第24話 準備完了
「みんな、もう大丈夫だ」
オリガの呼び声で、丘の影に隠れていた人々が野営地へと歩み寄る。彼らの目には、吹き飛ばされたいくつかの天幕と、それに沿うように倒れる蠍の化け物の亡骸が写っていた。
「これは......」
サディードは呟き、目を閉じた。
「皆のものよ、今日より帰らぬ者はいなくなるだろう。そして、今日まで帰らなかった者たちが戻ることも、またないだろう。せめて、彼らの魂に慰めを......」
サディードは片膝をつき、祈った。全ての砂漠の民がそれに続き、黙祷を捧げた。
ささやかな黙祷を終えたサディードが立ち上がり、レベッカたちの元へ歩み寄る。
「騎兵隊、か。大方ダニアの軍人だろう」
レベッカはバツの悪そうな顔をした。部下を鼓舞するあまり、自らの正体を暴いてしまったのだから。
「心配するな。お前たちには借りが出来た。何も訊かんし、誰にも話さん」
「お心遣い感謝いたしますわ。ですが、借りがあったのはわたくし達の方です。それをお返ししただけのこと」
「そうはいかん。我らは砂漠の掟に従ってお前たちを助けただけだ」
そう言って、サディードは立ち尽くす同胞たちへ顔を向けた。
「皆のもの! すぐに馬車の修理をしてやれ!」
修理に取り掛かる者、吹き飛ばされた天幕を回収する者、蠍の骸から外殻を剥ぐ者と内容は違えど、
「タフな連中だ」
「そうじゃなきゃ、ここでは生きていけないからね」
リンドウの呟きにアズィーザが答えた。
アベルは母親の傍でじっと佇んでいた。
「どうした?」
「いなくなった仲間たちは、みんなあいつらにやられたんだね......」
「アベル......」
「さっきはみんなと一緒に戦うって言ったけど、ホントは怖くて震えてたんだ。仲間の仇なのに......」
アベルの目には悔しさから涙が滲んでいた。
「リンドウ、僕きっと強くなるよ。みんなを守れるように」
アベルは嗚咽を殺しながら誓った。
「ああ。お前はガッツのある男だ。きっと強くなる」
この時、リンドウがアベルの頭を撫でなかったのは、彼を男として認めた証であった。
それから暫く突っ立っていたリンドウだが、オリガが手招きするのを見て、その場を離れた。
「なんだ?」
「あの化け物のことだ。例の教団と無関係ではなかろう」
「確かにアベルの話じゃ、あいつらの被害に遭うようになったのはここ最近の話らしい。もっとも正体が分かったのはついさっきだけどよ。奴らがあの蠍をけしかけたって言うのか?」
「いや、もっと悪い。我々が馬車に積んできた布が、巨大な蜘蛛の糸から作られたものということは話したな?」
「ああ。名産なんだろ」
「なぜ我が国だけがあの布を作れると思う?」
「そりゃあ、その化け物蜘蛛がダニアにしか生息してないからじゃねえのか?」
「それは正確ではない。その蜘蛛は術師たちによって人為的につくられたものなんだ。普通の蜘蛛を元にな。それを可能にしているのは、我が国に伝わる高度な魔術なんだ」
「それじゃあ、あの蠍も?」
「うむ。恐らくな。そもそもあんな魔物のような生物は聞いたことがない。神話以外ではな」
「ドラゴンの時も同じようなこと言ってなかったか」
「そうだ。魔物にドラゴン、神話の内容をなぞるようなものばかりだ。このままいくと大賢者とやらも......。とにかく油断ならない相手らしい」
オリガの言葉は、半ば自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
朝日が昇る頃には、馬車の修理はすっかり終えられていた。リンドウたちは返礼として、帆布のほとんどを彼らに渡してしまったので、荷台は随分広くなっていた。布は天幕に使えると喜ばれた。
そうしてリンドウたちは、砂漠の民たちに別れを告げ、目的地へと前進した。
そして馬車に揺られること一日半、計器は目的地まで残り50キロであることを示していた。
方角と距離からして、例の独立峰が信号の発信源らしい。
「しかし馬鹿でかい山だな」
ヘクターの言葉通り、視界を遮るものがない砂漠からは、山の巨大さがありありと伝わってくる。高さはそれ程でもないが、幅が広く、ずんぐりとした台形をしている。
「あんな枯れた山にホントに敵の拠点なんかあるんでしょうか?」
「それを調べるのが我々の役目だ」
ダンの言葉に、オリガが答えた。
「なあオリガ、気になる事があるんだが」
横からリンドウが口を挟む。
「なんだ」
「俺たちが遺跡で戦った奴らはよ、ドラゴンに乗って飛んでっただろ? もしあの山が拠点だとして、連中がドラゴンで出入りしてたら空から見つけられるんじゃねえか?」
「確かにそうだが、ドラゴンの目撃情報など聞いたことがない。つまり奴ら、移動は夜間に限定しているんじゃないか? こちらも奴らを見つけられないが、奴らも我々を見つけることはできない。私はそう考えている」
「なるほどな。説得力あるぜ」
「しかし、これほど近づくと例外があるかも知れん。この先は夜を待って一気に進もう」
オリガの案で一行は、山から20キロほど離れた地点で待機することにした。窪んだ岩陰に身を潜め、夜を待つ。
この時間を利用してオリガが作戦の確認を行う。
「いいか、まず敵地には私とリンドウで忍び込む。レベッカ、いや、ラムリー中尉以下5名は敵地外で待機。何か異変があった場合や、夜が明けても我々が戻らない場合は、ラムリー中尉に指揮権を譲渡する。以降は彼女の指示で行動するように」
「かしこまりましたわ」
「ただし、我々が戻らない場合は救助ではなく離脱を優先し、必ず本国にその旨を報告できるよう努めてくれ」
レベッカは今度は頷くだけであった。
「質問!」
「許可する、ヘクター一等兵」
「異変があった場合をどうやって判断しろと?」
「そいつは心配いらねえ。こいつを持ってな」
リンドウが例のタブレットを手渡す。
「なんだこれ?」
顔をしかめるヘクターから、レベッカが端末を取り上げる。
「教団の追跡に使っていたものですわね。これはいったい何でございますの?」
「まあ、言うなればマルチツールさ。とにかく便利なもんなんだ」
リンドウの言葉を理解できるものはいない。レベッカは画面上で点滅する二つの輝点を不思議そうに眺めている。その横からリンドウが操作すると、画面は暗転した。
「その画面に俺が見たもの、聞いたことが反映されて、録画される。そっちの音声も俺には届く。こいつを通じてな」
リンドウが右の耳の裏あたりに指で軽く触れると、あのマスクが展開された。
オリガ以外の者はみな、未知の技術に圧倒されていた。
「リンドウ、お前は一体何者なんだ? あの光弾の魔法といい......」
ケインが驚嘆の声をあげる。
「魔法なんかじゃねえ。誰だって使えるテクノロジーさ、俺がいた世界じゃな」
ケインの顔は、彼の疑問が何一つ解消されていないことを示していた。
が、オリガの語りによって未解決のままにされてしまった。
「その話は今度でいい。とにかく、その箱にリンドウの見たものが記録されるらしい。我々が戻らない場合は、その箱を持って直ちに本国へ帰還するように。リンドウ、使い方を教えておいてやってくれ」
「了解」
オリガの言いつけ通り、リンドウは機械の操作を説明する為、彼らが呑気に先日の武功を自慢し合っている様子を撮影し、端末で再生してみせた。
彼らは動画というものが気に入ったようで、繰り返し再生して、操作をすっかり覚えてしまった。
やがて日が沈み、夜がやってきた。
リンドウのマスクの暗視装置を頼りに、夜道を馬車が駆けて行く--
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