第12話 神話、それからデート
神の姿を見たものはいなかった。
神はただ天と地と海を創りそれらを神秘の力で満たした。その力が万物を形造り草と木と生物が生まれた。天を竜が支配し、人は地を統べた。海には怪物が潜むようになった。
全ての生けるものは陽と水と世界を満たす力によって育まれた。人はその力を魔力と呼び、至高の存在として崇めた。
力は豊かな土と清らかな水をもたらし世界は調和の保たれた生命いのちの園であった。
しかし、神の姿無き世界にあって人は調和を乱しはじめた。授かりものであることを忘れ魔力を我が物としたのである。魔法の誕生であった。
始めは小さな歪みであった。人は魔法を使って実りを得、病を癒し、食べるだけの肉をとった。
しかし、やがて魔法に長けた者が現れ、彼らは街を築き世界を切り取って我が物とした。
支配者達は街を奪い合い、敗者は勝者に征服された。世界には大きな街がいくつか出来て、それらは国と呼ばれるようになった。
人は国同士を奪い合うようになった。多くの人が焼かれ、溺れ、凍らされ、埋められ、刺され、吊るされ、消え去っていった。
そして世界には五つの大陸と五つの荒廃した国が残った。人は魔法に恐怖した。この強大な力は人の手に託されるべきではない、そう考えた五人の王は魔法を葬りさろうと決めた。
彼らは人の手から魔力を奪い去り石に封じ込め、五つの石を世界に散らすと約束した。
しかし西の大陸の王は約束を守らなかった。彼は奪い去った魔力を石には封じ込めず、無力になった他の王を殺して世界を支配しようとした。
だが彼が力を手放す男ではないことを他の王達は知っていた。彼らは西の大陸へやって来て彼の地の王を殺そうとしたが、最も強い力を持つ王を殺すことは出来なかった。そこで彼らは西の大陸の王から力を奪い、竜の巣に封印した。この戦いで三人の王が死んだ。彼らは死際に自らの魔力を石に封じ込めた。
残された王は約束を守り、自らの魔力も石に封じ五つの石を世界に散らそうとした。しかし傷ついた体では西の大陸の中に散らすことしか出来ずに力尽きた。
世界にはこの戦いで使われた魔力だけが封印されずに残った。
残された人々はこの魔力にすがって生きていくことになった。広大な土地を支配出来るだけの力を持った者はもういなかった。
五つの国はやがて分裂し、かつて砦が築かれた地で世界は区切られた。
これは神が下した罰なのか。人は天に向かって問うたが返事はなかったーー。
オリガの話は大体こんな感じだった。
「石ねぇ、箱の中身はそれかもな」
リンドウはなんとなく間の抜けた声で言った。あまり真面目に話を聞いていないようである。
「貴様もそう思うか。私もオスカー少佐の話を聞いた時に同じことが頭をよぎった」
オリガは真剣な様子だ。
「うーん、俺にはどうも信じられねえな。魔法って言われてもあのロープしか見たことないし、お前は魔法使えないし」
「悪かったな。それなら今日は二人で街に出るか、魔法を見せてやろう」
「そいつは楽しそうだ」
「ならば決まりだな」
「じゃあ昼ごろ起こしてくれ、俺はもっかい寝る」
「まだ寝るのか?」
「おうよ、ふかふかのベッドで寝れるなんて中々無いからな」
「それほど良いベッドではないと思うが......」
オリガの声が届く前にリンドウは二度寝した。
次にリンドウが目を覚ましたのは頬に衝撃を感じた時であった。
「い
頬をさすりながら起き上がる。目の前にはオリガが立っていた。
「頬っぺた叩いた?」
「なかなか起きないのでな、すまない」
リンドウはベッドを降りて伸びをした。
「もう昼か、腹減ったな」
「食堂に行くか?」
「そうしよう」
二人は建物を出て食堂がある兵舎に向かった。食堂では大勢の兵士が飯を頬張っていた。賑やかな場所である。
今日のメニューはスパゲティであった。二人は五分もせずに食べ終わった。オリガは軍人なだけあって早飯食らいのようだ。
腹を満たしたリンドウが懐をあさる。しかしすぐに手を抜いた。
「なあオリガ、タバコってどこで買えるんだ?」
「駐屯地の売店にもあるが、せっかくだから街のタバコ屋で買ったらどうだ?」
「それもそうだな。ところでお小遣いとかって......?」
「そんなものある訳がないだろう、厚かましい男だ。金が欲しいなら働くんだな、ここの皿洗いでも手伝ってこい」
オリガはそう言うと席を立って厨房に向かった。そして男を二人連れてきてリンドウを引き渡す。
「貴様も労働の喜びを知るんだな」
オリガにそう見送られリンドウは洗い場へと引きずられていった。
「サボるんじゃねえぞ」
水が張られたシンクの前でリンドウを連行した男のうちの一人が言った。
「おい! 俺は中尉の連れだぞ!」
虎の威を借りる狐よろしくリンドウは叫んだ。
「その中尉にお前をしごくように言われたんだ。黙って手を動かせ」
リンドウの目の前にどんどん皿が積み上げられていく。彼は内心オリガに文句を言いながら渋々皿洗いに勤しんだ。
エプロン姿のリンドウが厨房から出てきたのはそれから二時間ほど経ってからだった。オリガは人が居なくなった食堂で本を読んでいる。テーブルにはティーカップが置かれていた。
オリガを見つけたリンドウがつかつかと歩み寄る。何か文句があるのだろう、そう考えたオリガは本を閉じて反撃の準備をした。
リンドウがテーブルまでやって来た。オリガの顔を見てからカップに視線を移し、またオリガを見た。
「おい!」
リンドウの声には怒気がこもっている。皿洗いがよっぽど嫌だったのだろうか。
「飲み終わったんならさっさと返しな! 茶渋が落ちにくくなるんだよ!」
そう言ってリンドウは空のカップを持って厨房へと消えていった。
予想外の文句にオリガは暫し呆然としていたが、やがて吹き出し、大笑いした。がらんとした食堂にオリガの笑い声が響く。
その頃洗い場ではリンドウが頑固な茶渋を退治していた。満足いくまでカップを洗ったリンドウはカップを棚に戻し、洗い場の水気を綺麗にきった。
「なかなかやるじゃないか新入り」
リンドウが声のした方へ振り返ると彼を連行した男二人が立っている。
「ほらよ手間賃だ」
そう言って一人がリンドウに硬貨を二枚手渡した。
「ありがとよ。これって幾ら?」
「あん? 5マヌクが二枚で10マヌクだよ」
そう言われてもリンドウにはどれくらいの価値なのかよく分からない。この間泊まった安宿が確か二人で10マヌクだった、それを考えると雀の涙程度の金に思えた。そこで質問を変えてみた。
「タバコって幾らくらいするんだ?」
「変なことばっかり聞く奴だな、大体3マヌクくらいで買えるよ」
「お、そんなもんなのか。助かったぜ、ありがとう!」
リンドウはそう言って颯爽と厨房を後にした。
「また働きたくなったらいつでも来いよー!」
男はリンドウの背中にそう声をかけて仕事に戻っていった。
金を手にしたリンドウはご機嫌でオリガの元へ戻ってきた。
「ずいぶん皿洗いの仕事が気に入ったようだな」
オリガがからかうように言った。
「うっせーな、どうでもいいだろ。それより早く行こうぜ」
「分かった分かった」
こうして二人は街の見物に出かけた。思い返してみればリンドウはこの世界に来てから酒場と宿屋くらいしか出入りしていない。だから街をじっくり観光するのは楽しみだった。
彼はオリガに頼んで最初にタバコ屋に連れて行って貰った。紙巻きは売ってなかったので店主に頼んで葉っぱを粗めに刻んでもらって自分で巻くことにした。葉に3マヌク、特注である巻紙に6マヌク取られた。
痛い出費だがかなりの量を買えたし、味も悪くなかった、何よりガツンとくる強烈なタバコだったので満足だった。
タバコを買った後はオリガに任せて後ろについて歩いた。10分ほど歩いてオリガは一軒の店の前で足を止めた。
「ここだ。ここなら分かりやすい魔法を見せてくれるぞ」
その店は木造の小さな造りで、看板にはフルーツの絵が描かれている。リンドウには何の店か見当がつかなかった。
オリガはそんなリンドウを放ってさっさと店に入ってしまった。慌ててリンドウも後を追った。
「見ていろ」
追いついてきたリンドウにオリガが言った。
カウンターでオリガがフルーツを指定すると、店主の女は赤い果汁とミルクを混ぜ、そこに両手をかざした。
すると彼女の手からキラキラと光る何かがゆっくりと降り注いだ。冷たい空気が漂ってくる、氷の魔法なのだろう。30秒ほどでフルーツジュースはジェラートのように固まった。
「思ってたより地味だな」
リンドウの率直な感想だった。
「そう言わずに食べてみろ」
店主からアイスを受け取ったオリガはスプーンでひと口分をすくってリンドウの口元へ運んだ。
リンドウは黙って口を開けた。オリガがアイスを放り込む。
「美味い」
「そうだろう? アイスを作れる魔法の持ち主は少なくてな、なかなか贅沢な食べ物なんだぞ」
嬉しそうにアイスを食べながらオリガは言った。
二人は店を出て歩いた。
「でもよお、魔法って言うともっと派手に火柱あげるようなのを想像してたんだけど」
「前に言っただろう、強力な魔法を使える者は多くは無いと」
オリガは普段の食事とは違ってゆっくりアイスを楽しみながら答えた。
「どこに行けば会えるんだ?」
「そうだな、強力な魔術師は兵士か医者、賞金稼ぎなんかになる者もいるな。だが医者以外の魔術師は人前ではなかなか魔法を使わんぞ、自分の能力を知られないことが重要だからな」
「なるほどね、そりゃそうだ。お前の知り合いには魔術師はいるのか?」
「勿論いるとも、レベッカは中々の魔術師だぞ。私の口からはどんな能力か言えないがな」
「いつか拝んでみたいね」
そんなことを話しているうちに二人は駐屯地へ戻ってきた。街はもう夕焼けの中である。
夕食を摂り、オリガは部屋へ戻ったがリンドウは皿洗いに精を出した。
二日目もリンドウは皿洗いで小遣いを稼いで街に出て酒を飲み、博打を打った。少しばかり勝ったので鍛冶屋へ行って真鍮に似た金属でシガレットケースを作らせた。表面には女のシルエットを彫らせた。しかしそれはリンドウが愛飲していたタバコのパッケージに描かれていたロングヘアの女ではなく、ミディアムヘアの女の横顔であった。リンドウはこのケースが気に入った。
そんな風に過ごしながら三日が過ぎた。
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