第25話 快適な空の旅

 日が完全に沈んだ闇の中、リンドウ達は麓から山を見上げていた。

 不自然なほど勾配がきつく、ほとんど壁のように山肌がそそり立っていた。


「で、どうやって侵入はいるんだ?」


 ヘクターが問いかける。


「さてそいつが問題だ。奴らの足を頂けりゃいいんだが」


 リンドウがマスク越しに空を見上げながら言った。


「足?」


「ドラゴンのことだよ」


 マスクの光学ズームによって、リンドウには彼方を飛行するドラゴンの往来が見えた。

 オリガの推理は当たっていたようだ。


「どうやって飛ばすのかが分かんねえんだよなぁ」


「それなら俺に任せてくれ」


 名乗りをあげたのはケインだった。


「どうする気だ?」


「こうするんだよ」


 不意にケインがリンドウの頭を掴む。

 すると突然、リンドウが両手を広げて羽ばたきだした。


「お、名案じゃないかリンドウ。そうやって山の上まで飛んでいくつもりか?」


 ヘクターがケタケタとはやし立てる。


「違っ! 体が勝手に!」


 尚もリンドウの羽ばたきは激しくなっていく。ヘクターは声を押し殺しながら腹を抱えていた。  


「それくらいにしておきなさい」


 レベッカが呆れたように言うと、ケインは手を離した。ピタリとリンドウの動きが止む。


「これが俺の能力だ。他人の頭を覗いたり、簡単な指示を出したりできる」


「俺の頭も覗いたのか?」


「身内にその力は使わんさ」


「もう一つの方も使わないでくれるとありがたいね」


「固いこと言うな」


 ケインは悪びれずに続ける。


「本当は俺が乗り込んでって奴らの頭の中を見るのが手っ取り早いんだが、今回は脱出の手段が限られてるからな。俺はドラゴンを捕まえておくよ。やばくなったら連絡しな」


「頼りにしてるぜ」


 そう言ってリンドウは再び上空に注意を向けた。

 今、上空に往来はない。リンドウは単体でドラゴンが通りかかるのを待っていた。その時がくれば、そいつをこちらへ誘き寄せる気だ。


「来たっ!」


 リンドウが小さく叫ぶ。


「ヘクター、火を焚け! 点滅させるんだ」


「こうか?」


 ヘクターは両手から交互に、小さく炎を吹き上げた。

 リンドウには、ドラゴンが頭を下げて降下してくる様子が観察できた。


「よぉーし。いい感じだ。そのまま続けろ」


 リンドウがブラスターを二丁とも抜く。


「合図で火を止めろ。まだだぞ......。まだまだ......」


 こちらに向かってドラゴンは一直線に降下してきている。


「今だ!」


 ヘクターが火を止める。

 リンドウはブラスターを構える。

 ドラゴンは火が消えてからも尚、同じ軌道で降下してきていた。

 ぐんぐんと距離が縮まる。リンドウの目には、ドラゴンの背に乗る二人の男の顔まで見えていた。この時すでにズームは等倍、つまりかなりの至近距離である。


「射程だぜ」


 リンドウが左右のブラスターから放った光弾は、狂いなく二人の男を撃ち抜いた。

 彼らがドラゴンの背から落ちていくのが見えた。


「ヘクター! 火を!」


 リンドウの声に応えてヘクターが灯りをつける。

 辺りが照らされ、主人を失ったドラゴンが突っ込んでくるのが全員に視認できた。


「ケイン!」


 リンドウが叫ぶ。


「任せろ!」


 言うが早いか、ケインはひねりを加えながら宙に舞い、ドラゴンの首に跨った。右手を頭に押し付け、何やら念じているようだ。

 しかし、ドラゴンはそのまま地面に突っ込んだ。リンドウたちは間一髪でそれをかわす。


「このっ、言うこと聞け!」


 暴れ回るドラゴンの上でケインは目を瞑り、眉間に皺を寄せながら振り落とされないように耐えている。苛烈なロデオだ。

 ドラゴンは激しく身を震わせるが、雄叫びはあげなかった。ケインが何とか抑えているのだろう。


「舐めるなよぉっ!」


 ケインは、右手と眉間に一段と力を加えた。

 すると、徐々にだが、ドラゴンは落ち着きだし、やがて完全に鎮まった。

 

「とんだ頑固者だよ、こいつは」


 ケインは、ドラゴンの頭にぐったりとしがみつきながらぼやいた。


「よーし、よくやった」


 リンドウは撃ち落とした男達からローブを剥ぎながら、労いの言葉をかけた。どうも誠意がこもっていない。

 服を奪い終えたリンドウは、左腕にローブを抱えながら、右手で男を一人、引きずってくる。


「オリガ」


 呼びかけながらオリガにローブを投げ、そのまま歩みを止めずにドラゴンの前までやって来た。

 そして男の襟口を掴んだまま、乱暴に持ち上げ、頭をケインに差し出す。男の首は重力に任せてだらりと垂れている。


「どうだ? なんか読み取れるか?」


 ケインもまた、男の頭を乱雑に左手で鷲掴みにして、しかめっ面をしている。


「駄目だな。完全に意識が飛んでる」


 ケインが手を離すと、男の首はまただらりと垂れ下がった。

 

「ちっ、根性なしが」


 リンドウは男を放り捨てた。


「まあいい。予定通り忍び込むさ。オリガ、準備はいいか?」


「ああ」


 オリガは既にローブを身にまとっている。今、リンドウに投げ捨てられた男の物だ。小柄な男だったので、オリガが着ても丁度いいサイズだった。


「よし、なら行くか」


 リンドウもローブを羽織り、ドラゴンの背に飛び乗った。オリガも後に続く。


「しっかり掴まってな」


 ケインはそう告げると、集中した表情になった。ドラゴンが羽ばたき始める。

 三度目の羽ばたきで宙に浮き、そのまま上昇し始める。が、少しぎこちない。羽ばたきのリズムが一定でなく、上昇の後に小さな下降を挟んでくる。

 上下に揺さぶられながら、リンドウとオリガはドラゴンの背中にしがみついていた。


「おい! 操縦が荒いぞ、酔いそうだ!」


「初めてなんだ! 仕方がないだろ!」


 リンドウとケインが怒鳴り合うなかで、ドラゴンはゆっくりと高度を稼いでいく。

 そして山を越える高さまで上昇した頃、水平飛行に移行した。しかしドラゴンは尚も、右へ左へ傾き、ゆらゆらと不安定だ。


「よしよし、コツが分かってきたぞ」


「本気か!? 杖ついた婆さんでももう少しまっすぐ進むってんだ!」


「怒鳴るなよ! ペースが狂う!」


 その時、ドラゴンが一段と大きく右へ傾いた。


「うおぉっ!」


 リンドウは思わず声をあげた。


「ほら見たことか! わかったら黙ってろ!」


 命が惜しいリンドウはそれ以降喋らなかった。

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