宇宙海賊は異世界でも笑う

狒狒

第一章 異世界邂逅編

第1話 アウトロー・リンドウ

 その戦火を宇宙にまで広げた4度目の大戦以降、地球政府の支配は弱まり植民化した惑星やコロニーは混乱の中にあった__



 地球政府の哨戒網を抜けて木星に近づく1隻の宇宙船がある。主翼に2枚の可変翼と尾翼としてこちらも可変式の翼を1枚持つ鷲を思わせるシルエットの船だ。船体には『Hermes』と書かれている。舵を握っているのは深い赤のレザーコートを羽織った男だ。身長は180センチ前後、筋肉質な体で黒い髪を短く刈り上げている。彼の名はリンドウ。自称銀河一のアウトローである。


「相変わらずぬるい警備だな。地球はよほど人手不足らしい」


 彼が木星に来たのはこの星で採取されるヘリウム3をかすめとる為だ。核融合の燃料として優れるこのガスは闇市に流せば高く売れた。

 順調に木星へ接近するヘルメス号だったが、突然レーダーに多数の機影が現れた。木星側からではなく自機の後方から大船団が迫ってきている。


「クソッ、なんてことしてくれるんだ。大方どっかのテロリストどもが、正面突破する気でやってきやがったんだろう」


 こうなってしまってはリンドウの慎重な侵入も意味がない。レーダーを見れば前方から地球政府の迎撃機が迫っていることは明らかであった。すぐさま木星圏からの脱出を試みる。が、無人機であるために小型化され、速力で勝る迎撃機たちはグングン追い上げてくる。たまらずリンドウはテロリストの船団に飛び込んだ。

 壮絶な空中戦が始まる。無論ヘルメス号の後方にも無人機が数機ピッタリとつけて砲撃を加えてくる。船団の間を掠めるように飛ぶリンドウ。後を追う無人機の内いくつかはテロリストの船と衝突し炎上している。が、それでもなお追跡してくる敵機がある。


「これじゃ埒が明かねえ、最寄りのジャンプポイントまで逃げ切るしかないな。こんな事ならさっさとシールドの修理をしとくんだったぜ」


 ジャンプポイントとはワープの為に必要な巨大なリング状のゲートが設置されている地点のことである。リンドウが向かったのは木星からの資源を地球へ運ぶ為に利用されるゲートだった。お尋ね者のリンドウが地球圏に入るのはリスクが高いが、背に腹は変えられない。


「見えた! よし、しっかりチャージされてるな!」


 ゲートは1度使うとエネルギーを再度充填するまでは使えない。つまり追手がすぐ後を追うことは出来ない。

猛烈な砲撃を紙一重で交わしながらゲートへ飛び込むヘルメス号。


「あばよー! 間抜けども!」


 リンドウは笑いながら叫んだ。


 しかし、今まさにワープするという瞬間、無人機が放った砲撃がゲートに直撃した。

 ヘルメス号を真っ白な光が包みリンドウの視界を完全に奪い去った。思わず声を上げ、目を覆うリンドウ。


__なんだこの光は......今までこんな光を見たことはない......

 どれくらいの時間光に包まれていたのかリンドウには分からなかった。一瞬であったような、長い時間であったような不思議な感覚だった。

 光が晴れ、視界を取り戻したリンドウの目には青い星が映っていた。

 しかし、それは地球ではない。今の地球はこれほど美しい色をしていない。赤く死んだ星のように見えるはずだ。大陸の形も違っていた。

 そして何より明らかに地球よりも大きい。

 断じて地球ではない。


「ここは、どこだ?......」


 リンドウは自分の居る座標を確認しようと計器を見る。しかし、そこにはただ『Error』と表示されているだけである。

 参ったな、宇宙で迷子になるとは。リンドウは考え込んでいた。が、何も分からないので考えるのをやめて、タバコに火をつけた。大きく吸ってゆっくり吐いて少し冷静さを取り戻したリンドウだったが、計器と照明が点滅し始めたのを受けて心拍数が再び上昇する。


「勘弁してくれ」


 リンドウの弱々しい懇願は通じずヘルメス号のエンジンは音も立てずに停止、そのまま青い星の重力に引かれ頭から落下を始める。


「うおおおっ! マジでやばい! 頼むかかってくれ!」


 必死でエンジンの再点火を試みるリンドウ。しかし無慈悲にも機体は急降下、大気圏に突入して船体が赤く光る。このまま地面に衝突すれば人類の手によるものでは最大のクレーターをつくる栄誉にあずかってしまう。


「おい、ヘルメス! 今まで散々修羅場はくぐってきただろ! 根性見せやがれ!」


 眼下に迫る森を睨みつけ、怒鳴りながら点火スイッチを殴りつけるリンドウ。その激励に応えるかのように低く唸りながらエンジンが始動した。


「よし! 流石は俺の相棒だ!」


 すぐさま機首を起こし間一髪で森への激突を回避。ふと前を見ると遠くに何か見える。


 __あれは、街?


 リンドウがそれを認識した瞬間、船内にアラームが鳴り響く。操縦系に異常が発生したようだ。


「ついてねぇ」


 リンドウが呟くと同時にコントロールを失ったヘルメス号は森へ突っ込んだ。木々をなぎ払いながら地面を滑り、やがて停止した。

 ヘルメス号はかろうじて原型をとどめている。機体から這い出る影がある。リンドウだ。


「大戦期に造られた船だけのことはある。動力系はまだ生きてる」


 頭から血を流しながらリンドウは笑った。身体は痛んだが、これほどの緑に囲まれるのは初めてだったので気分は良かった。


「重力も大気の成分も地球とそう変わらないみたいだ、不幸中の幸いってやつだな」


 左手に着けた腕時計のような機械を覗きながらそう言って、上着のポケットからタバコを取り出し1本咥えて火をつけた。吸い終わってからリンドウは割れた額を喚きながら自分で縫った。そしてさっき見た街のことを考えていた。


 __さっき見えたのは確かに街のようだった。俺の知らない人類が入植した惑星があったんだろうか?しかし、ヘルメスのデータにはあの宙域の情報は何もなかった......


「考えたって分からないし、行くしかないか」


 そう言うとリンドウは立ちあがった。

 腰には二丁のブラスターが下げてある。身支度を終えたリンドウは街が見えた方向へ歩き出した。

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