第23話 精強なる騎兵隊

 リンドウはタバコをふかしながら、サズィードとアズィーザの会話のことを考えていた。

 アベルの話と合わせて考えれば彼らが何らかの災厄に悩まされていることは明らかであった。それがリンドウ達の追う教団と関係があるかどうかは分からなかったが、リンドウはあの純粋な少年を放っておく気にはなれなかった。 


(明日、オリガにこのことを話そう。あいつなら助けになってやろうとするだろうが、もし駄目なら俺だけでも......)


 リンドウはタバコを捨て、火を消した。

 その時、タバコを踏みつける足に、抵抗を感じた。


「ん?」


 足元に視線を落とすと、地面が僅かに隆起しつつあるように見えた。


「嫌な予感」


 リンドウはそう呟き、そっと足を静かに上げてその場から離れ、そう遠くない位置にあった荷馬車からガンベルトを引っ張り出した。

 直後、地鳴りと共に砂煙が派手に上がり、オリガ達の眠る天幕が吹き飛ばされた。


「大丈夫か!?」


 リンドウが叫ぶ。


「全員無事だ!」


 砂塵の中からオリガの返事が聞こえ、後に続く声も聞こえてきた。

 

「なんだなんだ!? 竜巻か?」


「落ち着きなさいヘクター。ルロイ、埃を払っていただけるかしら?」


「お任せ下さい」


 その声と共に、空中に舞い上がった砂だけを払う、不自然な風が吹いた。

 砂塵が晴れ、ルロイが右腕を突き出しているのが見えた。すぐ側にオリガ達も立っていた。たしかに全員無事のようだ。

 しかしこれからもそうとは限らない、砂埃が消え去った今、リンドウの目には地中から現れたものの正体が写っていた。

 尾を突き上げ、巨大な二つのはさみを開いた巨大なさそりが、オリガ達の背後に構えていた。既に攻撃の態勢は整っているようである。


「走れ!」


 リンドウは叫ぶと同時に反射的にブラスターで蠍を撃ち抜いた。

 しかしこの時ブラスターはショックモードにセットされていた。その結果、打ち出された光弾は蠍の外殻に弾かれ、既に走り出していたヘクターの足元に着弾した。


「馬鹿やろう! 俺をあいつの餌にする気か!」


「黙って走れ!」


 リンドウは怒鳴りながらブラスターのモードを切り替え、再度蠍に撃ち込んだ。

 弾は頭をもたげた蠍の首元に命中、貫通した。しかし、5メートルを優に超える巨体に対してはリンドウの銃は豆鉄砲でしかない。蠍は突進を開始した。


「うおーっ、やばい!」


 ヘクターは叫びながら速度を限界まであげて走り、他の者もそれに続いた。

 正確に言えば、オリガが先頭を走り、その後にヘクター、ケイン、レベッカ、そしてダンの順である。

 リンドウはベルトに下げられた小さな筒の一つを手に取った。ベルトから取り外すと同時に、チンッ、とピンが抜ける音が響く。


「止まれぇー!」


 リンドウは筒を蠍の前方、つまりダンのすぐ後ろに投げ込む。

 瞬間、眩い閃光が発生した。

 蠍は耳をつんざく金切声を上げて、頭を持ち上げた。リンドウはすかさず二丁のブラスターを連射する。

 新たにリンドウの放った光弾の一つ目は、最初に空けた風穴の真隣に正確に着弾し、次の弾はまたその隣にと、風穴が連なり点は線へと変化していく。

 リンドウが引き金を引くのをやめたとき、蠍の頭は体に別れを告げ、地面に転がっていた


「ハァハァ。なかなかやるじゃねえか」


 馬車の前で息を切らしながらヘクターが称賛した。


「軽いもんさ」


 リンドウはブラスターをホルスターに収めながら答えた。

 この時すでに砂漠の民たちも、騒ぎを聞きつけて寝床から這い出てきていた。


「あー、みんな起こしてすまん! ちょっと虫が出ただけだ! 気にせず布団に戻ってくれ!」


 ケインはそう叫んだが、


「......どうやら、安心するのはまだ早いようだ」

 

 オリガの声によってまだ危機が去っていないことを知らされた。オリガの視線の先には、今まさに地の底から這い出てくる蠍の群れがあった。その数は二十を超えていた。


「リンドウ! 布を!」


 オリガの声に応えて、リンドウは刀を固定している布を、レーザーブレードで切り裂いた。

 オリガはそれを腰に吊るし、白刃を抜いたが、


「オリガさん、ここはわたくし達が預かりますわ。皆さんを非難させてくださるかしら」


 このレベッカの一語によって素直に刀を収め、


「分かった。任せたぞ」


 とだけ言った。


「任されましたわ」


 レベッカは微笑むと、荷台の床を無造作に引っ剥がして槍と盾を手に取った。

 それを受けてオリガは民たちの誘導を開始する。


「みんな! あの丘の影まで走れるか?」


 オリガが声を張り上げると同時に、砂漠の民たちは駆け出した。

 リンドウも逃げゆく彼らの背後を守るつもりで、その場に留まっていた。

 すると、こちらへ駆けてくるアベルの姿が目に入った。アベルはリンドウの元へ駆け寄ると、こう言った。


「僕も戦うよ!」


「そいつは心強え。だがな、今は人手が限られてる。役割を分担しなくっちゃな。だからお前はあの丘の向こうで俺と一緒にみんなを守ってやってくれ。できるな?」


「......わかったよ」


「頼んだぞ。さ、先に行ってろ」


 リンドウはアベルの頭を撫でてから、背中を押して丘まで走らせた。


「さあて」


 全員の避難を終えたのを確認して、リンドウも丘へと駆け登り、頂上に伏せてレベッカ達を眺めていた。隣にはオリガがいる。

 群れは砂埃をあげながら、レベッカ達まであと20メートル程に接近していた。


「よいですか! 隊の名誉にかけて、一匹たりともここを通すことは許しませんわよ!」


「はっ!」


 蠍とレベッカ達の距離が縮まる。10メートル、5メートル、1メートル--。

 激突の火蓋を切ったのはレベッカだった。

 突進してくる先頭の蠍を、左腕の盾で強引にかちあげ、ガラ空きの腹に槍を突き立てた。そして槍を引き抜くと、そのまま横薙ぎに右手側の一体の頭をかち割る。さらにそこから、振り切った右腕はそのままに身体だけを左に開くと、右足を踏み出しつつ槍を唐竹割に振り下ろしてもう一体の頭を砕いた。

 とても優雅とは言えない戦いぶりである。

 

「おぉおっ!」


 隊長に続けとばかりにヘクターも最前線に躍り出る。

 両腕を正面に突き出すと、そこから二本の火柱が放たれる。相当な高温と勢いのようで、蠍の身を焼きつつ突進を押し退けていた。

ルロイも負けていなかった。

 彼が空気を回転させるように腕を振るうと、そこに超小型の竜巻が現れ、成長しながら疾走していく。この竜巻に飲まれた蠍は悲惨だ。風が鋭い刃と化しており、ミキサーで切り刻まれるのと同義であった。

 その一方、後方ではケインは腕を組み、ダンは拳を握って戦闘を傍観していた。


「あの二人は何してるんだ?」


 彼らの鬼神の如き強さを見せつけられ、勝利を確信したリンドウは呑気に尋ねた。


「彼らはサポートが専門だ。今回出番はないだろう」

 

「だったらあいつらもこっちへ隠れた方がいいんじゃねえか?」


「いや、それはないな。彼らにも騎兵隊の意地がある。仲間が戦っているなか、敵に背中は見せないさ」


 リンドウとオリガが言葉を交わす間も、蠍たちは気の毒になるほど蹂躙しつくされていた。


「もう方がつくな」


「ああ」


 その言葉通り、今まさに最後の一体がレベッカの豪槍の元に倒れた。

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