第28話 鳥籠の少女

 二人は正門へ向かって堂々と歩いた。当然、門番に視認されたが、侵入者であるとは思われていないようで容易に近づくことが出来た。手が届く距離まで接近したとき、ようやく門番のうちの一人が口を開いた。


 「失礼ながらお顔を拝見させていただきたい」


 男の口ぶりから、この建物に近づけるのはそれなりの地位にある者に限られていることが窺えた。


 「ん、これでどうだい?」


 リンドウは深くかぶったフードを上げ、マスクを晒した。

 得体の知れない人物に驚いた門番が声を荒げる。


 「な、何者だ!?」


 「海賊さ」

 

 「か、海賊?」


 「違う、元コソ泥で今は捕虜だ」


 オリガの言葉にリンドウは不満げだ。

 

 「なんだっていい! お前たちどうやってここまで--」


 もう一人の門番が喚きだした瞬間、向かって右の門番の顎にリンドウの右拳が、左の門番の腹にオリガの刀の柄がそれぞれめり込み、二人を黙らせた。

 男たちは地面に倒れこみそれきり動かなかった。


 「捕虜だって?」


 目の前に転がる男たちを気にも留めず、リンドウはオリガに語り掛ける。


 「間違ったことを言ったつもりはない」


 「そんな肩書じゃやる気なくなっちまうよ。俺の稼業をもっと尊重してほしいね」


 「盗みは職じゃないだろう。黙ってさっさとついてこい」


 オリガはリンドウを待たずにツカツカと歩き出した。


 門を抜けると、そこは灯りが焚かれているものの、薄暗く、絨毯も飾り窓もない、ただ無機質な岩で構成された陰鬱な広間だった。

 

「センスわりい部屋だなぁ」


 後からやってきたリンドウが呟く。


 オリガは返事もせずに、広間を見渡していた。彼女の正面には上階に繋がる階段があり、左手には地下に通じるであろう階段が延びている。そして四方の壁にはいくつかの扉が並んでいた。


「どうやらここで別れなくてはならないようだな」


「そうらしいな」


「合流する時間を決めておこう。これを」


 オリガはリンドウに懐中時計を手渡した。

 王宮の宝物庫に忍び込んだときに使ったものだった。


「持っててくれたのか、これ」


「30分後にここで落ち合おう。時計は合わせてある」


「いいのか? 記録を残せるのは俺が見たものだけだぜ」


「構うものか、お前と違って私の証言は信用してもらえる。何のために二人で来たと思っているんだ」


「それもそうか・・・・・・。じゃ、俺は地下に行くから、上の方を頼む」


「待て、あの扉たちはどうする?」


 オリガの至極真っ当な質問にリンドウはため息をついた。


「あのねぇ、いかがわしい連中ってのは上下に移動するの。上に親玉、汚れ働きの下っ端が地下。あの扉の向こうは全部キッチンだよ」


「そんな訳ないだろう・・・・・・。まあいい、人手が限られている以上、お前の言う通りにしよう」


「物分かりがいいじゃないか。それじゃまた後で」


 リンドウはオリガに背を向けたまま、軽く手を上げて別れを告げると、階段を降っていった。オリガも間をおかずに上階を目指す。


 階段を昇った先でオリガを待ち受けていたのは、回廊と新たな階段であった。回廊には扉が並んでいたが、リンドウの言葉通り、構わずさらに上を目指し、階段を登っていく。

 すると現れるのはまた同じ造りのフロアである。


「無機質なものだな・・・・・・」


オリガはそう呟きながらも、上に上に、昇っていった。


 一方その頃、リンドウはひたすら螺旋階段を降っていた。


「どこまで続いてやがる・・・・・・」


『リン--ん、映像--みだ--が』


 レベッカからの通信が途切れ途切れだ、かなり深くまで降りてきたようだ。

 それでもなお進んでいくと、やがて通信機からはガーガーとノイズだけが聞こえるようになった。


「ちっ」


 リンドウは通信を切断した。

 そのまま真っ暗な階段をしばらく進むと、僅かに明かりが見えてきた。出口のようだ。

 人の声が聞こえる。


『まったく。本殿に入れてもらえるっていうから、幹部の仲間入りかと思ったのに。なんだって俺たちがこんなことを』


『ぼやくなよ。これも大事な仕事じゃないか』


 リンドウは階段の出口から僅かに顔を覗かせて、中の様子をうかがった。

 声の主は二人の男のようだ。冷たい地下室の中、暖炉の前で椅子に腰掛けている。

 しかし、リンドウには男たちよりも気にかかるものがあった。

 

 それは巨大な鳥籠である。

 男たちの傍に設けられたそれは、高い天井と鎖で繋がれていた。


 しかし、リンドウの関心を引いたのは鳥籠そのものではなく、その中にいる少女であった。

 ボロをまとった少女は、手錠と首輪を嵌められ、憔悴しょうすいしている様子だ。暖炉の温もりは彼女まで届いていないらしく、膝を抱えて震えている。


 それを見て、片方の男がニヤニヤしながら喋り始めた。


「どうしたんだ? そんなに震えて。寒いなら言ってくれれば、あっためてやるのによぉ」


 そう言いながら男は立ち上がり、暖炉から火かき棒を抜き出した。赤熱している。


「お、おい。何しようとしてる」


 もう一人が問いただす。


「なにって、仕事だよ。どうすればこいつが魔力を放出するのか調べるんだよ」


「よせよ! 痛めつけたって大した魔力が得られないのは、もう分かってることじゃないか!」


「なんだぁ? お前こいつを庇うのか?」


 火かき棒を手にした男が、もう一方に向き直る。


「な、何をする気だ」


「お前も知ってるだろ? こいつは目の前で人が死んだときに、一番魔力を漏らすんだ」


 そう言いながら男が地面を踏み鳴らすと、地面から岩の十字架が現れ、もう一人を拘束した。


「ま、まさか僕を」


「クックック、おい小娘。よぉく見てろよ。お前を庇ってくれた男が死ぬところをな!」


「・・・・・・やめて」


 籠の中の少女はかろうじて声を絞り出しているようだった。


「やめるもんかっ!」


 その言葉と共に、磔にされた男の喉元へナイフが突き立てられ、刃を抜くと同時に鮮血が噴き出した。


 男は即死ではなく、気管に血が流れこんでいるのか、ゴヒュゴヒュと音を立てながら、喉から泡立った血を流している。

 そしてその眼は、自分を刺した男ではなく、少女を睨みつけていた。

 男はまもなく生き絶えた。


「いや・・・・・・」


 少女は眼前で繰り広げられた殺戮をまばたきも出来ずに見つめていた。頬を涙が伝っている。


「いやあああっ!」


 絶叫と共に、少女の体から、青白い、強烈な光が発せられ、首輪に繋がれた鎖から鳥籠へ、更にそこから天井へ繋がる鎖を渡っていった。


「なんだぁ? 思ってたよりもしょぼいな。こいつが死んでもこの程度か。ええ? 冷たい奴め」


 男は籠に歩み寄る。


「どうして、どうしてっ・・・・・・!」


 少女は膝を強く抱え、顔を埋めて泣いていた。


「どうしてだ? それはお前が魔力をコントロール出来てないからだよ! このぐずめ! お仕置きしてやる・・・・・・」


 男が火かき棒を見せつけるように、ゆっくりと少女に近づく。


「やだやだっ、やめてよっ! 痛いことされても私なんにも出来ないの! あなたも知ってるでしょ!?」


「へっへっへ。構わねえさ。俺が楽しむ為にやるんだからよぉ--ぐっ!?」


 男は背中に強い力を受けて、前のめりに転んだ。

 四つん這いで後ろを振り返る。


 そこには火かき棒を手にした男が立っていた。

 リンドウである。

 転んだ拍子に男が落としたものを拾い上げていたのだ。


「そんなに楽しいんなら独り占めさせてやるよ」


 リンドウはそう言って、男のケツに、思い切り火かき棒を突き刺した。


「ヴァウェッ!」


 男は短い叫びの後、血の混じった泡を吐いて死んだ。


 リンドウはクズが死んだことなど構わずに、籠の鍵をブラスターで撃ち抜き、扉を開け、少女に歩み寄る。


「こ、来ないで!」


 少女はリンドウを見つめ、震えながらも必死で後退りをした。足は前に投げ出したまま動かさず、両手を使って地面を漕ぐように身体を引きずっていた。


 少女が怯えるのは当然だ、彼女からすれば教団のローブを身にまとった人殺しなのだから。その上、不気味なマスクまで着けているときた。


 その事に気づいたリンドウは、マスクを外し、ローブも脱ぎ捨て、ただ一言を語りかけた。


「ここを出よう」


 どんな言葉も今、この少女の心をほどくことは出来ない、だから、自分がこれから実行することをただ宣言したのであった。

 少女は黙ってリンドウを見つめたままであった。その眼差しに安堵の色は皆無であり、何か言いたげであった。しかし、衰弱している少女は、言葉を発する前に気を失ってしまった。


 リンドウは慣れた手つきで少女の手錠と首輪を外し、自分が着ていたジャケットを少女に羽織らせた。

 その際に、少女の身体に無数の傷痕があることを知った。

 両足の腱も切られた痕があった。


 (ゲス野郎どもが、むごいことを・・・・・・)


 リンドウは怒りに震えながら、また、憐れみの情をこぼしながら、なるべく彼女の肌を晒さぬように、ジャケットで包み込んだ。

 

 腕に少女を抱えると、その軽いことに驚き、顔を見つめずにはいられなかった。

 淡い青色の髪も、白い肌も薄汚れていたが、先ほどまで絶望に染まっていた顔は、気を失ったせいか幾分か穏やかであり、生来の可憐さを取り戻していた。が、生気は薄い。


--脱出を急がねば。


 その思いから、リンドウは足早に階段を駆け上がった。


 時計は約束の時刻に迫っていた。

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