第19話 嫌な奴とダメな奴ら

 謁見の間から下がった四人は、正面玄関を目指して、本殿の廊下を歩いていた。


「レベッカ、陛下に何の用があったんだ?」


 オリガが聞く。


「いえ、大したことではありませんわ」


 レベッカは説明しなかったが、オリガもそれ以上深くは聞かなかった。

 それからしばらく歩き、正面玄関に続く大階段に差し掛かった所でオリガとレベッカが立ち止まった。二人とも挙手の礼をとっている。

 その対象となるのは階段を昇ってくる一人の男であった。歳の頃は五十代であろうか、豪奢な軍装に身を包み、自身の権力を誇示するように背筋を立てている。切れ長の目をした整った顔つきで知性を感じさせるが、同時に冷酷さと傲慢さをも外界に撒き散らしている。

 男が足を止めた。


「アルムグレーン中尉、その男かね? 例の大罪人は」


 男はリンドウにありったけの侮蔑を込めた視線を突き刺しながら聞いた。


「はっ」


 オリガは短く答える。

 男はしばらくオリガとリンドウを舐め回すように眺めてから口を開く。


「ふん。いくら陛下のお考えとは言え、このような者と任務を共にするとは我が軍の栄誉も地に落ちたものだ」


 男は一瞬間を置いて、


「もっとも、お前のような犬小屋の出の者には相応しい任務かもしれないがな」


 鋭い言葉を放った。

 犬小屋と聞いてオリガの体が一瞬震えた。孤児院のことを言っているのだ。王の庇護を受けていることを、愛玩犬と同列に語って揶揄した言葉であった。


  (なんてこと言いやがるこのゲス野郎)


 リンドウの腹に怒りが湧く。

 しかし、次に口を開いたのはリンドウではなくレベッカだった。


「恐れながら申し上げます。近衛師団長ともあろう閣下が、陛下のなさることをそのように仰るのは如何なものかと・・・・・・」


「ラムリー中尉、誰に向かって口を聞いているつもりかね? 父親の威光がどこまでも及ぶものだとは思わないことだ」


「父はわたくしが軍人になることには反対しておりました。父の力が及ぶ場所など、はなからありはしませんわ」


「口の減らない小娘だ」


 男の表情がこわばっていく。今にも怒りをぶちまけそうな様子である。


「おい、。噛みつく相手を間違えるなよ」


 リンドウが横槍をさした。


「黙れ! お前は必ず死刑台に送ってやる! 必ずだ!」


 男はそう吐き捨てて階段を足早に上がっていった。

 

「何者だあいつ?」


 フランクが言った。


「ジュベーデン中将、王を守護する近衛師団の長だ」


 答えたのはオリガだ。


「なるほど、リンドウを嫌う訳だ」


 フランクが腑におちた感で言った。


「嫌っているのはリンドウさんだけではありませんわ。私たちのように若い娘が軍にいることも我慢ならないようなのです」


「なにより私やレベッカが陛下と親しくしているのが癪に触るのだろう」


 オリガが暗い調子で呟いた。


 「さ、とんだ水が差されましたけれども、気を取り直して参りましょう」


 レベッカは努めて明るい口調で音頭をとり、先頭へ立って歩き出した。

 四人は本殿を出て、正門を抜け、街の東側へ向かった。隣国へ延びる街道に続く門の手前を折れて、街の外れに向かう。

 そこに駐屯地があった。王都の守護を司るものだけあって、巨大な施設である。堅牢な塀に囲まれたこの敷地で、三千人近い将兵が寝食を共にしている。

 レベッカの誘導で敷地内を進み、やがて一つの兵舎に行き当たる。簡素な木造の三階建てである。


「ここですわ」


 レベッカに促され、三人も続いて兵舎へ上がった。どうやらこの兵舎は兵士の為のものであるらしく、士官であるレベッカとオリガが廊下を歩けば左右に人の垣ができた。無論みな敬礼の姿である。

 その中央を行く二人は、彼らを自由にしてやる為に、兵とすれ違う度に返礼をしなければならなかった。

 そんな人垣の中に、レベッカは見知った顔を見つけたようで声を掛けた。


「楽になさって」


 レベッカの柔らかい声に応えて、兵士は手を下ろし、直立の姿勢をとった。


「例の四人がどこにいるかご存知かしら?」


 兵士の体がピクッと震えた。


「だ、誰のことでしょうか」


「お分かりのはずです」


 レベッカは決して語気を強めた訳ではなかったが、兵士は観念したように喋り始めた。


「ヘクターの部屋に集まっているようです・・・・・・」


力なく言った兵士が、何かを懇願する様にレベッカの顔を見つめている。頭の位置はレベッカの方が一回り以上低いので、兵士が彼女を見下ろす形になるのだが、許しを請う表情と弱々しい声のせいで少しも威厳はない。

 ハァ、とレベッカはため息をつき、


「安心なさい、あなたから聞いたことは言いません」


 呆れたように言った。

 その言葉を受けて兵士は安堵したのか、謝意を示すように、はにかみながら敬礼を済ませて去ってしまった。人の所在を訊ねるだけで、なぜあんなにおどおどした態度をとったのか、この時のリンドウ達には分からなかった。

 目当ての情報を得たレベッカは、三人に促すような目を向けてからすぐに歩きだした。

 5分も歩かないうちに、レベッカは一つの扉の前で立ち止まった。ヘクターとやらの部屋だろう。レベッカはドアに耳を当てている。


「・・・・・・何をしている?」


 オリガが怪訝そうに尋ねる。


「しっ、静かになさって。彼らったらまた懲りずにギャンブルを」


「ギャンブル? それにしては物音がしないが--」


「それがかえって怪しいんですわ」


 ドアに耳を押し当てたまま、オリガとやり取りしていたレベッカは、不意にドアを押し開けた。

 部屋の中にいた四人の屈強な男たちは、手に手にカードを持って、入口を見つめて固まっている。


「・・・・・・何をしているのかしら」


 レベッカの冷たい声が部屋の空気を浸食していく。男達は返事が出来ないようだ。


「ヘクター、説明して下さるかしら?」


 車座に座った男達の中の一人がカードを捨てて立ち上がる。が、立ち上がっただけで声を出さない。直立不動である。


「わたくしの質問は難しかったかしら? 今、ここで何をしていたのかを答えて欲しいのですけれど」


 ヘクターの額に汗が滲んでいる。


「や、やだなぁ隊長。何か勘違いされているのでは? これはただの占いですよ」


 固い笑顔である。

 レベッカは座ったままの男達を見やる。


「そ、そうですよ!」


「我々の武運を占っていたんですよ!」


「武人たるものげんは担ぐべきですからね!」


「ハッハッハ!」


 三人は口々にそうまくし立てて、わざとらしく声をあげて笑った。

 --隊長ったら早とちりしちゃって、困ったもんだ。

 そんな風に繕っている。

 レベッカはその様子を見つめながら、にっこりと笑った。


「そうでしたか、あなた方がそんなに信心深いとは知りませんでしたわ」


「軍人は神の御加護を何より尊ぶものですから!」


 ヘクターが元気に応える。


「ええ、その通りですわね」


 レベッカはまだ張り付けたような笑みを浮かべ続けている。


「では、そんなあなた方にぴったりな仕事をお願いしますわ。礼拝堂の西側の塀が老朽化してしまって、放っておくと危険ですの。明日の朝までに修繕しておいて下さる? 終わればすぐに私の部屋までおいでなさい。よくって?」


「よ、四人でですか?」


「あら、なんだか不満そうね?」


「いえ! 自分は是非やりたいんですがね、こいつらが文句を言うだろうと思って」


 ヘクターが仲間を見る。

 レベッカもヘクターの視線を追いかけて、

 

「そうなの?」

 

 と訊く。


「とんでもない! やる気に漲っていますよ!」


「そうですよ! まったくなんて事を言うんだヘクター、神様にご奉仕出来るなんて最高じゃないか!」


「体が疼いて仕方がない、今すぐ取り掛かります!」


 三人はがなり立てながらリンドウ達を押し退け、駆け足で部屋を出ていった。


「みんなが喜んでくれて嬉しいわ」


「自分もです!」


 そう言ってヘクターも部屋を走り去ろうとするが、レベッカに呼び止められてしまった。


「それで、結果は?」


「ルロイの一人勝ちです・・・・・・」


「ハァ、貴方また負けたのね」


「はい・・・・・・」


「これきりになさい。わたくし以外に見つかれば庇いきれないですし、何より貴方このままじゃ破産まっしぐらでしてよ」


「はい、すみません・・・・・・」


 堂々とした体躯のヘクターが縮こまってレベッカに頭を下げている。


「じゃあ、自分もそろそろ・・・・・・」


「お待ちなさい」


 頭を下げてへこへこと部屋を出ようとするヘクターを再び引き留めるレベッカ。


「夜は食堂が閉まりますからこれで何か買っておきなさい。みんなの分も忘れずにね」


 そう言ってヘクターに巾着を手渡す。


「隊長・・・・・・」


 感動したように言ったヘクターは、こう続けた。


「ルロイの分もですか?」


「怒るわよ」


「冗談です!」


 敬礼して去ろうとするヘクターをオリガが捕まえる。


「ア、アルムグレーン中尉」


「私は本来賭博は見逃せない立場だが、レベッカに免じて今回だけは許してやる。あまり彼女を失望させるようなことはするんじゃないぞ」


 ヘクターは声を出して答えはしなかったが、真剣な表情で敬礼をした。それは単にオリガへの礼ということではなく、彼自身のレベッカへの想いを表明しているようであった。

 そしてヘクターは走り去った。


「なんだあいつら?」


 フランクが訊いた。


「今回の任務に連れて行く、わたくしの部下ですわ」


 散乱したカードを拾い集めながらレベッカが答える。


「あんな奴らで大丈夫か・・・・・・?」


 フランクが訝しがる傍で、


「気が合いそうだ」


 リンドウが楽しそうに野次った。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る