第26話 敵陣深く

 ドラゴンは尾根を越え飛んでいく。

 そして一行いっこうは山頂に辿り着く、はずだった。

 しかしそこに頂きは無かった。谷だ。円形に谷が広がっていた。

 いや、谷というのは間違いかもしれない。なぜなら彼らが越えてきたものは、山ではないのだから。

 相応しい言葉は、山ではなく壁であり、谷ではなく壁の内側、である。

 外から見た時も険しい山肌に思えたが、内側は更に極端な勾配で、殆ど垂直に近い崖だった。壁というほか形容しがたい。

 ケインは壁を越えると、ほんの少しだけ高度を下げた。眼下には灯りが広がっている。


「街だ・・・・・・」


 ケインが呟く。

 確かに街が広がっている。それも、石造りや木造の家屋が立ち並び、中央には巨大な楼閣が鎮座する、立派な街だった。

 

「こいつは間違いなく本丸だな」


 リンドウが言う。


「ああ、そのようだ」


 オリガも同調した。

 今、リンドウ達は敵の本拠地に正面から侵入している。


「これ以上高度を下げずに旋回してくれ。降りる場所を探す」


「了解」


 ケインはドラゴンを、反時計回りにゆっくりと、大きく旋回させる。

 リンドウとオリガは街を丁寧に観察していた。特にリンドウはマスクのおかげで、街の様子をつぶさに見てとれた。

 街を行く人間に警戒の色はない。本拠に居る人間の油断が感じられた。これならば、堂々と街を歩いても誰も咎めはしないだろう。

 問題は中央の楼閣だ。

 

(どう見たってあそこが本命だが・・・・・・)


 楼閣を囲うように敷かれた円形の道だけ、あからさまに人通りがない。近づけばどうやったって目立つ。それに、近づけたとしてどんな警備が待ち受けているかも分からない。


(虎穴に入らずんば、か・・・・・・。ん?)


 街の上を旋回することで、リンドウは北側だけが一段と暗いことに気がついた。建物が少ないのだ。


「ケイン。あの陰になっているところへ真っ直ぐ降りられるか?」

 

「闇に乗じようってんだな。任せろ」


 ケインは高度をとったまま、壁に沿って上空を回り、街の北側に移動した。


「しっかり掴まってろよ」


 その言葉とともに、ドラゴンは翼をたたみ一気に降下を開始した。

 リンドウ達の耳を、轟々と音をたてながら風が撫でていく。

 どんどん地上に近づく。ケインは減速する気配を見せない。

 が、地上すれすれで、ドラゴンは頭を上げ、翼を広げて急ブレーキをかけた。そしてそのまま大地を踏みしめるように着地した。


「行くか」


 リンドウの掛け声で、二人は飛び降りる。

 ドラゴンはその場に留まることはなく、すぐさま羽ばたき、暗い空にその姿を隠した。

 地上に降り立った二人はローブのフードを被った。


「おいリンドウ。仮面がはみ出ている。もっと深く被れ」


「おっといけねぇ。これでどうだ?」


「まあ大丈夫だろう。あまり顔を上げるなよ」


「へいへい。レベッカ、映像はどうだ?」


「問題ありませんわ。地面以外のものを映してくださるともっと良いのですけれど」


 レベッカの持つ端末には、リンドウの視線が向けられた石畳が鮮明に映し出されていた。


「これでどうだ?」


 リンドウが視線を移すと、木を組み合わせた粗末な墓標が群立しているのが、端末に映し出された。


「これは・・・・・・」


「ああ、墓場らしい。どうりで薄暗い訳だ」


「ここに用はない。行くぞ」


 オリガに促され、リンドウは街の中心に向かって歩き出した。


 北のはずれから歩くこと数分、二人は広い通りに出た。

 上空から見たとおり、人通りは多い。道端に佇み談笑する二人組、うつむきながら一人で歩く者、酒に酔っているのか千鳥足で歩き回っている一団もいる。

 どこでも見られる人々の営みに思える。

 しかし、全員が同じローブに身を包んでいる。

 ありふれた日常の光景と、異常に統制された服装とのギャップが不気味だった。

 二人は誰とも視線を合わせぬように歩いた。そして楼閣のそばまで難なく近づくことができた。時間にして5分も歩けばたどり着く距離だろう。しかし--


 「おい、道がないぞ?」


 リンドウの言葉の通り、上空から見た楼閣を囲う環状道路に繋がる道が見当たらない。


 「場所が間違っているんじゃないのか」


 「いいや、上から見たときはロータリーから放射状に道が伸びてた。その一本がここに通じてるはずなんだ」


 しかし、リンドウの言葉とは裏腹に二人の眼前には石造りの建屋が並んでいるだけだった。

  

 「レベッカ、どう思う?」


 リンドウはレベッカに助言を求めた。


 「そうですわね。リンドウさんがおっしゃったように、上空から道路が見えていたのなら、魔法による隠匿とは考えにくいですわ」


 「つまり?」


 「単純に目の前の建物の奥に道があるかと」


 「なるほど。ここが関所ってわけだ」


 「ならば突破するまでだ」


 「待て待て、何も馬鹿正直にここを通る必要はねえさ。上があいてるじゃねえか」

 

 リンドウが目前の建物の屋根を指す。


 「それは良いアイディアとは思えませんわ」


 レベッカが通信機越しに割り込む。


 「敵が関門を素通りさせることを許すとは思えません。何か罠が仕掛けられているはずですわ。それに、二人が屋根を超えるのに何秒かけるおつもりかしら?」


 「俺とオリガなら10秒ってとこかな」


 「扉を開けて閉めるのには2秒もかかりませんわ。今は少しでも人目に触れないようにするのが賢明かと」


 「私もレベッカに賛成だ。敵がわざわざ逃げ場のない室内に控えてくれているんだ、一気に制圧してしまおう。この広さなら1秒に4人はやれる」


 「そいつは頼もしいね・・・・・・。分かったよ、突っ込むタイミングは任せる」


 そう言ってリンドウは腰のブラスターに手を添えた。

 

 「待て。構えるな。自然体でいろ。その扉から目も離せ」


 「なんだよ?」


 「人目につくなと言っただろう? この通りを歩く全員の視線から、我々が外れるタイミングを待て」


 「そんな無茶な。どうやったって一人か二人の視界には入っちまうよ」


 「いや、ここが死角になる時がほんの一瞬、あるはずだ」


 「あったとしても、そんなの分かるはずねえだろう」


 リンドウの声を無視してオリガは目をつむった。集中している。

 その頑固な態度に、リンドウも仕方なく扉に背を向け、暇を持て余して佇むようにふるまった。

 そんなリンドウの不満をやわらげるためか、またもレベッカから通信が入る。


 「心配しなくても、オリガさんなら大丈夫ですわ。あの方は気配とか視線といったものに異常に敏感な方ですから」


 レベッカの言葉通り、オリガは今、自身に注がれる視線の数を正確に把握していた。


 (10・・・・・・。7。5。8。3--)


 (ゼロ!)


 「構えろ」

 

 それだけ言ってオリガは右手で扉を最低限必要な分だけ押し開けながら、左手でリンドウを中に押し込み、続いて右手を刀の柄に掛けつつ自身も部屋に滑り込む。

 扉が閉まるころには、すでに抜刀し、構えていた。

 となりではリンドウもブラスターを構えている。

 が、二人の眼前に敵の姿はなかった。ただ何もない部屋と、対面に設けられたもう一つの扉が目に入るばかりであった。


 「なんだ拍子抜けだな」


 リンドウの間の抜けた声にも、オリガは警戒を緩めない。が、敵の気配は皆無だった。

 トラップの類には鼻の利きそうなリンドウが、武器をホルスターに納めるのを受けて、オリガも刀を納めた。


 「さて、どうする?」


 リンドウが訊く。


 「どうもこうも進むしかないだろう」


 「まあそうだよな。レベッカはどう思う?」


 しかし返事がない。


 「--あれ?」


 「どうした」


 「おかしいな。通信が切れてる」


 「お前の道具もあてにならないということか。行くぞ」


 オリガが先頭に立ち、二人は扉を開け、環状道路に出る--はずだった。


 「なにっ!?」


 二人は建物のの前に立っていた。

 入口とは二人にとっての入口、すなわち先ほど建物に入る際にくぐった扉である。

 二人は元居た通りに出てきたのだ。


 「どうなってやがる・・・・・・」


 「--リンドウさん!」


 「うおっ、びっくりしたぁ」


 リンドウのつぶやきに答えたのはレベッカであった。


 「オリガさんも! 無事でしたのね。急に画面が真っ暗になったものですから、心配いたしましたわ。中に敵の姿はありまして?」


 「いや、人はいなかったが・・・・・・。それより出てくるところを誰かに見られたかも」


 「大丈夫だ。気づいた様子の者はいない。幸いなことにな」


 「そうか。助かった」


 リンドウとオリガはホッとため息をつく。


 「それで、中の様子はどうなっていましたの!?」


 質問を流されたレベッカが不満げに問いただす。


 「あ、ああ。中の様子は--」


 リンドウは室内の様子と、自分たちが出口だと思っていた扉を抜けてこの場所に戻ってきたことを話した。


 「なるほど。奇妙ですわね」


 「こうゆう魔法はよくあるのか?」


 リンドウが尋ねた。


 「話だけなら聞いたことはあるが・・・・・・」


 「遭遇するのは初めてですわね」


 オリガもレベッカも怪訝そうな様子だ。


 「なんだよ二人とも」


 「我々が聞いた話というのはな、士官学校の座学のことなんだ」


 「その通り。確か講義名は『空間転移魔法の実現可能性とその理論について』だったと記憶していますわ」


 「要領を得ねえな。分かりやすく言ってくれ」


 「つまりだな、まだ確立されていない魔法なんだ」


 「その扉に仕掛けられているのが転移魔法だとしたら、敵はとてつもなく高度な魔術体系を有していることになりますわ」


 「ちょっと待ってくれよ。そんなに便利なモンがあるなら、なんだってあいつらドラゴンなんかで移動してるんだ?」


 「お前の言う通りだ。おそらくまだ完全には確立されていないんだろう」


 「そう考えるのが自然ですわね。転移魔法には空間を歪めるほどの莫大な魔力が必要なはずですし、まだ長距離の移動は難しいのかもしれませんわ」


 二人は、黙って何かを考えていたが、やがてオリガが口を開いた。


 「おいリンドウ、お前の道具はどういう原理で離れた人間と会話できるんだ」


 「ああ? そうだな、簡単に言うと目に見えない波を送ったり受け取ったり・・・・・・」


 「なるほど。さっぱり理解できんが、その波とやらは壁があると遮られるものなのか?」


 「まあよっぽど分厚けりゃな。だがあの程度の建物なら普段は問題ねえよ」


 「なるほど、ではやはり・・・・・・」


 「ええ、あの建物全体が結界によって隔絶されているのでしょう。結界内の空間を歪めるだけなら魔力もずっと少なく済むはずですし」


 「しかし、それが分かったところで解決策が浮かぶわけでもあるまい。一か八か、リンドウの言う通り屋根をつたうか」


 オリガが屋根へと視線を移す。


 「待ってくれ。二人が聞いた講義とやらの話をもう少し聞かせてくれ。レベッカ、さっき空間を歪めるとか言ってたが」


 「ええ。わたくしが聞いた話では、空間転移は術者が移動するのではなくて、現在地と目的地までの空間が消し飛ぶらしいのです。どういうわけかそれは誰にも知覚できないそうですが・・・・・・。とにかくこの世の理を破るような魔法なのです。ですが己で作り上げた結界内であれば、優れた魔術師は理を支配するでしょうね」


 「なるほど・・・・・・」


 (ワープと似たような理論らしい)


 レベッカの話を聞いたリンドウには、この仕掛けを突破する方法が閃いていた。


 「だったらその理を崩してやれば、魔法はとけるのか?」


 「え? ええ、おそらくは・・・・・・」


 「分かった、俺に任せてくれ。オリガ、もう一度入る。タイミングを教えてくれ」


 「何か策があるのか? お前は魔法を全く知らないだろう・・・・・・」


 「いいから頼む」


 「・・・・・・いいだろう」


 オリガは再び神経を研ぎ澄ませた。


 「--今だ!」


 オリガの合図でリンドウは素早く建物に飛び込んだ。

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