その5

 セレナは目を覚まして、自分が柔らかいベッドの上にいることに驚いた。

 部屋はぼんやりとランタンの灯りで照らされている。今は夜のようだ。

 その事に気づいた後、眠りに落ちる前のことを思い出した。自分を介抱してくれた男の人に女の人・・・・・・。

 ふと、自分の左手が何かを握っている事に気がついた。首を持ち上げ、それを確かめようとして、自分の身体の軽やかさに驚いた。

 それが久方ぶりの熟睡のおかげである事はすぐに分かった。


(そっか。私、この人たちに助けてもらったんだ)


 自分の手を握ったまま、ベッドの傍で膝をついて眠っている綺麗な女の人。

 たしかオリガと名乗っていたその人は、自分が目を覚ましたことに気配で気づいたのか、ふっと目を覚まして顔を持ち上げた。


「──おはよう、は可笑しいかな」


 そう言って彼女は微笑んだ。

 心地良い笑顔だった。

 彼女は善意をもって自分に接してくれていることが理解できた。


「ずっと側にいてくれたの?」


「ああ、君の手の温もりが心地よくてね。つい長居してしまった」


 自分に恩を着せまいとする、オリガの冗談めいた言葉が、セレナには優しく響いた。


「具合はどうだ? 食欲は?」


 セレナは小さく頷いた。


「私もお腹が空いたんだ。夜食を拵えよう」


 そう言うとオリガは立ち上がって部屋を出て行ったが、5分もせずに戻ってきた。粥が入った皿を2つ抱えている。


「味気ないものですまないが、栄養はバッチリだぞ。消化にもいい」


 言いながらオリガは皿をベッド脇のテーブルに置いた。それからセレナの上体を起こしてやろうと、手を伸ばしてくる。


「大丈夫」


 セレナはオリガの助けを断り、自力で体を起こした。


「早かったね」


「ん? ああ、この粥のことか。ダン──君を看病した男が作っておいてくれたんだ。それを温め直しただけだからな。さ、いただこう」


 オリガは手を合わせて粥を口に運ぶ。

 それにならってセレナも粥を食べた。


「あったかい・・・・・・」


 セレナは手を止めず、ひと口、またひと口と粥を運んだ。

 ひと口ごとに体の芯に温もりが染み渡る。

 ほとんど重湯に近い粥を、セレナは噛み締めて味わった。そしてある決心をした。


「オリガさん、で合ってるかな?」


「オリガでいい。覚えていてくれたんだな。・・・・・・まだ君の名を聞いていなかった。よければ教えてくれないか?」


「セレナ」


「よろしく、セレナ」


「っ──」


 人に名前を呼ばれたのは久しぶりだった。

 

「オリガは、何をしてる人なの? どうしてあそこから私を・・・・・・」


「私はダニア王国の兵士だ。君をあそこから連れ出したのは、それが正しいことだと思ったからだ。もっとも、私は何も出来やしなかったがな・・・・・・」


 そう言ってオリガは自嘲気味に笑った。

 彼女の言葉に嘘はないようにみえた。

 本当に自分を助けようとしているのが、セレナには分かった。

 やはり決断せねばならないようだ。


「・・・・・・あれはオリガの?」


 セレナは部屋の隅に立て掛けてある刀を指さした。


「む、そうだが・・・・・・? おっとすまない。寝室にあんなものがあっては落ち着くはずがないな。他所へ移そう」


「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくって、ただ綺麗だなぁと思って。よければ近くで見せてもらえないかな?」


 オリガは一瞬迷ったように眉をひそめたが、


「ああ、いいよ」


 そう言って刀を持ってきてくれた。


「・・・・・・ねぇ、この小さいのも剣なの?」


「ああ。それは小柄こづかと言って──」


「それじゃあ、あれは?」


 セレナはオリガの言葉を遮って入口を指さした。


「ん? なんのこと──」


 (ごめんね、オリガ)


 オリガが振り返った瞬間、セレナは小柄を引き抜き、己の首へ突き立てた。


 が──


「嘘・・・・・・」


 オリガの手が、小柄を受け止めている。

 貫通こそしていないが、血が滴り、シーツに赤い染みを作っている。


「セレナ、どうして・・・・・・」


 オリガは驚いたような、それでいて哀しそうな声で言った。


「だって・・・・・・」


 口を開いた瞬間、セレナは不覚にも涙をこぼした。


「オリガ達が私を助けようとするから・・・・・・! 優しくしてくれるから・・・・・・!」


「どういうことだ?」


「私、私このままじゃオリガ達のこと好きになっちゃう。 それは駄目なの・・・・・・」


「なぜ駄目──」


「殺されちゃうからっ! 私が好きになった人は皆んな! 私の目の前で・・・・・・。おじいちゃんも、あの場所で私に優しくしてくれた何人かの人も、殺された・・・・・・! その方が私の魔力が多く採れるからって・・・・・・」


「セレナ・・・・・・」


「だからお願い。その手をどけて、私、生きてちゃいけないの」


「馬鹿な事を言うな! 生きていいんだ! いや、生きて欲しい・・・・・・」


「勝手なこと言わないで・・・・・・。目の前で大切な人が殺されるのが、私のせいで死んでいくのが、どれだけ辛いかオリガには分からないでしょ!? 私もう嫌なの、あんな思い・・・・・・。だからお願い、その手をどけて」


「嫌だ」


 オリガは静かに、セレナの目を見つめて言った。

 セレナは堪え切れず大粒の涙を流した。


「──だったら! せめて私をここから出してよ! 誰とも関わりたくないの! 私のせいで人が死ぬのはもう──」


「私は死なない」


 オリガの声は落ち着いていた。


「セレナに辛い思いもさせない。約束する。だから──」


 オリガは小柄を取り上げ、セレナを抱擁した。


「お願いだから独りになろうとしないでくれ」


 暖かい抱擁に、セレナは声をあげて泣いた。

 生きて欲しい。

 本気で自分にそう願ってくれる人がいるのが嬉しかった。

 力いっぱい、オリガを抱き返した。


「──俺も約束しよう。あんなカスどもには死んでも殺されねえさ」


 不意にした声に驚いた。

 入口を見ると、男が立っていた。

 セレナには見覚えのある顔だった。

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