その6
「あなたは、あの時の──」
「よう。元気になったみたいだな。あれだけ泣けりゃあ立派に生きていけるさ」
朗らかに言い放ったリンドウの言葉に、セレナは恥ずかしそうに俯いた。
すると、戸口から代わる代わる声がした。
「いけませんわリンドウさん。レディをからかうのは」
「でも確かによく響く泣き声でしたよ?」
「被せてんじゃねえよヘクター」
「もう、皆んな静かにしなよ。患者の前だよ?」
リンドウの背後に、レベッカをはじめとする騎兵隊の面々が揃っていた。
皆、宿舎に戻らず隣の部屋で夜を明かしていたのである。無論それはリンドウも同じだった。
列になった騎兵隊から、ケインが踏み出し、セレナに歩み寄った。
「はじめまして、だな。俺はケイン」
「は、はじめまして・・・・・・。私は──」
「セレナ、だろ? 悪いが記憶を覗かせてもらっちまった。すまん」
「指示したのはわたくしですわ。責任はわたくしにあります。どうかお許しを」
ケインとレベッカは深く頭を下げた。
「・・・・・・私も君に何があったか全て見た。黙っていてすまなかった」
オリガも頭を下げた。
「そ、そんなに謝らないで。気にしてないから」
セレナは首を振りながら言った。
「いや、それじゃあこっちの気がおさまらない。償いといっちゃなんだが良いもん見せてやる。いいかい?」
一言断ってからケインはセレナの額に触れる。
「──っふふ。あはははは!」
突然、セレナは笑いだした。
「おい、一体なにを見せたんだ?」
ルロイが問うた。
「酔って野犬と喧嘩して引き分けたヘクターだ」
「いや違うよ。あの時は酔った野犬にヘクターが──痛っ」
ダンの頭にヘクターの拳骨が刺さる。
「ケインてめぇ、ただじゃおかねえからな」
「やめとけ、俺は野良犬より強いぞ?」
「およしなさい2人とも──」
呆れたように言いながらレベッカもセレナへ歩み寄る。
「はじめましてセレナさん。わたくしレベッカ・ラムリーと申します。ここにいる者は皆、あなたの心を覗いてしまいました。お詫びのしようなんてございませんが、せめてもの償いとして今度うちへ招待させてくださるかしら? 精一杯おもてなしさせていただきますわ」
「それは・・・・・・やだな」
「そう、ですか・・・・・・いえ、こちらの勝手な申し出、意にそぐわないのならば──」
セレナの言葉に、レベッカは露骨にショックを受けている。
「あ、ごめんなさい! そういう意味じゃなくて。ただ、お詫びとかじゃなくてその・・・・・・。お友達として、遊びに行きたいなって・・・・・・」
「まあっ! まあまあ! 嬉しいですわ! セレナさんの方からお友達になろうと言ってくださるなんて・・・・・・! ええ、喜んで大切なお友達としてお迎えいたしますわ!」
レベッカは一転して満面の笑みを浮かべ、セレナに抱きついた。
「ちょっと隊長! よしてくださいよ、まだ全快じゃないんですから」
ダンの言葉にレベッカはとセレナをパッと離した。
「いけませんわ、わたくしったらなんてはしたない。ごめんなさいセレナさん、どこも痛くないかしら?」
「大丈夫、なんともないから」
セレナは健気に笑顔を浮かべながら答えた。
「隊長友達少ねえからな〜、はしゃいじゃってまあ──」
「聞こえてますわよヘクター」
「え? 何がです? 俺はこの子に送る歌の練習をしてただけですよ」
それから出まかせに、ヘクターは本当に歌い出した。ダニア王国に伝わる、故郷への想いを明るく綴った、陽気な歌であった。
ヘクターの歌は決して上手いものではなかったが、気持ちのこもった、味わい深い歌声だった。
「懐かしい歌だな・・・・・・やっぱり故郷ってのはいい。いつでも帰れる居場所だからな」
「故郷・・・・・・。居場所・・・・・・」
ルロイの呟きに、セレナは俯いた。が──
「心配するなセレナ」
オリガの声に顔を上げた。
「さっき心を覗いたから分かる。自分には帰る場所が、居場所がないと、そう思っているんだろう。だがな、心配しなくていい。これからは私が、私たちがセレナの居場所になる。安心して帰れる場所をつくってみせる」
オリガは真っ直ぐな目と声でそう言った。
それから──
「傲慢かな?」
そう言ってはにかんだ。
「ううん。嬉しい」
セレナは嬉し涙をこぼしながら笑った。
「言い切ってくれるじゃねえかオリガ。俺も心を覗き見した責任を取らなくちゃならないらしい」
リンドウは言いながらセレナに向き合った。
「・・・・・・俺は死なない」
リンドウは言い切った。
「・・・・・・約束、してくれる?」
「ああ!」
リンドウとセレナは小指を交わした。
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