その3

 セレナは牢獄に居た。

 手足は鎖に繋がれている。

 もうどれくらいここで過ごしたのだろうか、視界はかすみ、声はかろうじて口から音を出せるだけで言葉にはならない。

 疲れていた。なぜここにいるのか、それすら分からなかった。

 

 ギィと、重い鉄扉が開く音がしたかと思うと、黒いローブに身を包んだ男が現れた。

 その時、彼女はここでの日々を思い出した。


 ここにいる人間達は自分に魔力を練れと言うばかりで、それ以外の言葉を発することはなかった。

 自分が魔力を自由にコントロールできないと知ると、彼らは自分を痛めつけるようになった。


「お前は感情がたかぶった時に魔力を漏らすようだからなぁ」


 自分に煮えたぎる油をかけながら男がそう言って笑ったのを覚えている。

 セレナは泣いて赦しを乞うたが、それが聞き入れられることはなかった。

 自分の魔力が大賢者の復活に必要なのだと言われた。

 殴られ、斬りつけられ、水に沈められた。

 それでもセレナが微量の魔力しか漏らさないとなると、彼らはセレナの目の前で人を殺しはじめた。

 それもむごたらしく。

 人を殺すたびに黒いローブを身にまとった男たちは、


「こいつらが死ぬのはお前のせいだ」


 そう言った。

 セレナはその度に目を背け、泣き叫びながら魔力を放出した。

 

 身体に傷が増えることは少なくなったが、心は完全に蝕まれていった。


 目を覚まし、人の死を見届け、気を失う。

 

 暗澹あんたんたる日々が延々と繰り返される。


 そしてある日、奇妙な仮面をつけた男が自分を檻から出そうとした・・・・・・



 ケインが少女の額から手を離した。

 彼の手は小刻みに震え、閉じた瞳からは涙が細く垂れていた。


「・・・・・・だから人の頭を覗くのは嫌なんだ。余計なもんまで見えちまう」


 ケインはリンドウ達に背を向けたまま、涙を拭うような仕草を見せた後、振り向いた。


「この子に何があったかは分かった。1人ずつ頭を出してくれ」


 そう言ってケインはまず、レベッカの額に触れ今見た記憶を送り込んだ。

 それから順に、リンドウ、ダン、オリガにも記憶を共有した。

 皆一様に涙を流し、身体を震わせた。

 涙は少女の記憶に残る、あまりに深い哀しみのせいで、震えは少女の境遇に対して己の内から湧いてくる怒りのせいであった。

 

「あの光・・・・・・」


 最初に口を開いたのはダンであった。

 老人が惨殺された際に少女──セレナから発せられた真っ白い閃光のことだろう。


「純粋な魔力──なにものにも変換されていない、ただ膨大な量の魔力の発露。そう感じましたわ」


 ダンの言葉を継いだのはレベッカだった。


「ええ、俺もそう感じました」


 ケインも同調した。


「あの牢屋、天井に繋がる鎖がこの子の魔力を吸い上げていたように見えたが。上に何が・・・・・・」


 オリガが呟く。


「大賢者、だろうな」


 リンドウが言った。


「そう考えるのが自然ですわね。どうゆう理屈かはわかりませんが、大賢者は確かに存在して、その復活には莫大な魔力を必要とするようですわ」


「この子がその供給源って訳だ」


「ええ・・・・・・」


「ところで、コウデルカって言やぁ──」

 

「伝説の賢者の名だ」


 レベッカとリンドウの会話を遮ったケインの声を、さらに遮って声がした。


「オスカー少佐!」


 オリガが驚いたような声をあげる。

 入り口を見ると声の主、オスカー立っていた。


「コウデルカ。神話の域を出ることのない名と思っていたが、どうやら実在してたようだな」


「しかし少佐、コウデルカが生きたとされるのは・・・・・・」


「ああ、もし本物なら1000年以上生きていたことになる」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。この子はあの老人のことをおじいちゃんって呼んでました。この子が老人の孫なら1000年も生きてたなんてあり得ない! この子はどう見たって──」


 ダンが素っ頓狂な声をあげた。


「いや・・・・・・」


 ケインが口を開く。


「俺は本物だと思うぜ。なんせこの子の持つ魔力は普通じゃねえ、伝説の存在だとか、そんな非現実的な説明じゃねえと納得できねえよ」


「でも、そんなすごい人ならどうしてあんなに簡単に・・・・・・」


「そこんとこだが、俺が思うにこの子は、この子は特別なんだと思う。記憶の中で言ってたろう? 10年前に莫大な魔力を感知したって。その時に魔力を使い果たしたとしたら・・・・・・」


「──? 話が見えてこないけど、何をすれば魔力が二度と練れないほど──」


「この子も10歳くらいに見える。それにこの子の持つ尋常じゃない魔力・・・・・・」


「まさか、あの老人がこの子をとでも・・・・・・?」


「俺はそう思ったってだけだ。それにあの老人が本物だろうがそうじゃなかろうが、今重要なのはそこじゃねえ」


「その通りだ」


 声を発したのはオリガだ。


「今、我々がなすべきことは太古の賢者の存否を議論することでも、少女の出生をあばくことでもない。この子を敵の手に渡さない・・・・・・この子を守ることが最優先だ」


 皆、声に出して返事はしなかった。

 しかしその眼差しが、オリガの意見に完全に同意していることを強く語っていた。

 彼らは皆少女の記憶に、想いに直に触れてしまった。それが彼女を守り抜くことを強く、強く決意させた。


「・・・・・・! 皆さん!」


 レベッカが驚いた声をあげた。


「目を、覚まされましたわ」


 ベッドに目をやると、少女がかすかに目を開いていた。

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