第20話 愚連隊の門出
リンドウの前に濃いクマを残した男が四人、立たされている。皆一様に、窓から差し込む、高い陽の光を嫌がるように目を細めていた。
「改めてご紹介いたしますわ」
レベッカの紹介によると、ヘクター、ケイン、ルロイ、そしてダンと言うらしい。
ヘクターは逆立てた赤髪が印象的な筋肉質な男だ。両手の甲には太陽を象った刺青を彫っている。身長180センチ。
ケインは淡い金髪を坊主に刈り上げ、無精髭を蓄えている。彼もまた引き締まった身体をしている。身長182センチ
ルロイ、黒に近い深い緑色の髪をオールバックに仕立てている。やや細身で、身長175センチ。
そしてダン。この面子にそぐわない華奢な体つきをした優男だ。オリーブ色の柔らかそうな髪を短く切り揃えている。身長160センチ。
全員がカーキ色のくたびれた軍服をだらしなく着用している。
「騎兵隊っぽくねえな」
リンドウが呟く。
「ジュベーデン中将がレベッカの隊に問題児を押し付けているんだ」
オリガが小さく答えた。
「それでは、改めて今回の任務について説明して下さるかしら? オリガさん」
「我々はとある教団の拠点と思われる地域へして進行、実態を掌握することが目的だ。偵察が主とはいえ実戦だ。皆心してかかってほしい」
「教団って?」
ヘクターが聞く。
「伝説の賢者とやらを崇拝するカルト連中だ。私も詳しいことは掴めていない。ただ、敵は戦闘で通用するレベルの魔術師を多数抱えている可能性が高い。厄介な相手だ」
「確かにそれじゃあ拠点を叩くのはリスキーですね」
「おいおいダンよー、何弱気なこと言ってやがんだ。敵なんか片っ端から蹴散らしゃあいいんだよ」
「くれぐれも任務ではわたくしの命令に従うように」
「わかってますって!」
ヘクターは実戦と聞いて昂っているのか、眠気は吹き飛んでいるようである。
「うん。皆士気は十分なようだな。出発は明日の朝だ。各員準備を怠らないように」
「はっ!」
オリガが場を締めて、この日は解散となった。
リンドウとオリガが自室に戻る頃には太陽はかなり高くなっていた。フランクはまだ眠っている。
ドアを閉めるとリンドウは、どかりとベッドに腰を下ろし、タバコに火をつけた。
オリガはというと、何か考えこんでいる様子で、ぼうっと宙を眺めている。
「例の奴らが気になるのか?」
リンドウの声に、オリガはハッとしたように振り向いた。
「うん。やはりな......」
オリガは僅かに
「もしまたジェシカと対峙したとして、彼女を斬ることが出来るかどうか......」
「おいおい。今回は偵察するだけだろ」
「しかし、いつかは戦わなければならないはずだ」
「確かにそうだろうけどよ。お前は軍人なんだろ? 殺せと命令されたらどうするんだ」
「意地悪な質問はよしてくれ。その答えが分からなくて迷っているんだ」
「軍属ってヤツは難儀だな」
「まったくだ。つくづく自分は軍人に向いていないんじゃないかと思わされる」
そう呟くと、オリガは再び含羞んだ。うっかりと己のジレンマを他人に晒したことに、自分自身でも驚いていた。
(こんな話を人にしたのは初めてだ。気を引き締めなくては)
オリガはすぐに微笑みの上に、神妙な顔を上書きした。
彼女は自己の中に抱える兵士たらんとする覚悟に、常に忠実である。しかし、先ほどの言葉通り、自分が兵士としての適正を持っているとは思っていなかった。
それを忘れようと強い口調、強気な態度を貫いている。
そのことは僅かな期間を共に過ごしただけのリンドウにも、手に取るように分かった。
(お前は軍人をやるには優しすぎる)
リンドウはその言葉を深く呑みこみ、ゆっくりと煙を吐いた。
明くる日は快晴であった。
オリガに叩き起こされたリンドウは、まだベッドで惰眠を貪るフランクを恨めしそうに一瞥し、重い瞼を擦りながら集合場所に向かった。
そこには既に
「レベッカはよくあんな奴らをまとめてるな」
「なに。理由はすぐに分かるさ」
オリガは悪戯っぽく笑った。リンドウがその意味を解しかねていると、ヘクターとケインが倉庫から何やら巨大なものを引っ張り出してくるのが見えた。
それはランスだった。長さは3メートルほどか。槍としては特別な長さではないが、異様なのはその太さである。
先端は鋭く尖っているが、手元にかけて円錐形になるように膨らんでおり、鍔に到達する頃には大砲の発射口と見間違うほどの直径になっている。
やはり相当な重さのようで、2人は汗をかきながらなんとか運んでいる有様だった。
その二人にレベッカが近づく。
「ご苦労さま」
レベッカはそう言うと、微笑みながらその豪槍を右手一本で軽々と持ち上げて、荷馬車に近づくと、織物が満載された荷馬車の床板を毛布でも持ち上げるかのように剥がした。そこは秘密の収納場所があり、レベッカは槍をそこに隠した。オリガも自分の刀をそこに納めた。
リンドウはレベッカの人心掌握術に圧倒されていた。
あんなものを見せられれば誰だって言うことを聞くだろう。
「おはようございます」
レベッカがリンドウに声をかける。
「おはようございます!」
リンドウは敬語だった。
元気の良い挨拶にレベッカは微笑みを返してくれた。
「さて、ご覧の通りわたくし達は行商人として敵地まで潜り込む算段ですので、リンドウさんもこちらのお召し物に着替えて頂けますか」
レベッカはリンドウに服を手渡し、倉庫を手で差した。あそこで着替えろとのことだろう。
リンドウは言われた通り倉庫に入り、着替え始めた。すると後から呻き声がふたつ聴こえてきた。見ると、ルロイとダンが顔を真っ赤にしながら馬鹿でかい盾を運び出している最中だった。
リンドウは見なかったフリをして着替えに専念した。あの盾を見てしまうと、自分の中に芽生え始めた、形容しがたい感情を揺さぶられそうだった。
倉庫を出るとまだ二人は盾を運んでいる途中で、レベッカはまたも荷馬車の床を持ち上げて待ち構えていた。リンドウは自身に芽生えた感情が、レベッカへの恐れであったことを知った。
ともかく、リンドウのガンベルトも床下に隠されて、すべての準備が整った。
オリガとレベッカはヘクター達を横一列に整列させた。なぜかリンドウもこちら側だった。
「さて、今回の任務ではわたくしではなくアルムグレーン中尉の指示に従っていただきます。それではアルムグレーン中尉、訓示を」
「ん」
オリガが引き継ぐ。
「まずは
「それでは出発いたしましょうか。ルロイ、御者をお願いいたしますわ」
「はっ」
一向を載せた馬車はゆっくりと動き出し、駐屯地を出て、街を抜け、やがて門を潜った。
教団を追う旅が始まったのだ。
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