第二章 教団侵攻編

第1話 居場所をさがして

その1

 よく晴れた青い空から吹き降ろす風が、新緑を揺らしてカサカサと音を立て、開け放った窓から流れ込んでくる。

 初夏の匂いを含んだ風が、ベッドに横たわる少女の髪を揺らす。

 可憐な少女だ。

 淡い青色をした髪が、白い肌に映えている。

 閉じたままのまぶたからは、艶のある、長いまつげが美しい曲線を描いて伸びている。

 小ぶりな鼻と、薄すぎず厚すぎない唇。

 一般的に、人の美醜というものを決定づけるであろう個々のパーツは、形も位置も完璧と言ってよいだろう。

 しかし、頬や唇には赤みがさしておらず、恐らくはまだ10歳前後であろう少女には、年相応の生命力とでも呼ぶべきものが感じられなかった。

 吹けば消えそうな、はかなさがある。

 それがこの少女にいっそう神秘的な美しさを与えていた。

 そんな彼女の胸の辺りにかざされたダンの両手から、淡い緑の柔らかな光が溢れている。命を吹き込んでいるように見えた。

 生と死が交差する、美しい光景だった。

 

 不意に部屋のドアが開いた。


 「様子はどうだ?」


 声の主はリンドウだった。

 彼は部屋に入ると、すぐにドアを閉じた。


 「心配ない。今は落ち着いて眠っているよ」


 ダンが治療の手を止めて答えた。


 教団の本拠地であろうと思われる例の街から、街を通過するごとに馬を替え、昼も夜もなく馬車を走らせてデラバルトに帰還したのが昨夜のことである。

 その間、少女は何度か目を覚ましてはうわ言のように、


 『駄目・・・・・・』


 そう呟いては、気を失うように眠るのを繰り返していた。

 その少女が、今は穏やかな寝息を立てて眠っている。


 「そうか。ならお前も少し休んだらどうだ? ずっと寝てないんだろう?」


 リンドウの問いかけにダンは微笑を向けた。


 「まあね。でも、側に居てやりたいんだ。今は僕の魔法で現状維持してるだけだから、次に目を覚ましたらすぐに栄養を摂らせなきゃね」


「魔法で回復させられないのか?」


「回復魔法は人間の持つ生命力を補助するだけだよ。結局は本人の体力頼みさ。だから死人は甦らせられないし、病気の治療も出来ない。ちっぽけな力だよ。だけど・・・・・・」


 ダンの表情が曇る。


「見ただろう? この子の傷痕」


「・・・・・・ああ」


「本当はさ、もっと綺麗に治せるんだ。怪我をしたすぐ後ならね。それくらいのことは一端の回復術師なら出来るんだ」


「──」


「だけど、この子は死なせない為の最低限の治療しか受けてない──」


 ギリギリと、何かがきしむ音がした。

 ダンが拳を固める音だった。


「許せないよ・・・・・・もう一度痛めつける為だけに治療してるんだ・・・・・・!」


 リンドウも同じ思いだった。

 奴らはクズだ。報いを受けるべきである。

 二人を沈黙が包んだ。

 熱気を伴った静けさだった。


 「ところで、中尉の方は大丈夫なのかい?」


 不意にダンが口を開いた。


 「どうだろうな。見たところ落ち着いてはいたが、立ち直ったのかどうか・・・・・・多分まだ引きずってるだろうな。今はレベッカと一緒に偵察の結果を報告しに行ってるよ」


 「そっか・・・・・・。これからどうするんだろうね、僕たち」


 「さあな。この子が目を覚まして、何か教えてくれるまでは何とも言えねえだろうさ」


 「そうだね・・・・・・。今は目の前のことに集中するよ」


 「ああ」


 ▽


 オリガとレベッカは謁見の間に居た。

 今まさに、ことの顛末を報告している最中だ。リンドウから預かった端末で、録画した映像を観せている。

 画面を覗いているのは、玉座に腰掛けたレーナルト、宰相、そしてもう一人、軍装に身を包んだ男である。

 齢五十は超えているであろう風格と、その服の豪華さからして、かなりの地位にあると思われる。


「ふむ──」


 二人の報告を聞き終えて、レーナルトは軽く唸った。指を組み、天井を見上げている。


「やはり賢者の石と大賢者か・・・・・・」


「はい。奴らの口ぶりからして、大賢者とやらは既に復活しているものかと・・・・・・」


 オリガが答えた。


「それにしても奇妙ですわ──」


 横からレベッカが口を挟む。


「あんなに目立つ山に拠点があって、どうして今まで誰も気づかなかったのでしょう? 結界を張って偽装するにしても、あれほどの空間を包み込む結界なんて聞いたことがございませんわ」


「それこそが、大賢者が存在している証拠だとは思わんかね? ラムリー中尉」


 答えたのは軍装の男だった。


「オーエン大将は大賢者が結界を張っているとお考えなので?」


 レベッカは質問を継ぎ足した。


「ドラゴンがあれだけ飛び回ってるんだ、大賢者の存在だろうと信じられる。それよりこの仮定が正しかったとして、問題になるのは何だ。アルムグレーン中尉」


「なぜこのタイミングで結界を解いたのか・・・・・・でしょうか?」


 オーエンが頷く。


「そうだ。何か他の事に魔力を回さなくてはならない事情があるのか、それとも隠れる必要がなくなったのか──」


 オーエンが二人に歩み寄る。


「君たちが保護した少女は今何処にいる?」


「駐屯地内の病院です。しかしながら、今はまだ意識が戻らず話を聞ける状態ではありません」


 オリガが答えた。


「・・・・・・ラムリー中尉、君の隊には心を覗ける者が居ると聞いたが」


「はい。確かに所属しておりますが・・・・・・」


「ならばなぜ、まだ覗かせていない?」


 オーエンがレベッカに顔を寄せる。


「何人も人の心に土足で踏み込むことは──」


「ラムリー中尉。素晴らしい倫理観には敬服するが、貴官の任務は何だったかね?」


 オーエンは厳しい表情で、レベッカの瞳を覗きこんでいる。


「この国と民を・・・・・・守ることです」


「では成すべき事を成したまえ」


「はっ・・・・・・」


 こうして報告を終えた二人は、少女の眠る病室へと向かった。

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