第17話 帰投

 ーー空を征くドラゴンの背にて


「お師匠様、アタシ勝ったよね!」


 ジェシカは師匠の腕にしがみつきつつ、顔を見上げながら聞いた。


「そうだな。しかし地力では劣っていた。慢心しないことだ、奴がその気であればお前が最初にいなされた時点で首を刎られていたことだろう」


「それが出来ないアイツは弱いのよ!」


「そうだな。お前が正しい」


「でしょっ!」


 ジェシカは満面の笑みを浮かべて、師匠の腕をきつく抱きしめた。師匠は甚だ迷惑そうにしているが、ジェシカは気付かない。師匠が絡むと途端に鈍くなるようである。

 二人を乗せたドラゴンは星明かりの中を南西へと飛び続ける。


 ーーリンドウの持つスマホ型の端末に、彼らの進路が映し出されている。


「便利なものだな」


 オリガは心底感心している様子だ。


「これで奴らの本拠地が分かるかも知れねえ」


「彼らがああなったからには、何の手がかりも掴めないかと思っていたが・・・・・・」


 オリガは瓦礫の山を見つめて言った。下には巨人を操っていた十人が例の本と共に眠っている。


「まあ、生きていたとしても恐らくは口封じの呪いで何も聞き出せなかっただろうがな」


 そう言い切ってオリガは黙祷を捧げた。


「これだけじゃないぜ。俺が何のためにわざわざ二人、殴り倒したと思ってるんだ?」


 リンドウが懐を探りながら言う。


「鬱憤を晴らす為だろう」


「九割九分はな、ただ残りの一分はこいつの為だ」


 そう言って懐から現れたリンドウの右手には、あの本が握られていた。


「抜け目のない奴だ」


 オリガは呆れたように言った。無論これは賞賛である。


「奴らの拠点が分かるまで、まだ時間があるだろう。一度ノーカスに戻って、オスカー少佐に見てもらうとしよう」


「そうだな、それがいいだろうな」


 オリガの提案にリンドウも賛成した。

 それから二人は来た道を戻り、丁字路で倒した二人を縛り上げて木に吊るし、遺跡荒らしと書いた札を建てておいた。その際に彼らの所持品を物色したが、本は所持していなかった。

 彼らを連れ帰ったところで情報は聞き出せない、彼らのことはこの国の司法が裁くであろう。

 宿に戻ってくる頃には空が白み始めていた。フランクは気持ちよさそうに眠っている。

 二人も少し眠ることにした。


「飯貰ってきたぞー」


 日が昇ってから間も無く、気怠そうな声に二人は微睡まどろみから引き剥がされた。

 入口を見ると起き抜けと思われる、寝癖を残したままのフランクが立っていた。右手には三人分の朝食を載せたトレーを持ち、左手で腹を掻いている。


「これはわざわざすまなかったな、ありがとう」


 オリガはやはり軍人だけあって、目覚めが良いようだ。フランクが食事を丸テーブルに置き、オリガも席につく。食事は軽い物で、それぞれパンが一切れと目玉焼き、それに熱い紅茶が付く。

 ところがリンドウはフランクを一瞥しただけでベッドから出てこない、二度寝を決め込むつもりである。


「おい、起きろリンドウ。朝ごはんだぞ」


 オリガが促す。しかし返事はない。


「まったく・・・・・・」


 呆れたように呟いてオリガは立ち上がった。そして湯気を立てるティーカップをリンドウの伏せるベッドの脇、ナイトテーブルに置いた。


「これだけでも飲め。目が覚めるぞ」


 そこまでされて、やっとリンドウは渋々と身体を起こし、熱い紅茶を啜すすった。


「うまい」


 自然と漏れた声であった。


「なんだ、ずいぶん仲が良いじゃないか」


 フランクがテーブル越しのオリガに、ベッドの上でタバコをふかしているリンドウを見やりながら言った。

 確かにオリガは、初見の時とは全く違う感情をリンドウに対して抱いている。しかしそれを口に出してまで、わざわざ肯定するのは気恥ずかしかったので、フランクに返事を返すことはしなかった。

 フランクの方も返答を期待した語りかけではなかったらしく、それ以上は何も言わなかった。

 それからオリガは例の如く、あっという間に食事を終えて立ち上がった。


「どこ行くんだ?」


湯浴ゆあみだ」


 テーブルにはフランクだけが残された。

 その段になって、ようやくリンドウは朝食の前に腰を落ち着けた。


「おいリンドウ、昨日は何か進展があったか?」


「そうだな。昨日は岩の巨人と獣に化ける女と、腕が伸びる男と、それからドラゴンにも会ったな」


「嘘くさい話だな・・・・・・」


「お前心が読めるんだろ? だったら嘘じゃないのは分かるだろ」


「あー、あの話か。あれは嘘だよ。お前たちに俺の話を聞かせる為の方便さ」


 フランクは悪びれた様子もない。


「やっぱりな」


「なんだ気付いてたのか」


「ああ、初めて会った時、お前が言ってた俺の願望ってのが本当に外れてたからな」


「まじかよ、あんな気の強そうな女を連れてるもんだから、てっきりマゾ野郎だと思ったんだがな」


「ぶっ飛ばすぞこの野郎」


「ごめんごめん」


 フランクは笑いながら謝った。


 そんな会話を交わす内に、二人とも朝食を食べ終えた。リンドウがタバコを取り出し、フランクにも勧める。


「珍しいタバコだな」


「確かにこっちじゃ見かけねえな」


「こっちって?」


 フランクはそう尋ねながら、リンドウがライターを渡そうとするのを拒み、己の人差し指から小さな火を生み出して着火した。


「それがお前の本当の能力か、かっこいいじゃねえか! なんで黙ってたんだよ、その力があれば昨日はもっと楽に凌げたのに」


「この火力でマックスなんだよ」


 フランクが小さく言う。


「え?」


「だから! これ以上でかい火は起こせねえの!」


「・・・・・・マジで?」


「マジだ」


 その言葉を聞いてリンドウは大きく笑った。


「なんだなんだ、そのしょぼい能力が恥ずかしくて、人の心が読めるなんてハッタリかましてたのか。いじらしいねえ」


「うっせえな」


 フランクは頭を掻きながら、ぶっきらぼうに言った。どうやら図星であったようだ。


「悪かったよ」


 今度はリンドウが笑いながら謝った。


「俺の話はもういいだろ、次はお前の番だ。どっから来たのか話してくれよ」


 その言葉を受けて、リンドウはフランクにも己の境遇を語った。もっとも、オリガに話した時ほど詳しくは語らず、宇宙で事故にあったということだけを話した。


「ふーん、面白い話だな」


「信じてないだろ」


「そりゃそうさ。悪いけど、想像出来ねえよ」


「ま、それが自然な反応だ。気にすんな」


 リンドウがそう言った時、部屋の扉が開いた。

 オリガが立っている。美しいドレス姿である。


「準備しろ、帰るぞ」


「忘れてた。またあの服着なくちゃなんねえのか・・・・・・」


 文句を垂れながらも、リンドウは偽貴族の出で立ちになった。


「よし、ではノーカスは向かうぞ」


 こうして三人は一路ノーカスへと戻っていった。

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