第18話 帰還、報告、再出撃

 ノーカスに戻ってきた三人は、オスカー少佐に会う為、駐屯地を訪れた。

 オリガは服を軍装に改め、リンドウも普段通りの格好に戻っている。

 三人は衛兵達の敬礼に迎えられながら、門を潜った。真っ直ぐオスカー少佐のオフィスへ向かう。


「アルムグレーン中尉、入ります」


 扉の前で声を張るオリガ。

 少しだけ間を置いて扉を開け、入室した。リンドウとフランクも後に続く。


「驚いた、もう戻ってきたのか」


 オスカーは相変わらずくたびれた調子で、その声はとても驚嘆の意を感じさせるものではなかった。


「自分でも、これほど早く戻ってくることになるとは思いませんでした」


「何か手がかりを掴んだんだね?」


「はい、実はベンドの遺跡で--」


 オリガは事の顚末を語った。

 オスカーは時折、考え込むように唸りながらも、オリガの話を遮ることなく、最後まで静聴していた。


「奇怪な話だな」


 まず小さく呟き、こう続けた。


「獣人化する少女に、腕が伸びる男、こんな話は聞いたことがない。ドラゴンにしてもそうだ、私は化石でしか見たことがない」

 

 オスカーは少し羨んでいるようだ。


「お気楽だな〜、俺はもう二度と会いたくねえよ、あんな奴ら」


 リンドウが悪態をつく。


「いや、すまん。学者の好奇心というやつだよ」


「それよりリンドウ、あの本を・・・・・・」


「ああ」


 オリガに促されて、リンドウが例の本をオスカーに手渡す。


「これか・・・・・・」


 オスカーは興味深そうに手に取った本を眺めている。


「これを使って、教団の連中はゴーレムを操作していたんだね?」


「はい、十人がかりでしたが」


 オリガが答える。


「ふーむ。見たところ、この本自体にも微力ながら魔力が宿っているようだが。詳しいことは調べてみなければ分からん、しばらく預からせてもらっても良いかな?」


「もとよりそのつもりで持参いたしました」


「うむ。では何か分かったことがあれば、すぐに知らせよう。ところで、君らはこれからどうするつもりかね?」


「リンドウのおかげで敵の拠点はもう間も無く掴めるはずですので、それに備えて一度王都へ戻ろうかと」


「それがよかろう。敵の規模は分からんが、もし全員がこの本によって魔法を使えるのならば、相当に厄介なことになるだろう。王都で十分な備えをするように」


「はっ」


 オリガが敬礼で答え、三人は部屋を後にした。

 三人はこの日はノーカスで夜を明かし、翌日の早朝に出発、デラバルトへと帰還した。


「ふう、参ったね」


 王都の門を潜り、最初に声を発したのはフランクだった。


「こうハードな旅をしたんじゃ、それなりの額を貰わなきゃ割に合わねえよ」


「心配するな、私から陛下によく話しておく」


 オリガがなだめるように言う。


「そういえば、なんでオリガはそんなに王様と親しいんだ?」


 リンドウは何の気無しに訊ねた。


「ああ、それはな、私が陛下が設立された孤児院の出身だからだ。そこでは私のような子供が集められて、教育や武芸の指導を受けているんだ」


「そんな事してるのか、あの王様」


「陛下は時々、自ら私たちを訪ねて下さったり、色々と気を配って頂いたものだ」


「そうか、それで今でも王様はお前のことを気にかけてるんだな」


「そういうことだ」


 話しているうちに三人は王宮にたどり着いた。馬を降り、歩いて跳ね橋を渡る。

 道すがらすれ違う衛兵達は、敬礼こそすれど、その目は恨めしそうにリンドウを睨みつけている。

 というのも、城の警備を任されているのは彼ら近衛隊であり、その警戒網を散々に蹂躙じゅうりんしたリンドウを快く思わないのは当然である。彼らからすればこの盗賊は、栄誉ある近衛隊の面子に泥を塗った、許し難き朝敵なのだから。

 殺気だった兵士をやり過ごしつつ、三人は本殿までやって来た。

 すると、正面玄関の前に一人の老兵が立っているのが見えた。向こうもこちらに気づいたようで、敬礼で迎えてくれた。他の兵士と違って、和やかな雰囲気である。


「アルムグレーン中尉、お戻りになられましたか!」


 温和な表情ではあるものの、彫りが深く、整えられた髭を有する、日に焼けたその顔は軍人としての逞しさを強く感じさせる。


「ランヌ曹長! お元気そうで何よりです!」


 オリガは下士官であるこの男、ランヌに敬語で答えた。


「敬語はよして下さい中尉」


 ランヌは困ったように笑いながら言った。


「いえ、院に居た頃からお世話になった方に、軽々しい口など聞けません」


 オリガは嬉しそうな調子で言って、ますますランヌを困らせている。


「リンドウ、フランク、紹介しよう。こちらはランヌ曹長。私の恩師だ」


 ランヌは紹介を受けて、リンドウとフランクに軽くお辞儀をした。二人も会釈を返す。


「そうか、君がリンドウか。話には聞いているよ、ここの警備を破ったそうだね。近衛隊の連中が恥をかいたもんで、えらく怒っていたよ」


 そう言ってランヌはほがらかに笑った。


「曹長、そんな風に仰られてはこの男が調子に乗ってしまいます」


 オリガが困ったような調子で咎める。


「これは失礼いたしました」


 ランヌはまだ顔に少しの笑いを残しつつ言った。それを受けてオリガも呆れたように小さく笑った。この老兵のあけっぴろげなところが、オリガは好きだった。


「それより、あなたがここにいるということは、レベッカが?」


「はい、隊長は只今陛下に拝謁を賜っていらっしゃることかと」


「陛下に?」 


 オリガは独り言のように呟いたが、すぐに言葉を繋いだ。

 


「ともかく我々もこれから陛下のもとへ参らなければなりませんので失礼いたします。どうかお体には気をつけて」


 深々と頭を下げる。



「中尉からそんな言葉を頂くとは、私も歳をとったものですな」


 ランヌはまた朗らかに笑う。


「ご心配せずとも、この老兵めはもう退役の近い身です。これからは畑の土でもいじって暮らしましょう。心遣いありがとう」


 ランヌは教え子の言葉に感慨深いものがあったのか、満足気な笑みを浮かべ、言葉の尻は敬語ではなくなっていた。


 そうして三人はランヌと別れ、本殿へ赴き、侍従の者へ国王への取り次ぎを願った。

 三人は程なくして謁見の間に通された。

 レベッカはまだこの部屋にいた。

 が、オリガはまず一礼してから、玉座に歩み寄りひざまずいて言った。


「オリガ・アルムグレーン、ただ今帰還いたしました」


「まあ楽にいたせ、長旅で疲れておるじゃろう」


 レーナルトは相変わらずの穏やかな口調だ。


「はっ」


 オリガが顔を上げる。


「それで、些細は掴めたかな?」


「はい、箱を狙う者が何者か、ある程度は把握出来ました。しかしその前に--」


 オリガは少し躊躇って続けた。


「あの箱の中身、あれは賢者の石なのでしょうか?」


「そこまで気づいておるということは、確かに何か掴んできたようじゃな」


 レーナルトは微笑んで答えた。


「箱の中身を知って、敵が何者か確信が持てました。石を狙っているのは大賢者を信奉する教団です。規模はまだ掴みきれていませんが、各員が魔法を使えるようでして、それに加えてドラゴンの存在も確認しています」


「なに? ドラゴンとな?」


 レーナルトは少し声を高くした。


「はい」


「ふうむ。太古の存在とされておるドラゴンがおったか・・・・・・」


 レーナルトは少し考え込む。

 それを見て、オリガが静かに続けた。


「敵の拠点のおおよその位置は、リンドウのおかげで掴めております。そうだろう? リンドウ」


「ああ。この星のデータが無いんで、ここからの距離と方角しか分からねえが、東南東に大体1200キロの地点、そこから奴らはもう三日も動いてねえ。本拠地がどうかは確かじゃないが、何かあるのは間違いねえ」


「ですので、これから敵地に乗り込もうかと考えています」


「ふむ。確かに放っておけば郎党を引き連れてこの国を襲撃するかもしれん。だが、敵の戦力が分からん以上、あくまで目的は偵察に留めておくようにな」


「心得ております。それから陛下に一つお願いが・・・・・・」


「なんじゃ?」


「はい。この男、フランクと申すのですが、此度の情報を手に入れられたのはこの者の協力あってのものです。何か褒美を頂きたく・・・・・・」


 オリガは自分のことのように平伏して頼んだ。


「おお、そうじゃったか。これは礼を言わねばならんな。ありがとう」


 レーナルトはフランクに微笑みかけて続けた。


「じゃが、今回のことはワシ個人の頼みごとに近い。国庫から金貨を出す訳にはいかん。そこでじゃ、こんなものしか渡せぬが受け取っておくれ」


 そう言ってレーナルトは、右手にはめていた指輪を抜いて、フランクに差し出した。

 立派な黄金のリングに、真っ白な光を輝かせる宝石が嵌め込まれている。かなり大粒の宝石だったが、成金趣味のような嫌らしさを感じさせないのは、レーナルトがこの指輪に相応しい貫禄を備えているからであろう。

 フランクはあまりにも立派な指輪を、いとも簡単に手渡そうとする王に呆気を取られていた。


「ありがたく頂きますがね。王様、そんな簡単に大事な物を人にやるもんじゃないぜ」


 フランクは言いながら指輪を受け取った。


 レーナルトはホッホと笑って言った。


「確かにこの石と黄金には値打ちがあるかも知れん。じゃがな、人に勝る宝などないのじゃよ。ここにおるオリガやレベッカを始めとした民こそが、ワシにとって何よりの宝なのじゃよ。だからその宝石を惜しいとは思わん、遠慮なく受け取って欲しい」


 レーナルトは続ける。


「さて、オリガよ。敵地に乗り込むと言ったが、今回は流石にリンドウと二人でという訳にはいかぬであろう。部隊の編成はお主に任せる。腕の立つ兵士を連れてゆくがよい」


「でしたら--」


 不意に横から声が挟まれた。


「わたくしの小隊から人を出しますわ。如何かしら、オリガさん?」


 声の主はレベッカであった。


「申し出はありがたいが、血気盛んな騎兵隊の連中が、偵察任務に向くとは思えんな」


「あら、そんなことはありませんわ。確かに彼らは勇敢な兵士ですけれども、わたくしの指揮から外れて独走するようなことはございませんもの」


 レベッカは己の部下の優秀さを誇るように、にこやかに言った。

 こうして今回の任務にあたる部隊の編成については、レベッカに押し切られてしまった。

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