しかし、バンガヌーンの腕は斬られたそばから繊維を伸ばしあって結合し、何事もなかったかのようにリンドウの回収を再開した。

 だがオリガは戸惑わず、返す刀で今度は袈裟に斬りつけた。

 刀身はバンガヌーンの左肩口を斬り進み、鎖骨に達するであろう位置まで食い込んだ。が、オリガの手には骨を断つ感触は伝わってこなかった。


 (なんだ? 妙な感触だ・・・・・・)


 一瞬思考を巡らせたオリガであったが、握った刀に急激な抵抗を感じたことで再び目の前の事態に全神経を集中させた。


 刀が完全に停止している。


 本来であれば鎖骨を断ったのち、動脈を切り裂き斜角筋をやぶって鳩尾みぞおちまで達するはずの刀身が、鎖骨があるべき場所のやや下あたりで食い止められている。

 斬りつけた傷は塞がれて、刀はバンガヌーンの体に埋まっているかのように見えた。


 オリガはすかさず刀を引き抜こうとしたが、バンガヌーンの左腕がそれを阻止した。刀身を握りこんでいる。

 刀の背から手をまわして刃に触れぬよう、掌と指で刀身の側面を挟み込んでいた。

 不完全な握りにもかかわらず、万力のような力で刀を固定し、オリガに再び刀を振るうことを許さない。


 最大の攻撃手段を奪われたオリガであったが、すべての策が封じられた訳ではなかった。


 (勝機っ!)


 オリガは迷わず刀を手放し、鞘の左右に納められた二本の小柄こづかを取り出してバンガヌーンの喉元を急襲する。

 

 両腕の塞がった彼にこの攻撃から逃れるすべはない。オリガの策は功を奏すかに思われた--


 (なにっ!?)


 驚愕の声を上げる間もなく、オリガは手首を強烈な力で締め上げられ、小柄を取り落とした。

 バンガヌーンの胸から二本の腕が飛び出している。

 この第三、第四の腕によってオリガの最後の攻撃も封じられてしまったのだった。


 バンガヌーンはオリガの手首を掴んだ腕を伸ばして、彼女を宙づりにした。隣ではリンドウもつられている。


 「ネズミはお前たちだったか」


 バンガヌーンは刀を引き抜いてその場に捨て、続けた。


 「どうやってここを見つけた?」


 「へっ、お前の臭えニオイを辿れば簡単だったよ」


 身動きの取れないリンドウは唯一自由な口を使って抵抗の意思を示した。

 が、その代償として彼を包む膜が一層強く体を締め付けた。


 「グゥッ!」


 「強がるなよ小僧。お前の虚勢にはその娘も付き合うことになる」


 バンガヌーンは膜から触手を生やして少女の顔を撫でた。


 「て、てめえ・・・・・・!」


 リンドウの目に怒りの火がともる。

 その様子を見てバンガヌーンは、締め付けを緩めた。


 「まあいい。絶体絶命のお前たちに良い知らせだ。殺さないでやろう」


 敵の意外な発言にもリンドウは間をおかずに言い返す。


 「いいのか? 俺は執念深いほうだ。生かしておけば必ずお前を殺すぜ?」


 「哀れだな。威勢よく喚くだけの男は」


 バンガヌーンはリンドウの言葉を歯牙にもかけないでいる。


 「女はどうだ? 私もキサマをこのままで済ますつもりはないぞ」


 オリガが強気に言った。


 「お前に何ができる? 先の攻撃、一刀目で俺の首を落とせば勝機はあったかもしれん。なぜそうしなかった?」

 

 バンガヌーンの問いにオリガは答えられなかった。


 「人を殺せぬ欠陥品の兵士が俺をどうするつもりだ? 笑わせてくれる」


 「私は兵士などでは--」


 「今更隠し通せるものか。宝物庫の宝を追ってきたお前が何者か、察しはついている」


 オリガの言葉を遮ったバンガヌーンは二人を地面におろし、言い聞かせるように話を続けた。


 「いいか。お前たちの命は俺のためにある。忘れないことだ・・・・・・その娘はくれてやる。もっともここから生きて脱出できればの話だがな。それが無理なようではやはりお前たちを生かしておく意味はない」


 話を終えたバンガヌーンは二人を楼閣の外壁目掛けて放り投げた。

 凄まじい勢いで投げつけられた為、オリガですら完璧には受け身をとれず、リンドウに至っては少女を庇って無防備に背中から壁に叩きつけられた。


 二人がやっとの思いで立ち上がる頃には、バンガヌーンはジェシカを担いで、ロータリーを抜け放射状に延びた道の端に達していた。そこにはリンドウ達が破ったものと同じ仕掛けが施されているものと思われる扉と建物があった。

 バンガヌーンは扉を開こうとはせず、空に向かって突き上げた腕を解き、巨大化させてむちのように振り下ろした。

 この一撃で建物は瓦礫がれきと化し、彼はそこを越えて街の中へと姿を消した。

 

 そして、結界が破られたことで街にいた者たちが楼閣に向かって大挙して押し寄せてくる。 


 オリガは刀を拾い上げ、リンドウも再度ブラスターを構えた。

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